第二十五話
二人は訓練生として防衛隊に入った。
その当時はエネミーの存在があまり世間で信じられていなく、防衛隊のことを知る人も数少なかった。
そんな防衛隊に入隊した明確な理由が足立にはあった。
「足立君、君の入隊志望は?」
それは入隊面接のとき。最初に聞かれた質問。
あのときは酷かった。今でも鮮明に覚えている。
その時はまだ防衛隊としての体制があまり整ってなく、入隊する人も行く当てが無く来た人や、自衛隊崩れ、悪さをしてきたような人の集まりだった。
足立のように明確な理由を持ってわざわざ入隊する者はいない訳ではなかったが、非常にその数は少なかった。
「私はあることを果たすために入隊を希望しました」
「あることとは?」
「自分と同じ思いをする人を一人でも減らすためです」
足立の両親はエネミーの手によって殺されていた。
「自分は両親をエネミーのせいで失いました。そんなことがもう起きないようにしたいんです」
「面接は以上だ。次!」
足立が面接のときのことを覚えていたのは次のやつの髪の色が赤色でインパクトがあったとか、舌にピアスがあったとかではない。
「明戸と申します。私が入隊を希望したのは――」
これが足立と明戸の最初の出会いだった。
「――いろいろとありますが、きっとここに役に立つ人材となります」
あのときなんでこんなことをおもったのか分からないが、こいつは何でも出来てしまう人間なんだと思った。
独特なオーラというか雰囲気というか。
正直、同期にこいつがいると自分が目立たなくなると思った。
その後無事に面接が終わり、訓練生として入隊することが出来た。
もちろんあいつも一緒に。
「僕、明戸って言うんだけど。よろしくね」
「ああ、こちらこそ」
訓練は初日からキツかった。
そして怖いのがその日その日で順位がつけられる。
この順位が修了後の配属に大きな影響を与える。
足立が目指すのは第一分隊。研修生の中でも一人しか行けない狭き門である。
足立は元々運動は得意ではないほうだった。
それでも何とか努力でカバーしていた。
だけどどんなに頑張っても追い付けない奴がいる。
「お疲れ様です。また二番目ですか。すごいですね」
「明戸って言ったっけ? そっちもいつも俺を差し置いて一番を取るなんてすげーな」
どんなに努力しても届かない。そんなところに明戸はいつもいた。
二番目という言葉には心底腹が立つ。
けなされてるようにしか聞こえなかった。
訓練過程も半分終わった頃に成績の中間発表が行われた。
第一位 明戸浩也
第二位 足立勇
第三位…………
やっぱり一番は明戸だった。
ここ最近に一度、一番を奪ったがそれもたったの一回だけ。
一番近くの足立でさえものすごく遠い存在になってしまっていた。
そんな彼らはある事件をきっかけに距離を縮めた。
「これより模擬戦闘訓練を始める」
模擬戦闘訓練とはエネミーの代わりに教官や志願隊員たちを仮想の敵として実戦に近い状況で行う訓練のことである。
先輩隊員たちと刀を交える機会なんて滅多にないし、聞いた限りではとても楽しそうだった。
だが、これは訓練過程の中で一番過酷な訓練になる。
ここで脱落する者も毎年多い。
訓練生の開始地点は決まっておりそのあとの行動は自由だった。
「すでに先輩隊員たちは位置についている」
「制限時間は30分。始め!」
今回の訓練場所は富士の樹海。
一度迷えばなかなか出ることは出来ないし、木々が生い茂ってして辺りはなんだか暗い。
パッと見ただけではどこに誰がいるのか分からない。
けどまぁたったの30分だけだしなんとか乗り切ることが出来るだろう。
第一、この樹海の中で見つからなければいいのだから。
まぁそんなことは誰もが考えているかことで、各々ベストだと思う隠れ場所を探してそこに隠れた。
足立もその中の一人だったが、明戸だけは違っていた。
少し開けたところに明戸は陣取る。
「あんなところにいたらすぐに見つかっちまうだろ」
あいつが一番先にやられると足立は確信した。
5分が経った。誰かが脱落すれば無線に連絡が来る手筈になっているのだが、一つもそんな連絡は入ってこない。
なんだかんだで楽勝な訓練だと思っていた。
だが、先輩隊員たちには5分は攻撃しないように通告があったらしく、その頃から急激に脱落の連絡が多くなった。
どこからか悲鳴が聞こえる。どこからか刀が交わう音がする。
その音はだんだんこっちに近づいてくる。
じわりと出た汗が足立の額を伝う。
すぐ近くで金属音が聞こえた。明戸がいた方だった。
そして別の音が足立にやってくる。
初撃はなんとか防御壁で防いだが、二撃は刀で防ぐもぶつかりあった衝撃で吹き飛んでしまった。
瞬間歩法でなんとか奥に逃げ込む。
時計を見ると訓練開始から15分が経っていた。
よく見ると横の木のところに明戸がいた。
あとになって分かったことだが、この時すでに残っていたのはこの二人だけだったらしい。
「他の人はみた?」
「いや、見てねぇな」
二人ともボロボロになった状態だった。
「ここは一つ協力しませんか?」
「俺とお前がか?」
「協力してはいけないというルールもありませんし」
確かに言われてみればそんなルールはない。
こいつに助けられて成績を残すのは少し癪にさわるがそれでも得るものは大きい。
足立は明戸の案にのることにした。
二人で行動すると視野が一気に広くなる。
この訓練で脱落するほとんどの原因は奇襲に上手く対応できないことであった。
先輩たちの奇襲も易々と対処していく。
残り5分を切った。
このあたりから先輩たちは攻撃方法を大きく変えてきた。
気づけば周りを囲まれていたがそんなことは気にしなかった。
だって背中はあの明戸がいるのだから。
知らぬうちに足立には友情というものが芽生え始めていた。
最初は疎ましい存在が今では頼れる存在にもなっている。
この訓練にはそういった仲間意識を育てることも入っていたことには数年後、自分が教官になったときに気づくのだが。
互いに競いあってきた二人には何が苦手で何が得意なのかは言わなくても分かる。
片方弱いことをもう片方がカバーする形で攻撃を次々と防ぐ。
「そこまで。訓練終了!」
足立と明戸はこの訓練を乗り切った。
この出来事をきっかけに二人の距離は一気に縮まった。
ただこの頃だっただろうか明戸の成績が徐々に下がり始め、あいつは3位まで落ちた。
そしてそこからは何も変わらず訓練期間は終了してしまった。
足立は希望通りの第一分隊に配属が決まった。明戸の配属先も知りたかったのでその姿を探したが、挨拶も何もなしに消えていた。
第一分隊に配属された後は忙し過ぎて探そうともしなかった。
その男が今自分と同じ分隊長の階級にいて、過酷な戦場にいる。
また明戸が遠くにいってしまうような気がして胸のざわめきが止まらなかった。




