第二十四話
残暑が残る朝。清々しい空気とは反対に現場には不穏な空気が漂っていた。
「なんだよあれ」
「あんなの見たことねぇーよ」
「本当に敵の数は五万体なのか?」
渦巻く黒い影に身がすくむ。
「おい、司令部。敵の数の詳細を伝えろ」
「こちら司令部、その数六万。いや? 七万」
「こちら本部。敵の数は十万です」
十万!?
ちょっと多過ぎやしないか??
「足立、予想していた数をよりも多いけど」
「だけど止める訳にもいかないだろう?」
たとえその数が増えようとも変えることは出来ない。
全てを守るためには……
「主よ。今回は我々の本当の力を使う時」
「始めっから飛ばすぜ!」
今までの力でも十分強いのにこれよりも強い力がでるのか?
「隊長! 俺を先頭に出してください」
「それでは轟君が危険な目にあうだけだよ?」
「それでもいいです」
「残念だけど、それは許可できない。君一人だけ前に出るのはね」
「隊長、こっちも準備できました~」
「いつでもでれるぜ」
「こっちも準備完了だ」
隊長の後ろにはいつもに比べてしっかりとした装備に身につけている。
「一人じゃない。みんなで行きましょう」
まだまだ夏の暑さを感じさせる生ぬるい風が背中を押したような気がした。
「はい!!」
午前7時。防衛隊とエネミーは正面で向き合った。
お互いに次にどう動くのかを見ている。
「このままだと埒があきません。特別分隊が先に出ます」
翼を先頭に戦場を駆け抜ける。
「主よ。ここからは我が力を使うがよい」
カグツチを鞘から抜き、炎を飛ばしエネミーを焼き去る。
敵の前線部隊は下級兵のみ。負ける相手ではない。
後ろからの第一分隊、第二分隊の援護もあり今のところは突破はされてない。
それでもまだ一万も倒していない。
「こちら司令部。敵の第二部隊は全て上級兵で構成されている模様」
ここからが本当の戦いとなる。
「気を引き締めてください。ここからが正念場ですよ」
上級兵とはいえども翼の前では無力に等しかった。
しかしそれも最初だけ。
前日の疲れと極度の緊張状態が続いたせいでいつもより体力の減りが早い。
徐々にではあるが押され始めている。
「前に教えたことを覚えているか?」
「それを使え!」
それはまだ彼らを手に入れてから3日目のときのこと……。
「まだ君には使えないと思うが一応教えておこう」
「俺たちの本当の使い方を」
思い出せ、あの時のことを。
「我々の力を纏うのだ。その身体に」
「ふわっと纏うイメージで」
力を纏う――
「今がその言葉を言うときである」
「モード:カグツチ」
その言葉を言うと同時にカグツチから力が解放され、そこから放出された炎が翼の身体を包む。
炎が消え始め、中から新たな姿となった翼が現れる。
カグツチ本体は何も変化は無いが、紺色だった制服は色を変え、赤とオレンジが混ざりあったマーブル模様になっている。
そして魔力で形づくられた12本の刀が翼の背中を取り囲むように展開される。円形に。
けどなんか聞いてた話と違うような……
「100本くらい出るとかなんとか言ってなかったっけ?」
「主よ、文句を言うでない。今の主には12本が限界であろう」
まだ何もやってないのに勝手に決めつけられた。
「それに12本の方が時計の針と同じ数だから分かりやすいだろう」
「確かに分かりやすいけど――」
「後ろにあるだけじゃただの飾りじゃんかよ!」
「愚か者。ただの飾りをつけるだけだったら教えんわ!」
「平常時はこうなっとるだけで、戦闘時はちゃんと動くわ!」
「ほれ、そうこう言っとるうちに奴らが来よったぞ」
今までゴマ粒の集まりのように見えていたエネミーの軍団もはっきりと姿形が見える距離にまで来ている。
翼を先頭にした第一分隊と第二分隊による連合部隊が戦闘態勢をとる。
今まで刃先が外を向いていた刀がエネミーの方に刃先を変える。
「このモードになったからにはわざわざ接近戦をする必要はない」
「お主は念動力が使えよう」
前に青木に使ったもの。できない技ではなかった。
試しに12体のエネミーに向かって刀を飛ばす。
「首元狙ったけど当たりはしないよ」
そんな安直な考えを持っていた。
翼がカグツチを上から降り下ろすと、刀は急激に加速して飛んでいき翼が指定したエネミーの首元を貫通する。
「主が思ったとおりに刀を動かせるのがこのモードの大きな特徴である」
カグツチが言ったとおりで自由自在に操れる。
まだ初めてだからあまり上手く扱えないが、それでも十分な戦力補充にはなっている。
このままでは翼だけで五万体くらいは倒せるのではないかと思うほどの勢いだ。
翼の猛攻は止まらない。
刀たちをまた背中に集め、翼を作る。
周りから見れば翼が生えたような感じになった。
そのまま瞬間歩法を使い敵に突っ込んでいく。
これは大きなダメージをエネミーに与えた。
まずエネミーは瞬間歩法のスピードにはついてこれない。さらに今の翼は全身が武器で出来ているといっても不思議ではない。
翼が通った後にはエネミーの姿はない。
その刀で出来た翼が次々と敵を切り刻んでいく。
その姿を見た後方の隊員たちのやる気も上がってきた。この勝負は勝てると。
その奮闘もあってか気付けばもう敵の数は順調に減り続け、四割ほどは倒したことになった。
「翼のおかげでここまではいけたが、ここから先はどうする?」
「第六師団はどうした?」
「予定通りにこちらに着くそうです」
「あと一時間くらいか……」
今はまだ戦況は大きく動いてはいないが、いつどう動くかが分からない以上、一秒でも早く増援が欲しい。
のどから手が出る思いだ。
今頃前線は激しくなっていることだろう。
明戸のことがなんだか心配になってきた。
「俺も前線に向かう。後のことは任せた」
指揮官がいなくなっては本来はいけないのだが、胸のざわめきが収まらない。
足立はこう見えて明戸と本当に仲が良い。
こんな状況にも関わらず昔のことを思い出す自分に少し照れた。




