第十六話
第一防衛ラインに150人、第二防衛ラインに100人、拠点に100人配置された本防衛戦は比較的優勢の立場にいた。
対してエネミー側は下級兵50体を失い、戦力の4分の1を削られている。
「敵の最初の進軍は幸運にも無傷で対処することが出来た。だがしかし油断は禁物だ!」
敵は残り150体とはいえ、そのすべては上級兵で構成されている。
「足立隊長! まだエネミー側に動きはありませんが、このまま衝突すれば第一防衛ラインはすぐに突破されてします!」
「第一防衛ラインに50人を追加! 拠点から50人を第一防衛ラインに送れ!!」
「こちら司令部。敵に動きあり。50体が前方に向けて進軍を開始」
エネミーは頭が悪く確実に真っ正面から攻めてくる。
これは過去のデータからもはっきりと分かる。
だから隊員の配置も中央に人が集まるようになっているし、今回は大砲がすでに進軍予想位置をロックオンしている。
エネミーが真っ直ぐ攻めてきた時点でこちらの勝ちを確信していた。
そこにいた誰もが……。
「レーダーにて確認! 敵まもなく砲撃予定地に侵入します!」
「砲撃班に通達。85mm弾を装填せよ」
大砲の周りでは弾を運んだり、周りに敵がいないか監視したりと世話しなくなってきた。
「隊長……本当に効きますかね?」
「初撃は必ず効くと思いますよ。ただ、二回目はさすがに警戒してくるから当たらないと思うよ」
隊長の言った通りだった。
砲撃予定地に侵入したエネミーに向けて放たれた砲弾は放物線を描き、上級兵4体の体を見事に貫通した。
「全弾の命中を確認。効果ありです!」
レーダーからは4つの印が消えた。
「こちら足立。敵はどうなっている?」
「こちら司令部。砲弾の命中を確認しました」
「了解。第二撃を開始する」
無線のチャンネルを変えて、
「第二撃開始!」
遠くに見える大砲から白い光が出る。
ここからは見えないがあそこから出た弾が敵を倒すことが出来れば、今後の防衛にもおおきな影響を与える。
倒したのはたったの4体だが、これはこれからの世界で何万体も倒せる人類の希望となったのは間違いない。
「こちら司令部。第二撃すべて回避されました」
第二撃が避けられるのは想定内だった。
「第一防衛ラインに通達! エネミーが接近してくる。臨戦態勢をとれ!」
砲弾が有効であると示された今、現場の士気は上がっていた。
この勝負は勝てる……。
この時までは…………。
「前線部隊がエネミーと交戦中。こちらの方がやや優勢です」
普通なら一体の上級兵を倒すのに五人の隊員の力が必要になる。
今回に限っては三人、いや二人でも対処が出来ている。
あからさまに弱すぎる。
まるでわざと本気を出していないように。
前線部隊は勢いづきどんどん進軍していく。
その時はまだ誰も気付いてなかった。
――それはそれから少し後のこと。
前線部隊が前に出過ぎていたので後退するよう指示を出したとき。
「こちら司令部! 前方から高エネルギー反応を確認! 即時撤退してください」
この命令は緊急通信として足立を通す前に全隊員に流された。
前線部隊はエネミーと交戦しながら後退をしたが遅かった。
エネミーのほうから突如太い光線が放たれる。
それは上級兵を巻き添えにしながら隊員たちを飲み込む。
第一分隊に所属するものは遠距離攻撃に対して反射的に防御壁を張れるようには訓練してある。
この時も全員が防御壁を展開していた。
しかし敵の光線の威力はそれを上回った。
後の発表によればその時だけで43人が亡くなった。
その光線は隊員の命を奪った。
しかも一直線に。
第一防衛ラインの真ん中に穴が空き、そこからエネミーが侵入していく。
あっけにとられていた隊員たちの穴を埋めようと真ん中に向かって急ぐ。
その穴さえ塞いでしまえば何とか食い止められる。
セオリー通りなら。
その場にいた誰もが焦っていた。
目の前であんなに多くの隊員の命が奪われたことに。
不幸なことはさらに続く。
その時、みなが焦ったばかりに司令部からの通信は第一防衛ラインの耳には届かなかった。
一度回り始めた不幸の歯車は止まらない。
忘れてはいけない。
まだエネミーは100体以上残っていることを。
「レーダーに反応! 敵、二手に分かれて攻めてきます!」
司令部にはエネミーが50体ずつに分かれて攻めているのが見えていた。
真ん中の穴を埋めようと必死になっているが故に両端は完全に手薄になっている。
完全にそこを突かれていた。
さっきの声が届いていれば隊員たちは何らかの動きを見せると思ったのだが、動かない。
指示が届いていない!!
第一防衛ラインはものの見事に前と左右を囲まれた。
「第一防衛ラインは破棄。第二防衛ラインに後退!」
そう足立が命令した時には第一防衛ラインの半数は戦闘不能になったか死んだかのどちらかでもう使えない。
唯一、後退路があったことが運がよかった。
完全包囲されていたら助かる者はいなかっただろう。
第一防衛ラインの生存者を含めた第二防衛ライン総勢200人あまりによる反撃が始まった。
翼たちはあくまでも砲撃班の護衛なので動くことはできない。
皆、仲間を殺された恨みをぶつけようと躍起になっているがいつもよりは威勢に欠ける。
心のどこかで先の光線のことがちらつく。
徐々に隊員の数が減る一方、エネミーはあまり数が減っていない。
「足立隊長! 第二防衛ラインが押されています!」
もうすでに限界が見えていた。
だが、拠点には50人しか待機しておらず第二防衛ラインに移動したところで大した足しにはならない。
「撤退」
その二文字はとても重いものだ。
足立は悩んだ。
防衛隊のプライドを守りたい、だけど隊員の命を無駄に失うこともできない。
こうして悩んでいる間にも多くの命がなくなっていく。
「隊長! どうしますか?」
「総員に告ぐ。即時撤退を開始……」
それは第二防衛ラインの廃棄ではなく拠点からの撤退も含まれた指令だった。
現場でも動揺が走る。
だが訓練されているためすぐにに行動に移る。
比較的に敵が少ないところでは撤退がスムーズに始まったが、中心部は敵が多く撤退が上手くできない。
「こちら特別分隊の明戸。我々が殿を務めます」
幸い特別分隊は戦っていないので準備は万全だった。
「たったの5人で何が出来る!?」
「特別分隊をなめないほうがいいよ? 足立」
許可を出す間もなく特別分隊は作戦を続行した。
斎藤が今回仕掛けた罠は目眩まし用だった。
それを利用してまずは敵の動きを鈍らせた。
その隙に隊員たちを撤退させる。
それだけで全員が撤退できる訳がない。
次に防御壁展開装置で防御壁を張りエネミーの進行を止める。
これはあらかじめ青木と南畑が仕掛けていた。
二人が置いた位置は的確でエネミーの侵入を許さない。
戦場から撤退している隊員もエネミーを忘れてはいけない。
防御壁を展開する前に第二防衛ライン内に侵入した数体のエネミーが残っていた。
それを翼と明戸が撃退する。
そうこうしている間に隊員たちの撤退は完了した。
全員が拠点に集まる頃には第二防衛ラインの防御壁は破られていた。
全員が拠点から撤退する時間は防御壁展開装置が稼いだ。
その時、隊員の多くはいつもは白い西武ドームがエネミーで紫色に包まれるのを見ただろう。
翼たちもギリギリのところで撤退した。
そこから見える景色はとても残酷で、目の前にいるのに何もできない自分の無力さを悔やんだ。
西武ドームが占拠されたことは防衛隊史上最大の危機といっても過言ではないこととなる。




