第十三話
午前中は何事もなくいつも通りの日常だった。
翼が昼食として焼きそばパンを食べていたとき、隊長のデスクの電話が鳴り響く。
「はい、第五分隊長の夜鬼ですが……」
夜鬼隊長は相手と何らかの軽いやり取りをして電話を切った。
翼は周りを見渡してみる。分隊の人は皆、隊長の電話に注目していた。
「第五分隊に出動要請、ただちに隊員は現場に急行せよ」
その指令を待ってましたとばかりに勢いよく隊員たちが飛び出していく。
「今回は私も現場に行かなければならないんだが、轟君はどうする? 今回に限っては強制はしないけど」
「いえ、自分は研修の身ではありますが、現在は第五分隊の一員として働いているので現場に向かわしてもらいます」
夜鬼隊長の顔に少し笑顔が浮かんだが、それはすぐに消えてなくなる。
「それでは一緒に行きましょう」
現場はすでに規制線が引かれ隊員たちが周りを取り囲んでいた。
そこは先日、翼が訪れていたあのアパートだった。
「まさか昨日の女性が!?」
「そうだ。あの女性が今朝から暴走してここら近辺で人を殺し始めた」
「そしてこのアパートに大家さんを人質にして立て籠っていると……」
アパートの二階からたまにちらっと中の様子が見れる。
あの女性が大家であろう男の人の首に向けて、包丁の先を向けている。
女性は恐ろしい怪物のように髪を逆立てこっちを睨み付けていた。
「昨日はあんなにおとなしそうだったのに……」
「轟君、君はここに来てしまった以上は現実をはっきりとその目に焼き付けなけなきゃいけない」
そう言う夜鬼の顔は普段の明るい笑顔ではなく不気味な笑顔に変わっていた。
「君は初めてこの部署に来たときに素晴らしい仕事だと言ってくれて嬉しかった。だけど、本当は違うんだ。我々の本当の仕事は魔法の制御が出来なくなって社会に害になる人間を殺すことなんだ……」
「今殺すって言いました? 冗談ですよね?」
「本当のことだ。これが第五分隊が人殺し課と呼ばれる所以だよ。彼女を見てごらん」
夜鬼が指差す先には先ほどとは違って苦悩の表情に満ちた女性の顔があった。
「彼女も自分の魔力で苦しめられているんだ。早く楽にしてあげないと、可愛そうでしょ?」
「それでも人を殺すのは間違ってますよ!」
「けど、これが現実なんだ……」
「隊長! 突入の準備ができました! 合図があればいつでもできます」
「分かった」
「全隊員に告ぐ、突入開始!」
今までアパートを取り囲んでいたいた隊員たちが一斉に突入していく。
まずは人質になっていた大家の男が救出された。
その後、部屋の中から悲鳴が聞こえ、そして消えた。
中から出てきた隊員たちの手には血に染まった刀とポリ袋があった。
全員でポリ袋に向けて手を合わせ、第七分隊に引き渡す。
悲しみの涙が止まらない日になった。
それから数日後、研修期間が終わり翼は特別分隊に戻った。
「研修ご苦労様でした。第五分隊はどうでしたか?」
「何かもうあまり話したくないと言うかなんと言うか……」
「そうですか……、あれを見てしまったんですね」
明戸隊長は何かを察したような顔をしていた。
「本当の仕事を見てしまったとしても彼らを異端視するのはよしてあげてね。彼らは自分たちでも人殺し課を名乗るときもある。確かにそれはそういう意味で言ってるけど。僕たちが人殺し課と呼ぶのはそういう意味じゃない」
意外な言葉だった。
「防衛隊にいる人は皆が人類をエネミーから守るために入ってきたと僕は思うんだよね。だけど第五分隊の人たちだけは人を殺すための仕事をしている。人を守るために頑張ったはずなのに逆に人を殺すことになるってなんか可愛そうでしょ? そんなこと普通の人にはできない。だから僕たちは尊敬の念も込めて人殺し課と呼ぶんだ」
その話を聞いてから翼は第五分隊に顔を出した。
「研修期間はお世話になりました」
「いえ、こちらこそ。あれが君にとっていい研修になっていればいいけど……」
「大変勉強になりました」
「次に会うときには平和な世の中になっているといいですね」
今思えば、あの研修はまだ知らない本当の世界を新人に見せつけるためにやっていたのだ。
なんとなく目を背けていたところに。
研修が終われば、夏になるまで特に行事はない。
高校が夏休みに入れば、本業のほうにも専念できる。
「轟君、そういえば最近学校は行ってますか? あまりにも行かないと夏休みの間に呼び出されますよ!」
完全に忘れてた……。
「明日からはちゃんと学校に行って高校生らしい生活を過ごしてください」
場所は変わり、さいたま市支部図書庫にて――。
「確か……昔の書類はこの奥にあったはず」
青木は変わらず翼の分身能力について調べていた。
「あった! 紅の戦士についての本」
ホコリを被った、分厚く古びた本。
表紙には赤い字で「紅の戦歴」と書かれている。




