第十二話
「そういえば轟君。入隊何年目だっけ?」
それはある日の午後、突然明戸隊長から始まった。
「2年目です」
「じゃあ二年目研修があるから、明日からそっち行ってきて」
「え!? そんなのあるんですか?」
「そういうのがあるんだよね~うちには」
二年目研修とはその名のとおり、入隊二年目の隊員が受ける特別プログラムのことである。
もちろん全員受けなければならない。
唯一ラッキーだったことと言えば、開催場所がさいたま市支部だったことだろう。
次の日、開始五分前には会場に入ったのだが、すでに会議室は満席に近い状態になっていた。
皆、意識が高いのか前の席の方に人が集中している。
おかげで一番後ろの席を陣取ることができた。
開始時間になると、まるで仙人のような面構えの人が入ってきた。
「全員集まっているのか? まぁいい。とにかく始めるぞ」
「まず、君たちには今回二年目研修として来てもらったのだが、これは君たちに課された試験でもある」
その後すぐにペーパーテストが行われた。
問題は防衛隊員なら知ってて当然の基礎問題ばっかで全然難しくない。
ただ一つ、普通と違うのは最後の問題。
『あなたが守るものは何か?』
という問題だった。
「試験はこれで終わりということわけではない。次は普段とは別の部署に研修に行ってもらう」
研修生たちにはランダムに封筒が渡される。
翼も封筒を受け取り、恐る恐る中身を見る。
「第五分隊かぁ~」
「もうそれぞれの部署は確認したな! 明日からはそこの部署で研修だから忘れんように」
「轟君は今回どこの部署に研修にいくんですか?」
その日は終わるのが早かったので荷物を取るついでに分隊室によったのだが、隊長を筆頭に質問責めにあっていた。
「第五分隊です!」
一瞬空気が凍りつく。
「人殺し課か」
「南畑さん、普段あまりしゃべらないと思えば物騒なこと言って、勘弁してくださいよ」
翼は楽天的に話を進めているが、南畑の顔はぴくりとも動かない。
「お前は第五分隊が人殺し課と呼ばれているのを知らないのか?」
「し、知らないです」
第五分隊、通称人殺し課。
この異名がついた原因は彼らの仕事にある。
魔法の力は強大で制御が難しい。
魔法は誰でも使うことができると言われているが、まだその実証はされてない。
防衛隊では入隊時に魔法を制御する訓練を受ける。
そのため安全かつ的確に魔法を操ることができる。
だが、まれに民間人の中にも魔法が使える者が現れる。
魔法を使うといってもその可能性があるだけで、そもそも自分に魔力があることに気付かない者がほとんどを占める。
ただ、中には魔法の強大な力にのまれ、その力で民間人に害をもたらそうとするものが出てくる。
第五分隊はそういうやつらを捕まえ的確に処分する仕事を請け負っている。
「仕事内容を見ればめちゃくちゃいい部隊じゃないですか」
確かに仕事内容だけみれば一番民間人に近い部署だろう。
「まぁ、行ってみれば分かりますよ」
次の日、翼は第五分隊に暖かく迎えられた。
「ようこそ第五分隊へ。私が隊長の夜鬼です」
握手を求められ、翼はすかさず対応する。
防衛隊は比較的スリムな人間が多いが、夜鬼隊長はふっくらしている。
「第五分隊の仕事はどんなものか聞いたことはあるかな?」
「はい! 大体は。民間人のために働く素晴らしい仕事ですよね!」
「まぁそうだけど……」
どんよりとした空気が翼を取り巻く。
第五分隊の人たちの目がこっちを向いている。とても冷たい。
「まぁとりあえず、まずは仕事を手伝ってもらおう」
第五分隊は街中に魔力反応が出たときに、司令部から指令を受け出動する。
その日は五件あった。
「まずはこのアパートか」
翼は隊員の一人と任務のために各所を回った。
「二階の右端の部屋に対象はいるそうです」
古びて茶色くなった階段を登り、目的の部屋の前に立つ。
実際にどんなことをするのかを間近で見るのは初めてだった。
ピンポーンとチャイムを鳴らす。
反応が帰ってこないので留守だと考え、戻ろうとしたら。
ガチャッと扉が開いた。
中にもからは30歳くらいの女性が出てきた。
「あなたは自分が魔法を使えることを知ってますか?」
「はい」
第五分隊の仕事は対話から始まるらしい。
「あなたに今後、魔法を悪用する意志が無ければ保護観察で済みますが、そういう意志があるのならばあなたの身柄を拘束します」
そして、女性の前に一枚の書類を差し出す。
「これは誓約書です。よく読んでサインをしてください」
女性は少し読んだあと、ためらいもなくサインした。
「サインを確認しました。念のため確認しときますが、これにサインをしていただいた以上はあなたが魔法を悪用したとき、こちらもしかるべき対処をするので。ではこれで失礼します」
「意外と普通な仕事なんですね」
「まぁ基本的には事件が起きる前に対処するのが第五分隊の主な仕事だからね。今日はもう帰っていいよ」
笑顔で話しているが、それはどこか悲しげだった。
研修2日目、その日はなんだか第五分隊の人たちの空気がピリピリしていた。
あまり触れないほうがいいとは分かっているけど、どうしても気になって聞いてしまった。
「隊長! 今日は何かあるんですか?」
「まぁまだ何も起きてないけど、何か起きそうな予感がしてね」
どの人もどこか一点を見つめてじっといている。
それがどこか不気味で、今から罪を犯す人の目にも思えた。




