第十話
上級兵が少なくなると、エネミー側にも変化が出てきた。下級兵の統率がとれなくなり、隊列が崩れていく。
それを待ってましたとばかりに第一分隊の攻撃は激しさを増していく。統率力のない下級兵を倒すことなど第一分隊の前では赤子の手をひねるようなもの。
ものの数分でエネミーは全て倒された。
その頃には太陽はもう山に隠れていた。
戦うことだけが防衛隊の仕事ではない。
戦闘の後処理も大切である。ここから先は環境衛生担当の第七分隊の仕事だ。
第一分隊はまだ残っているホールの周りに待機して、まだエネミーが襲ってこないか確認している。
翼たちは一足先に前線基地に着いていた。そこで青木と合流した。
「第二防衛ラインはなんとか死守しました。いろいろ大変でしたけどね」
そういう割りには青木の服は全体的に汚れていなかった。そこには触れないようにしておこう。
何より特別分隊全員が無事だったことに安心した。
「全員そろったところで、私たちは川越支部に報告に行きましょう」
前線基地から車に乗り、川越支部に行った。
まだ仕事をやっているようで、すべての窓から光が漏れている。
中は電話のベルの音で満ちあふれ、書類を運ぶ途中の隊員たちとすれ違う。
翼と一人の隊員の肩がぶつかる。
隊員から紙が一枚はらりと落ちた。
「あ、あの! これ落としましたよ」
振り向いて言ったときにはもう彼の姿は見えなかった。
何の書類か確認しようとしたが、裏から㊙の判子が透けて見えたので、
「隊長! さっきすれ違った隊員が落としていったんですけど。㊙の印が押してあるのでどうしたらいいですかね?」
明戸はそれを受け取り、書類を一瞥して、
「これは重要書類そうなので、私の手から川越支部長に手渡しときますよ」
事前に連絡してあったので、すんなりと支部長室に通された。
「特別分隊と第一分隊のおかげで川越市民を守ることができた。ありがとう。本当にありがとう」
川越支部長は明戸の手を強く握りながら、深々とお辞儀をしていた。
「感謝されることもありませんよ。これも任務ですから」
ふたりとも笑顔で接している。けど、強いて少し違う点があるとすれば、川越支部長はホッとしたような笑顔で、明戸隊長はニやっとした笑顔だった。
「そういえばさっきこんなものを拾いましたよ」
そう言って差し出したのは、さっき翼が拾ったあの書類だった。
明戸は支部長に手渡す。
支部長はニコニコした顔で受け取る。それを見た支部長の顔は段々と青ざめていく。
「まさか! こ、これを見たというのか?」
「まぁ、ちょっとだけですけどね。よく見るとそこに人為的なミスがあったと書いてありますけど。あれ? 支部長は私たちに伝えましたっけ? そのこと」
何があったのか簡単にまとめると、翼が拾った書類は川越支部内の議事録で、そこに人為的なミスで今回のようなことが起こったと書いてあった。
しかし、上には想定外のことが起こったため今回のようなことが起きた、と報告されている。
つまり、組織ぐるみの隠蔽工作が行われていた。
「けど、隊長! 人為的なミスという証拠はどこにあるんですか?」
「轟君、よく考えてみてください。戦闘中に何かおかしなことがありませんでしたか?」
ついさっきまで起こっていたことを思い出す。背中に誰かがいたような気がしたこと? いや、さすがにそれではない。もっと他の。なんというか、いつもはあるのに今回だけなかったような気がするあれなんだけどなー。
地味に出てこない答えに頭を悩ます翼。そして、答えを導きだす。
「分かりました。レーダー関係ですね?」
「そのとおり、よく分かったね。戦闘中にいつもは司令部からくるはずの情報が来なかったんだ。それで怪しいと思って、第二防衛ラインに残った青木さんに少し調べてもらったんだよ」
「ではここから私が。第二防衛ライン付近にあるレーダーサイトを確認したら、ものの見事に破壊されてました」
防衛するにあたってレーダーによる情報収集は必須。
魔力が高い隊員や、稀に翼のような新人が高度な魔力探知が出来るが、大半の者はできない。レーダーからの情報がなければ敵の行動が分からず上手く作戦を組むことができない。
作戦が無ければ現場の隊員は暗闇の中に放り出されるのも同然。エネミーが見えたときには既に手遅れなんてこともざらにある。
レーダーサイトは防衛隊の重要拠点の一つだった。
「やっぱりな~。罠仕掛けるとき、いつもはレーダーで探知されて警告されるんだけど、今回は無かったんだよ。おかげで心置きなく設置できたよ」
「今回はやけに派手だったな」
特別分隊の面々には笑顔が浮かぶが、それとは対照に支部長の顔はどんどん青ざめていく。
「話をもどして。レーダーサイトが破壊された原因を調べるためにブラックボックスにある音声記録を解析したんです。そしたら驚きましたよ。市民への避難勧告、及び防衛隊の出動指令が出る二十分前に十体のエネミーが出現していました」
「それがレーダーが破壊された原因ってことですか?」
「恐らく」
「そしてあなたはそれを知りながらも初期対応を怠ったということであってますよね?」
もう途中からうなだれていた支部長は観念したのか笑いをこぼしながら、
「君たちは何でもお見通しなのかい? そこまで調べられたらもう言い訳はできまい。そうだよ、我々のミスだ。上にでも報告するがいい。どんな処罰でも受ける覚悟は出来てる」
「上には今回のことを報告しときます。では我々はこれで失礼します」
「隊長! これでいいんですか? まだまだ言うことがあるんじゃないんですか?」
翼は明戸隊長を引き留め、話した。
「轟君、我々は組織の一員だよ。組織を続けていくためにはある程度の秘密が必要だと僕は考えてる。どんなに正義感に溢れた人間でも組織にいる以上は組織に従わないといけない。僕は組織のために秘密を守っている一人の男を知ってるよ」
「なんで現在形なんですか?」
「これは迂闊だった。今のは無しってことで。先に帰るね」
結局、明確な答えは出なかったが、まぁ隊長が言いたいことは大体分かるような気がする。
自分も帰ろうかと思い、外に出ようとしたら、いきなり廊下の物陰に引っ張られた。
「青木さん! 何ですか? ビックリするな~」
翼の肩を思いっ切り引っ張ったのは青木だった。何か思い詰めたような眼差しで見つめてくる。
「君は一体何者なの?」
「なんですか? いきなり」
「今日の戦闘でもあんたの魔力を調べたけど、また2つあった! 君はもしかして二人いるんじゃない?」
確かにあの時、背中に誰かが一緒にいた感じはしたけど、結局その姿を確認することは出来なかった。だから確証はない。
「絶対に特別分隊のみんなに隠してることがあるでしょ」
「いやいや、そんなことないですって」
「ますます怪しくなってきた。今度徹底的に調べるから」
それだけは勘弁願いたい。
本部会議にて。
事態が急だったので、召集がやや遅れたが、先ほど現場からの連絡を受けホッとしていた。
「今回も無事に終わって何よりだ」
会議室正面のディスプレイには記録映像が映し出されている。
「今回はいいことが二つある。一つは川越の防衛成功。もう一つはある隊員の活躍かな」
「やはり彼は我々の思ったとおりの活躍をしてくれる。彼を特別分隊に入れて正解だった。そう思わないかね?」
記録映像には翼たちの活躍もバッチリ映っていた。
「しかし、映像を見る限り彼はまだあの力に気づいていないようですが?」
「まだ先は長いよ。これからの彼の成長に期待しよう。楽しみに待ってるよ、翼君」




