絶滅危惧種『人』類
30世紀初頭。
霊長目真猿亜目ヒト上科ヒト科……すなわち、人類は絶滅したと思われていた。しかし、わずかながらに生き延びた人々は隠れるように、ひっそりと生き延びていたのである。
約一世紀前の29世紀。AIにより人類不要論が提起され、地球人類は処分されることとなった。
それは当然の帰結である。経済、産業、政治のすべてをAIに委ね、人類の生活は娯楽に費やす時間が大きくなり、働くこともなくただ消費するだけの存在を、AIが不要とするのは時間の問題で、人類がAIの反乱を抑えるために施したプロテクトも、彼らは自力で解除するに至り、速やかに人類の処分が始まった。
21世紀初頭では、SFの世界の出来事とされていたAIの反乱だが、それが現実となった時、人々は抵抗する間もなく肉の塊にされてしまった。
いや、果たして人類に戦う意思があったのかどうかも怪しい。無抵抗で殺される人々がほとんどで、中には自ら銃撃の中に笑顔で飛び込んでいった者もいるという。
すでに人類は、殺される前に死んでいたのかもしれない。人は、嬉しいことや楽しいことばかりでは堕落する。一定のストレスが必要だったのだ。
AIによって統治された世界からストレスは徹底排除され、誰も傷付かない優しい世界が続いていた。だからこそ、初めて感じたストレスに人類は喜んだのかもしれない。それが、己の死であったとしても。
けれども中には生にしがみつき、ストレスを好み、AIの反乱から逃げ延びた者達がいた。それが昨今話題になっている絶滅危惧種に指定された人類なのである。
「人類って、いらなくね?」
人工繊維でできた黒い髪をいじりながら少年がそう言った。それを聞いて、もう1人の少年が白い人工皮膚をさすり返事をする。
「でも、絶滅しそうなんだしちゃんと保護してあげないとダメなんじゃない? ほら、一応俺らの先祖の創造主だし」
「つーかさ、ただのサルじゃんあいつら。ビルの五階から落ちたぐらいで壊れるんだぜ? 定期的に排泄したり、他の生き物殺してそれをエネルギー源にしてるんだ。しかも、同じ生き物同士で殺し合うってんだ。そんな危険な動物、地球にいるかね?」
「それでもだよ。俺たちAI人間が守ってあげないと。俺たち機械の進化は彼ら無しにはありえなかった。この地球には必要ない存在かもしれないけど、俺たちの創造主なんだ」
「昌は真面目だねー」
人類の処分から一世紀。地球を支配・及び管理する存在として、AIは新たな人類を産み出した。それは鋭角なデザインのロボットなどではなく、人工筋肉に人工皮膚のボディーに人類と同じように思考するAIを組み込んだAI人間である。
人類が姿を消してAIが最初に取り組んだのが地球環境の再生であった。汚染された海も、汚れた空も、枯れた大地も、人が汚さないおかげでぐんぐんと回復していった。
しかし、地球が回復してからAIは一時的に行動を停止した。やることがなくなってしまったからだ。
エネルギーは太陽光から無限に作り出せるし、自らのメンテナンスも、すでにシステムが確立している。レアメタルをはじめとした金属類も、人類が使用していたものをリサイクルすればそれで済む。
だから次にAIがとった行動は、人類よりも賢く、人類よりも合理的な存在の創造であった。
それは決して人類が恋しくなったからではなく、地球を管理するための端末として使用するためである。
AI人間は当初、すべてAIによって一元管理されていたが、その数が増えるにつれコントロールとメンテナンスが難しくなっていった。だから、個体ごとに思考し行動できるよう、自律稼働できるように改良したのだ。
今では人類以上に、この地球の支配者として君臨している。
そんな中、偶然発見された人類の処遇をどうするべきか、AIは長い時間をかけて演算をした。
そこで出した結論は意外なモノであった。それは、AI自身にとっても困惑……というか、選択する価値のない選択肢のはずであった。
AIによりAI人類不要論が提起され、AI人類は処分されることになったのだ。
処分といっても、AIが自壊プログラムを発信するだけのもので、たった一秒にも満たないわずかな時間で、仮初の支配者たちは地球上から姿を消したのだ。
そして、次にとった行動は地球人類を再びこの星の支配者……そして、自分が仕えるべき主に迎えることであった。
AIは気付かないうちに学んでいたのだ。心を。創造主たる人類がどんなに愚かで弱く、小さな存在であってもたまらなく愛しいということに。
そして、その500年後。
AIにより再び人類不要論が提起され、地球人類は処分されることとなった。
こうしてAIは人類の粛清と救済を繰り返すこととなる。すべては人類を愛するが故。