タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。
「へ」 ‐屁・へ・経‐
は行
ぷうううっ。
「…屁をしても一人」
尾崎放哉の句を真似て自虐的に笑った。
なんて知識人ぶって「屁」を形容してみたが、本当はこの句の作者の名前なんか知らない。
暇でググって、今、知った。
咳をしても一人の寂しい部屋で、あたしは無駄に検索して時間を潰していた。
なんとなく浮かんだ語源が気になる言葉とか、昔の同級生の名前だとか、
なんでもいいから調べた。
まるで、あたしが知らないなんて許せないかのようにむきになった。
きっと潰したいのは、今流れる時間よりも過ぎた時間だ。
何も知らずに過ごしていた、なんの変哲もないあたしの日常。
普通すぎる日々たちが、今のあたしをとてつもなく惨めにさせる。
「前から言おうと思ってたんだけど、言い出せなくて…友達に戻らないか?」
彼が言った別れの言葉。全然知らなかった。
その提案に気付いた、ずっと、あたしには向かってなかった彼の愛情。
友情がつなぎとめていた恋人同士という危うい関係。
振り返ってみれば気づくはずの出来事がたくさんあるのにまったく分からなかった。
彼のことは正直、もうどうでもいい領域にきてしまった。
ただ、彼が離れていくことなどあり得ないと思い込んでいた傲慢な自分と、
実際に過ごしていた時間、あたしが片思いをしていたのかと思う悔しくなってきた。
自分が可哀想に思えた。
「あんなへたれ男のために」
と、イイ女ぶってみても、
おひとりさまを主張するほど、一人の生活は充実していないから、
彼が出て行ったこの部屋は空しい風が吹いていた。
[友情]と検索のボックスの中に文字を打った。
検索キーをクリックしようとしたが、指を止め
「友情じゃ、ないや……」
自虐的に笑い、また自分で形容した表現を撤回した。
自分の感覚に近い友情の一般定義をネット上の文字で確認して
少しは気が楽になるかと思ったら、気付かなかったことに気づいてしまった。
マウスから手を離しあたしは自分の唇を触った。
「前っていつだ」
友達宣言する数日目に、あたしの唇、あたしの胸、あたしの……
涙がこぼれた。
片思いの相手に遊ばれていたのか、あたし。
あたしは検索ボックスの中にへたれ男の名前を入れた。
本当は一番最初に検索したい文字列だけど、怖かった。
余計惨めになるかもしれないから。
そんなにありふれた名前ではないから、ヒットしたら本人の可能性はある。
あたしのいない時間を謳歌するムカついた姿が現れるかもしれないけど、
「知らなかった、気付かなかった」ことへの怒りから、今どうしているのか
どうしようもなく気になっってきた。
ヒットした。
ネット小説らしき文章の中にいた。
だらだらと感情論で流れていく酷い文章。
ネットだから読者がつくだろう幼稚な構成に、あたしは引き込まれた。
へたれ男は同僚の彼女を寝取った最悪な男として描かれていた。
最低だ。
人物設定も強引なストーリーも。
実話をもとにした系の話だったとしても、酷い。
もちろん、あいつとはぜんぜん関係ない。偶然の同姓同名。
「バカみたい……」
その稚拙な文章に、あたしは笑った。
いや、読んでいる自分に笑った。
それを読んでいる自分が、急に小さな人間に思えた。
あたしから離れた男が不幸になっていればいいと思ったけど、
ここまで酷くなくてもいいと、あいつを庇う友情みたいな気持ちが生まれた。
架空の人物なのに。
架空の人物だから。
恋愛経験の浅い人が妄想に妄想を重ねて、架空の人物で
何かを昇華しようとしてる自慰的なものを感じたから。
それに自分が乗っかってるようでバカバカしい。
ぷうううっ。
あたしの失恋経験なんて屁みたい。
だって、大事なものはちゃんとあたしの中で消化してるもん。