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一ヶ月で世界救う

作者: 娘々饅頭

私の名前は蘭。

普通科の高校に通う二年生で、前期期末試験を控えている。

ちなみにこの前のテストは酷かった。

全ての科目が平均点以下。

これではいけないと私の両親は決心した。

もし、私が次のテスト…つまり前期期末試験で全ての教科の平均が80点をいかなかったら、お小遣いを減らす、と。

月に五千円だったのを千円に減らしてやる、と!

はっきり言おう。

冗談ではない。

私はそのことを告げられてから勉強することを決意し、即行動に起こした。

友達からのお遊びのお誘いも断り、たまに負けてしまうけれどゲームや漫画の誘惑にも勝ち、そして気づけば前期期末試験まで残り一ヶ月と一週間となっていた。

…遅れを取り戻すのは大変だけどあと一ヶ月もあれば80点は取れるようになるだろう。


私は燃えていた。

いや、今も燃えている。


だというのに…


「ここ、どこ?」


いつの間にか…学校帰り、電車で英単語帳を開いた次の瞬間…見知らぬ場所にいた。

世界史の資料集で見るような華美な装飾の施された広い部屋。

あたりを見回すと大勢の見慣れない服に身を包んだ人達。

そして少し離れてはいるが、目の前にはいかにも玉座です、といったような場所に座る中年の男性。

ナポレオンの戴冠、みたいだ。


なんでこんなところに…いや、ここがどこだろうと関係ない!とにかく今は単語を覚えるんだ!1つでも多く!


私は再び単語帳に目を落とした。

口の中で呟きながらページをめくっていく。


3ページほどめくったとき、玉座の方からおい、と言葉をかけられた。


私は嫌々ながらもその方向を見た。


「お前は、勇者だろう。異世界から来た娘よ。」


「……はあ??」


何を言ってるんだこのおじさん。

勇者?寝言は寝て言え。

口には出さないが頭の中でそんな悪態をつく。

おじさん…おそらく王様だろう…は私のそんな考えなど知る由もなく、なおも話を続ける。


「世界は今、魔物とそれを率いる魔王によって脅威に晒されている。勇者よ、そなたには数人の仲間と共に魔王討伐の旅に出て欲しいのだ。」


私はもうまともに取り合うのをやめた。

こんなわけのわからない話を聞くくらいなら単語帳を見る。

えっと、admitは認めるで、admirer が評価する……


「おい、聞いておるのか?」


「………」


「もしや耳が聞こえないのか?」


「……」


「口が不自由なのか?」


「…うるさい黙ってくださいます?」


「やはり喋れるではないか!」


もううるさいなあ。集中できない。

と、王様のお側に控えていた男の人が、私に近づき怖い顔で睨んで来た。


「本来なら直接お会い申し上げることすら易くない王が自らお声をかけられているんだぞ。態度を改めよ勇者。」


「……」


Tomb が墓で、mythが神話でしょ…



「おい!」


強く肩を掴まれる。

私の中でなにかが切れた。

私は単語帳を閉じ、男の人と、その人越しに王様を睨んだ。


「ね、うるさいって言ってるの聞こえません?私勉強してるの見てわかりますよね?集中させてくれません?いきなり変なとこに来て変なやつらに勇者になれとかいう変な話されても意味わからないし、そんなこと聞くくらいなら単語帳見てたいんですよ。」


「お前、今変な奴らと言ったか…!?」


「言いましたけど何か。」


男の人は端正なお顔をくしゃりと歪めた。


「無礼にも程があるだろう!」


物凄い剣幕で怒鳴られる。

しかし私の中に生まれたのは恐怖だとか臆病風ではなく、対抗心と怒りだった。


「無礼?無礼はどっちですか?いきなり勇者になれとか言って、こんな小娘にさあ。しかも世界を救えとお願いしているのに高圧的な態度。敬語くらい使えないんですか?王様やあなたはおそらく私よりも偉いんでしょうね。でも、世界を救えという者の態度ですか?

そもそもですよ、いきなり世界を救えとか言われても困るんですよね、意味わからないしこっちにも予定ってもんがあるんです。あなた達は自分の世界が大切かもしれないけど、私にも大切な世界があるの。ここどうせ異世界とかいうやつでしょ?異世界の事情を全く無関係の人間に押し付けないでくれます?あとさっき少人数の仲間と、とか言ってましたけどなんで軍隊つけるとかいう配慮をしないんですか?少数精鋭で、とかですか?足手まといになるからとか?おかしくないですか?世界の命運握る戦いを少数の人間に任せて責任押し付けて支援はするから、ってふざけてるんですか?足手まといでも盾くらいにはなりますよね?雑魚くらいは倒せますよね?世界かかってるんだから命かけるくらい皆しますよね?てかしなきゃいけませんよね。なのにそれすらしないで私に任せるというのも気にくわない。とりあえず勉強していいですか。」


「おいお前、自分が何を言っているのかわかっているのか?」


「自論という名の正論。」


「お前……!!」


「うるっさいって言ってんだろが!!私のこと無礼呼ばわりする前に自分で魔王の前行って倒そうとするくらいの気概見せろや!」


私は怒りに任せてそれだけ叫ぶと、王様と男の人に背を向けておそらくこの部屋の出入り口であろう大扉に向かって歩きました。


「おい、どこへ行く。」


「こっから出る。」


「おい待て。」


「待たない。」


「おい…!!」


「勇者様!どうか、どうかお待ちになってください!!」


私が足を止めないでいると、突然一人の女性が私の目の前に飛び出して来て、その場で土下座をした。

見た所私よりも少し歳が小さくて、メイドさんの服を着ている。侍女さんなんだろう。


彼女はめり込むくらい額を床につけると、震える声で懇願してきた。


「確かに勇者様がお怒りになるのはごもっともでございます。しかし、どうか、どうか世界を救ってくださりませんか?私でよければ、微力ですがお手伝いいたします!勇者様がしたいとおっしゃるのなら私を今すぐ斬って頂いてもかまいません。魔王を倒さねばこの国は、この世界は滅びてしまいます!どうか、どうか…!!」


彼女はそれだけ言うと、じっと黙り込んだ。

目の前、眼下にあるその姿を見て、私はため息をついて王様の方に向かった。


「で、具体的には何をすればいいんですか?」


「お、おお!いや、うむ。魔王の城に赴き、その首をとってきてほしいのだ。道中遭遇する魔物は退治するのが望ましいが…

とにかく魔物の首を落としてくれ。もちろん城の位置は確認済みだ。こちらはどんな要求にでも答えよう。装備品や旅費も出す。どうだ、やってくれるか。」


「いいですよ。さっきの彼女の姿見てたらなんか、やらないのも後味悪いし。でも、条件があります。」


「条件?」


私はうなづいた。

試験まであと一ヶ月と一週間。

一週間あればなんとかいけるはず。


「一ヶ月で魔物を倒せなかった場合、勇者をやめて元の世界に戻るという条件です。」


「……な!」


その場が騒然とした。

しかし私もその間単語帳を見る。隙間時間を活用することが勉強の鍵である。


「お前、一ヶ月で倒せるのか?魔王を。」


「さあ。でもそれが私がここにいられる期限です。それが終わったら帰ります。」


私の言葉に王様は困った顔をした。


「しかし勇者よ。魔王を倒さねばそなたは元の世界に帰れんぞ。」


「……へぇ。……はあ?!」


私は思わず大声をあげた。

肩にかけていた鞄をその場に投げ捨てて、王様のところへ歩み寄る。

無礼であるぞ!と周りの人々に言われるけど関係ない。


「どういうこと!?ねえどういうこと!?それじゃ期末試験に間に合わないかもしれないってこと!?」


私は王様の胸ぐらを掴んで思いっきり揺らす。


「お、落ち着け勇者よ!おい、誰か勇者を止めてくれ!」


王様の悲痛な叫びに私の予期せぬ行動で呆然としていた側仕え達が一斉に私を取り押さえる。

私は彼らの腕から逃げようと、もがいた。

結論から言おう。

彼らは物の見事に吹っ飛んだ。

数メートル先まで飛び、鈍い音と共に地面に落ちる。

辺りがしんと静まり返った。

私も自分が信じられなくて呆然とする。

まさか腕の一振りで大の男四人をああも見事にふっとばせるなんて。


「や、やはり勇者よ!そなたはすごい力を持っておる!世界を救うべき存在なのだ!定期試験とやらはもうどうでも良いではないか!」


私は王様の豊かな白髭を掴んだ。

痛い痛いと王様が声を上げるが関係ない。


「よくないの!全然よくないの!」


と、男の人…さっきの怖い顔して怒鳴ってきた男の人がまたまた怖い顔で私の腕を王様の髭からそっと離した。


「髭はよくない。王が泣きそうだ。おそらく期末試験とはお前が行っている研究所か学院かの試験なのだろう?世界を救えばそんなもの受けずともよいだろう。元の世界に戻らずともここで気ままに暮らせばよい。」


「は?今までの私の努力無駄にしろってこと?友達とも遊ばずに、大好きなライブにも行かずに毎日孤独に戦ってたんだよ?あなたにわかる?受験控えてピリピリしてる三年生の中にまじって昼休みと放課後学校の自習室で勉強する辛さが。なんでここにいるんだよ、って思われてるのが視線だけで伝わってくる状況わかる?」


私のあまりの気迫に男の人はたじろいだ。

しかし私は構わず続ける。

今までのストレスを発散しているというのもあった。つまり、半分は八つ当たりだ。


「アメリカ大統領の名前と党名ひたすら覚える辛さがわかる?マッキンリーT.ルーズベルトタフトウィルソンハーディングクーリッジフーヴァー…やれ一次大戦二次大戦、マンジケルトに垓下の戦い烏孫に回紇白匈奴…キラーTだかマクロファージだか知らないけど生物も覚えるものたくさんだし!数学に至っては数字の羅列、地学?石炭紀が一番好きですけどね!わかる!?!?」


「お、落ち着け。」


「落ち着け?こっちはなあ、このテストにこれからの生活水準かかってんの!!」


「とにかく魔王を倒せば帰れる。それにだ。お前がここにいるそもそもの原因は、この世界に魔王が誕生したことで神がこの場にお前をお呼びになったのだ。だから、元凶は魔王だ。それを倒したいとは思わないか…?」


「神じゃん。」


「は?」


「いや私をここに呼んだ直接的な原因神じゃん。わかったやるわ。魔王倒す。一刻も早くね。そして神様一発ぶん殴って元の世界帰ってテスト受ける。」


「いや、神を殴るのはどうかと思うぞ。」


「神様の血って何色かな?」


「おい、やめろ。本当にやめろよ。」





私はそのあとこの世界とこの国、そしてこれからのことについて大まかに説明をうけた。


この世界はどうやら5つの海洋と三つの大陸から成っているらしい。その中でも一番大きな中央に位置する大陸の真ん中、霧に包まれ古来より人のすまない地域に魔王が誕生した。そして私のいるこの国はその地域を取り囲む四つの大国のうちの一つ、南に位置するトリダノ王国というところで、海に面している豊かな国だ。

しかし近年魔物の侵略が激しく、四カ国合同で魔物の侵略の元凶である魔王を討伐することになった。

各国準備が出来次第、四方から魔王を攻めていくという作戦だ。

他の三ヶ国には国内に魔王を倒しうる勇者の資格を持つ者がいたが、この国にはおらず神に願いをたてたところ私が現れた、と。

ちなみに勇者の資格とは常人離れした力となんらかの能力、そして聖剣を手にすることができるというものらしい。

勇者でない者は聖剣が持てないんだって。案の定私は持ててしまったけどね!

それから自己紹介や人物紹介もされた。

それによると、王様の名前はミンダラトレス三世。あの怖い顔していた男の人の名前はカルヌって言ってこの国の最高魔道士らしい。

私の旅は私の、お前が行けよ!という啖呵に

納得したカルヌと副騎士団長のマンサ、上級神官のメリーで行くことになった。

こういうのって普通ね、例えば創作小説だとか乙女ゲームとかでは私一人が女であとは男、みたいなね。感じになると思うんだけどね、今回はカルヌ以外全員女です。女に戦場行かせるんですね、みたいな。


兎にも角にもこんなメンバーで行くことになった。みんな実力は確からしい。


というか、四カ国合同で退治しに行くなら私いらないじゃない!と思ったが色々諸事情があるようだ。


そして私は三日後、学校鞄に入っていた英文法と古文漢文の参考書と、地学と生物、世界史の一問一答の問題集を荷物に詰めて城を出発したのだった。


魔王がいるという霧地帯の境までは馬車で飛ばして貰うことになった。十日ほどで到着するという。

馬車の中でも私は勉強を忘れない。

ちなみに、馬車といっても座席なんていうのはなく、どちらかというと屋根がついた荷台、という方が正しい。

なので、それはもうがったがった揺れる。

お尻が宙に浮いたかと思うと、次の瞬間である思い切り叩きつけられる、なんて数分に一回起こる。

これにはみんな参っていたが、よく考えたら勉強って体を動かしながらするとよく覚えられるっていうし、となるとこの馬車の揺れは私にとってありがたいものなのかもしれない!




「なあ勇者。お前、その書物は読んでいて楽しいのか?」


マンサがそんな質問をしてきたのは夕食時、いよいよ明日から霧の地に入る、という時だった。

私たちは運良くこれまで魔物に会うことがなく、順調に旅は進んでいる。


「確かに、私も気になってたのよねー。勇者ちゃん、それには何が書いてあるのかしら?」


メリーも便乗して質問を重ねる。


「これは私の世界の学問書。違う国の言葉が乗ってたり、世界の歴史がのってたりするの。私達の世界の学生はそれらを全部覚えなきゃいけないってわけだ。」


「…大変ですのねえ。」


「しかし学ぶ機会があるとはいいものではないか。」


同情をくれるメリーと、よかったな、と私の肩を叩くマンサ。

私はそれらに微妙な笑顔で返すと、また一問一答に目を落とした。


私達がいるのは外。側にはテントを張ってある。私とメリーとマンサは焚き火を取り囲むように座って、満天の星空の下談笑していた。メリーもマンサも二人とも今じゃ大事な友人だ。メリーは私のことをぬいぐるみのように可愛がってくれるし、マンサはガサツだが勇敢で、頼りになるお姉さんだ。

二人とも私より年上だろうから、そういうのもあって可愛がってくれるのかもしれない。


と、おい、という声が少し離れたところから聞こえた。

そしてそのすぐ後にお鍋を持ったカルヌが姿を表す。


「夕飯の支度ができた。火にかけて煮れば完成だ。」


言って、大きなお鍋を焚き火にかけると一人ずつに木のお椀を配る。


「父上ありがとう。」


「父上、感謝します。」


「父上、いつも世話になるな。」


「おい、私はまだ21だ。お前達みたいなでかくてガサツな娘を持った覚えはない。」


カルヌは料理がうまい。

ということで三日目くらいからカルヌは料理を担当することになり、面倒見の良さもあって父上があだ名になっていた。


「ほらできたぞ。お椀を貸せ。よそってやる。」


そうして出来た今日の料理は野菜とお肉たっぷりのミネストローネだった。

ふんわりと立つ湯気と、それに乗って鼻をくすぐるいい香りが食欲をそそる。


「いただきます。」


…うん、おいしい!

私が夢中になって食べていると、カルヌに声をかけられた。


「おいしいか?」


「うん!すごくおいしい!」


「そうか、うんと食べろ。」


カルヌは優しく微笑むと私の頭を何度か撫で、自分も食事を始めた。


「あら、勇者ちゃん、お口の端についてるわよ。」


「あ、本当だ。」


「勇者、こぼすぞ、よそ見をするな。」


「うん、ありがとマンサ。」


…みんな私のことを子供扱いしすぎじゃないだろうか。

まあいい。食べ終わった私はまた一問一答に目を落とす。ちなみに食事後の片付けは私とカルヌで行うことになっている。

マンサや、見た目によらず行動力のあるメリーはテントを張ったり食材を調達するのを担当している。


皆んなが食べ終わり、私とカルヌは食器を洗いに近くの川に出ていた。

カルヌの魔法で道を照らしているので暗くはないが、明かりがそれだけしかないので明かりの届かぬ所は真っ暗。ヨーロッパには昔鬱蒼とお生い茂る森が沢山あって、人知の及ばぬ所として畏怖されていたと聞くけれど、確かにそんな風に畏怖してしまうのもわかる。


体感で10分ほど歩くと、すぐに川に出た。

川といっても大きくもなく、水浴びすらできないような小さな小川だ。



「おい、落ちないように気をつけるのだぞ。」


「わかってるって!」


私とカルヌはその場にしゃがみ込み、じゃぶじゃぶと音を立てながら食器やら鍋やらを洗う。

そして終わるとカルヌはいつも、内緒だぞ、と言ってチョコレートをくれるのだ。

このチョコレートや食器はカルヌの魔法でどっか違う空間に保存していて、いつでも取り出せるらしい。便利だ。


それにしてもふしぎだなあ、とチョコレートを食べながら思う。

隣で星を見上げていること人とは出会いも第一印象も最悪で、お互い失礼な奴だと思っていたけれど今じゃもう頭を撫で、撫でられる関係だ。

人ってやっぱり出会いも大事だけど、その後の関わり合い方のほうが大事なんだなあ、と心底実感する。


私がカルヌの横顔を凝視していたのに気づいたらしい。カルヌは星から私へと視線を移す。


「なんだ?もっと欲しいのか?」


「いや、…眉間にしわ寄せるの、くせ?」


私は考えていたことは言わずに新しい話題を出した。カルヌはいつも不機嫌そうな、怒ったような顔をしている。そのせいで実年齢より年上にみえるというのもあるのだろう。

さっきみたいに星空を見上げているときとか、笑いかけてくれる時はそんなことないのだが、ほぼずっと怖い顔だ。


「ああ、まあな。癖のようなものだ。」


「ふーん、勿体無いね。綺麗なお顔をしてるから普通にしてたら絶対女の人寄ってくるのに。」


「別に今のままでも女性には困っていない。ただ、抱いていて特に楽しいとも思わないがな。」


「きゃー!父上セクハラ発言やだぁー!マンサとメリーに言いつけてやろーっと。」


「お前、そんなことをしてみろ。明日の夕食がどうなるか保証できんぞ。」




私は性急に謝り、よって次の日の夜ご飯はことなきを得た。




さて、霧の地に入って数日がたった。

霧の地というだけあって、あたりは霧が立ち込めていて遠くの方ははっきりしない。

あたりには木々や植物なんかなく、ただひたすら荒野が広がっている。

たまに聞こえてくる奇妙な鳥の鳴き声や、獣の鳴き声がよりいっそうこの地の虚しさと荒廃感を高める。


そんな私たちは今まで一度も魔物に遭遇していなかった。私の腰にある聖剣ももはやお飾りとなってしまっている。


「バビロン捕囚を行なったのは?」


「ネブカドネザル二世。」


「プラトンとアリストテレスがそれぞれ作った学園の名前は?」


「アカデメイアとリュケイオン。」


「ではそれを破壊したのは誰だ。」


「ビザンツのユスティニアヌス帝。」


私は三人に問題を出してもらいながら英単語帳を開き、歩きながらでも勉強を試みていた。試験まであと半月と少し。魔王討伐の旅をしている間は問題集なんて解けないから基本をしっかり抑える時間にしなければ。

そして目指せ80点平均。

もしなんらかの教科で学年一位でも取れてしまった場合にはその次のテストで赤点を取っても許してもらえるかもしれない。


「それにしても、どこの世界もやっぱり似たような歴史の話があるんですねぇ。」


「そのようだな。私はあまり詳しくはないが…父上は確か、その道に精通しておられると聞くが。」


「精通と言うほどでもない。少し知っているだけだ。それと父上って呼ぶな。」


いつものように和気藹々?とした雰囲気で旅は続く。


私はみんなの会話がおかしくてくすりと笑う。そして英単語帳のページを1ページめくった時だった。


「チチウエッテヨブナ。」


ひどく耳障りな声とともに、手に持っていた英単語帳に火がついたのは。

慌てて捨てたので火傷はしなかったが、私は目の前で無残にも焼けていく単語帳を、ただ呆然と見ていた。


「現れましたね、魔物!」


「ふむ、見た所中級だな。少し手強いか?」


マンサとメリーが戦闘態勢をとる。

私は灰と化していく単語帳を見る。


「ミタトコロチュウキュウ。アラワレマシタネ。」


鳥の形をした大きな黒い魔物は、嘴から火を吐きながら私に向かって滑空してきた。



「おいっ!危ない!」



微動だにしない私を、カルヌが抱き抱えながら横に飛ぶ。

そのまま地面に体をぶつけ、砂煙がたった。


「おい勇者!お前はなにをしている!!あれは魔物だ、ぼうっとしてるな!」


「…殺してやる。」


「……え?」


私はゆらりと立ち上がり、鞘から聖剣を引き抜いた。そして輝く刀身を上空で旋回する魔物に向ける。


「おい、むやみやたらに突っ込むなよ。」


カルヌの制止も無視して魔物に向かって聖剣を、思いっきり投げた。


「あら、はずれましたね。」


「惜しいな。」


「お前ら頭がおかしいのか!?聖剣を投げるな冷静に感想を言うな三馬鹿!!」


カルヌが叫ぶと同時に地面に落ちていく聖剣を魔法で浮かせ、そのまま衝突するのを防ぐ。

しかし私はそんなカルヌの言葉すら頭に入ってこなかった。

あの黒っぽい鳥の魔物が私の単語帳を燃やした。その事実だけで十分。


「マンサ、メリー、次あいつが滑空してきたら一瞬だけ動き止められる?」


「任せろ!」


「できますよ。」


二人の返答と同時に魔物が二度目の滑空を始めた。

二人は好戦的な笑みを浮かべると、マンサは大剣で、メリーは杖でバリアを張って魔物と真っ向からぶつかった。そして鳥の動きが、完全に止まる時が、一瞬生まれた。

私は迷わずその瞬間、鳥の腹部を思いっきり蹴り飛ばした。


「英単語帳の、恨みっっ!!!」


メリメリっと何かが軋むような音の後、鳥が勢いよく上空にぶっ飛ぶ。



「勇者!落ちてきたところを右のほうに蹴ってくれ!お前は今剣を持っていない!私が斬る!」


「わかった。メリー、血が飛び散らないように結界よろしく!」


「はぁーい!」


私は落ちてくる間、考えていた。

というか混乱していた。

英単語帳を失ってしまった。どうしよう。

本当にどうしよう。これから少なくとも半月英単語帳に触れられない日が続く。

英単語半月日々の学習を欠かしたらそのとたん忘れていくものなのに。

こんなんじゃ、80点取れない。絶対取れない。うちの学校はスーパーグローバルハイスクールに指定されているからか英語のテストだけはいつも半端じゃなく難しいのに…


私は蹴り上げられて落ちてくる魔物を、瞳に写す。

そして、思いっきり、思いっきり叫んだ。」


「SGHの英語の難しさ、舐めとんのかこのアホドリ!!!!!!」


魔物の体が地面に着く直前、魔物の顔面を思いっきり殴った。

と、ひゅん、というあり得ない風切り音を出して魔物は目にも映らぬ速さでどこかへふっ飛んで行った。


うん、どうやら私は腕の方が力があるようだ。


「おい勇者、私の出番がなかったじゃないか。」


「うふふ、勇者ちゃんったらお転婆さんねえ。」


「おい違うだろ。勇者、腕と足を見せろ。魔物の体は生身で殴ると毒される。」


貸せ、と言われうでと足を出すと確かに魔物に触れたところが少し黒ずんでいた。


「これだけで済んだか。なるほど、さすが勇者というだけはある。」


「普通は違うの?」


「魔力が少ない者や力の弱い者は数秒もすれば腕が腐れ落ちる。」


カルヌは一言二言口の中で呟くと、私の黒ずみをあっという間に直してしまった。


それにしても魔物って案外弱かった。

正直今日の痛手は精神的なものの方が大きい。くそ、あのアホドリめ。

こんどもしまた見つけたら焼き鳥にして売ってやる。


「それにしても父上、あなた本当に国一番の大魔導士なんですか?」


「そうだな、今日父上は何もしなかった。ここは年長者として、そして男として率先して魔物を倒すべきだったのでは?」


「…お前らが勝手に張り切りすぎたから入るに入らなかったのだ。」


…もしかして、カルヌって戦えないんじゃ…元々この旅についてくることになっていたわけでもないし…


私達三人の中にそんな疑問が生まれた。そしてこの日は早めに就寝することになった。


けれど私は眠れなくて、霧で見れるかどうかわからないけれど星でも見ようとテントの外に出た。ちなみにテントの周り、テントから半径三メートルくらいのところに魔物の体液をまいている。

カルヌが持っていたもので、とても強い魔物の血液だという。魔物は自分より強い魔物にはなるべく近寄らないようにするらしく、聖水なんかよりこっちの方が効果があるのだと言っていた。

なんでそんなことを知っていたのかな、なんて思いながら座って空を見上げていると後ろから声をかけられた。


「あ、マンサ。それにメリーも。」


「私達も眠れなくて。お隣よろしいかしら?」


二人は私を挟むような形で座ると、手に持っていた薄手の毛布で私と自分達の体を包んだ。毛布は大きくて、三人でもまだ余りある。ちなみにこれもカルヌがよくわからない空間から出したものだ。

それから、誰からともなく話し始め、次第に盛り上がっていって話題が恋愛の話に移った。


「私か?私はいるぞ。好きな奴。」


「え?マンサいるの?」


勿論、とマンサは頷く。


「幼馴染だったんだがこの前交際を申し込まれてな。ゆくゆくは結婚してくれ、と。」


「マンサもその人のこと好きだったの?」


「ああ、でも私はこんなんだから叶わぬ恋だろうと思っていた。」


普通こういう話って顔を赤らめて話したりするものなんだろうけど、マンサは相変わらず威風堂々としていて凛々しかった。

それにしてもマンサに彼氏がいたなんて驚きだ。失礼かもしれないけど。

そしてマンサの彼氏がこの国の第一王子様だと知ってもっと驚く。

マンサすごいな。

それにしてもマンサがゆくゆくは国の王妃になるのか。…なんか、国民全員が裸に槍一つでゴリラと格闘できる国家になりそうだ。


「ちなみに私もいますよ。」


「あ、うん、なんとなく納得。」


メリーにはいるだろうな、と思った。

なんというか、マンサは赤い髪をなびかせてすごく凛々しくて綺麗なんだけどどちらかというと女性にモテる感じの人だ。

でもメリーは性格はともかく見た目と雰囲気だけなら男性の理想とする聖女のような女の子だからなあ。

しかし次の瞬間私は耳を疑った。


「真っ白な狼で、とってもかっこいいのよ。」


「……狼?あ、比喩?」


「いいえ、神獣よぉ。人の言葉を話せて、夜は人間の姿にもなれるわあ。今度合わせてあげるわね。」


「あ、うんありがとう。」


異種族同士の恋愛…この世界に来てから一番ファンタジーっぽい話を聞いた。


「よし、二人の彼氏のためにも、私の試験のためにも、一刻も早く魔王を殺して帰らなきゃね!」


「うふふ、頼もしいわぁ。ところで勇者ちゃんは好きな方、いないの?」


「そうだな、私達だけ話してお前が話さないのはフェアじゃない。話せ。」


二人の目がぎらりと光った。獲物を狩る肉食獣の瞳だ。

私はその瞬間逃げられないことを悟った。


「って言ってもなあ、いないんだよねえ。」


「嘘つけ。いるだろ、一人くらい。」


「いやあ?前はいたんだけどね、勉強し始めたらくだらないなって思えてきちゃって。」


「もったいない。ちなみにどんな方だったのかしら?」


「いっつも笑ってて、人の輪の中心にいたなあ。顔はかっこよかった。明るくて、運動神経がよくて…でも今思うとただの憧れだったのかも。」


今思うと懐かしい。勉強を始める前は昼休みに友達とその人を見に行ってキャーキャー言って騒いだりしてた。

でも今思うと好き、という感情ではなかった気がする。かっこいいな、だとかいいな、だとか思っていたのは本当だけど、それだけ。

あとは友達とそんな風に盛り上がるのが楽しかったから好きなふりをしていたのかもしれない。でもあの時は確かに姿を見るだけでドキドキしたし…うーん、よくわからない。


「まあでも、いい思い出だったのだろう。幸せそうな顔をしていたぞ。」


「え、恥ずかしいな!」


「うふふ、勇者ちゃんったらかわいい〜そういえば知ってた?カルヌ様、あなたの事褒めてらしたのよ。」


「え、カルヌが?」


「ああ。お前が初めてこの世界にやってきたとき、やり方は強引だったし口も悪かったが、確かに言っていることは理にかなっているしなにより度胸と精神力が備わっていると。」


おお、ちょっと嬉しいかもしれない。

でもそうか、私にとって初対面のカルヌは最悪だったけど、カルヌにとってはそうでもなかったんだ。うーん、人ってわからないものだなあ。自分の物差しで測ったものが全てとは限らないのだということが身をもって体験できた。


「それから、謝罪もしていたわぁ。あんな幼い少女が勇者に選ばれるとは思っていなかったと。王の手前怒鳴りつけたりもしたが、やはり自分は間違っていたと。」


「ふーん、そっか。なんか私、カルヌに悪いことしちゃったな。そんな風に思っててくれてたんだ。」


人って全ての人に等しく同じ態度を見せたり、感情を表したりするわけではないんだな。

…なんだかカルヌからは学ぶことが多い。


「おいお前ら、寝ないのか?」


そのとき、カルヌが眠そうに目を細めながらテントの中から声をかけてきた。

騒ぎすぎて起こしてしまったんだろう。

申し訳ない。


私とマンサとメリーはお互い顔を見合わせてにっこりと笑うと、テントの中へと入っていった。










「ここは?」


次に目が覚めたとき、私は何もない空間の中にいた。

本当になにもない。見渡す限り真っ白な空間。上下の感覚すら掴めない。

と、横にカルヌもいることに気づいた。


「カルヌ!ここどこ?マンサとメリーは?」


私達はテントの中にいたはずなのに。なんで、いつの間にこんなところに!?



「ここは魔族の城の中にある牢屋だろうな。

魔族の牢屋は亜空間を使う。おそらく寝ている時に連れ去られたんだろう。あの二人は違うところに閉じ込められているはずだ。」


「え、ちょっと待ってよ!結界張ってあったよね?破られたってこと?」


「ああ。おそらく上位の魔物…いや、あれは魔王本人でないと破らないくらい強力なものだ。おそらく本人がやってきて、私達を攫ったのだろうな。」


ま、お、う!

そんな!もし私が起きていたら、そしてその首をうち取れていたなら、この旅はもっと早く終わり勉強時間が増えていたのに!


…あれ、そういえば、私の荷物は?

もしかして、いやもしかしなくても、奪われた?魔族に?おいおい、総額いくらすると思ってるんだ。五千円分くらいはあるぞ。


「カルヌ、ここどうやって出るの?」


出なければ。

出ていますぐ荷物を取り返して魔族をやっつけなくては!


「まて、おそらくもうすぐ出られるだろう。それまではほら、あそこの小屋で休もう。」


カルヌの指差す方を見ると、いつの間にか小さな、それでも立派な小屋ができていた。


私は恐る恐る、カルヌの後についてその中に入る。

木のいいにおいがした。

中は素朴だが可愛らしい装飾がなされていて、調度品も一通り揃っている。


「ほら。飲め。砂糖とミルクはいるか?」


「え?これどうしたの?」


「さあ。テーブルの上に置いてあった。」


そんな馬鹿な、と思ってテーブルを見ると、確かにお菓子やらなにやら色々置いてある。

牢屋なのになんでこんなに待遇がいいのだろうか。

カルヌが普通に飲み食いしているので毒は入ってなさそうだ。それでも恐る恐る口をつけると、とても美味しかった。


そういえばなんでカルヌはここが魔族の城の牢屋だってわかったんだろ。魔族の、しかも内部のことに詳しくないと無理だとおもうんだけどなあ。


まあいいか。

ああそれにしても単語帳がないのは物寂しい。


「……少し、話してもいいか?」


「え?うん。どうぞ。」


カルヌがいつもよりいっそう眉間のシワを深めながらそんなことを言ってきたのは、私がパンプキンマフィンを食べている時だった。

いつになく真剣なその表情に少し身構えてしまう。


「…お前は初めて会った時、お前は言ったな。異世界の事情を異世界の者に任せるな、自分で解決する気概を見せろ、と。正論だと思う。私も…そうしなければいけないと思っていた。しかし、できなかった。」


……なるほど、かなり重い話が始まりそうだ。なんで私にこんな話を、とも思うが彼なりに思うところあってだろう。ならば真面目に聞かないと失礼にあたるだろう。

私は姿勢を正した。でも手に持つクッキーは食べ続ける。


「少し、昔話をしよう。俺の家族の話だ。俺の母は、俺のことを愛してくれた。父は早くに他界していたから、女手ひとつで俺と姉さんを育ててくれた。忙しい合間をぬって愛情をたっぷり注いでくれた。やがて俺も姉も成長し、姉は他へと嫁ぐことに、そして俺は母の仕事を継ぐことになった。」


一人称が俺、になっている。

おそらくこれがカルヌの本来の自分の呼び方なんだろう。


「しかし、俺が仕事を継ぐ直前で母が死んだ。すると、母の腹心が俺を裏切り、そして俺は命からがら今の国へとにげた。姉は長らくそれを知らなかったが、ある日その事実を知り…激怒した。そして夫に頼み、大勢の部下と共に俺を裏切った腹心の元へと乗り込んだ。

しかし腹心は直前にそれに気づき、そして逃げた。姉は今でもその腹心を探している、というわけだ。」


「…もしかしてカルヌの家ってすごい格式高い家?今のって相続争いの話みたいな感じだよね?」


「さあな。まあでも、そうだな、相続争いの話なんだろうな。…しかし困ったことに、姉はやりすぎた。腹心が逃げたことにさらに腹を立て、腹心の部下を全て殺し、腹心を見つけるためなら手段を選ばない。しかし、それもこれも、全ては俺が不甲斐なかったせい。俺には、姉を諌める資格も止める資格もない。」


「なぜそんな話を私に?」


「お前は、知る必要があると思った。」


「ふぅん。よくわからないけど…まあでも元気だしなよ。資格だなんだいう前に、とりあえず自分のやれることしなよ。資格なんてのは行動の後に手に入れるもんなんだから、行動起こす前に資格がないなんて、それこそいう資格がない。ってたしか誰かが言ってた気がする。」


「…そうだな。」


「そうだよ。とりあえず今は魔王を倒そう!大魔術師様とやらの力、見せてよね。」


「ああ。存分に見せてやる。」


「ちょっと顔が暗い!戦いの前で緊張してるの?それともそんなにお姉さんのことが気掛かり?」


「まあ、どちらも、だな。」


「じゃあ戦闘中は私のことだけ見てたらいいよ。そしたら怖くない。お姉さんの方は、この戦いが終わったら特別に単語帳もなにも持たないで、相談に乗るし慰めてあげる。ただし一日だけね。」


私はにっこりと笑ってカルヌの手を取った。

カルヌも穏やかに笑って私の手を握り返す。


「ありがとう。」


こんなに心のこもったありがとうは、初めて受け取ったかもしれない。


「私さあ、初対面あんたのこと本当に嫌いだったけど、今は好きだよ。」


「そうか。私は最初から、お前のことは嫌いじゃなかったぞ。」


カルヌはそう言ってからあたりを見回した。どうかしたんだろうか、と思っているとそうそう、となにか思い出したように私の方を見た。


「お前が言っていた神をなぐる、というあれ。おそらく叶うだろう。」


「……は?」


その場の勢いで口にしたのでそんなことを言ったことすら忘れていた。カルヌが覚えていたことにも驚くが、それ以上におそらく叶うって、どういうこと?


私が困惑していると、いきなりカルヌが抱きついてきた。私の頭を抱え込むようにして包み込む。

そして次の瞬間、風船が割れるような破裂音がしたかと思うと、いつの間にか私たちは見知らぬ場所…薄暗い石の回廊….その中央に、いた。


「やはり魔王城だ。」


カルヌは呟くと、私の手をとって走り出した。魔王城は決して華美なんかではなかった。石でできた、重堅な戦をするための城….中世ヨーロッパの時代の城のようだ。等間隔に並ぶ松明の火が、薄暗い回廊をぼんやりと照らす。

魔王城にはなぜか魔物が全くいなくて、私たちの走る足音だけが響く。

私はどこに向かっているのかわからず、ただ手を引かれるままに走るだけだったが、どうやらカルヌはあてもなく走っているわけではなさそうだった。


そして、しばらく走ると大きな、大きな鉄製の扉の前に辿り着いた。

ここだけ明らかに他の部屋と違う。作りが重厚で、細やかな細工が施されている。なにより、大きい。

四人がかりで押しても開くのかどうか怪しいくらいの大きさだ。


と、後ろから足音が聞こえてきた。

見ると、なんと沢山の魔物が私たちを取り囲んでいた。


「わ、カルヌどうする?戦う?」


「いや、大丈夫だ。奴らは襲ってこない。」


確かにカルヌの言う通り、彼らは襲ってこなかった。敵意がないわけではない。ただ、何かに阻まれているかのように一定以上の間隔を保ち続け、決してそれ以上近づこうとしない。


「入るぞ。」


カルヌは短くそう言うと短い単語をいくつか呟き、扉に軽く手を当てた。

重い重い音と共に扉が観音開きに開き、私も周囲の魔物達もざわめく。

まさかこの扉を一人で開けてしまうなんて。

魔法って、すごい。


私はカルヌの手を強く握って中へと足を踏み入れた。

案の定そこは玉座の間だった。

ここから一直線に赤い絨毯が敷かれ、その先には数段上がったところに黄金の玉座があり、そしてそこに一人の女性が腰掛けている。彼女は珍しいものでも見るかのように私を見ていて、私はそれに対抗しようとして視線を送った際、マンサとメリーを見つけた。

彼女のそばにある大きな大きな鳥籠の中に二人はいた。

そして、その中に私のカバンの存在もかくにんする。


私は全身に力を入れ、気分を切り替える。

これから始まるのは殺し合いだろう。

半歩後ろにいるカルヌは恐怖でか緊張でか少し震えている。

私はそれを安心させるかのように一度、繋いだ手に力を込めた。


カルヌははっとしたように目を見開くと私の方を見て頷き、そしてそのまま前に進み始めた。

今度は私が半歩後ろをついていく形になる。


そして、魔王の顔を確認できるくらい近くまで寄った時、やっと足を止めた。私はその顔を見てあっと声を上げる。

魔王の顔はカルヌととても似ていた。そっくりと言うわけではない。ただ、顔の作りというか、雰囲気というか、とにかく言い表しにくいが何かが似ていた。

と、


「姉さん。」


「かっっ!えっ!?かっ!かっ!カルヌさん!!??」


私はもの凄い勢いでカルヌの顔を見た。残念なことに至って平常通り、冗談を言っているわけではなさそうだ。


そして、魔王の方も目を見開くと、


「カルラローヌ!あなたなの!?」



んん??

ちょっと、ちょっと混乱している。

メリーとマンサはこの事態にどんな反応を示しているんだろう!?

私は彼女達を見たが、彼女達は鳥籠の中で妙に納得したかのような顔で頷いている。


驚いているのは私と、相変わらず一定の距離を保っている魔物の皆さんだけのようだ。


「姉さん、俺がこんなこと、言っちゃいけないかもしれないが…いや、言わせてもらう。

もうやめてくれ。姉さんが放った魔物の捜索隊のせいで人間の国に多大な被害が出ている。もうバルガーデフなんてどうでもいいだろう」


「あ、あ、生きていたのね、よかった!ええ、あなたが言うならやめますとも!あなたが生きているとわかったなら、仇を討つ必要もないわ!」


「姉さん。ありがとう。でも、俺たちはあなたを倒さなければならない。あなたは罪に汚れてしまった。もう、夫の元には帰れないだろう?」


か、会話がわからない。いや、話している言葉は理解できるんだけど、脈絡というか流れというか、そういうのがまったく掴めない。

完全に置いてけぼり状態だがそれでも話は進む。



「帰れない?大丈夫よ、私まだそこまで汚れていないもの。」


「…姉さん、よく見てみろ。己の姿を、部下の変わり果てた姿を。それに俺たちをあのテントから連れ出したのは姉さんだろう?その際姉さんは、俺に気づかなかっただろう。」


「あら、そんな…」


否定しようとして、魔王…お姉さんの動きは止まった。


「…黒い。」


お姉さんの手は肘から先が黒く、まるで黒い手袋をつけているみたいだった。

髪は黒く、瞳も黒く、背中には蝙蝠のような羽、頭には羊のような、それでいて禍々しい角。


お姉さんは自分の手を見て、それから眼下にいる部下の魔物達を見、目を見開く。


「あなた達、その姿はどうしたの?綺麗な羽は、どこにやったの?」


「魔物や従属というのは、仕える者の感情、存在、罪深さの影響を嫌というほど受ける。いかにあなたであろうと、怒りに我を失って無実のものまで傷つけるのは、よくなかった。」


そのあとカルヌは、小さく済まない、と呟いて私の方を見た。


「勇者、やってくれ。」


「え…いいの?」


私はお姉さんの方を見る。

彼女はぐったりと、見ていて悲痛なくらい項垂れていた。

しかし、当の本人が顔を上げ、弱々しく微笑むと頷いた。

やれ、ということだろう。


…なんだかよくわからないけど、なんとなく怒る気になれない。

そして、カルヌがさっき自分の過去のことを話してくれたのは、つまりこの一連の魔王騒動の真相というか、経歴だったんだ。


勉強の邪魔されたし、惨たらしく殺してやる!なんてこの世界に来た最初の時は思っていたけど、今は到底そんな風に思えない。

この人も多分、一生懸命だったんだろう。


「じゃあ、行くよ。」


私は聖剣を振りかざし、お姉さんの胸に思いっきり突き刺した。

嫌な感触が手に伝わり、思わず目を背けたくなる。


「姉さん、済まない。本当なら俺がもっと早くに止めるべきだった。しかし、ここに来るのが怖かった。俺のせいで変わってしまったあなたを見たくなかった。罪悪感から逃げるように、俺は…」


「いいの。私、あなたにもう一度会えて嬉しかったわ。」


お姉さんは微笑みながらそう言うと目を閉じ…そして周囲が光に包まれた。

目も開けていられないほどあたりが明るくなり、徐々に光が収まり、目を開けるとそこには一人の綺麗な女性がいた。

背中から白い羽を生やした、金髪の女性だ。

後ろを振り返ると魔物がいたはずの所には大勢の天使達がいる。


「……カルヌ、これは?」


「え、いや私にもわからない。聖剣は神からは授かったものだ。神からは、聖剣で姉を刺したら自分が遺体を回収するから…とは聞いていたがこんな…」


ああ、だからあの時神に会えるぞ、みたいなこと言ってたんだ。

いやでも、本当にこの状況はなに?


「マルセリアーナ!」


と、どこからともなく声が聞こえたかと思うと、突然女性の隣にこれまた金髪の、美しい男性が現れた。


「貴方…これは?」


困惑する女性の手をとって愛おしそうに口づけする。


「ね、カルヌ、もしかしてあの人って…」


「神だ。」


やっぱり。

天使や女性もそうだが、彼の周りは一段と輝いていて文字通り神々しい。


「ああ、よかったよ。君が元に戻ってくれて。…やあカルラローヌ。」


「…義兄さん。」


「ふぁ!?」


驚きのあまり私の口から変な声が出た。

今お兄さんといいました?お兄さんとおっしゃられましたか?!

つまり、えっとどういうことだ?

つまりは…お姉さんの嫁ぎ先って、神様?

だから罪に汚れたら帰れない、とか言ってたのか。天上に帰れない、ということだったんだろう。

そして元々魔王になるはずだったカルヌと神様であるお姉さんが兄妹ということは、もしかしてこの世界では魔王って本来悪い存在じゃない?だってそうだよね、普通魔王って神様からの助けを受けて倒したりするもんね。

ということはこの世界の魔王とは私の世界でいうギリシャ神話のハデスとか、ローマ神話のプルートーみたいな感じなのかな。

私は困惑のあまりよくわからないことを考え始める。


「義兄さん、これはどういうことだ?」


「ああ、聖剣はね、元々悪いものを払う力を持っているんだ。だから元の姿に戻れたんだねぇ。」


「なんでそう言ってくれなかった。 貴方が姉を殺すことを許すはずがないと思い、気持ちを聞こうと会いに行ったときは落ち込んでいただろう。だから、てっきり…」


「いや、だって愛する妻の成そうとしていることが邪魔されてしまうのか、と思うと可哀想で。」


「…浄化するのなら貴方でもできただろう。」


「僕にしろと?!妻がこんなに生き生きしているのに水を差して、嫌われでもしたらどうするんだよ!」


私は神が言い終わった直後、その横顔を思いっきり殴った。

さすが神様。よろめいただけで吹っ飛んだりはしなかった。


それでもやっぱり痛いのか、真っ赤になった頬を抑えながら涙目になっている。


「ちょ、え、なんで僕今殴られたの?」


「お前自覚がないんかい!お前がさっさと奥さん迎えに行ってれば私はもっと勉強できたんだよ…神様にはわからないかもしれないけどなぁ、お小遣い月千円って、相当だからな?女子高生だぞ?千円でどうやって30日生き延びろと?人のことも、少しは、考えろこのっ…」


私は腕を振り上げ…そのまま意識を失った。






そして次に目を開けると、暖かなベットの上にいた。今まで寝たどんなベットよりもふかふかしていて、なんだか逆に落ち着かない。

天蓋付きのキングサイズのベッドなんて初めて使った。

…あれ、そういえばどうなったんだっけ。

どうしてここにいるんだっけ?

ぼーっと考えていると、声をかけられた。カルヌだ。


「起きたか。浄化は体力を消耗するからな。疲れてしまったんだろう。体力は?」


「うん、いい感じ。ここは?」


「城内にある私の部屋だ。私達は、魔王城から帰ってきた。」



ちなみに神様たちはあのあと天界に帰っていったという。

私はやっぱりまだ神様殴り足りないし、やっぱあいつが全ての元凶だったじゃんと思いながらカルヌの横顔を見た。


しかし、これでカルヌの道中の言動の謎が解明された。


旅の途中魔物が全然でなかったのと、お城の魔物たちが襲ってこなかったのはカルヌが魔王の弟で、そしてとても強い魔物?だったからだろう。テントの周りにまいた血も、自分のものだったのかもひれない。

お城の内部にやけに詳しかったのも昔住んでいたからで、つまりお母さんが魔王だったんだろう。

それに思えばカルヌがよく使う亜空間。

あれは私達が閉じ込められた檻?と同じ原理なのではないだろうか。


「なんだ?」


私の視線に気づいたカルヌは、微笑みながら問いかける。


「いや…」


私はまた、考えていたことではなく、別の話題を出した。


「眉間のシワ、とれたね。」


「ああ。お前のおかげだな、ありがとう。」


にっこりと笑う彼は、ちょっと輝いて見える。あの眉間のシワは、彼の苦悩やら葛藤やら、罪悪感の深さの表れだったんだろう。


「どういたしまして。ところでマンサとメリーは?」


「恋人と再会を喜んでいる。」


例の第一王子と狼さんか。

ちなみに、マンサとメリーはなんとあの鳥籠の中に捕らえられていたとき、カルヌのお姉さんの惚気やらなんやらを聞いていたらしい。そこでカルヌとお姉さんが兄妹であることに気づいたようだ。そして、神様の妻であることも。


「お前、驚かないのか?あいつらに恋人がいたこと。」


「だって、話に聞いていたから。」


「へえ。お前達のような女でもそういう話をするものなのだな。」


「どういう意味だよおい。でもまあ、したね。過去の好きな人について語らされたりしたわあ。」


「お前にも好きな男というやつがあったんだな…人は、色々な側面を併せ持つのだな…」


さっきから聞いていると失礼なやつだ。

そういえばカルヌともちょっとした恋バナをしたことがあったな。

私はマンサに言われた言葉を思い出す。

私が好きだった人のことを話しているとき、幸せそうな顔をしていた、と彼女は言っていた。思い返すとメリーもマンサも、その顔はどこか幸せそうだった。

カルヌと話したとき、彼は至極つまらなそうにしていなかったか。


「俺はどうしても恋愛というやつが楽しいものとは思えないがな。」


「それは本当に好きな人がいたことないからじゃない?この人といると楽しいな、とか幸せだな、この人のこと考えるとドキドキするな、とかなかったでしょ。」


「お前のことを考えて、ハラハラすることならあったがな。…これが好きということなのだろうか?」


「いや、それただの危なっかしい奴に対する感情な。」


彼にはいつか、幸せになってもらいたいものである。






後日、神様からお詫びとして新品の英単語帳が届き、私は元の世界に帰った。

私がいない間、元の世界では私の存在が忘れられるような仕組みになっていたらしく、大した騒ぎにはならなかった。


そして、テストを受け…見事平均90点をとり…浮き足立つような気分で家路を辿り、ドアを開けると…


「ああ、お前か。さあ来い。」


なんとカルヌがいて、中に引っ張り込まれた。しかも、入ったそこは家ではなく、いつか見た部屋…キングサイズのベットが置いてある、彼の部屋だ。


「え?なにちょっと。え?」


「神がお前の強さを気に入ってな、もっとお前の活躍がみたいなと言ってこの世界の各地に強い魔物を生み出し、城を与えた。お前に、倒させるために…!」


カルヌは言い終わるや否や、片手で顔を覆いがくりと項垂れた。


「ちょ、カルヌ元気出して!」


「私の身内が申し訳ない…私ももちろんついていこう。マンサとメリーも…今度はその恋人も来るかもしれないが…」


「いいよ、べつに。テスト終わったし結果良かったし旅は楽しかったし。また旅しよう。」


「何年かかるかわからないぞ?」


「……は?」


私は、私の中に怒りという感情が湧き出て来るのを感じた。


「全ての魔物を倒し終わったら、ラスボスは神でいこう。やっぱりあいつ、殺してやる。」


「…面目ない。」



こうして私とカルヌ、マンサにメリー、さらには二人の彼氏を加え、新たな旅…最終的には神をフルボッコという目的を掲げた旅を、始めるのであった。






実際高校生とかが異世界呼ばれたら勉強面でも困るよな、と思いました。

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― 新着の感想 ―
[一言] SGH笑いました_( _´ω`)_ 大変ですよねアレ…
[良い点] お小遣いの為なら王様だろうが魔王だろうが神様だろうが容赦しない蘭の恐ろしさを感じる面白い物語です! [一言] 神様が無事でありますように
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