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いきなり絶体絶命

 目が覚めると雲一つない綺麗な空模様。

 周囲には自然豊かな木々、鼻孔をくすぐる草木の匂い。耳をすませば小鳥の囀りも聞こえてくる。

 

 ――――俺は地面に寝転がっていた。

 

 昨日はちゃんとベットの中で眠りについた筈なのにどういう事だ。

 悪夢はまだ続いているのか……俺は立ち上がって服についた土を落とす。


「あ、義兄さん、やっと起きたんですね……!!」


 奥の方から咲が駆け寄ってきた。この不可解な状況に巻き込まれたのは俺だけではないらしい。

 どこかから持ってきたのか両手に大きなバケットを持ち、中には食料が入っていた。


「ったく、ここは一体どこなんだ? ……どう考えても家の近所じゃないよな」


 咲が走ってきた方角にはレンガ造りの住家が立ち並び、屋根には煙突が生えている。

 周囲には家畜小屋らしきものもチラホラ見かけ、俺達が住んでいた町とは大きく異なる。ビルやマンション等のコンクリートの建物が一つもない、自然に囲まれた田舎村だった。

 

「ここはノーマ村というらしいです、入口の看板に描いてありました。あ、それから義兄さんコレを朝食にどうぞ」


 先に目覚めた咲が周囲を散策していたようだ、幽霊以外では怖いもの知らずな義妹だった。

 それにしてもノーマ村なんて聞いたことがない。アメリカ村の親戚か何かか? 

 とりあえずバケットに入った黒いパンを受け取り一口。

 うおっ、滅茶苦茶硬い。

 味もお世辞にも美味しいとはいえない、が、とりあえず一息つく事ができた。咲の気遣いに感謝。

 

「ありがとう……よそ者に食べ物をくれるなんて親切な人もいたんだな、村の名前的に海外だろ? 言葉とか通じたのか?」


 今いる場所が日本ではない可能性は高い、そもそも現世かどうかも怪しいが。

 なんせ昨日見た夢の内容から今の状況に至るまでまともじゃないのだ。ここが異世界だ、と言われても不思議じゃない。

 それでも普通の人間がいるのという事がわかったのだけでも僥倖。もしかしたら手を貸して貰えるかもしれない。

 俺達だけでサバイバル生活なんてできないからな。


「悪いけどパンをくれた人にお礼も言いたいし、案内してくれないか? 色々聞きたい事もあるから」

「えっ……えーっと……」

「ん?」


 そんな簡単なお願いに咲は言い辛そうに答えた。


「それは……その……誰もいなかったので――――勝手に持ってきちゃいました。す、すいません……」

「……返してきなさい」


 齧ったパンをバケットに戻す。

 おいおい、不測の事態とはいえワイルドすぎるだろう。

 これじゃあ助けてもらうどころか門前払いだぞ。いや、最悪そのままお縄の可能性も。

 手持ちには一銭もないし、あったとしても日本の通貨使えないだろうし……未知の世界でいきなり投獄エンドはマズイ。

  

「あと……それから……言いにくいんですけど」

「…………まだ何か盗ってきたのか!? 勘弁してくれよ、お金とかじゃないよな……」

「違います! これは、その、にわかに信じがたい事なので……」

「これ以上に信じがたい事があるのか……義兄さんちょっと泣きそう」


 流石に心が折れそうだ。

 もうどうとでもなれと、俺は次の言葉を待つ。

 だがそれは更に衝撃的なもので……。


「どうやらこの村……今、魔物に襲われている真っ最中みたいで…………」

「はぁ!? それってどういう――――」


 ――――ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア


 咲の爆弾発言の真意を確かめる間もなく、耳に入ってきたのは獰猛な獣の様な唸り声。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 そしてその後に続く男の声。

 空気の震えを感じる程の断末魔、それは死を連想させる絶望感をはらんでいた。

 ヤバい……この場所はヤバい、普通じゃない……!

 

「ちょ、ちょ、魔物ってどういう事だよ!? ここで何かの撮影でもやってるの!? もしかして俺、まだ夢の中!?」

「義兄さん……寝ぼけている場合じゃないですよ! 早く逃げないと私たちも――――」


 ――コロコロコロコロ


 その時だ。

 慌てふためく俺達の前に何かが転がってきた。

 ボールの様な丸いそれはちょうど俺と咲の間で止まる。

 何故か先端から赤黒い液体が吹き出ていて……。


「うわああああああああああああああああああああ、か、か、か、顔おおおおおおおおおおお!?」


 それは人間の頭部だった。

 絶望に歪む顔、見開いた両目。中身もポロポロ飛び出していて、グロイ、とにかくグロイ。

 映像作品で見る作り物とは違う……まず匂いがダメだ……視覚とコラボして不快感を何倍にもしている。


「義兄さんここにいるのは危険です! こっちです!!」


 駆け出す咲の後ろに俺も慌ててくっついていく。というか慌てているのは俺だけ?

 女性は男性よりもグロに耐性があるとは聞いた事があるけど、落ち着きすぎじゃないか。

 だが、今はその冷静さが頼りだ。

 

「た、助けてくれええええ」

「くっ、武器を取るんだ……! 誰か! レンカさんを呼んで来い!!」

「あぁ……あそこにも魔物がいるぞ!」


 途中何人か村人の姿を見かけた、何故か皆、日本語で話していて――――って今はどうでもいい。

 俺はさっきのボールを思い出さないように必死に顔を振る。

 油断するとパンが口から戻ってきそうだ。


「だ、駄目です、こっちにも魔物が……!!」


 俺達の行く手を遮るかのように並び立つ3体の魔物。

 まだ距離があってその全貌は明らかではないが、手には凶悪な殺しの武器。

 新しい獲物……つまり俺と咲を見つけて醜悪にほくそ笑んでいるように見えた。

 ここは引き返した方がいい……!

 

「咲、こっちだ!!」


 俺は咄嗟に、前で立ち止まっている彼女の手を掴んだ。

 男に比べ小さくて柔らかく温かい手。それは夢の中で会った幼女を思い出す感触。

 そういえば咲の手を引くのは何年振りだろうか。


「……あっ」


 肌に触れた瞬間、過去の情景が次々と浮かびあがり、そしてすぐ――――後悔した。


「いやああああああああああああああああああああああああ」

 

 バッチ――――――――ン!!


 断末魔に負けないぐらい凄まじい音量。頭が吹っ飛んでいきそうな程の衝撃。

 あまりの事にまるで時間が止まったかのような錯覚を覚えた。


 ――――俺は地面に弾き飛ばされていた。


 頬の痺れが酷い、どうやら強烈な張り手を受けてしまったようだ。


「ああっ……ご、ごめんなさい! ごめんなさい!! 義兄さん……私……なんてことを」


 咲も反射的にやってしまったのだろう、赤くなった手を見てわなわなと震えていた。

 今にも泣きそうな顔で……あぁ思い出してきた。


「い、いや……気にすんなよ、俺も……忘れていたし……」


 完全に失念していた。

 こいつは極度の――――――男性恐怖症なんだ。

 普段の態度からはまるで想像つかないが、男が肌に触れた瞬間、強力無比な張り手が飛んでくるのだ。

 それも本人は無意識の行動らしく、家族である俺ですら受けつけない。

 それが問題で全寮制の女子高に転入したのに、どうして俺は忘れていたんだ。


「ってこんな馬鹿な事をしている暇は……っうおおおおおおおおおおおお!?」


 立ち上がろうとした俺の前に巨大な影が落ちた。

 俺を見下ろす鋭い眼光、見え隠れす鋭利な牙に長い耳。そして人間とは明らかに違う緑色の肌。

 すぐに理解した、こいつはまさしく魔物なのだと。

 昨日みた映画に似たようなやつがいたはず…………そうだ、ゴブリンだ。


「オレ、オマエ、コロス」


 ゴブリンは俺を指さし無情にも死刑を宣告をする、しかも日本語で。

 何故言語が通じるのかはこの際どうでもいい。理解できなかった方が幸せだったかもしれない。

 耐えきれず後ろを向いた。


「オレモ、オマエ、コロス」


 そこにも同じ醜い顔があった。既に囲まれていたのだ。

 俺と咲を円で囲むように8体のゴブリンが並んでいる。


「ヘヘヘ、旨そうじゃねぇか、女の方は俺が貰うぜ」


 こいつらの親分なのだろうか、一回り大きいゴブリンが咲を見つけて舌なめずり。

 飛び出した腹にゴツイ棍棒を肩に担ぎ、周りの部下に命令している。

 他の連中と違い片言ではない。


「うっ……わ、私を食べても……お腹壊すだけですよ!! やめたておいた方がいいです!!」

「そうそう、こいつは腐っているから喰ったら腹を下す。それどころか腹を食い破って出てくるかも」

「義兄さんは何言っているんですか、私は腐ってません!! 男性に触れられるのが苦手なだけです!!」


 咲、多分それは腐ってる違いだ。


「なんだこいつら。匂いも格好もオマケに頭もおかしい」

「ホントウニ、ニンゲンナノカ?」

「ワカラナイ」


 何故かゴブリン達は戸惑っていた。

 変に知能があるから慎重になっているのか。こいつらにとって俺達は異質な存在という事なのか。


「そうか女を喰ったら腹を…………ならお前は、旨いのか?」

 

 今度は親分ゴブリンが俺を指差す、意外と素直だ。

 ……もしかしこのまま煙に巻けば助かったりする?


「当然俺も不味いぞ! なんせこの世界の人間じゃないっぽいしな! 喰ったら泡吹いて死ぬ! もしくは化けて出てきてお前らを呪い殺すかもしれない」

「ですです……義兄さんは本当に酷い悪魔さんですから……!」


 ――ザワザワ


 どうやらはったりが効いたらしいく騒ぎ出す魔物たち。マジか。

 こいつらが本能に任せた獣じゃなくて助かった。でなきゃ今頃腹の中だ。

 後、咲はまだ昨日の事を引きずっていたのか。もう許してくれよ。

 このまま時間を稼げば助けが来るかもしれない。だができることなら諦めて帰ってくれ……。

 

「ドウスル?」

「ドウスル? ホットクカ?」

「コロサナイノカ?」

「うーむ」


 ゴブリン達は顔を見合わせて相談している。

 これが寿司屋の活魚の気持ちか、いつ喰われるかわからない、冷や汗が止まらない。

 だが表情はできるだけ強気のまま、引いたら負けだ。

 親分ゴブリンはしばらくの思案ののち、その大きな口を開いた。

 

「………………仕方ねぇ――――――なら試しに両方喰うか」

「じゃあ最初から聞くんじゃねえよおおおおおおおおおおおおお!!」

  

 あぁ終わった。

 結局はこいつらも多少知恵がまわるだけのただの獣だったらしい。

 喰ったら死ぬって聞いて試しに喰うって馬鹿じゃねぇか。期待した俺も馬鹿だった。

 

「くそっ……!」


 俺は咲の元に駆け寄った。

 どうせ死ぬならせめて最後に少しでも男らしいところみせて死にたい。

 ゴブリン達から庇うように後ろから覆いかぶさる。


「に、義兄さん……!!」


 咲は小さく縮こまり震えていた。俺は抱きしめる力を強くした。

 そういえば張り手が飛んでこない、もしかしたら恐怖心の方が上回ったのかもしれない。

 ジャリジャリと徐々に近づいてくる死刑執行人。

 神様、仏様……どうか痛いのは一瞬で終わらせてください。


「シネ、オカシイニンゲン」


 俺は祈った、何故か最後に浮かんだのは……夢の中で出会った幼女。


――そして、その瞬間俺の身体が輝きだした。

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