8話 天狼星 ②
今回はアンジェ視点です。どうぞよしなに。
地味子とアデルの会話を隣で聞いていると、突然視界が真っ暗になった。声を出そうと息を吸った瞬間に意識が途切れたから、薬か何かを吸わされたんだと思う。目を覚ますと鉄の柵に囲まれていて、外から厳つい男たちが物珍しそうに私を眺めていた。なるほど、こいつらがスカルケイジのメンバーってことね。
鉄の柵か・・・。
鉄の柵・・・。
これ、もしかして鳥籠?
「ねぇ、いい加減普通の檻に移してよ。」
「だめだ。体が小さいから人間用の檻じゃ逃げちまうだろ。」
「鳥籠は失礼なんじゃない? 私は妖精よ?」
「それしかねえから、我慢しろ。」
暇そうにしている団の下っ端に話しかけてみるけど、まともに取り合ってもらえない。私が逃げないように見張っているのかしら。妖精なんて珍しいだろうし、私は他国の貴族とかに高値で売り捌かれる予定みたいね。
「まあ、殺される心配はなさそうね・・・地味子とアデルが助けに来てくれるまで、適当に情報でも集めようかしら。」
私がいるのは何かしらの廃墟のような建物。ホコリっぽくて荒れているけどけっこう広いし、スカルケイジのアジトってところかしら。ボスは不在のようね。こいつらは留守番か・・・。
「ちょっと、そこのあんた。」
下っ端の1人を呼ぶ。面倒くさそうな顔を浮かべながらも、ちゃんと来てくれた。よほど暇なのね。
「なんだよ。」
「あんたらのボスってどんな人よ。」
「なんで言わなきゃならねえんだ。」
「いいじゃないちょっとくらい。どうせ私は他国に運ばれるんでしょ? それまで暇だから相手しなさいよ。」
「まあ・・・いいだろう。」
随分ちょろいわね。さすが下っ端。
「せっかくだしさ、ボスに会わせてよ。」
「ガジェット様は今外に出ている。」
「ふぅん、ガジェットって言うんだ。そういえば用心棒もいるらしいじゃない?」
「シリウスのことか? あいつがいれば政府も俺たちには簡単に手を出せない。あいつよりも強い奴なんて見たことないからな。」
シリウス・・・どこかで聞いたような。まあ、そんなに強いなら少しくらい名が知られててもおかしくないわよね。
「規制の厳しいこの時代に人身売買に手を出す盗賊団なんてそうそういないわよ。金にはなるけど危険だしデメリットも大きい。何か理由はあるの。」
「お嬢ちゃんやけに詳しいな。確かに俺たちはかつて人身売買に手を出すようなグループじゃなかった。金の行き交うこの町で細々とやっていれば十分だったんだが、シリウスを雇ってから変わっちまった。あいつは実力だけでなく、闇社会にも通じてやがった。より稼げる商売をガジェット様に持ちかけてきたんだ。まあ、そのおかげでスカルケイジも大きなグループに成長できたんだがな。」
「なるほど・・・ね。」
シリウスという男には裏があるようね。これは一応、ギルドに報告した方がいいかしら。まあ、これだけ情報集めれば十分ね。
それよりお腹すいたわ・・・。
「ねぇ、串焼き知らない? あんたたちが私を攫う時に持ってたはずなんだけど。」
「袋に入ってたやつならガジェット様が食っちまったぞ。隣にいたお友達の分もな。」
「あれは全部私の分よ!」
「はあ?! あれ全部お前1人で食うつもりだったのかよ! どんな胃袋してんだ。引くわ・・・。」
「ほっときなさいよ! まあいいわ、とりあえず何か食べ物持ってきなさい。」
私の前にパンやイモなどを簡単に調理したものが並んだ。ちょっと質素だしそもそも立場が逆転しているような気がするけど、気にしないことにする。なかなか待遇は悪くないし、たまには攫われるのも悪くないわね。
遠慮なく食べていると、下の階から大勢の人間の足音が聞こえてくる。ようやくお出ましのようね。
鉄の扉が開き、他の下っ端たちよりもひとまわり体の大きい大男が姿を現した。後ろに手下を引き連れ、王様にでもなったかのようにふんぞり返っている。
「これが妖精か! 初めて見たな!」
「あんまり見ないでくれる?」
「ほう、人間の言葉を喋れるのか! これは滑稽だ!」
気に食わない男ね。うるさいし、串焼きの件も含めて。
「あんたがガジェットね・・・今すぐ私を解放しなさい。じゃないと私の仲間が黙ってないわよ。」
「お前の仲間って、若い女2人だそうじゃないか! そんな奴らに何ができるってんだ!」
下品に大笑いするガジェット。どこからともなく小物臭が漂ってくる。このまま油断させておいた方がよさそうね。問題は例の用心棒だけど、後ろにいる手下たちを見る限りそれらしき人物はいない。
できれば不在のうちに抜け出したいけど・・・。
「今夜お前を国外に運ぶ! それまでは大人しくしておくことだな! このアジトを知られている以上、逃げるというなら迷わず息の根を止めてやる!」
「本当にうるさい男ね。脱出手段を考えてるんだから邪魔しないでくれる? それとも今ここで串焼きたちの恨みを晴らしてあげましょうか?」
「なんとも勇敢な妖精だな! だが・・・!」
ガジェットは懐から拳銃を取り出し私へ向ける。
やば・・・ちょっと言い過ぎたかも。
「戦闘はシリウスに頼りきっているが、腐っても俺は盗賊団を束ねるボスだ! お前程度いつでも消せるということを覚えておくんだな!」
「・・・。」
地味子とアデル・・・まだかな。
さっさと来てくれないと売り飛ばされちゃうんだけど。どこかの貴族の奴隷になっちゃうんだけど。その前に暑苦しい盗賊どもに囲まれてもう限界なんだけど!
「アンジェ!」
私を呼ぶ声の直後、鉄の扉が大きな音を立てて破られた。
間違いなく地味子の声だった。私を助けに来てくれたみたい。まったく、遅すぎるのよ。後でしっかり言い聞かせて・・・・・・ちょっと待って。
破られぶっ飛ばされた鉄の扉がこっちに降ってきてるんですけど。
衝撃によってひしゃげたいかにも重そうな扉が、鳥籠ごと私を巻き込んで壁に叩きつけられた。私死んだ。私死んだ。
「アンジェ! 無事か?!」
アデルの声も聞こえる。扉を破ったのはアデルで確定のようね。ここから脱出できたら絶対殴るマジで。
地味子が慌てて私に駆け寄ってきた。扉の下敷きになった鉄籠を開け、私を抱え上げて心配そうな顔をしてくれている。
「アンジェ、大丈夫?!」
「大丈夫に見えるかしら・・・?」
「スカルケイジにやられたんだね、絶対許せない!」
「いや、アデルのせいだから。まあいいわ・・・用心棒は不在みたいだから、今のうちに逃げるわよ。」
「う、うん・・・そうしたいんだけど、アデルさんが・・・。」
アデルは既に暴れていた。大剣を振り回し、スカルケイジの暑苦しい男たちを次々に薙ぎ倒していく。クエストの目的は検挙だったけど、これはもはや殲滅ね。
「相変わらずパワフルね・・・あの細い体のどこからパワーが溢れ出てるんだか。それよりアデル! ボスが銃を持っているから気を付けなさい!」
「ねぇ、ボスってこの人のこと・・・?」
スカルケイジのボス、ガジェットは既に下っ端たちと一緒に倒され、地味子のすぐそばで伸びていた。
図体の割に弱すぎでしょ、あんた・・・。
「アンジェ、こいつらに酷い事されなかった?」
「別に。むしろもてなしてもらったわよ。」
「どゆこと?」
「簡単そうな料理だったけど、まあまあ美味しかったわ。とにかく、アデルが雑魚を一掃したらすぐ脱出するわよ。」
返事が無い。
「地味子、聞いて・・・・・地味子?!」
地味子はいつの間にか目を覚ましたガジェットによって人質に取られていた。背後から拳銃を地味子の頭に突き付け、首に手を回し羽交い絞めにしている。地味子は喉に太い腕を押し付けられ、苦痛に顔を歪ませる。
「動くなよ、お前ら・・・!」
それを見たアデルも動きを止める。生き残った下っ端はあと5人いる。私もアデルも、人質を取られている以上迂闊に攻撃できない。
最悪の状況・・・。
「人攫いに人質・・・あんたたち、本当にクズね。」
「何と言われようと、勝てばいいんだよ!」
ガジェットはゆっくりと、アデルに銃口を向ける。
「まずはお前からだ、怪力女!」
躊躇いなく引き金を引いた。
緊迫した廃墟の一室に、発砲音が鳴り響いた。
ありがとうございました。熱中症にはお気を付けください。(今更