68話 とある姉妹の話 ⑦
姉妹過去編最終話です。よろしくお願いします。
カンナちゃんの腹部から滴り落ちる鮮血。突き立てられたジャックナイフ。家に押し入ってきた大男。
「なんだよ、こいつ標的の女じゃねぇぞ。」
男は溜め息交じりにそう言うと、ナイフを引き抜きカンナちゃんの身体を床へと投げ捨てた。力なく横たわったその華奢な体は小刻みに痙攣を繰り返し、床に血溜まりを作る。
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
お姉ちゃんもその光景を見つめるだけで、言葉を失っている。
ただ、私たちの理解が追いつくのを待ってくれるほど相手が優しいはずはなく、仲間と思われる武装した男たちが次々と家になだれ込んでくる。
それでも私とお姉ちゃんは、考えるよりも先にカンナちゃんの元へと駆け寄った。赤く染まった身体を抱え上げ必死に呼びかけても、返事は無い。
「どうしてこんな・・・。」
私は大男を睨み付ける。後ろの集団に目をやると、その中にはカンナちゃんを助けた時に返り討ちにした男たちの姿があった。
それは、この武装集団が反魔導団体、抗魔党であることを意味していた。
でもどうして・・・?
抗魔党はこの家の場所を知らないはずなのに。
「おい、魔女一家の娘が三人姉妹だなんて聞いてねぇぞ。」
カンナちゃんを刺した張本人が荒っぽい大きな声を上げる。誰に対して文句を言っているのかわからないし、今の私にとってはどうでもいい。私は頭の中でひたすら、この状況を切り抜ける方法を探していた。
そしてそれはお姉ちゃんも同じだった。負傷したカンナちゃんを抱え、逃げ切る事だけを考えていた。
集団の奥から聞こえてきた、その声を耳にするまでは。
「それは妙だね、家にいるのはシャルナと妹のアデルだけのはずだ。」
再びその声を聞くまでは気のせいだと思っていた。信じたくなかった。
声の主は武装集団の中から姿を見せると、倒れ伏しているカンナちゃんを一瞥して舌打ちをする。
「僕の声を聞かせればシャルナが出迎えると思っていたけど、誤算だったようだね。強力な魔導士を真っ先に片づけられなかったのは残念だ。」
「どういうこと? どうしてその人たちと一緒にいるの・・・?」
お姉ちゃんは思わずそう呟いた。
その視線の先には、普段の優しそうな姿とは似ても似つかない、冷徹な目で私たちを見下ろすリオンさんがいた。
「リオンくん、これはどういうことなの? どうして抗魔党と・・・?」
「あーうるさいうるさい、今お前らをできるだけ楽に殺す方法を考えてるから静かにしてくれるかな?」
「何言って・・・?!」
仲良さそうにしていた2人の姿が嘘だったかのように、リオンさんはお姉ちゃんには見向きもせず鬱陶しそうにあしらった。
「まさかまだ気付いてないのかい? 相変わらずバカだね。ここまでしても僕が抗魔党のメンバーだってことに気付かないなんて。」
「うそ・・・。」
「妹さんは感づいてたみたいだよ。」
私の考えは少し違った。
リオンさんが抗魔党に脅されて、無理矢理この家の場所を吐かされた・・・そうであってほしいと願っていた。でもそれは違う。この人は自らの意志でこの場所をバラした。
そして自らの意志で、私たちを殺そうとしている。
だとしたら、この人は・・・。
「リ、リオンくんが抗魔党だっていうなら、受け入れる。魔法も使わないようにするから・・・私は・・・。」
「私は、何? まさかまだ僕のことが好きだって? 勘違いしないでくれよ。僕が頻繁に君に会いに来てたのも、今日という日の為に君たち家族の動向を聞き出して探ってただけなんだから。」
この人は・・・!
「君の事なんか好きなわけがないだろ。魔導士ってだけで寒気がして、それを堪えるのに必死だったよ。こんなゴミと会話するなんて、長い間苦労したなあ。」
嘲笑いながら語るその姿に、私の怒りは限界に達した。
一昨日の朝に成功した攻撃魔法を浴びせるために、私は魔力を解放する。
その瞬間、部屋の電気が突然消えた。夜ということもあり完全な暗闇の中、微かな月の光のみが窓から差し込んでいる。周りの状況が掴めないことに抗魔党の面々はざわつき、騒ぎ出した。
「な、何が起きたんだ? 姉の仕業か?!」
「いや、僕の知る限りシャルナはそんな魔法は使えない。おそらく妹のやったことだろう。」
違う、私もこんな魔法は使えない。まさか・・・。
「シャルナさん、アデルさん! 今のうちに逃げて!」
家の明かりを消したのは、カンナちゃんだった。
「私の魔法で足止めします! だから・・・!」
「何言ってるの?! そんなことできるわけない! カンナちゃんも一緒に逃げないと・・・!」
「それはちょっと無理みたいです・・・だから、2人だけで・・・。」
カンナちゃんがもう逃げられる状態じゃないのは私もわかっていた。彼女を抱えて抗魔党から逃げることは不可能だということも。
彼女の中の魔力がみるみるうちに弱まっていく。
それでも諦められるわけがなかった。私とお姉ちゃんだけで逃げられるわけがなかった。
初めてできた大切な友達を見捨てる事なんてできるわけがなかった。
「私はもうダメです。みんなが暗闇で混乱してるうちに、早く・・・!」
「そんなの嫌! 絶対に3人で逃げるの! お姉ちゃんは右肩支えて!」
「わ、わかった!」
お姉ちゃんが体を持ち上げようとすると、カンナちゃんはそれを振りほどき拒絶した。もうまともに動かせないはずの身体に鞭を打ち立ち上がる。
「私は、2人に生きてほしい・・・。今までずっと人と関われずに森の中で暮らしてきた2人には、もっと幸せになってほしいから・・・。」
私とお姉ちゃんの身体を、光の球体が包む。
「私の周囲の光を操ることができるんです。その球は光の速さで物をワープさせます。それに、光を一点に集めて攻撃したりもできるんですよ。」
「何言ってるの・・・?」
「シャルナさんは言いました。魔法は人を傷つけるために生まれたものじゃないって。私も同じ気持ちだったんですけど、やっぱり理想通りにはいかないですね。」
「やめてカンナちゃん! 私たちと一緒に逃げ・・・!」
カンナちゃんは私たちの方を振り向くと、優しく頬笑んだ。目尻に涙を滲ませ寂しさを含んだその笑顔は、私の脳裏に深く刻み込まれた。同時に、心をきつく締め付ける。
「私は私の大切な人たちを、その人たちの幸せを守るために戦います。」
そしてその笑顔が、私たちが見た彼女の最後の姿になった。
気付いた時には、私とお姉ちゃんは緑の絨毯の上に倒れていた。
「ここは・・・家の裏にある丘?」
視線の先にお父さんとお母さんの墓標を見つけた。ここにお墓があるってことは、家はそんなに遠くない。
私は家へと戻るために立ち上がった。地面を蹴り走りだそうとする私を、お姉ちゃんは止めた。
「どいて! カンナちゃんを助けないと!」
「アデルも気付いてるでしょ? カンナちゃんの魔力が全然感じられない。これじゃあもう・・・。」
「それでも助けないと、私たちの初めての・・・!」
言葉を続けようとする私を、お姉ちゃんは抱き寄せる。
私のすぐ耳元で、お姉ちゃんの震えてすすり泣く声が響く。
「カンナちゃんの死を無駄にしちゃだめ。逃げよう、2人で。」
「・・・。」
私は溢れる涙を拭い、頷いた。
すると、どこからか拍手の音が聞こえてくる。私は音の方を振り返った。
「いやあ、姉妹愛だね。感動ものだよ。」
その声に、私は寒気を覚えた。
リオンと仲間の武装集団の数人がここまで追いついて来ていた。いくらなんでも早すぎる。こいつらが来たってことは、カンナちゃんは本当にもう・・・。
「それにしてもさっきのガキには苦労したよ。まさか1人で武装隊を5人もやっつけるなんてね。魔導士というのはつくづく恐ろしいものだよ。まあ、そのお礼として丁重に殺してやったわけだけど。」
「・・・っ!」
「まあまあそう怒らずに、君たちもさっさと後を追わせて・・・ん? 何だこれ?」
リオンは墓標に目を付けると、興味深そうに近づいた。
「セオドアと・・・ローレン?」
「それに触らないで!」
「なるほど、君たちのご両親のお墓か。そうそう、そういえば言い忘れていたことがあったんだけど。」
言い忘れた事、何を今さら・・・。
「君たちのご両親の事故、あれ本当は事故じゃなくて殺人ね。僕が指示を出して馬車で轢かせたんだ。ははっ、不細工な死に様だったよ。」
その言葉に激昂し私よりも先に飛び出したのはお姉ちゃんだった。
体内に宿す膨大な魔力を解放し、リオンに飛びかかった。私も同じ気持ちだった。それでも、あまりのお姉ちゃんの豹変に気圧されてしまった。
「リオン!」
「それを待っていたんだよ、シャルナ!」
この魔力を前にしても、リオンの余裕そうな表情が崩れることはなかった。彼は何か合図を出すかのように指を鳴らすと、何も無いはずの場所から男が現れた。
手に持っているのは鉄枷のようなもの。
「お姉ちゃん危ない!」
その枷から妙な力を感じた私は、咄嗟に声を上げた。が、遅かった。
突如姿を現した男は一瞬でお姉ちゃんのそばへと移動し、右腕にその枷を取り付けた。
それと同時、お姉ちゃんの体内を巡っている膨大な量の魔力反応が消えてしまった。
「な、何これ・・・?!」
「それは魔封鉱石と呼ばれるもので作られた鉄枷でね。魔法を封じ込める力があるんだ。僕からの誕生日プレゼントだよ。」
お姉ちゃんの魔法が封じられた・・・?! しかもそれだけじゃない。今姿を見せた男、あんなことができるのは魔導士だけだ。でも抗魔党がどうして魔導士と手を組んでるの・・・?
どうしてそこまでして、私たちを殺そうとしているの・・・?
「まあ、道具を使うのも魔導士を雇うのも本当は癪だけど、必要経費だね。邪悪なゴミ魔導士は全員消さないといけないからね。」
「邪悪な魔導士って? 何を言っているの・・・?」
「何って、シャルナのような力を持つ危険な魔導士がいるせいで不愉快で不愉快で・・・僕らは夜も眠れないんだよ? 害虫は駆除しないと。」
「ふざけるな! お姉ちゃんに危険なんて・・・!」
「無いって、言い切れるかい?」
魔導犬のカロンと屋台を消し飛ばした記憶が甦る。
私の魔法ですらあの威力。お姉ちゃんなら・・・。
「そ、それは・・・。」
「言い切れないだろう? 強力な力は誇示し振りかざしたくなるのが心理。本当は自分の力を人に見せつけたくて仕方がないんだろう?」
「う、うるさい・・・うるさい! お姉ちゃんを悪く言うな!」
そんなことない、そんなことないのに・・・。
「その人の言うことは聞いちゃだめ! 行くよアデル!」
お姉ちゃんは私の腕を強引に掴み、走りだした。
「この先に崖を渡る橋がある・・・そこを渡って橋を壊したら逃げ切れるはず! 私はもう魔法は使えないからアデルに頼るしかないけど。お願いできる?」
「・・・わかった。」
考え事をしている暇はない。お姉ちゃんの言う通り、今はとにかく逃げないと。私たちは明かりの無い夜の草原をただひたすら走り続ける。
そして、丘を抜けた私たちを待っていたのは信じられない光景だった。
「うそ・・・。」
到底飛び越えられないくらいの幅広い崖、そして無残に破壊された木製の橋。
逃げるための唯一の手段は、すでに使い物にならなくなっていた。
崖の下には茶色く濁った川が流れている。
「君たちの家の事は完璧に調査済みだよ。家の裏口から出た後の逃走が可能な経路も全部潰させてもらった。」
リオンが不敵に笑う。私たちは完全に追い詰められてしまった。
お姉ちゃんは申し訳なさそうに笑う。完全に手詰まりだということは、その表情から簡単に読み取れた。
「あはは、ごめんねぇ・・・こんなにたくさん魔力を持ってるのに、宙に浮く魔法だって使えるのに・・・。」
「だったら私の魔法で・・・!」
私は魔力を解放すると、鉄枷を破壊しようと装備断絶を発動した。
「・・・どうして壊れないの? 魔法はうまくいってるはずなのに・・・!」
「まったく、姉がバカなら妹も大概だね。魔法を封じる鉱石を魔法で破壊できるわけがないだろう。」
「そんな・・・。」
私は無力な自分を呪った。役立たずな自分を呪った。たった1人の家族すら守れない自分を呪った。
「往生際が悪いね2人とも。そろそろ死んでくれよ。」
何人もの武装した男達が、私たちを取り囲みながらその距離を詰めてくる。あと一歩下がれば足を踏み外し、川へと落下してしまう。崖肌から岩の欠片が剥がれ、奈落の底へと落ちていく。
ここを飛び降りれば、奇跡的に生きていられるかもしれない。逃げる方法はそれしか・・・。
・・・いや、まだある。お姉ちゃんを守れる方法が、1つだけ。
「アデル? 何してるの・・・?」
「出来の悪い姉の面倒を見るのも、妹の役目でしょ。」
「まさか・・・。」
私は再び、魔力を解放した。
今まで、人に向けて魔法を放ったことは一度もない。そもそも強力な魔法自体、成功したのは装備断絶のみ。この人数を相手にして勝てる自信は無い。
「何をする気だい? 悪いけど、武器破壊以外の攻撃魔法はまともに扱えないって調べがついているんだよ。」
「関係ないよ、今克服するから。」
お願い、力を貸して・・・生まれた時からずっと私の体内にある魔力。私が使いこなせないはずがない。
私は神経を集中させると、今までにないくらいの大きな魔力が体から放出された。その全魔力を手中に集め、破壊魔法のイメージを固めていく。
「バカな、妹までもがこんな魔力を?! おいお前たち、妹を先に殺せ!」
「もう遅いよ、煉獄の爆炎・・・っ?!」
私の魔法の詠唱は途中で途切れた。魔封鉱石を使われたわけじゃない。魔法が失敗したわけでもない。
シャルナお姉ちゃんが、私の身体を崖へ向けて突き飛ばした。
「2人で生きようって言ってくれたのに、ごめんね。でも、リオンくんの狙いは私だから。」
「お姉ちゃん・・・?」
「あなたは魔法で人を傷つけちゃだめ。私と同じになっちゃだめ。あなた自身を受け入れてくれる町で、幸せになって。」
嫌・・・!
「シャルナお姉ちゃん!!」
「元気でね、アデル。」
嫌あああああ!!
水の流れる音が聞こえる。
私、どうなったの? 確か崖まで追い詰められたけど、お姉ちゃんが囮になって・・・。
「・・・そっか。私、生きてるんだ。」
どれくらい流されたんだろう。
身体を起こした。周りは砂地。川が流れているだけで他には何も無い。孤独感が私を襲った。
夜空の月を見上げる。
お父さん、お母さん、カンナちゃん、そしてシャルナお姉ちゃん。
まるで走馬灯のようにみんなの顔が頭に浮かぶ。私は誰一人守れなかった。
人を、そして自分を、ここまで恨めしいと思ったのは初めてかもしれない。
何が優しさだ。そんなもの、誰かがいないと役に立たない。孤独な私には何の価値もない。
大切な人たちを守れなかった私なんかが、求めていいものじゃない。
「・・・あれ?」
私はふと、自分の髪の毛の異変に気が付いた。
金髪の髪が一部、白くなっている。
「・・・ストレスで髪が白くなるって聞いたことあるけど。」
こんなに顕著に表れるものなのかな。
もう、どうでもいいけど。
「・・・何の音だろう。」
遠くから人の声が聞こえる。
同じ制服のような物を着た何十人もの武装した人がこちらへ向かってくるのが見える。その人たちの胸に刻まれた紋章を見て、抗魔党じゃないことだけはわかった。
「巨大な魔力反応を感知したのはこの辺りのはずだ。」
「あそこにいる少女か?」
「まさか、1人の人間が放つことのできる魔力量じゃない。」
何か喋ってる。よく聞こえない。
「いや、間違いない。この少女から魔力を感じる。君、名前は?」
「・・・誰ですか?」
「私たちは世界政府対魔法部隊。不審な魔力を感知するとこうして調査に向かうんだが・・・魔力の元が君のような女の子だとは思わなかった。」
世界政府・・・確かシェブール全体を動かしている政治機関。
「これから世界政府で君を保護する。ついて来てくれるね?」
世界を統括する機関か・・・権力の強さは世界でも最高レベル。何かに使えそう。例えば、私たちを受け入れなかったサザンカの町を潰す、とか。
あれ、どうしてだろう・・・?
家族を殺した抗魔党が憎いのに、家族を受け入れなかった人間が憎いのに、家族を守れなかった自分が憎いのに・・・どうしてこんなにワクワクするんだろう?
「・・・ふふ。」
これはまたと無いチャンスだ。
家族の仇が討てる。逃すわけにはいかない。
「それで、どうかな?」
「・・・わかりました、ついて行きます。」
「それならよかった。ところで、君の名前を教えてくれるかな。」
私の名前はアデル。
アデル・・・か。
こんな名前、要らない。
誰も守れなかった、自分だけ何もできなかった、役立たずのアデルなんて要らない。こんな名前、忘れてしまいたい。
「名前、あるよね? 何ていうのかな?」
・・・そうだ、あの名前にしよう。
お姉ちゃんの誕生日プレゼントを買った、あの可愛らしいお店の名前。結局渡せなかったけど、もし渡せていたなら喜んでくれていたと思う。
苗字は残したままにしよう。私にも家族がいたってことを忘れないために。
人間が憎い。自分が憎い。この世界が憎い。
それでも、楽しかったあの日々を・・・幸せだったあの日々を忘れないために。
私は、その名前を名乗ることに決めた。
「・・・私の名前は、シャンメリ・オリーブレイン。よろしくね、おじさん。」
運命の日。
それは、世界が崩壊を始めた日。




