59話 幽闇に揺蕩う白の少女 ⑬
もうすっかり春ですね。新生活です。
「ただのザコかと思ってたが・・・ふははっ! 俺の勘違いだったみてぇだな!」
部屋の入り口にはいつの間にかデュジョンが立っていた。
町に出掛けて行ったはずなのに、帰って来るの早いよ・・・もうちょっとゆっくりというか、なんか観光とかしてきなよ・・・。
「デュジョン・・・。」
「ちょっ・・・まさかあいつが七魔戒将?! もしかして地味子あんた、あいつに攫われたってこと?!」
「シャルナも一緒にね。」
無駄話してる場合じゃない。
考えろ、考えろ・・・! この最悪の状況をどうする?
入り口に立たれたせいで逃げられない。しかも私は怪我が響いてまともに走れる気がしない。2人じゃどうにもならない・・・?
「ねぇアンジェ。みんなはあとどれくらいで来てくれるの?」
デュジョンはシャンメリの部下。ということは、私の神通の力のことを知ってる可能性がある。私じゃ一矢報いるどころか不意を突く事すらできないかもしれない。
アンジェは私と同じくらい戦闘能力の無い、防御が硬いだけの貧乳妖精。2人で戦っても勝ち目はほぼゼロ。それならせめてアデルたちが到着するまで時間稼ぎを・・・。
「へ? みんなは来ないわよ?」
「は・・・?」
何言ってんの・・・?
嫌な予感がする。
超嫌な予感がする・・・!
「だって、神通の光を見かけてそのまま飛んで来たもの。」
「1人で来ちゃったの? 防御スキルしか使えないアンジェが、誰も呼ばずに1人で・・・?」
「・・・・・・。」
「おい目を逸らすな。こっち見ろ。」
半笑いしながら明後日の方向を見つめるアンジェ。
アンジェの声を聞いた時の安心感とか、窓を突き破って飛び込んできてくれた時の嬉しさとかはもうどこかへ消えてしまっていた。ノープランすぎるよこの子。
「とっ・・・とにかく! 七魔戒将か何だか知らないけど、地味子にこれ以上手出ししたらこの私が許さないわよ!」
「はぁ? お、おう・・・。」
言ってる事の割に脂汗すごいよアンジェ・・・。
手足もガクガク震えてるし、虚勢なのは誰が見ても明らか。デュジョンもどう反応していいのかわからず少し戸惑っている。
「俺はシャルナとそこのメガネにしか興味ねぇんだ。チビはとっとと失せやがれ。」
しっしっ、と鬱陶しそうに手で払う仕草を見せる。
「ちょっと待ってよ、シャルナはともかくどうして私に興味なんか・・・?」
「そうよ! 地味子なんてただちょっと私よりも胸が大きいだけじゃない! 脂肪の塊がくっついてるだけじゃない!」
いや、胸とかそういうことじゃないと思うんだけど・・・。
「うるせぇな、貧乳には興味ねぇんだよ。」
「なんでよ! 言っとくけど貧乳には脂肪の代わりに夢がいっぱい詰まってるんだからね! キラッキラの宝石箱なんだからね!」
「じゃあどうやって揉むんだよ! 揉むなら巨乳の方がいいだろうが!」
えっ、そういうことなの? 今そういう話してるの?
この言い争いは聞くに堪えない。
聞くに堪えないんだけど・・・まあ、時間稼ぎには丁度いいかも。今のうちに脱出手段を探そうと私は辺りを見渡す。未だに倒れたまま痛みに悶えているデュジョンの手下5人、テーブルにはその5人が暇を潰していたと思われるチェスの台、窓ガラスの破片が散らばる床。
そうか、窓・・・!
アンジェが粉々に砕いてくれた窓。あそこからなら出られるかも!
殴られたお腹の痛みはまだ引きそうにはないけど、まだなんとか動ける。ここで大人しく揉まれ・・・もとい、殺されるのを待つよりはずっといい。
「だーかーらー! 揉むとか揉まないとかの話じゃなくて夢や希望が・・・!」
「まだそんなこと言ってたの?! とにかく逃げるよ!」
私は訳の分からないことを繰り返す貧乳妖精の手を無理やり引っ張り、痛みの残る体に鞭を打って割れた窓へ向かって走り出した。
「ふはっ! 逃がす訳ねぇだろ・・・来やがれ!」
「なっ・・・?!」
ついさっきまで何もなかった窓の外に、突然巨大な魔法陣が浮かび上がった。まずい、これはダグラスの家でも見た召喚魔法。ということは・・・!
「グォアアアアア!!」
デュジョンの眷属、魔界の黒竜ジャバウォック。廃墟の外にはこいつが待ち構えていることを完全に忘れていた。
巨大な牙をチラつかせる禍々しい顔、強固な鎧のような鱗、断末魔の叫びにも似た恐ろしいその咆哮は、逃げ切れると思っていた私の甘い考えを完全に打ち砕いた。
だめだ、逃げ道が無い・・・!
「アンジェ、残念だけどやるしかないみたい・・・。」
「そのようね。もうちょっと頑張れる?」
「こうなったらやれるとこまでやるよ。」
私は目を閉じ神経を集中させた。
たとえデュジョンがこの力のことを知っていようが、私が彼に勝つ可能性があるとすればこれしかない。強そうな七魔戒将といっても無敵ってわけじゃないはず。つけ入る隙はいくらでも・・・。
「お、その妙な光・・・やっぱただの雑魚じゃねぇな? 見せてみろよ、テメェの力を。」
「・・・あれ、もしかして?」
神通のことを知らない?! てっきりシャンメリから聞かされていると思っていたけど・・・。
しかも私のこの力に少し興味があるのか、攻撃を防ごうという素振りすら見せない。まるで無防備で、存分に力を使ってくれと言っているようなもの。これは最初で最後のチャンスかもしれない・・・!
失敗すれば絶対に警戒されて、不用意に魔力は使ってこなくなる。そうすれば勝率は一気に下がる。今しかない!
「じゃあ、遠慮なく・・・!」
「やっちゃえ地味子!」
私の体の表面を、膜のように神通の白い光が覆った。それと同時、私はデュジョンへ向かって接近する。
それでもデュジョンは微動だにせず、こちらを見て不敵に笑っている。魔力を解放した様子もない。本当に真正面から受け止めるつもりだ。
「来やがれメガネ!」
「言われなくても!」
走った勢いのまま私は思い切り手を伸ばす。指先がデュジョンの腕に微かに触れた。神通が魔導士の体に帯びた魔力と接触した瞬間、魔力掌握が始まって・・・。
「うおっ?! な、なんだ今の・・・?!」
「え・・・?」
かわした? 嘘でしょ・・・?
触れてから相手の魔力を完全に支配下に置くまでの時間は、ほぼ一瞬と言っていいほど極端に短い。それなのにその一瞬で危険を感じ取って私から距離をとるなんて。
その反応速度は異常でしょ・・・!
「あっぶね・・・おいおい、何だかわかんねぇがヤバイもん持ってんな。それで俺の部下を倒したってのか?」
「・・・それはどうだろうね?」
神通の力の正体には気付いてない? だったらまだ勝機はあるかも。
「何やってんのよ地味子! もう一押しよ! もう一押し!」
「ちょっと黙ってて。」
「えっ、あ、はい・・・。」
デュジョン自身はもう簡単には近づいて来てくれないと思う。だったら次の狙いは彼が魔力を解放した時。一度見た業の鈺でもいいし目からビームでもいい。とにかく私に魔法攻撃をしてくれれば・・・。
「ちょっとナメすぎてたみてぇだな。次は俺の番だ。」
ついにデュジョンが魔力を解放した。
私の神通の力とは真逆と言っていい、ドス黒い闇の力が床を伝って周囲に広がり、壁にぶつかるとそのまま壁に沿って天井へと舞い上がる。そして魔力とは別物の、デュジョン自身から放たれる寒気がする程の迫力と威圧感。これが七魔戒将の魔力解放・・・!
こうして向かい合ってるだけで吐き気がする・・・。
辺り一帯に広がった闇の魔力はデュジョンの右手に集結し、異様な雰囲気を纏った赤黒い刀剣を形作る。
「業の剣。」
切れ味とか殺傷能力とかいろいろとヤバそうな剣だけど、魔力によって作られたものである以上今の私には効かない。
「いくぜメガネ、覚悟しな!」
距離を詰めてくる。
効かないとわかってても怖い。七魔戒将と1対1(アンジェは除く)、しかも今度は相手の攻撃ターン。死と隣り合わせというプレッシャーは、何度危険な目に遭っても慣れることはできそうにない。
たまらなく怖い。
怖いけど、それでもここで逃げるわけにはいかない・・・!
「まずは右腕から切り落としてやるよ!」
業の剣が振り下ろされる。私は勇気を振り絞り、その赤黒く染まった刀身に触れようと手を伸ばした。私の手が切り裂かれることはない。魔力の剣を神通自身の魔力へと変換し掌握して・・・。
「なーんてな。」
私の指先に触れる直前、業の剣が煙となって消えた。
「なっ、どうして・・・?!」
そこからは考える暇も無かった。
右頬に鈍い衝撃が走り、デュジョンを捉えていたはずの視界は目まぐるしく回転し、私の体はチェス台の乗ったテーブルを吹き飛ばしそのまま壁を突き破った。
奥にももう1つ部屋があったらしく、私は真っ暗なその部屋の中で完全に力の抜けた手足を投げ出し、うつ伏せで床に倒れ伏す。
何が起きたの・・・?
直前でデュジョンは攻撃を切り替えた。業の剣での斬撃から、素手による左ストレートのパンチに。いったいどうしてそんなことを・・・?
まさか・・・。
「ふははっ! まさかバレてねぇとでも思ったか?! さっき触られたおかげで全部わかっちまったぜ、テメェのその力のカラクリがな!」
全部バレてる・・・。あの一瞬の接触で全部理解したってこと・・・? その上でこの短時間に私を罠にはめる算段を立てたってこと・・・?
この男、単純な強さや反応速度だけじゃない。
頭の回転も恐ろしく早い・・・!
「地味子! しっかりして、地味子!」
すぐ耳元で私を呼ぶ涙混じりのアンジェの声が聞こえる。
あぁ、だめだ・・・。大丈夫だよって言ってあげたいのに、声を出すこともできない。
全身の感覚がない。口元から床に血溜まりが広がっていくのが見える。
「デュジョン様、あのクソガキやっちまってください!」
「あいつ俺の足を・・・! さっさと殺しちまいましょう!」
既に戦闘不能になっている5人の残党の声が聞こえてきた。銃で撃たれてもまだ怒号を飛ばすほどの気力はあったらしく、私のことを散々に罵倒している。
「うるせぇなテメェら。負け犬は大人しく死んで俺の養分にでもなってろカスが。」
「ひっ、やめ・・・うぎゃあああ!!」
男たちの叫び声。温かい飛沫のようなものが体に降りかかる感触。これは・・・血・・・?
何が起こっているのか確かめるため、私は動かない体を無理やり引きずりデュジョンの方へ顔を向けた。何か恐ろしいことが起きているのはすぐにわかった。私はよく目を凝らし、いち早く状況を把握することに努める。
霞んだ視界の先に見えた光景に、私の背筋が凍った。
「・・・うそ・・・。」
「じ、冗談でしょ! 何なのよあれ?!」
横たわって血飛沫を上げる、ピクリとも動かない男たち。その身体に刺さっているのは・・・先端に針の付いた触手のようなもの。
「さあ寄越せ、お前たちの力をこの俺に!」
デュジョンの背中から生えた5本の触手が、男たちの死体から何かを吸い取っている?!
おぞましい光景が広がる部屋に、デュジョンの高笑いが響き渡った。
私もこの春から新生活を始めますが、変わらず投稿は亀並に遅いのでご安心ください。(よくない)




