6話 変態と乙女
もうちょい新キャラを登場させたい気分ですね。
異世界シェブールに転移してから1週間が経った。
ギルドの簡単な仕事を地道にこなしながら生活している私は、久々に高校の制服に着がえた。今日からギルドメンバー専用の宿に入居する。それにあたって、ギルドのマスターに挨拶をしに行くのだ。そのためにできるだけ正装に近いものを選んだ。
正直、マスターへの挨拶なんて二の次だ。私のお目当ては、読書家のマスターが保有する大量の本を借りること。異世界の本が読める機会なんて滅多にない。ていうか、まずありえない。
私の胸はどうしようもなく高まっている。
「地味子、準備できた?」
「うん、ばっちり。」
短い黒髪を手櫛でとかし、メガネのレンズに付いたホコリを拭きとる。私とアンジェは1週間お世話になった宿を後にし、ギルドの宿へ向かう。
「ねぇ、アンジェ。ギルドマスターってどんな人なの?」
「一言でいうと、変人よ。」
「・・・変人?」
「でも、かなり偉い人でもあるから失礼の無いようにしなさいよ。」
いろいろな意味で不安になってきた。厳格で貫録のある老人のような姿が頭に浮かぶ。
宿はギルドから歩いて5分ほどのところにある、かなり大きな洋館風の建物だった。こんなところにタダで住めるなんて、太っ腹なギルドだなあ。もちろん、定期的に仕事をこなして貢献しなきゃなんだけど。
内装もまさにお屋敷という雰囲気。奥に廊下が続いていて、その両側に扉が並んでいる。部屋番号もきっちり書いてあるあたり親近感が湧く。
私とアンジェは廊下を奥へと進み、突き当りにあるマスターの部屋の前に立つ。他の部屋より扉がひとまわり大きい。
面接前みたいで緊張してきた。
「ちょっと地味子、なんで表情硬くなってんのよ。」
「だって、お偉いさんなんでしょ? そりゃ緊張もするよ・・・。」
「確かにそうだけど、怖い人じゃないから安心しなさい。」
私の心の準備が出来ていないまま、アンジェは扉をノックして開ける。私は慌てて制服を正す。
「ユリウス、入るわよ。」
ユリウス・・・マスターの名前かな。え、あれ・・・タメ語でいいの?
部屋の中は薄暗かった。壁一面に背の高い棚が立っていて、分厚い本がびっしりと敷き詰められている。棚だけでは収まりきらないのか、溢れた本がそこらじゅうに積まれている。私にとっては夢のような空間だ。
部屋の奥に机と椅子が1セットだけあり、そこに男の人が座っていた。
「よく来たね地味子くん。いや・・・永瀬佑子くん。初めまして。僕がこのギルドのマスター、ユリウスだ。」
私は驚いた。もっと年上というか、お年寄りの人を想像していた。でも今私の目の前に立っているのは、優しそうな雰囲気の20代後半くらいの若い男の人だった。
「君の事情はアンジェから聞いた。神様に異世界転移を言い渡されるとは、不運だったね。」
「え・・・アンジェ、喋っちゃってよかったの?」
「まあ、本来なら神様にお叱りを受けるところだけど、1人くらい理解者が必要でしょ? てことで、私の独断で話しちゃったわ。」
そういうのOKなんだ・・・。
「ユリウスはここのギルドマスターであり、シェブール世界政府の幹部でもあるのよ。そんな人が味方になったら最高だと思わない?」
「せ、世界政府って・・・何? なんか凄そう。」
「凄いわよ。シェブール世界政府っていうのは、シェブール全体を統括し動かしている機関の名前よ。地味子の世界で言うところの、コッカイみたいなものね。」
コッカイ・・・もしかして国会のことかな。
「この世界にあるギルドは全て世界政府が統括しているの。そのため、各ギルドのマスターは政府に所属する人物が務めることになっているわ。それでも幹部がマスターを務めているギルドは稀よ。」
「そ、そんなにすごい人が・・・私の味方になってくれるんですか・・・?」
「それは君次第だ、地味子くん。」
ユリウスさんはそう言い立ち上がった。1歩ずつ私に近づいてくる。
「あの・・・私次第とは、どういう意味ですか?」
何も言わずに顔を近づけてくる。近い。近い近い。
「えっと・・・。」
「ふむ。地味子くん、そのメガネを外してくれるかな?」
「え? あ、はい・・・。」
言われた通りメガネを外す。ユリウスさんはやたら真剣そうに私の顔を眺めている。私、顔に何か変なもの付いてるかな・・・?
「聞いていた通り少し地味だが、可愛いね。」
「・・・はい?」
「美人過ぎず顔立ちは整っていて肌もきめ細やか、髪も綺麗だ。スカートも短くて素晴らしい。見たことない服だけど、特注品かい? よし、ギルドに所属している間はその服で過ごすことを命令しよう。」
な、なにこの人・・・変人というか、変態なんだけど。日本だったら即刻通報なんだけど! しかもなんか勝手に制服で暮らすことになっちゃったんだけど!
「ユリウスは読書家であり、無類の女好きなのよ。でもあんたのことは気に入ったみたいよ。よかったじゃない。」
「よくない。よかったけどよくない。」
「僕ができる限り地味子くんの力になると約束しよう。まあ・・・僕にできることなんて限られているけどね。」
ユリウスさんはポケットから1枚のパネルを取り出した。2023と書かれている。カードキーみたいなものかな。
「今日から2023号室が地味子くんの家だ。好きに使ってくれていいよ。ただし、相部屋だけどね。」
「相部屋・・・?」
「申し訳ないけど、今はここしか空いてなくてね。それとも僕の部屋に住むかい?」
「ありえないです。あの・・・それより1ついいですか?」
「ん?」
私は辺り一面に積まれた本を物欲しそうに眺める。
「10冊ほど・・・お借りしてもいいですか?」
2023号室。目の前にあるこの部屋が、今日から私の部屋だ。ユリウスさんは相部屋って言ってたけど、どんな人がいるんだろう。良い人だったらいいな。
「・・・ねぇ地味子、入らないの?」
「今ちょっと本で両手がふさがってて・・・アンジェ開けてくれる?」
「なんで20冊も借りたのよ・・・。」
「いや・・・思ったより読みたいものが多くて。」
部屋は思っていたより広かった。2人部屋だから、当然と言えば当然なんだろうけど。入って左右両側にベッドが1つずつ置いてあり、奥に大きな窓がある。右が私のベッドのようだ。布団が敷いてあるだけで飾り気もなく、枕元の小さな本棚も空っぽだ。
それに比べて・・・。
「留守中のルームメイトはどうやら若い女の子のようね。」
もう片方のベッドは、実にファンシーだった。薄いピンク色の布団に枕。ベッドや本棚の上が可愛らしい動物のぬいぐるみで溢れかえっている。私とはあまり気が合いそうにないけど、とにかく男の人じゃなくてよかった。
私は早速借りてきた本や荷物を片付け始める。
「うーん・・・私と地味子で寝るなら、もう少し広いベッドがよかったわね。いっそのこと買ってきちゃう?」
「そんなお金ないでしょ。今のところ1日2食が限界なんだから。」
「そうよねー・・・でも地味子がもっと難易度の高い仕事をこなしたら、報酬も桁違いになってくるわよ?」
「あはは、無理無理。」
2人で談笑していると、部屋の扉が開く音がした。ルームメイトが帰ってきたみたい。私は片付けている手を止め、挨拶しようと扉の方を向いた。こういうのは第一印象が大事だから・・・しっかり挨拶!
「初めまして、今日からこの部屋に住むことになった永瀬佑・・・・・・あれ?」
「む、どうして地味子がここに?」
部屋に入ってきたのは薬草採取でお世話になったギルド最強の戦士、アデルさんだった。
「ア、アデルさんこそどうしてここに?」
「そうよ、何であんたがいるのよ!」
「何故って、ここは私の部屋だが。あぁそうか。今日から越してくる新人というのは君のことだったのか。」
「アデルさんがルームメイトなんですか?!」
ということは・・・。
私は隣のベッドを見る。ピンクの寝具に大量のぬいぐるみ。
「これ・・・ひょっとしてアデルさんの私物・・・。」
「そうだが、何か問題でも?」
私の中の格好いいアデルさん像が音を立てて粉々に崩れた。
ありがとうございました。ちょくちょく投稿していきます。