35話 幸せの青い鳥 ⑦
今日、朝、超寒かった、風邪、ひきそう、本格的に、秋。
どう見ても鳥にも生物にも見えない、自然界に存在するとも思えない姿をした「それ」は、私たちの上空へと舞い降りた後そのまま動きを止め、ただ空中を漂っている。
ときどき、耳鳴りのような高音を辺りに響かせながら。
「ちょっと地味子! あのでっかいのが幸せの青い鳥ってどういうことよ?!」
「わ、わかんないよ・・・でも、そんな気がするの・・・。」
それだけじゃない。
「それ」が・・・幸せの青い鳥が現れてからずっと脳裏にチラつくあの人の顔。どうしてかなんてわからない。でも、なぜか無関係に思えない。
異常に白くて美しい謎の少女。二十二人の世界秩序の1人、シャンメリ。
「どうしてあの子の顔が・・・?」
「考えるのは後にしろ地味子、あいつは嫌な予感がする! エミリエット、私たちを早くこのキューブから出せ! 加勢する!」
アデルがキューブの壁を叩くもエミリエットは動こうとしない。ただ幸せの青い鳥をじっと見つめている。周りの聖騎士たちに目配せをすると、私たちの方は見向きもせずに手に持っていた分厚い本を開いた。
「その必要はありません、キューブの中なら安全です。」
「何を言っている・・・?」
「私たち聖典騎士団だけで十分です。全員、出撃! 対象は幸せの青い鳥!」
エミリエットの号令とともに、屈強な聖騎士たちが幸せの青い鳥へと照準を合わせた。武器を構え魔力を解放し、敵意を向ける。
その刹那だった。
「な、何が起きているのです・・・?!」
その場にいたエミリエット以外の聖騎士たちが全員地面に崩れ落ちた。まるで糸の切れたマリオネットのように次々と動きを止めていく。エミリエットは慌てて近くの聖騎士に駆け寄り、首筋に手を当てる。
「死んでる・・・そんな・・・!」
一瞬のうちにできた死体の山。おぞましい以外の言葉では言い表せないその光景は、生き残った全員の血の気を引かせ私の足を震わせる。
何が起こったかは誰にもわからなかったけど、何が元凶かははっきりとわかった。
「ちょっ・・・あのデカブツマジでヤバいやつじゃないのよ!」
「エミリエット、早くここから出せ! その化け物を1人で相手するつもりか!」
「・・・・・・っ! やむを得ません。力を貸してください!」
透明なキューブが解除され私たちは自由の身になる。
幸せの青い鳥が放つ存在感、威圧感。
そして、聖騎士たちのものとは比べ物にならない圧倒的な敵意。
いや、これは殺意だ。
戦いの素人である私にすらはっきりと感じ取れる、明確な殺意。
「さっきのマザーベアが可愛く見えちゃうね・・・。」
他のみんなも同じものを感じ取ったらしく、全員が武器を取り出す。
耳鳴りのような頭の痛くなる高音は未だ続いている。
「これがあいつの鳴き声ってことか? 気味悪ぃな・・・。」
「私も同感だ。自然界でこんな音は聞いたことがない。」
でも、なんだろう・・・鳴き声とは少し違うような気がする。
「俺が狙撃する。一発で仕留めてやる。」
ヒューゴが魔力二丁拳銃、双天翔を組み合わせ合体させた。銃口が伸びてスナイパーライフルのような形になる。
ちょっとかっこいい。
「これが俺の双天翔に次ぐ新しい武器、閃天翔だ。」
「すごいじゃないヒューゴ! これであいつの弱点を撃ち抜ければ・・・!」
「よし、任せたぞヒューゴ。」
「団長に私の活躍する姿をお見せしたかったのですが仕方ありません。あなたに託します。」
新武器にみんなが盛り上がる中、私は割と冷静だった。
「・・・で、どこを撃ち抜くつもりなの? あいつの弱点って?」
みんなが唖然とした顔で私を見つめる。
あれ、何この空気? 私が悪いの?
「あいつは何もしてこないな。どういうつもりだ?」
下手に手を出すと聖騎士たちの二の舞になると考えたアデルは、みんなに動かないよう指示した。幸せの青い鳥との膠着状態が続く。
「やはりこちらから仕掛けましょう。このまま黙って大人しくなんて、死んでいった私の部下たちに申し訳が立ちません。」
「気持ちはわかるが待て。同じことを繰り返したらそれこそ聖騎士たちの死が無駄になる。」
「しかし・・・!」
エミリエットは拳を硬く握りしめる。
仲間が一瞬のうちに殺されて、自分は何もできない。彼女の悔しさは私には想像もつかない。
「とにかく今は様子を見て・・・む、なんだこの光は?」
私たちの背後から金色の眩しい光が差し込んできた。振り返ると強い光の塊が高速でこちらへ接近している。
「今度は何なのよ?!」
「あれは団長のクライス様です! こっちです団長! エミリエットはここにいます・・・・・・って、あれ?」
「俺たちの頭上を通り過ぎて行ったぞ?」
光は私たちの元ではなく、一直線に幸せの青い鳥へと飛んで行った。
「これほど大きな魔物は久しぶりに見たな。王の名のもとに正義執行だ!!」
クライスの創り出した巨大な光の槍が幸せの青い鳥に放たれた。辺りに雷を降らせながら空中で大爆発を起こす。
「えええええええええ?!」
いやいやいやいや、何やっちゃってるのあの人?! 今の今まで無理に手を出さないように警戒してたのに! どんだけ空気読めてないの!
それに、青い鳥からの反撃が・・・!
反撃が・・・。
「反撃・・・してこないぞ?」
「どういうことなのでしょう・・・?」
「わからない。ただ、あいつも無傷なようだ。」
あれだけの攻撃を受けても青い鳥はまったくビクともしなかった。相変わらず高音の鳴き声を響かせ続けている。
「エミリエット、無事だったか。」
「団長! あなた様もよくぞご無事で・・・!」
突然現れた騎士姿の男の人に駆け寄るエミリエット。その目は私たちと話していたときとは打って変わって輝きに満ちている。何なら目の奥にハートらしきものさえ見える。
緊張感無いなおい。
「報告した少女もちゃんと連れて来たぞ。」
「ちょっと、降ろしてよー! 私別に怪我してないし歩けるってばー!」
何故か裸に毛布一枚の、おおよそ雪山での服装とはとても思えないような格好のキトゥンが肩に担がれている。毛布で体を覆っているだけなので、揺れる度にそのワガママなボディが見え隠れする。
「きぃ、無事でよかったよ・・・。」
「あ、ひぃちゃんだー! それにみんなも・・・どしたの?」
「こっちのセリフだよ。何だそのバカみたいな格好。」
「酷っ! ボクだって大変だったんだからねー!」
ヒューゴとバカみたいな格好のキトゥンをよそに、クライスは自分の部下たちの変わり果てた姿を静かに眺めている。表情を変えることもなく、大勢いる聖騎士たち1人1人の死を悼むように。
「団長、彼らはもう・・・。」
「見ればわかるさ。帰ったらすぐ墓を作ってやろう。そうか、あれが幸せの青い鳥か・・・。」
未だ宙に浮遊し続ける怪物を見上げた。
「お前たち、ギルドの人間だろう。手を貸せ。あの鳥を撃ち落とす。」
「ねぇクライス、ボクの服キレイにしてくれるって・・・。」
「そんなことは後回しだ。」
「えぇっ?! じゃあボク裸で戦うの?!」
キトゥンは渋々毛布をお風呂上がりのバスタオルのように胸から下に巻きつけた。
そういう問題なのかな・・・絶対寒いと思うんだけど。獣人族ってどんな体温してるの。
「む、なんだ? 青い鳥の様子が変だ・・・。」
アデルが何かに気付いた。それを聞いた全員が警戒する。
高音の鳴き声が止んだ。吹雪もいつの間にか止んでいた。
周囲に音の無い、完全な静寂に包まれた。今までずっとうるさいくらいの音を聞き続けていたからか、この静寂が緊張感と相まって妙に心地悪い。
「強力な魔力反応! 来ます!」
オブザーバーが青い鳥の魔力を感知し警告音を鳴らす。
青い鳥の体内から溢れ出る膨大な魔力が、青い鳥を構成する3つの塔それぞれのすぐ上に集まり巨大な魔力の球体を創り出す。まだ魔力は溢れ続けていて、徐々にその球体を大きくしていく。
「任せてくれ。全て撃ち抜く。」
ヒューゴが閃天翔を構えた。
その細長い銃口から放たれた魔力の弾丸は高速で空を切り、3つの魔力の球体のうち1つを貫いた。そのまま爆発し、魔力が花火のように辺りに散っていく。
その爆発に触発されたかのように、ほかの2つの魔力球体が私たちに襲いかかった。
「あ、あんなボールくらい私の防御スキルで・・・!」
「ダメだよアンジェ、あんな攻撃絶対スキルじゃ防げないよ!」
「ひぃっ!」
私に言われるまでもなく、キトゥンが強引にアンジェの身体を鷲掴みにして引っ張った。だって絶対無理だと思ったもん。アンジェ超びびってたし。
2つの巨大な魔力球体は地面とぶつかり、大地を揺るがすほどの大爆発を起こした。雪山に亀裂を走らせ高くそびえ立った崖を崩していく。私たちはその振動に耐え立っているだけでもやっとだった。
「な、なんて魔力なの・・・?!」
「ちょっと待て、この音は何だ?」
振動は止まない。
爆発はとっくに収まってるのにどうして・・・?
「この音・・・まさか・・・!」
崩れ落ちた崖の向こう側から顔を出したのは、巻き上がる白い煙。
膨大な量の雪が急勾配を駆け下りるかのように私たちに迫る。
雪崩だった。
「もしかして今の爆発で・・・?!」
「お前たち避けろ! それに巻き込まれたら・・・!」
アデルの言葉も虚しく、その雪は私たちの目の前を猛スピードで通り過ぎて行った。一瞬の出来事だった。
アンジェ、キトゥン、ヒューゴ、そしてエミリエットは雪崩に飲まれ、どこかへ消えていった。
みなさんもお体にお気を付けください。




