20話 第57回宝探し祭り ⑧
もう20話だそうです。
ギルドに入ってから1年と少し。そこそこ実力があった私はシェブール各所へ足を運び様々な難易度のクエストをこなしてきた。だが、このような状態の死骸は今まで見たことが無い。
胴体に空いた大穴。
「本当にこれは人間業なのか・・・?」
直径は少なくとも4メートルはある。この範囲を攻撃できる魔法はいくらでもあるが、これほどの体躯を持つ猛獣の胴を貫通できる威力の魔法など・・・。
エルーに蹴られた腹が痛む。先に治癒スキルで治しておけばよかったな。
「アデル!!」
エルーの怒号がすぐ近くから聞こえる。どうやら追いかけてきたようだ。本当にお前はどれだけ私を吹っ飛ばしてくれたんだ。
気になることはいろいろあるが、まずはエルーを片付ける。激怒モードの彼女はパワーを始め身体能力が大幅に上がり厄介だ。
・・・少し本気を出すか。
茂みの先から眉間に皺をよせ額に血管を浮かべたエルーが姿を現す。
「見つけたぜアデルぅ・・・てめぇよくも頭突きなんぞしてくれたな!」
「それはまあ・・・すまん。だが問題はお前の蹴りだ。」
「なんだと?」
「私はけっこう根に持つタイプでな。悪いがきっちりと仕返しさせてもらう。」
私の言葉に完全にブチ切れたのか、エルーはさらに血管を浮かべて地面を蹴った。
足技をメイン武器としていることもあり、その細い脚からは想像もできない自慢の脚力で生み出されるスピードはギルドでも屈指。私との距離だろうと数十メートルだろうと一瞬で詰めてくる。
「だが、悪いな。」
「・・・っ?!」
エルーの背後にまわりこみ、首元に一撃を入れ失神させる。声を出すことも、反応することすらできるはずがなかった。それほど、一瞬で終わらせた。
「私の方が数段速い。」
『まさに、一瞬の決着! 目に見えない一撃! 激怒モードのエルーに対しアデルが実力の差を見せつけた! 西側の一騎打ち、軍配が上がったのはアデルだぁ!!』
マスターの実況と共にギルド内からは歓声が沸き起こる。注目されるのはあまり得意じゃないから、さっさと立ち去ろう。
私は気を失ったエルーを木陰に寝かせ、猛獣の死骸を一瞥する。
「気になることもあるしな・・・。」
これは、単純に祭りを楽しんでいる暇はなさそうだ。
未だ煙が出続けている焼け焦げた大穴を覗き込む。魔力が解放された痕跡がある・・・やはり魔法か。
「傷口から煙が上がっているということは、魔法で貫かれてからまだ間もないということか? 魔力の痕跡はあちらに続いている・・・。」
ほんのわずかだが感じ取ることができる、強力な魔導師の痕跡。ギルドの者でないことは明らか。
私は痕跡の続いている方へ走り出す。
「これほど強力な魔力は感じたことが無い・・・一体何者だ?」
ジャングルの木々やツタをかわし、誰かも分からない相手の後を全力で追いかける。本来の私ならある程度は警戒していただろう。今の私は柄にも合わず焦っていた。
本当に、本当にわずか・・・確かに感じ取った。
間違いない。これはシリウスの魔力。
猛獣を貫いた魔力はシリウスのそれではないが、すぐ近くにあいつはいる。ほとんど確信だった。
だからこそ焦っている。あいつが居なくなったのは教育係を任された私の責任。必ずマスターの・・・そして、ギルドのみんなの元へ連れ戻す。
「それに、あいつが居たからこそ今の私が・・・。」
・・・いや、今は考えるのをやめよう。とにかく真実を確かめることが先決だ。
私の行く手を巨大な猛獣たちが遮る。この魔力の残り香に吸い寄せられてきたのだろう。複数の巨獣が地響きを起こしながら向かってくる光景はなかなか圧巻だ。私をエサだと思い込んでいるようで、目の前で大口を開け待ち構えている。
「悪いが、お前たちと遊んでいる暇はない。」
急いでいなければ相手をしてやったんだが、そうはいかない。私は大剣を構え、猛獣たちの喉を掻っ切った。降り注ぐ血の雨にも構わず私は先を急ぐ。
遥か前方を歩く人の姿を捉えた。
2人いる。遠くて誰かは分からないが、1人が強大な魔法の使い手でもう1人がシリウスだろうか。
「いや、あれは・・・。」
距離が近付くうち、2人の姿がはっきりと見えてくる。仲良さそうに並んで歩く男女。女の方には見慣れた獣の耳が付いていた。
「なんだ・・・キトゥンとヒューゴか。」
「あれ、アデルちゃん?」
「げっ、アデル・・・。」
おいヒューゴ。なんだその化け物を見る様な目は。
「実況を聞く限りだが、お前たちは対立してたんじゃなかったのか?」
「2人で動いた方が勝率上がるかなって。でもまさかアデルちゃんに当たっちゃうなんてね・・・。」
参ったな、魔力の痕跡を追いたいんだが・・・しかも2人同時か。
「時間はかけられない。すぐに終わらせる。」
「あれー? なんか珍しく焦ってるねアデルちゃん。もしかして私たち相手にびびってるー? びびっちゃってるー?」
「な・・・?!」
やけにカチンとくる言い方だな。ニヤニヤした顔も腹が立つ。
「おいおいきぃ・・・そんな安い挑発にアデルが乗るわけ・・・。」
「いいだろう、満足するまで相手してやる。後悔するなよ・・・!」
「あれ? うそ、マジで?」
そう言われて引き下がるわけにはいかない。
「えー、無理しなくていいよアデルちゃん。逃げるなら今のうちだよー?」
「ほう・・・いい度胸だ。アクシア海に沈めて海の魔物のエサにしてやる。」
「どっちも子供すぎだろ!」
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耳をつんざくような実況で目が覚めた。半分寝ていたからあんまり聞いてなかったけど、アデルさんが勝ったみたい。
さすがと言うか当然と言うか・・・。
辺りは徐々にオレンジ色の光に包まれてきている。美しい夕焼けの光。
体を起こす。一体どれくらい眠っていたんだろう。まだ体中が痛いけど、疲労はなんとか回復した。動くには問題なさそう、かな。
「もう時間が無い・・・。」
お祭り終了の日没まであと少し。未だ1勝もしていないにもかかわらず、私は何故か妙に落ち着いている。
そう、焦っても仕方がない。アンジェと約束したもんね。
今はとにかく、前に進む。
このお祭りは、そのためのチャンス。
「必ず1勝・・・目標はちゃんと達成しないとね。」
私はそばに落ちていた道具たちを手に取る。残っていたのは護身用ナイフとロープだけ。
「たぶん次が、最後のチャンス・・・!」
私は立ち上がり、夕日の沈む方へ向かって歩き出した。
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