愚者の王道
シドーは内心焦っていた。怯えていたと言っても過言ではない。
相手からの打撃を受けつつも、自身にとって渾身の一撃を与えた。にもかかわらず、目の前の王は少しも揺るがない。鬣を血で染めながら鬼神のごとき形相で迫ってくる。それがシドーにとって恐ろしくて恐ろしくてたまらない。
(ブラックパラサイトの時はこんなことなかったのに・・・どうして・・)
「ぬああ!」
「!!」
一瞬動きが止まったシドーにレオルドの戦斧が迫る。
間一髪かわしたその一撃は、明らかにシドーの命を奪うという意思で振るわれた一撃。かわした筈なのに寒気が全身を襲う。続けざまにレオルドが戦斧で斬りかかろうとしたそのとき、
「ごふぅ・・!」
「え?」
突然レオルドが大量の血を吐き、片膝を着く。
見れば先程より出血が広がり、地面にまで流れ落ちていた。
「たったの一撃で・・・この様とは・・・」
「お、おいあんた!このままじゃ死ぬぞ!早く手当てを・・・」
その瞬間シドーの頬を鋭い一撃が掠めた。ぞっとするような感触と僅かな痛み。
「貴様・・・・我に情けをかける気か!?真剣勝負の間に無粋なものを入れるな!!」
血を吐きながらレオルドが吠える。手足が震え立っているのがやっとのはず。それなのにその瞳はシドーを力強く睨み付けていた。
「この決闘は!獣人帝国の復活を願う我と、それを拒む貴様との闘い!願いを叶えるものは勝者のみ!敗北者は死あるのみ!負けて生き恥を晒すなど言語道断!さあ!戦え魔王!貴様を殺した後はそこの女、そして生き残りのガキを殺す!生首を吊るして見せしめにしてやる!」
「!!・・・うわあああああ!!!」
バギン!!
シドーの拳が、レオルドの顔面を捉え、剥き出しの牙をへし折る。
「ごあっ!?」
「はぁ・・・はぁ・・・そうだよな。あんたを殺さなきゃ、俺達は死ぬ。ミリアも殺され、ミリアの母親も救われない。約束したんだ。ミリアに!母さんを助けるって!」
シドーの体から漆黒の魔力が溢れ出す。魔眼が紅く染まり、シドーの思考から迷いが消えていく。
(この感じ・・・ブラックパラサイトと戦ったときの・・・)
大切な仲間を守るために、母親のために命をかける少女との約束を守るために。
相手を殺してしまうかもしれない。そんな考えが消え失せ、ただ目の前の敵を葬る。思考がそれのみとなり、シドーは鎌を振り上げ、渾身の力と魔力でもって降り下ろす。
「『魔神斬り』!!」
空間が凍結したかのように何もかもが止まったその一瞬後、目の前の空間が斜め一閃に切り裂かれる。
「ぐおおお!?」
辛うじて避けたレオルドの右腕を肩から斬り飛ばし、重力で跡形もなく潰す。
洞窟を両断した一撃の影響は凄まじく、地響きと共に岩盤が崩れる。
「あわわわわ!!ちょっとシドー君!やり過ぎだよ!このままじゃみんな生き埋めだよ!」
スゥーリアが慌てるがシドーは冷静だった。
「大丈夫だよスゥーリア。俺の力は、ただ押し潰すだけじゃないんだ。
「ふぇ?」
「取り合えず伏せてな」
シドーは崩れる天井に向けて魔法を放つ。漆黒の魔力に包まれた瓦礫がその場でピタリと止まるか、ゆっくりと床に落ちる。シドー達を押し潰す程の大きさの岩がカランと非常に軽い音を立てて落ちる。
「天井辺りの重力を限り無くゼロにした。これで生き埋めにはならない。・・・さて、レオルドさん。望み通り俺はあんたを倒して捕まった村人を助ける。新しい獣人の国はその人達に作らせればいい。」
「ぜぇ・・あのような無力な者達に出来るほど甘くはない。昔のように他国の奴隷となるだけだ。」
左腕で戦斧を振り上げ、レオルドが襲いかかる。満身創痍の筈が、その迫力は微塵も衰えていなかった。鬼気迫るその姿はまさに手負いの獅子そのものだった。
しかし、シドーに迷いも恐れももうなかった。
「ぐおおお!!」
「無駄だ」
シドーが魔法を発動した瞬間、レオルドのもつ戦斧が持ち主の腕ごと地面にめり込む。ブチブチゴキンとレオルドの左腕が骨ごと千切れて落ちる。
「な・・・なんだこれは・・・!!」
「そのご自慢の戦斧の重さをざっと一万倍にした。」
「く、おおおおのおおおお!!」
両腕を無くしたレオルドの最後の武器は鋭い牙による噛みつき。最後の力を振り絞り、シドーの喉笛を噛みきろうと大口をあけて飛びかかる。
「シドー君!」
スゥーリアが叫ぶ。魔法を発動する前後は集中するためどうしても隙が生じる。まさにレオルドは左腕を犠牲にシドーにとって致命的な隙をついたのだった。
咄嗟に弓を構えるが、
(だめ・・・間に合わない・・・!)
「死ねぇ!魔王!!」
鋭い牙がシドーに届く直前、レオルドの体が空中でピタリと制止する。
「な・・・体が・・・浮く・・・!?」
「『ゼログラビティ』・・・あんたはもうそこから一ミリたりとも動けない。」
「バカな・・・こんな・・こんな所で・・!」
その瞬間、レオルドの意識は途絶えた。最期に目にしたのは、漆黒の鎌と燃えるように紅い瞳だけだった。
「これが・・・意思ある人同士の戦争か・・・・」
獣人王レオルド。その生きざま、王としてのあり方はシドーの心に深く刻み込まれていた。




