響き渡る慟哭
「なに・・・・これ?」
「お、おい!村が!なんでこんなめちゃくちゃに!?」
ミリアの案内でたどり着いた獣人族の村は無惨な有り様だった。木々は折れ、無事な家屋は一軒もない。整備された村の道路はボコボコになっていた。
「・・・・巨大な何かが暴れた跡」
「何が暴れたらこんなになるのさ!?あ!ミリアちゃん!」
一軒の崩れた家に駆け寄るミリアをスゥーリアが止める。
「危ないよ!崩れちゃう!」
「離して!お姉ちゃん!ミリアの!ミリアのおうちなの!おかあさんが寝てるの!」
「なんだって!?」
慌てて駆け寄るシドー。魔眼を発動させると、瓦礫の下に人の形をした何かがあるのがわかった。
「!・・・・スゥーリア。ミリアを遠くに」
「うん・・・わかった」
スゥーリアに無理やりミリアを任せると、シドーは重力魔法を使って瓦礫を浮かせる。その中にズタズタな状態の獣人族の男性を見つける。
「これは・・・一体?」
「おとー・・さん?」
シドーが振り替えると、スゥーリアの制止を振り切ったミリアが呆然とした表情で男性の死体を見つめていた。
「うそ・・・おとうさん・・・おとうさん!?」
「ミリア!見ちゃダメだ!」
「いやああああああ!」
シドーが咄嗟にミリアを抱き抱えるが、ミリアの内から沸き上がる感情を抑えることは出来なかった。シドーの胸の中で泣き叫ぶミリア。
(このままじゃ、ミリアの心が死んでしまう!)
シドーがそう思った時、ルシアとサヤが駆けつけてきて、
「・・・『意識凍結』
「あ・・・う・・・」
ルシアが魔法でミリアを眠らせ、サヤが抱き抱える。
「・・・・サヤ、お願い」
「わかった。・・・憑依魔法『ハウンドウルフ』」
サヤが魔法を発動し、鋭い爪と牙を持つ狼を模した姿に変身する。その本来の役割は爪と牙による闘争ではなく、
「スウゥゥゥゥ!!」
人間種の何億倍の力を持つ嗅覚による索敵だった。勢いよく鼻で息を吸い込むと、集中するかのように目を閉じる。
「グルルル・・・・大きなオスの臭いと小さなオスの臭い。それと・・・大勢のメスの臭い。間違いない。この村の女性達はそのオス達につれていかれた。まだそんなに遠くない!」
「それなら早く助けに行こう!」
「待ってシドー君。迂闊に仕掛ければ、人質にとられるかもしれない」
逸るシドーをスゥーリアが制する。
「スゥーリアの言う通りです魔王様。臭いの強さからして、この二人の獣人族の男性はかなりの強者。魔王様なら負けはしませんが、私達と、連れて行かれた女性の命が危ないです・・・・力及ばず大変申し訳ありません」
「いや、大丈夫。おかげで少し落ち着いた。」
手近な瓦礫に腰掛け、水筒の水を一口あおる。
「なら、奴等の跡を追おう。奴等が村を襲って女性だけを連れていった理由を知りたい。」
「それについては賛成です。それならこの荷台の跡をたどれば容易いかと」
「・・・・それなら気配を極力消していった方がいい。」
「何故だ?」
「・・・・獣人族は個人差はあれど聴覚、視覚、嗅覚が他の人種より発達している。距離が離れていれば視覚と聴覚で見つかることはないと思うけど嗅覚が厄介」
それは先程のサヤの変身能力で実感している。ならばどうすればと、一行が悩みだすと、スゥーリアが手をあげる。
「僕なら気配を消す魔法が使えるよ!風の精霊に協力してもらって周囲の風景に溶け込んだり、臭いや足音を消すことが出来るよ」
「よし、ならそれで行こう!・・・と、その前に」
シドーは再び崩れたミリアの家に行くと、重力魔法で瓦礫を綺麗に撤去する。
これ以上崩れないよう慎重に瓦礫を動かすが、シドーはその最中自分がこの能力を使いこなせているという実感が湧いてきた。
「シドー君の魔法便利だよね。風の魔法だとどうしても他の物も吹き飛ばしちゃったりするし、ここまで綺麗に出来ないよ」
「俺だってこれ結構気を張るし、疲れるんだぞ・・・あったあった」
「魔王様何を?」
シドーが掘り出したのはベッドだった。瓦礫のせいで所々綿が飛び出しているが壊れてはいなかった。そのベッドにミリアを寝かせる。
「ごめんなミリア。今はこれしか出来ない。」
「魔王様・・・」
「よし、行こう。スゥーリア、頼む」
「任せて!皆僕の側に来て」
全員がスゥーリアの側に寄ると、スゥーリアが呪文を唱え始める。周囲の空気が歪むような錯覚と共に魔法が発動する。
「『神隠しの加護』・・・これで大丈夫、みんな行こう」
全員頷き、地面に残された荷台の跡をたどって走り出した。
しばらく山道を走っていると、だんだんと森を抜けて草原地帯に出る。
遮る木もなく、身を隠す場所もないがそれだけに目の前の光景に目を奪われる。
「でけぇ・・・」
「前はこんなのなかったのにいつの間に・・」
そこは正に自然の要塞と言うべきものがそびえ立っていた。
山の斜面の木は伐採され、岩肌がむき出していてそこかしこに旗が建てられ見張りの獣人族がいた。誰もが毛皮と屈強な肉体を鎧に包み、槍や剣などで武装していた。
「あれは・・・人族の武器や鎧。行商人を襲って奪ったのか・・」
「・・・・でもそんなことをすれば、人族を含む他の種族が黙っていない。」
サヤとルシアの会話に耳を傾けながらシドーは辺りを見回す。草原地帯は所々焼け焦げたような跡や大地が抉れた部分もあり、ここで戦闘があったのは間違いなかった。
「たぶん攻めきれなかったんだと思う。ここは奴等獣人族の縄張り、それにあの要塞に立て籠られればどの国の軍も攻めあぐねると思う。そうして膠着状態にして少しずつ敵から奪った武器で武装しているんだと思う」
スゥーリア曰く、森人族と獣人族の文明レベルはどっこいどっこいで魔法が使える者が多い森人族の方が若干マシといったところ。武器も、本来なら木の皮や獣の皮をや牙を使った物が殆どで、金属製の武器を作れる設備も知識もないとのこと。
「シドー君、そろそろ僕の魔力も限界だから早いとこ忍び込もう。」
「こんなところで見つかったら面倒だしな。」
「・・・・それなら私に作戦がある」
ルシアの言葉に全員がルシアの方を向く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うう・・・」
「助け・・・・て」
「もうやめて・・・・・」
薄暗い牢獄のような場所に、獣人族の女達のうめき声が響く。
全員衣服を剥ぎ取られ、両腕を縄で鬱血するほど強く締め上げられていた。
中にはボロボロにやつれ、一言も発せず寝転がっているだけの者もいる。
しかし足音と影が近づくと、うめき声をあげている者も寝転がっている者もびくりとその身を震わせる。
「・・・・・・・」
現れたのは皮で作られた軽装の兵士。剣呑な目付きで檻の中の女達を見渡すと、
「おい、お前とお前。あとはそこのお前も出ろ!すぐにだ早くしろ!」
鋭い爪の生えた指先で女達を指差す。指を指された女達はすぐさま牢屋から出る。兵士に逆らうとどんな目にあわされるかその身をもって知っているからだ。
「こいつらをあの部屋に連れていけ」
「はっ!」
なんの躊躇も躊躇いもなく出された指示に他の兵士が応え、牢屋から出た女達を連れていく。女達の足取りは重い。
「ぐずぐずするな!」
とすぐさま兵士の激がとぶ。女達も観念したようで、兵士に引かれるまま牢獄を後にする。
それを見届けた兵士は次に、寝転がっている女を檻の外へ引きずりだす。悲鳴すらあげず投げ出された女を兵士は踏みつけ、
「ああ、完全に壊れてやがる。これはもうダメだな・・・」
と、まるでゴミを放るかのように近くにいた他の兵士に投げ渡し、牢屋の中の女達に聴こえるように言う。
「まだ若いから食肉行きだ。つまみ食いするんじゃねぇぞ」
「わかってますよ~・・・」
兵士にまるで抵抗せず引き摺られていく女。それを見て牢屋の中の女達は戦慄する。
「わ・・・・私達をどうする気なんですか・・・!?」
青白い顔で、それでも精一杯の気丈を張りながら叫ぶ。すると兵士は億劫そうな顔で
「1人あたり3人・・・・新生獣人帝国に仕える優秀な兵士となる子どもを3人産めば自由にしてやる。食と住は確保してあんだから贅沢言うなよ。ただ、ノルマをこなせそうにないと判断した場合、そいつは食肉になってもらう。」
「と・・・共食いは獣人族最大の禁忌とされてます!」
「それは前王までの話だろ。今の帝国じゃあなんの罪にも問われねぇ!むしろ強いやつが弱いやつを食う!これこそ正に自然の摂理ってやつだ!」
「くっ・・・」
女は血が滲むほど強く唇を噛むが何も言えなかった。それは他の女達も同じだった。
「おーい、新しい奴隷をつれてきたぞ~」
「お、どうやら新しいのが来たみたいだな」
兵士が振り向くと、そこには小柄な水色の髪の獣人族と背の高い赤い髪の獣人族の女が手枷を嵌められて立っていた。
「おお、どっちも上玉じゃねぇか。王や幹部にやる前に俺がもらっちまうか・・・」
「王や幹部とは?」
赤髪の女がしなを作りながら尋ねると、兵士は気を良くしたのか受かれた顔でべらべら喋る。
「先代魔王を討ち取ってから数十年、緩みきった王政を廃しこの国を変えた英雄達のことさ。そしていずれあの方達はこの世界を統べる王となる。その為にはまず優秀な兵士達が必要なんだ。お前達にも頑張ってもらわねぇとな」
そう言って下卑た目線で二人の体をじろじろ見る。どちらもボロボロの麻布の服を着ているが、その上からでもわかる体つきや目鼻立ちは獣人族とは思えないほど可憐だった。
「にしても見れば見るほど美人だなぁ・・・本当に獣人族か・・?」
「・・・・この耳と尻尾が動かぬ証拠」
水色の髪の獣人族が尻尾と耳をフリフリすると兵士はますます鼻息を荒くする。
「たまんねぇな!おい、今すぐ服を脱げ!」
「・・・・その前に兵士のおじさん。さっき言ってたことは本当?」
「んあ?何がだ?」
「強いやつが弱いやつを食うのが自然の摂理なら、私たちに殺されても文句を言うなよ!」
「なあ!?」
正に一瞬。赤髪の獣人族・・・狼の魔物を憑依させた姿での爪の一撃で、兵士の首を切り裂く。兵士は血を撒き散らしながら倒れ、それきり動かなくなる。
「・・・・このおじさんマジでキモい」
うぇーと舌をだしながら水色の髪の獣人族・・・・ルシアが偽物の尻尾と耳を外す。その様子を檻の中の獣人族女性達は呆気にとられた顔で見ている。
「あの・・・あなた達は?」
「私達はまお・・・・通りすがりの者です。麓の村が壊滅していたので様子を身に来たのですよ。」
「・・・・サヤそれちょっと無理がある」
「うるさい」
「とにかく助かりました!でもまだ他にも捕まっている人達がいて!それにこんなことを知ったら獣人族の王が・・・」
だんだんと不安げな表情になる女性にサヤは
「大丈夫です。そちらには私達の仲間が向かっているので。皆さんはすぐにここから脱出を!」
「・・・・こっち」
穏やかになおかつ力強く励ましながら女性達を先導する。
「そちらは頼みましたよ、スゥーリア、魔王様・・・」




