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惨劇の跡

「まずは村に行こう。ミリア、案内してくれるか?」

「うん、私についてきて!」


その後、岩肌が剥き出しの断崖地形から、くるぶしぐらいまでの高さの草が生い茂る道へと入る。そこだけ道として開拓されたようで道の両脇は林で囲まれている。わかりやすい道かと思いきや、不意にミリアが道を逸れ、林の中に入ろうとする。


「ちょっ!?ミリア、そっちは」

「大丈夫だよ魔王のお兄ちゃん!」


止めるシドーに振り返りもせずどんどん進んでいくミリア。心配でサヤとルシアの方を見るが、二人は驚きつつもなにも言わずついていく。スゥーリアに至っては慌てるシドーを見て、笑いを堪えていた。


「ぷぷっ、シドーくんて意外と怖がりだよね。」

「こ、怖くなんてねーし!それよりあんな小さな子が先に行くのが心配なだけだ。」

「その心配は必要ないかと思いますよ」


サヤが、シドーを安心させるかのように言う。


「獣人族は、産まれた瞬間から立って歩き始めるほど、身体能力が優れているのです。ミリアのような幼い子どもでも、人族の大人と同じぐらいの運動能力があるのですよ」


危機察知能力も言わずもがなと付け足すサヤ。


「それってほぼ野生の獣とおんなじじゃ・・」

「シドーくん、それ獣人差別だよ。獣人と獣は進化の過程で別れた全く違う生き物なんだからね。一緒にしたら怒られるよ~」


スゥーリアの言い方は意地悪だが、この世界の常識に疎いシドーのフォローをしてくれる。それに気づいたシドーが小声で礼を言うと、


「むへへ~。偉いでしょ~」


と、どや顔を見せつけてくる。シドーはちょっとイラっとして、彼女の長い金髪を手でわしゃわしゃと撫で回してぐしゃぐしゃにする。


「偉いね~おーよしよしよし~・・・」

「ぎゃあああ!何すんのさ!」


さらりとした綺麗な髪を無惨に荒らされたスゥーリアが、「変態魔王が苛める~」とサヤに泣きついて、それをサヤがはいはいと流す。

空いたシドーの横にルシアが入ると、


「・・・・獣人族も、森人族みたいに集落を守るための工夫をしてる。」


と、シドーが気にしていたもうひとつのことについて教えてくれる。


「森人族の結界みたいにか?」

「・・・・うん。でも、獣人族は魔法が使えない人が多いから、結界じゃなくて自然の迷路みたいなふうにして、外敵から身を守っている。」


林の中は360度同じような景色で、知識のない者が入るとたちまち迷ってしまう。同じ集落の獣人のみがわかる目印や匂いがあり、ミリアはそれを辿っているのだという。


「・・・それに、迷路だけじゃなくて罠も仕掛けてある。だからミリアの跡をぴったりついていかないと」


突然目の前で話していたルシアの姿が消える。


「・・・え!?あれ?ルシア!おおい、ミリア!止まってくれ!大変だ!ルシアが消えた!」

「魔王様!上です!」


サヤが指差す頭上を見上げると、はらりと大きな帽子が落ちてきて、


「・・・・こうなる」


片足にロープが巻き付き、逆さまで宙ぶらりんのルシアがいた。逆さまのため、ローブがめくれあがってあられもない姿になっているが本人は特に気にしてない様子だった。


「白か・・・」

「魔法使いのお姉ちゃん大丈夫~?」

「・・・大丈夫」


ミリアが心配そうに見つめるなか、再びルシアの姿が消える。ミリアが驚いた一瞬後、シドーが持っていた帽子の穴からピョンっとルシアが現れる。これにはシドーもびっくり。


「・・・てじなーに」

「おっとそれは言わせねぇよ!てかルシア、自分の転移も出来るのか?」

「・・・・短い距離なら、予めマーキングしておいた物の所にとんでいける。」

「魔法使いのお姉ちゃんすごーい!村の入口のことも知ってるし、おっぱいも大きいし、私もお姉ちゃんみたいになりたいな!」


その発言を聞いたシドーは成長したミリアの姿を想像し、ルシアと見比べてしまう。・・・・主に胸の辺りを。


「ぷぷぷ、ルシアちんてばだっさー!あんな罠に引っ掛かるなんて・・・くくく、しかもパンツ丸見えだったし・・・っぷはは」

「・・・・大丈夫。ミリアはきっとぼん、きゅっ、ぼんな立派な大人になれる。・・・あんな性悪ちっぱいと違ってね。」


それを聞いたミリアは可愛そうなものを見るような目でスゥーリアを見て、


「森人のお姉ちゃんは意地悪だからおっぱいちっちゃくなっちゃったんだ・・・」

「「ぶはっ」」


純粋な幼女の、心からの言葉に思わずシドーとサヤが吹き出す。ルシアもぷるぷる震えながらうずくまって近くの木を叩いて笑いを堪えている。

一方、子どもの言うことだからと、怒るに怒れないスゥーリアは、笑顔をひきつらせながら


「そ、そんなことはないんじゃないかな~・・・。お姉さん実はとっっっても優しいし、これから大きくなるんだよ」


と、謎の言い訳をしている。


「でも、さっき魔王のお兄ちゃんとケンカしてたし・・・」

「うっ・・・それは・・・その・・・」


言葉に詰まったスゥーリアが後ずさると、踏み締めた足の下でガサッと仕掛けてあった罠が作動して、スゥーリアの体を宙へと釣り上げる。


「ひゃわわわわあああ!?助けてぇぇ!」


と、助けを求めるが、


「・・・・見てごらんミリア。意地悪なことを言ったからバチがあたったんだよ」

「ちゃんとごめんなさいって言おうね!森人のお姉ちゃん!」

「わかったから早く助けてぇぇ!シドーくんこっち見ないでぇぇぇ!」

「お・・・おおう。オレハナニモミテナイカラアンシンシロ・・・・水玉?この世界にも下着の柄の概念があるのか・・・」

「ばっちり見てるじゃないですか魔王様・・・」


はぁ・・と、サヤの心底疲れたようなため息はスゥーリアの悲鳴にかき消され誰の耳にも届かなかった。





シドー達がいる位置から1㎞程離れた場所に1つの獣人族の集落があった。

木や、粘土を混ぜて作られた建物は潰されたように崩れ、至るところに村人が倒れている。中にはもう既にこと切れている者もいた。それらを引き起こした元凶は今、村で唯一まだ破壊されていない家の前に立っていた。


「ハヤグ、税、オザメろォ」


低く、響くような声で叫ぶと、家が震え、窓ガラスが割れる。

見上げる程の筋骨隆々の巨体は、長く分厚い毛皮に覆われ、口元しか出ていなかった。その口元には石臼のような歯が並び、太く長い舌が見え隠れしていた。


「はぁ・・・はぁ・・・何度も言うが、この間ので最後だ!もううちには食料も金目のものも何も残っていない!もう勘弁してくれぇ!」


そう叫ぶのは頭部に三角の獣耳、臀部からは長く、毛皮に覆われた尻尾の生えた獣人族の男。暴行を受けたのか、体の至るところから血を流している。


「ノゴッテなイ?ナラジガダなイ・・」

「仕方ないじゃねぇよベヒモス!てめぇなに帰ろうとしてんだ!」


黒いスーツに身を包んだ、顔も黒い毛皮に覆われた獣人が素直に帰ろうとした巨体、ベヒモスを怒鳴りつける。


「てめぇ、何回目だよこのやり取り!?いい加減にしろよなこのウスノロォ!」

「ゴベェェン、アニギィィィ!!」

「うるせぇ!少しだまれぇ!」


アニキと呼ばれた男が怒鳴るとベヒモスは大人しくなる。そして乱れたスーツの襟を直すと、


「前にも言った筈だよなぁ、税を納めない奴がどうなるかよぉ・・」

「・・・・税はこの間納めたばかりだろう」

「この間はこの間。今回は今回だ!王が変わり、新たな獣人国家の建築には莫大な金がいるんだよ!」


ガルルルと、うなり声を上げて脅しにかかる。この二人組は、新たな獣人族の王の命令で、霊峰グランロックの下層の村を回って金やそれに代わるものを集めていた。だが、あまりの徴税の高さと頻度に、只でさえあまり裕福とは言えない下層の村は悲鳴を上げていた。その結果


「それなのに、この村を含めて4つだ!4つの村が、これ以上税は払えないと抜かしやがった!その結果がこれだ!この家は、この村で一番財産を抱えてるって話だけどよぉ、それでも払えないって言うのか?」

「・・・・ああ、そうだ」

「嘘だな」


食いぎみに断言した男が鼻をひくつかせる。そしてにやりと笑うと男性を突飛ばし、その奥の扉を開ける。


「止めろ!止めてくれぇ!」

「なんだ、いるじゃねぇかよ!大層な別嬪の嫁さんがよぉ」


その部屋にはベッドに横たわった女性がいた。病気のため、痩せてはいたが目鼻立ちのくっきりとした美女だ。


「妻は病気なんだ!あんた達が税を取り上げるせいで薬も買えず苦しんでいるんだぞ!」

「それは可愛そうになぁ・・・こんな税も払えない貧乏な男の所に嫁いだせいでこんな目にあってなぁ」

「なんだとぉ!?」


くってかかった男性を軽々あしらい、片手で投げ飛ばす。男性は壁に叩きつけられ、それっきり動かなくなる。


「ん・・・誰・・!?あ、あなたぁ!・・・げほっげほっ!」


物音で目を覚ました女性が血相を変えて動かなくなった旦那に寄り添う。

そこに下卑た視線の男が歩み寄る。


「いやぁねぇ奥さん。旦那さんが「もう税を払えないのでうちの嫁を代わりに持っていってください」って言うので、俺達と一緒に来てもらえますぅ?」


明らかに悪質な出任せだと気づいた女性は、近くの棚に置いてあった花瓶をつかんで思いきり男に叩きつける。頭部に叩きつけられた花瓶がガシャンと音を立てて砕ける。


「ぐあっ!?なにしやがるこのあまぁ!?」

「きゃあああ!?」


頭に血が上った男は、女性に馬乗りになるとその細い首を締め上げる。


「あぐっ・・・あ・・・あ・・・」

「アニギィィィ・・・シンジャウヨぉ?」

「っといけねぇ!大事な商品を壊したら俺が挽き肉にされちまう」


ベヒモスの言葉にハッと我に帰った男はその手を離す。それでも女性は意識を失ってぐったりと倒れる。


「・・・やっべ!?・・息は・・・ある!ベヒモス!こいつも連れていくぞ!」


と、女性を片手でベヒモスに投げ渡す。ベヒモスがその女性を、同じように意識を失った女性達が乗せられている荷車に乗せて行こうとするが、


「ま・・・て・・・」

「ん?なにこいつ、まだ生きてたのか。背骨を砕いたと思ったのに」

「アリ・・アを、返せ・・・」

「うるせぇなぁ、さっさと死ね!」


ドスっと鋭い爪の生えた手で男性の胴体を貫く。男性の体から手を抜くと、血塗れの手を拭こうともせず家を出る。


「黒い毛だと返り血を気にしなくて済むぜ・・・おい!ベヒモス!」

「ナァニィィ?」

「この家も潰しちまえ」

「イイノォ?ヤッダァァ!オレェ、ツブスノダイズギィィィ!!」


喜んだベヒモスは、巨大な、自分の体と同じぐらいある棍棒を片手で振り上げると、勢いよく叩きつける。頑丈に作られた家が紙細工を潰したようにぺしゃんこになった様子を見て、ベヒモスは大はしゃぎする。


「ダノジイなあああ!」

「馬鹿野郎、加減しやがれ!俺まで潰す気か!?・・・っち、まあいい、とっとと上層に帰るぞ!」

「アァイ!クロのアニギィ!」


クロと呼ばれた男が自分の肩に跳び乗ると、ベヒモスは荷車を引き、霊峰グランロックの山道を登り始めた。

後に残されたのは潰された家屋と、抵抗した村人達の死体。最後に潰された家の残骸の中に、血で汚れた父と母と幼い少女の3人家族の写った写真が残っていた。

上げてからの落とす

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