リアル妹とファンタジー妹?の違い
お兄ちゃん。
シドーの頭の中にその言葉が反響する。
『お兄ちゃん』『お兄さん』『おにぃ』『にぃに』『おにぃたま』『兄者』『兄上』『brother』『兄貴』
シドーもかつて、そう、前世においては妹がおり、お兄ちゃんだったわけだが、妹とは年が近かったこともあり、幼いころはともかく、死ぬ直前はかなり酷い扱いを受けており、ミリアの一言で前世の妹の記憶が走馬灯のようによぎる。
具体的には
『あーぶぅ(妹0歳)』『しどうくん(妹4歳)』『お兄ちゃん(妹10歳、ここがピーク)』『にいちゃん(妹12歳)』『おい』若しくは『ねぇ』(妹14歳)『・・・(妹15歳ゴミを見るような目)』
シドーもシスコンな訳でもなく、成長してから可愛いげのなくなった妹とは家庭内冷戦状態になっていたため、何年かぶりにそれこそアニメや漫画でしか見たこと聴いたことのない響きに衝撃を受けていた。
「・・・ぐほぉあ」
「シドー君!?」
「お兄ちゃん!?」
思わずorzで吐血するほどに。
「だ・・・大丈夫だ。ミリアちゃんを見たら妹のことを思い出して」
「思い出して吐血するってどんな妹よ」
スゥーリアは軽く引いていたが、幼いミリアは本気で心配して
「大丈夫?お兄ちゃん」
「あべしぃいぁぃ!!!」
「うん、本気で気持ち悪いよシドー君」
背筋が痒くなるその響きに身悶えしているシドーをスゥーリアはゴミを見るような目で見ていた。
「はぁ、やっと慣れてきた・・どうしたスゥーリア?まるでゴミを見るような目をして」
「そのくだりはもういいから。そんなことよりミリアちゃん」
「なに?森人族のお姉さん?」
「~~~~!!んん!、君はこの先の獣人の村の子じゃあないかい?」
「おいなににやけてんだよスゥーリア」
「うるさい変態魔王」
火花を散らしてメンチを切る二人の間にミリアがむっと眉間に皺を寄せながら割って入る。
「お兄ちゃんお姉さん!喧嘩したら、めっ!なんだよ!」
「「~~~~!!!!」」
お姉さん染みた口調でミリアから叱られた二人はにやける顔を
おさえることができなかった。
程無く先程頬を叩いてしまったことを謝罪しようとやって来たサヤが、シドーとスゥーリアが悶えている姿を見て軽く引いていた。
「二人がなぜあんなことになっていたかは知らないが、君みたいな子どもがなぜあんなところに1人でいたんだ?」
「えーと、あのね!病気のお母さんのために崖に咲く薬草を採りに来たんだけど、途中であのウルフ達に見つかっちゃって・・・・」
シドーより背の高いサヤが屈みながらミリアと視線を合わせると、ミリアは少し安心したような表情を浮かべたあと、ことの経緯を拙いながらも話してくれた。
「そうか、お母さんの病気を治したかったんだね。でも、君のしたことはとても危険なことだ」
キッとサヤの表情が一転して厳しさを帯びたものになる。ミリアもびくりと肩を震わせていた。
「私たちが偶然通りかからなかったら君は死んでいた。もし君が死んでしまったら、君のお母さんはとても悲しむだろう。それはわかっているのか?」
「・・・・・はい・・・ぐす」
「君のお母さんにとって、薬草なんかより君の方がとても大切なんだ。きっと今頃凄く心配しているだろう。早く帰って側にいてくれた方が薬草より余程お母さんのためになるだろう。」
「・・・・そうかな・・?」
「ああ、そうだとも。だからもうこんな無理をして、一人で薬草を採りにいくなんてことは絶対にしてはいけない。いいね?」
「はい・・・ごめんなさい・・」
しゅんと耳と尻尾を垂らし、泣きそうな顔で謝罪する。その言葉を聞いてサヤの表情も穏やかなものに戻り、ミリアの頭を撫でている。
「・・・・・おかしい」
不意にルシアが怪訝そうに言うと、全員の視線が彼女に向く。
「・・・・確か獣人族の集落には定期的に行商人が日用品や薬なんかを売りに来ているはず。」
魔人族を除く同盟を結んだ各国はそれぞれが、それぞれの文化でのみ培った技術や、その場所でしか手に入らない物資を共有し合うという相互扶助の関係を持っている。そうやってお互いに協力しあったことで、文明が大きく発達していったと同時に力の弱い種族や、生産力に乏しい種族が救われたという。獣人族も力こそ弱くないが文明の発達においては天人族や数で勝る人族に大きく後れをとっていた。
「・・・・森人族の方は行商人について何か知ってたの?」
「いやぁ・・特にはなかった筈。あたしら魔人族と中立な立場だったからそういう協力関係を取り仕切ってる人族の族長にあまり良く思われてなかったみたいで、うちの里には行商人なんてこなかったね・・・・来るのは戦争に参加しろとか、税の代わりに森の資源を納めろって通知ばっかって父さんがぼやいてたな」
あははと能天気に笑うスゥーリアだが、ルシアは特に気にした素振りもなく「・・・そう」とだけ返す。
「となると獣人族に行商人を送っていた人族側に何かあったのか・・・ミリア、君の村は霊峰グランロックのどの辺りにあるんだ?」
「私達の村は山の麓にあるんだよ!」
サヤの質問に首を傾げるのはシドー。
「ん?どういうことだ?獣人族の村って他にもあるのか?」
「・・・・獣人族は、大昔、階級に合わせて霊峰グランロックの上層、中層、下層に分かれて暮らしていた。下層の獣人族達は最も低い階級で、奴隷だったみたい。」
「でも今は違うんだろ?」
「・・・・表向きはね」
普段にもまして小さく、沈んだような声と表情のルシア。シドーが不審に思って声をかけようとするが、
「・・・・今あなたの村の大人達はどんな様子?」
シドーに背を向け、ミリアの方に向いてしまう。
ルシアの質問に、ミリアは表情を曇らせていた。
「・・・・この間から大きな怒鳴り声みたいなのが聴こえて、お父さんとお母さんは『外にでちゃ行けない』って凄く怖い顔してた。でも私見ちゃったの・・・」
震えて俯くミリアの両肩にルシアが手を乗せ、見守るように見つめる。
「窓の、カーテンの隙間から身体中に毛の生えた大きな角のある人を・・・。
その人と村のおじさん達が言い争いをしてたのが聴こえたの。それから何日たっても、薬を届けてくれる人族のおじさんが来なくなっちゃったの」
今にも泣き出しそうな瞳には明らかに恐怖の色が見えた。ここまでくればこの世界の時世に疎いシドーでもわかってしまった。獣人族の中で何かがあったこと。それは決して良いものではないことを。
「みんな・・・頼みがある。」
シドーが言うと、直ぐ様サヤ、ルシア、スゥーリアの3人の瞳がシドーに向けられる。そのどれもが真剣な目であった。
「何なりと御命令を、魔王様」
「・・・・ん」
「なーに、シドー君?」
「獣人族の中で何が起こっているのか調査し・・・・いや、」
始めは堅苦しい言い方をしようとしていたが、ごほんと咳払いをして、言い直す。
「ミリアを助けたい。みんな協力してくれるか?」




