翠緑の弓矢
暑いよ!
「グオオオオオオ」
ブラックパラサイトがくぐもった声をあげながら丸太のように肥大化させた触手をうち下ろす。その一撃をシドーはかわすが、轟音と共に凍った地面を粉砕するその威力に思わず息を呑む。
「ぶっちゃけ寄生しないで本体が戦った方が強いんじゃ・・」
繰り返し、横薙ぎの一撃をシドーは避けるのではなく鎌の柄で受け止める。
「『重力変化:加重』!」
触手を引き戻そうとするのを掴んで離さず、ブラックパラサイトの全身に数百倍の重力を発生させる。
「ギュオッ!?」
急に自身の体が重くなったことに驚いたのか、短い悲鳴をあげてブラックパラサイトが氷の大地にひれ伏す。触手の一本すら動かせず、全身を痙攣させる。
そんな無防備なブラックパラサイトに、シドーが必殺の一撃を降り下ろす。
「おおおおおっ!!」
ザクンッと堅いものを切ったような音をたててブラックパラサイトの太い触腕が切断される。それに留まらず、氷で覆われた大地に突き刺さり巨大な亀裂を生む。鎌を引き抜いて再び振りかぶった時にはもうすでに触腕が目の前に迫っていた。
「くぁっ!!」
バチンッと打ち据えられたシドーの体は2、3回地面をバウンドして止まる。
「おお~びっくりした····防御力が高くても体重差は変わらないのか··」
しかし、特にダメージはなく、パンパンと氷の破片を払いながらブラックパラサイトを睨む。先程シドーが切り飛ばした触腕は既に再生していた。
(再生した勢いで殴られたのか···)
流動する肉体は重力魔法による加重や衝撃を受け流し、鎌による斬撃もすぐに再生されてしまう。ステータス面では上回っていても、シドーの攻撃ではブラックパラサイトに致命的なダメージを与えるのは難しかった。
ただし、それはサヤ達やセレナ樹海への負担を気にしている時に限る。
「悪いスゥーリア!ちょっと森林破壊するぞ!」
そう叫ぶと、「ちょっ!?まっ!?」っと抗議しようとしたスゥーリアをサヤが掴まえて距離をとる。ちなみにルシアはサヤの小脇に抱えられている。
それを見届けるとシドーは鎌を背負い、両手を合わせてからゆっくりと開いていく。その中心には黒い渦のようなものが見え、シドーが手を開くのに合わせゆらりとうごめく。
「吸い込め、『暗黒星雲』」
途端に凄まじい気流が発生し、シドーの両手にある黒い渦へと吸い込まれていく。周囲の木々や、凍った地面すら、バキバキと音を立てて吸い込まれていく。
勿論、それを察して距離を取ったサヤ達にも少なからず影響を及ぼす。
「きゃああああああ!」
「わあああああああ!シドー君後で覚えてろよ!」
「···私の帽子~····」
三人とも衣服(サヤとスゥーリアはスカート。ルシアは帽子)の端を掴みながら必死に大木の陰にうずくまる。
「キュシュルルルルル!」
シドーの正面にいるブラックパラサイトは引きずり込まれないよう触腕を凍った地面に突き立てて抵抗している。ブラックパラサイトは身動きひとつとれずにいるがそれはシドーも同じ。シドーの狙いはまた別のところにあった。
「スゥーリア!ありったけの風の魔力を俺に射て!」
「ええ!?何いってんの!?そんなことしたら」
「俺の魔力の性質じゃあ、こいつに止めをさせない!お前の魔力で、こいつを跡形もなく吹き飛ばすんだ!」
「!!わかった!」
シドーの考えを理解したスゥーリアは立ち上がり、弓をかまえようとするが
「うわっわわわ!ちょっと待って!」
普通の風の流れとは違う重力の奔流に、バランスを保てずよろけてしまう。それだけではなく、秘薬で回復しきれなかった疲労や精神的な苦痛も、スゥーリアの足を震えさせていた。
「やっと···父さんやみんなの仇をとれるのに···僕は···」
悔しさで涙が溢れる。肝心な時に動かなくなる自分の体が恨めしい。
「ごめんシドー君···もう僕には弓一本射つ力も残ってない」
「それなら!」
ガシッとスゥーリアの足を何かが掴んだ。
「それなら私が支えよう!」
「サヤちん!」
「····この豆腐メンタルめ」
「ルシアたん!」
「足は私達が支える!お前は気にせず射て!」
「···これ以上お前の染みつきパンツ見てたら気分が悪くなる。だから早くして」
「染みなんかついてないよ!!」
「1人じゃ無理でも、3人で力を合わせればなんとでもなる。あのときからそうだったじゃないか」
サヤの言葉に一瞬、幼い頃3人で遊んでいた記憶がフラッシュバックする。あのときから3人は何も変わっていなかった。スゥーリアがいたずらを思いつき、サヤがそれに乗っかり、ルシアが億劫そうに後からついてくる。
「····今となんかちがくない?サヤちんいい子になってるし」
「いいから早くしろ!ルシアがもうもたん!」
「····あうあう」
二人に比べ筋力が劣るルシアは元々白い顔をさらに青くしながら必死にしがみついている。
「よし!いくよ!シドー君!」
「おう、頼む!」
スゥーリアは弓に手を添え、魔力を発生させ、1本の矢の形へと精製する。
矢を引く瞬間に父の、シルバーの言葉を思い出す。
『憎しみで矢を引くな。邪念は腕を震えさせる。何も考えず弓と一体になるんだ。』
その言葉通り、スゥーリアはゆっくりと、しかし凛とした姿勢で弓を引く。自信の体を弓と一体にして矢を命一杯引く。
『放つ瞬間だ。ありったけの魔力と思いを籠めろ!なるべくスカッとするやつな』
豪快な父が笑いながらそう言って、今は亡き妻、スゥーリアの母親への愛を叫びながら矢を射ったのは忘れられない。
「ありがとう、父さん」
そして、スゥーリアはすぅっと息を吸い、思いの丈を叫んで矢を放つ。
「くたばれぇぇっ!!この気持ち悪い『○(ピー)』毛野郎がああああ!!」
矢は、翠緑の爆風を螺旋状に纏いながら重力の奔流に乗ってシドーの構える黒い渦に吸い込まれていく。
「きたぁあああ!!」
「いっけー!!シドー君!」
黒い渦と、スゥーリアの矢が混ざり合い、禍々しい色の巨大な竜巻が形成される。
「その一矢は!凶星に螺旋を刻むものなり!その名は!」
「「『逆巻く黒縄の矢』!!」」
ギョリギョリギョリと耳障りな音を立てて竜巻が槍の形に変化し、その穂先をブラックパラサイトへと向け放つ。
「ギャアアエアアアアア!!」
「「いけぇぇぇぇ!!」」
螺旋をえがいた矢が、身体中の触手を用いた全力の防御姿勢のブラックパラサイトを少しずつ分解しながら突き進んでいく。辺りに凄まじい暴風を撒き散らしながら、ブラックパラサイトの体を粉々に吹き飛ばす。
「オアアアアアア·······!!」
とどめに断末魔の叫びをかき消す大爆発を起こし、細胞の一欠片すらなく跡形もなく消滅させたのだった。
パラパラと辺りに氷の破片や木の残骸が散らばった災害の跡のような場所でスゥーリアは呆然と立ち尽くしていた。
「やった·····」
「もう魔眼になんの反応もない。今度こそ完全に」
「やったよおおお!!シドー君!!」
「ぶるああ!?」
感極まったスゥーリアに押し倒され、シドーは氷の地面に強かに後頭部をぶつける。···よりによってでっぱったゴツゴツした氷の塊に。
「あいたぁ!?」
「シドー君!シドー君!シドー君!やったよ!父さんの!みんなの仇を!倒したんだよ!」
「いだだだだ!頭皮が!頭皮がズっ!てなってるから!」
なんとかスゥーリアを退けようとするが、満面の笑みで泣いている彼女を見るとそんな気も失せ、もう少しこのままでいようと思うシドーだった。
後頭部どころか若干首も痛くなってきているが。
7月からの新アニメも面白いのがいっぱい!




