『森の悪魔』
「どういうこと?『森の悪魔』はもう首を切り落とされて、体だってあんなにボロボロに・・・あれでもまだ生きてるっていうの?」
「・・・・ここに来る前に、目覚めたばかりのまおーさまが言っていたことが本当なら・・・」
ルシアは目覚めたばかりのシドーが青い顔で言っていたことを思い出す。
『通りで前の魔眼で見透せなかった訳だ・・・レベルが低いままじゃ、何かの中に入っているものは見えなかったんだ。』
『・・・・それはつまり、今のまおーさまには女性の服の下も見放題ってこと?』
『ああ、もちろん、スッケスケの見放題・・って見ねーよ!なに言わせんだ!そうじゃなくてレベルが上がって魔眼の能力も強化されて今まで見れなかったものも見れるようになったんだよ」
『・・・それで何が見えたの?』
『『森の悪魔』だよ』
シドーの言葉を聞いてもルシアにはいまいちぴんとこなかった。事前に見せてもらった『森の悪魔』と思われる怪物の絵画を思い出すが、そこに写っていた怪物の絵以外思い当たることはなかった。
『とにかく、このままじゃサヤとスゥーリアが危ない!すぐに転移させてくれ!』
『・・・承知』
「・・・・・今ならわかる。まおーさまが言いたかったことが・・」
「え?」
ルシアの確信に近い疑問が、サヤとスゥーリアの不安が現実になる。
『森の悪魔』の死骸が一瞬大きく揺れ動き、下腹部の先端から勢いよく黒い線が飛び出してくる。
「あれは!」
サヤは先程黒い線に腹部を貫かれた痛みを思いだし、腹部を押さえる。秘薬のおかげで傷はふさがっているが、あの激痛と嫌悪感はしばらく忘れられそうになかった。
「やっと出てきやがったか・・・『森の悪魔』」
シドーが油断なく身構える前で、それは全貌を現す。『森の悪魔』が今まで入っていた脱け殻は、目の光が消え、体液の噴出も止まっていた。その中から現れたのは黒く細長い体を持つ別の生き物だった。
『シュルシュルシュル・・・』
鳴き声か、細長い体を動かす際に発する音かわからないが、『それ』は細長い体から無数の黒い触手を操り、四足歩行生物のような形態となってシドーに向き直る。
「あれが・・・『森の悪魔』の正体?じゃあ、今までの奴はなんだったの!?」
スゥーリアが焦燥混じりに叫ぶ。無理もなかった。父の仇を討ったと思ったらその中からまた新たな怪物が出てきたのだから。そんなスゥーリアを落ち着けるかのようにシドーが言う。
「あれは『エンペラーマンティス』。数千年前からこのセレナ樹海を守っていたヌシみたいなやつだ。そいつがあの黒い触手の化け物『ブラックパラサイト』に寄生されて凶暴化して『森の悪魔』になってたんだ。」
「そんな・・・」
「俯いてる暇は・・」
『ブラックパラサイト』がムチのように触手を振ってくる。
「ないぞ!」
シドーが鎌で触手の一撃を払うが、しなる触手はシドーの斬撃を受け流し、再び襲いかかる。
「ったく!排水口につまった毛みたいでキモい!」
シドーは襲いかかる触手を全て払い切り落とすが、手応えがほとんどなく、切ったそばから再生していく。
しびれを切らしたシドーは一度距離をとると魔法を発動させるため魔力を集中させる。シドーの周りを魔力の渦が巻き、大気を震わせる。
「な、なにこのとんでもない魔力は!?シドー君はさっきからこの森を壊そうとしてるの!?」
「・・・この押し潰されそうな魔力の感じ・・・まおーさまはやる気」
ルシアの言葉通り、シドーの周りの空間が不自然に歪み始め、渦を巻いて中心の黒い点に吸い込まれるような動きを見せる。
「『重力子爆弾』(グラビトンボム)!!』
豆粒のような小さな黒い点がブラックパラサイトの体に触れた瞬間、圧縮された大気が一気に元に戻ろうとして凄まじい爆発を起こす。
『!!!』
うねる体では到底受け流せない程の凄まじい衝撃は、周囲の木々を根っこから吹き飛ばす。その爆発の最も近くにいたブラックパラサイトは、断末魔の叫びすらあげず四散する。辺りに黒い塵の塊が飛び散って水のように溶けて地面に吸い込まれる。
「今度こそ・・・やったの?」
「いや、爆発に巻き込まれる寸前に、自分から体をバラけさせた。油断するなよ、どこからくるかわからねぇ。」
シドーの言葉にスゥーリアは弓を構えて辺りを警戒する。サヤとルシアも何時でも魔法が使えるよう身構える。まるで全方位から見られているような気味の悪い感覚に、ジリジリと、自然に四人は背中合わせになる。
不意にガサリと茂みが大きく揺れ動き、四人は一斉に警戒体勢に移る。
茂みから現れたのは人・・・森人族の戦士の1人だった。
その姿を見たスゥーリアが、警戒をといて親しげに声をかける。
「!ッ・・無事だったの!?良かった・・・」
「・・・・ぅ・・・」
戦士は酷い怪我をしていて、片腕が中程から無くなり、頭部からも出血していて足取りは重かったが、スゥーリア達の所へ近づいていく。
「待って!今傷の手当てを」
スゥーリアが駆け寄って『ヒール』を唱えようとした瞬間、スゥーリアの体がぐんっと後ろへ引っ張られる。
「なっ!?シドー君、何を」
シドーが引力で駆け寄ろうとしたスゥーリアを引っ張ったのである。もしそうしなければ、スゥーリアの頭に振りおろされた矢が突き刺さっていたであろう。
森人族の戦士は、矢による刺突をかわされてつんのめって転ぶ。
「『紫電の矢』(ショックボルト)」
すぐさまルシアが杖から高速の雷魔法を放つ。
しかし、森人族の戦士は電撃を受け、悲鳴もあげずその体を焦がしながらゆらりと立ち上がる。
「・・・!」
「うっ!」
「そんな・・」
「・・・・・」
顔を上げた森人族の戦士の姿を見た途端シドー達は絶句する。
スゥーリアに至っては青い顔で呆然と立ち尽くしている。
森人族の戦士の目玉があった場所から、黒い触手が無数に這い出ていたからである。




