蠢く影
「『森の悪魔』」・・・って聞くからにヤバそうなものだっていうのはわかるけどあえて聞く。スゥーリアさん、『森の悪魔』って一体・・・」
シドーが聞いてもスゥーリアは拳を床にめり込ませたまま震えている。
その様子を見てシドーは『森の悪魔』というのがスゥーリアにとってとてつもなく恐ろしい存在であり、同時に父親の敵であるという憎しみを抱く存在なのだと察するが
「手ぇ痛い・・・」
「痛がってただけかい!!ほらもう!すりむけてんじゃねーか!」
「あ、ほんとだ。でもだいじょーぶ」
ニッと笑うと、スゥーリアは自分の拳に手を添え
「『ヒール』」
と、唱える。すると、淡い緑色の光が傷を覆い、あっという間に傷口をなくしてしまった。
「こ、これは!ゲームとかで必ずといっていいほどにある回復魔法ってやつか!」
「魔王様は見るのは初めてでしたよね・・・回復魔法の使い手はとても珍しいのですよ。私はもちろん、ルシアにも使えません」
「そういえば、ガブリエルにやられたときサヤは包帯を使って傷の手当てをしていたな・・」
なら今後はなるべく二人にケガはさせないようにしようとシドーは決心した。
「・・・・『森の悪魔』って、あの祠に封印されてた魔力の塊の中身?」
「そうだよルシアたん、知ってたんだ。」
「・・・なんとなく。あの奥に何かがいるのは昔からわかってた」
どうやらこの3人は祠とその中にいた存在のことを知っているようだった。
「その祠って里の近くなのか?だったらその悪魔がまだ近くをうろついてるってことじゃないのか?」
「それに関しては今のところは大丈夫。父さんが最後の力を振り絞って抑え込んでくれたから。」
封印から解かれた『森の悪魔』の不意打ちを受け、致命傷を負ったシルバーは、標的をガブリエルから『森の悪魔』に切り替えた。その間にガブリエル達は森を抜けマノクニへ進軍してきたという。
「万全の父さんなら完全に封印できたんだ、それこそ倒すことだって、戦士みんなの力を合わせれば・・・・でもみんなも傷ついていた、あいつらのせいで・・・」
歯噛みするスゥーリアの肩にサヤが手を添える。
「シルバー様の勇姿が目に浮かぶよ。あの人らしいと私も思う。
・・・だからこそ、後を任された者がしっかりしなくては」
「そう・・・だよね。ありがとうサヤちん。可愛くなっても、そうやって勇ましく励ましてくれたりする所は変わってないね。」
「なっ!?可愛くなんか・・でも勇ましいっていうのもなんか微妙な気が・・・」
「とにかく、今の私にできることは里のみんなの不安を取り除くこと。今度こそ、私の手で『森の悪魔』を倒す。」
スゥーリアの言葉にそれまで黙っていたエドワードとルークが声を荒げて反対する。
「なりません!族長!ヤツは我々の先祖が何百人という犠牲を払ってやっと封印できた化物です!それを倒すだなんて!」
「父さんの封印は不完全だった。あれじゃあ数日で破られる。もしそうなったらみんな死ぬわ!私が刺し違えてでも・・・!」
「族長の身に何かあったら先代へ顔向け出来ません!いえ!族長が倒れれば、森人の里は滅んでしまいます!」
スゥーリアの意見とエドワード、ルークの意見が真っ向から激突しているのを見ていたシドーは、スゥーリア達に聴こえないようサヤとルシアに尋ねる。
「サヤとルシアはどうしたい?」
「魔王様?」
「・・・?」
一瞬その質問の意味がわからず二人はきょとんとするが、すぐに理解して、
「私は一人の武人として、スゥーリアの友として、この問題の解決に協力したいと思います。」
「・・・あいつはムカつく時もあるけど・・親友だから・・」
「そっか。二人ならそう言うと思った。ぶっちゃけ俺は下心があったりなかったり・・」
「!!魔王様はスゥーリアのような子が好みなのですね。・・・確かに目鼻立ちはくっきりしていて肌も綺麗だし、性格も明るくて・・・」
「そういう意味の下心じゃなくてだな・・・ちょっと耳貸せ」
未だに言い争いを続けているスゥーリア達を他所に、シドーは自分の考えを二人に伝えようと二人の耳元で話そうとするが
「あん!」
「「・・・・・・・!?」」
「え?何?どうしたの?」
突如響き渡った嬌声に言い争っていたスゥーリア達が向き直る。
「い、いやなんでもないんだ!サヤがずっと正座だったから楽にするよう言ったら足が痺れてたみたいでな!」
「・・・何とも言えない感覚。正座あるある」
シドーとルシアが必死に誤魔化す後ろで顔を真っ赤にしたサヤが
「申し訳ありません。耳に息がかかって//////」
と、小声で謝罪していた。
「そっか。ここまで歩いてきて疲れてるよね。今日はうちに泊まっていきなよ。話の続きは明日にでもさ。」
「ああ、待ってスゥーリアさん。まだ話が・・」
シドーは社を出ていこうとするスゥーリア達を引き留めようと駆け寄ろうとするが、先程スゥーリアが拳を叩きつけてへこんだ部分に躓き、
「おわぁっと!っとっとおおお!?」
「へ?ギョワアアアア!?」
スゥーリアを巻き込んで派手に転倒する。
「魔王様!」
「族長!」
「「大丈夫ですか!?」」
「いてて・・ごめんスゥーリアさん、大丈夫?(ペタッ)ん?」
サヤとエドワードが二人揃って主の身を案じる中、シドーは体を起こそうとして、自分の右手が何かに触れているのに気づく。
(これはさっきの結界石と同じパターンだな・・おっぱいやお尻だと思いきやってやつ。今回は床だな。だって他に何もなかったはずだし。もしだ、もし仮におっぱいだとしたらペタッではなくムニュッのはず。つまりこれは完全に床!・・・気になるのが左手の感触と右手の感触が違うことと、右手の方はなんだか生暖かくて・・床暖かな?そんなわけ・・)
「ない!」
ガバッと顔を起こすと、自分の右手がしっかりとスゥーリアの胸を掴んでいるのが見えた。
「あれ?おかしいな・・」
「あう・・あう・・」
涙目のスゥーリアと目の合うシドー。その距離僅か数センチ。
これは不味いと悟りながらも、言うなら今しかないと覚悟を決める。
「スゥーリアさん!俺達に『森の悪魔』の討伐を手伝わせてくれないか?
サヤとルシアの大切な友人を俺も助けたいんだ!」
「ええ!?このタイミングで言う!?・・・でもヤツは本当に危険なんだ。サヤちん達もそうだけど、君にだって危険な目にあってほしくないんだよ」
「だったら魔王として、友国の危機は放って置けない!全力で協力させてもらうぜ」
にっと笑いながら言われた台詞に、スゥーリアはなんだか毒気を抜かれてしまうが、現在の状況を思いだし、
「とりあえず退いてくれると嬉しいかな~・・・あと『ない!』ってどういうことなのかな~?」
「え?ああ、ごめん!『ない!』っていうのは手をついたのが床かと思ったら・・・」
「誰の胸が床だってぇぇぇぇぇ!?」
シドーが最後まで言う前にスゥーリアがブチキレて風の魔力を撒き散らす。
それはまるで爆風のようにシドーを吹き飛ばす。
「おわああああ!?げふぅ!」
まるで木の葉のように軽々と宙を舞い、柱に激突して落ちる。
「魔王様!?大丈夫ですか?」
「怖かった!足元がふわってしてビューンってなって・・」
「・・・粉々に?」
「ク○○ンのことかー!?ってそれより・・」
「族長!抑えてください!」
サヤ達がシドーを介抱している間、ルークが一人で怒り狂うスゥーリアを抑えていた。エドワードはすでに吹き飛ばされて頭から天井に突き刺さっている。
「うるさいうるさいうるさい!!サヤちんもルシアたんも昔はすっとんとんのつるぺったんだった癖に~!!」
「いや~・・なんと言ったらいいか・・勝手に大きくなったというか」
「・・・・こんなのあっても無駄・・重い」
ばつが悪そうに言うサヤに対し、恐らく本音だろうが聞いてる側にしてみれば嫌味にしか聞こえないルシアの発言は火に油を注ぐだけだった。
「だったら寄越しなさいよその胸~!!」
「皆さんお逃げください!ここは私が・・ぐぼはぁ!?」
「ああ!ルークさん!」
「スゥーリア!いい加減に・・」
「・・・大人しく」
「「しろ!!」」
サヤが『憑依魔法:サラマンドラ』を、ルシアが『氷の弾丸』
を発動して止めにかかるが、事態はより悪化していく。
「もうこれどーすんだよ・・・」
ポツリと呟いたシドーの言葉は誰の耳にも届かなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
シドー達が森人族の里で騒いでいる一方、樹海の奥深く、森人族も立ち寄らない場所で二匹の獣が雌雄を決しようとしていた。
「ハァッハァッハァッグルオオオ・・・」
「シュルルルルル・・・」
一方は鋭い牙と爪を持ち、凶悪な顔のついた頭が2つある以外はオーソドックスな狼の姿をした『ツインヘッドウルフ』。音もなく駆け、一撃にして二撃と言われる噛みつきで多くの戦士を葬りさってきた狩人である。
もう一方は『キングヴァイパー』と呼ばれる蛇である。尻尾の先にはガラガラヘビのような突起がついていたが、それは音を鳴らすものではなく、敵をうち据える棍棒のように棘が無数に生えている。開かれた口からは蛇特有の二股に分かれた舌と、猛毒液が滴る二本の牙が見えている。
両者共に人が見上げる程の巨体で、セレナ樹海の生態系の頂点に君臨する生き物である。
ジリジリと、互いに攻撃が届く距離で睨み合う。両者の体には既に無数の傷があり、ツインヘッドウルフは猛毒に犯され、キングヴァイパーは胴が千切れかけている。もはやどちらが勝っても、幾ばくもない命。しかし、両者はそれでも戦い続け、互いに最後の一撃を持って決着を着けようとしていた。
「グルオオオオオオオオオ!!!」
「シャアアアアアア!!」
互いに瞬発力を武器に戦う生き物。決着は一瞬だった。
ツインヘッドウルフが四肢で大地を踏みしめ、キングヴァイパーが、鎌首を持ち上げ、全身の筋肉を緊張させ、両者が飛びかかった瞬間、
三つの首が宙に舞った。
「「!?」」
首の持ち主、ツインヘッドウルフとキングヴァイパーは、何が起こったかもわからず、それぞれ最期に、首を失い崩れ落ちる自身の体を眼下に見ながらその生を終えた。
しばらくして、樹海の奥から木々を揺らしながら巨大な影が姿を現す。ツインヘッドウルフとキングヴァイパーより大きな影。その影が骸となった二匹の肉を喰らう。
二匹を貪り喰った後、影は再び樹海の奥へと消えていった。一対の、血に濡れた鎌を揺らしながら。
年齢設定は結構いい加減です




