微睡みの中・・・・目覚め
新潟の実家に帰省中。寒い
今日一日だけで色々なことがあった・・てかありすぎた。
新たな魔王として召喚され、すぐに教われ、森で迷いながらも魔王城につき、
風呂場で女の子の裸を直視し、カレーのようなものを食べ、魔法を使って女の子を泣かし、晩御飯を食べて違う女の子にラッキースケベ・・・改めて思い返すと録でもないなとシドーは寝転がりながらため息をつく。
同時にやっと自分が正真正銘異世界に来たのだという実感がわいてきた。
「新たな魔王として世界を救ってくれ・・・か、それって勇者の仕事なんじゃねえのかよ」
転生する直前、あの部屋でアリーに言われた言葉。魔王として全世界から恐怖と畏怖の念を向けられ命を狙われる存在。我ながら安請け合いしたものだと内心愚痴をこぼす。
「でも最初にあったのがあの二人でよかった。サヤとルシアとならうまくやれそうな気がする。」
正直不安しかなかった。アリーの手前へたれるわけにもいかず、サヤとルシアの前でもおどけて無理にテンションを上げて振る舞ってはいたが召喚されてすぐ聖王の軍隊に襲われた時から手足の震えが止まらなかった。
同じ人間から敵意と殺意を向けられ、矢を射たれ、それでも平然としていた自分を見て逃げ惑う兵士の姿を見て彼らとは異なる存在になってしまったのだと気づいた。
震える足で森に迷い、恐怖を吹き飛ばすためにバカみたいな替え歌を歌った。
アリーからもらった黒い鎌はルシアに部屋まで転送してもらい壁に立て掛けてある。だから森で自分を呼ぶ声・・・サヤとルシアの声が聞こえたとき心の底から安堵した。あの二人が自分をここまで導いてくれた。魔王様と呼んで慕ってくれる。まだわからないことだらけだがこれから3人でゆっくりと考えて行けばいい。そう思いながらシドーの意識は闇の中へと沈んでいった。
「いや~それだとちょっと遅いんですけどねぇ~」
「はっ!?」
ばっとシドーはベッドから身を起こそ・・・・うとしてよろける。なぜならシドーはすでに立っていたから。さらに付け加えるなら今いる場所は魔王城の自室ではなかった。転生直前にアリーと会っていたあの場所にシドーは立っていた。そしてその場所の主もまた、あのときと変わらない姿でそこに立っていた。
「え?あ、アリー。なんでここに・・」
「なんでもくそもありませんよ。あなたが魔王となったせいで私はあなたの専属サポート係に左遷されたんですから。当然給料も大幅カット。やってらんないですよ」
「そ、それはなんか・・・すみません」
「どうしたんですか?なんか元気ないようですけど・・心でも折れましたか?」
「そんなんじゃなくて今頃魔王になったんだなって実感がわいてきてさ、これからどうしようかって考えてたんだ。あ、そうだそれで何が遅いって」
「二日後聖王の軍隊が魔王城制圧のため、マノクニに攻め込んできます。それも二万を軽く越える大軍勢で。ステータスで言えば二万なんてものの数じゃありません。ですがサヤさんとルシアさんは助かりません。」
さらっと告げられた言葉でシドーの思考がピタリと止まる。
「えっと・・・どゆこと?」
やっとのことで絞り出した言葉はあまりにも幼稚で稚拙なものだった。
敵が攻め混んでくる、自分一人なら勝てる、でもサヤとルシアは殺される。
それらが頭の中でうまく噛み合わなかった。
「どういうことだよ!勝てるんだろ?俺の力なら!歴代のどの魔王よりも強いステータスなんだろ?どうして二人が死ぬことに・・・」
「あなたが『魔王様』だからです」
「あ、・・・」
そう、どこの世界に主一人に戦わせる部下がいるか。確実にシドーを守ろうと矢面に立とうとする。その結果がどうであれそれが魔王の部下としての役割だから。
「さらに言わせてもらいますけど確かに現時点、レベル1の状態でも歴代魔王に並ぶステータスですがそれはあくまで数字だけ。ですが積み重ねた経験もなにもない貰い物の力、下手をすればあなたも殺されます。」
まさにその通りだった。シドーのステータスは、魔法は、自分で手に入れたものではなくガチャで引き当てただけの貰い物の力だ。その証拠にシドーは自分のステータスを知っていても、実際にどれだけのことが出来るのかはわからなかった。
シドーの胸中に暗いものが涌き出てくる。アリーはそこにさらなる追い討ちをかける。
「第一あなた人を殺せるのですか!?」
アリーがシドーを異世界に送る際最も気にかけていたことだ。今まで争いとは無縁の生活をしていた普通の少年がいきなり戦場に送られて何が出来るのか。答えは簡単、どんなに強い兵器を持っていたとしてもなす統べなく殺されるだけだ。
「ああ、そんな・・・そんなことって・・・・・」
シドーは頭を抱えて蹲る。サヤとルシアの顔、かけられた声、戦争、前世社会の教科書で見た戦争の風景、人の叫び、自分が人を殺す、ぐるぐるぐるぐるシドーの頭の中でそれらが廻る。ぐちゃぐちゃになって訳がわからなくなるがわかることは2つ。ひとつは何もしなければみんな殺される。2つ目は戦えば自分は助かるかも知れないがサヤとルシアは殺される。魔王であるシドーを守って。異世界で最初に自分を受け入れてくれた二人が殺される。考えただけでも吐きそうになる。
『そういえば魔王の城っていうけどなんか静かだよな、他の魔物とか魔人族はどうしたんだ?』
『・・・・みんな先代魔王様とともに戦って殺された。』
『私やルシアの両親も、一族みんな、害のない魔物まで一匹残らず根絶やしにされました。』
昼食の時の会話を思い出す。サヤとルシアは仲間も両親も殺され、シドーが来るまでの間あの巨大な魔王城で暮らしてきた。幼かったであろう二人はどんな気持ちで過ごしてきたのか。サヤとルシアにとって新たな魔王であるシドーは唯一にして最後の希望なのだ。シドーにとっても二人は異世界で唯一の希望であった。転生し、魔王の力を持っただけのなにもないシドーを温かく受け入れてくれた。だから
「失い・・・たくない」
ポツリとこぼれる。
「死にたくない」
ポツリとこぼれる。
「戦いたくない、傷つけたくない!」
敵と、味方を。
「だがらぁ!!お、俺がぁ!」
「答えは出たみたいですね」
そういうとアリーはパチンっと指を鳴らす。すると回りの空間がグニャリと歪んでいく。
「な!?お、おいアリー!俺は」
「迷わないでください」
シドーの唇に人差し指を押し当ててアリーは悪戯っぽく微笑む。
「あなたはあなたが正しいと思った道を歩んでください。可能な限りですがサポートしますので!では3人とも無事でいられた後程にまたお会いしましょう」
空間が歪み、アリーの姿も見えなくなる。そのうちシドーは自分の叫んでいる言葉すら聞こえなくなり、シドーの意識は光に飲まれていく。
「魔王様!魔王様!起きてください!起きてくださいってばぁ!!」
目の前に赤いオーラに包まれた掌が迫る。シドーはそれをどの程度の威力があるのか瞬時に察し、相手が傷つかないよう全く同じ力でそれを受け止めた。
バシィィィン!!と耳をつんざく音が響き、張り手の主と、横で見守っていた人物の表情が驚愕に染まる。
「魔、魔王様!起きられましたか!?しょ、処罰はいくらでもお受けます。ですが魔王様の魔力が乱れていると聞いて様子を見に来たらこんなにも冷たい汗をかいて・・」
「・・・・物凄くうなされてた」
見ればルシアがシドーの左手を握りしめていた。小さくか細い手だが今はそれがとても暖かかった。
思わずシドーはそのままルシアを抱き寄せ、その細い体を抱き締める。
「・・・・まおーさま?」
「な・・魔王様!何をして、ひゃあ!」
キョトンとするルシアを解放し、今度は戸惑うサヤを抱き締める。
「魔、魔王ひゃま!い、今はこのような真似をしている場合ではなくてですねぇ「ああ、わかっている。」・・ふぇ?」
放心状態のサヤを解放し、シドーは続ける。
「明日聖王の軍隊二万超がマノクニに攻め込んでくる。そうだろルシア」
ルシアは一瞬驚いたような表情の後、コクりと頷く。
「・・・・監視用に飛ばしていた使い魔から連絡が来た。」
「敵は現在《セレナ樹海》を抜け一直線に此方に向かっています。恐らくこちらの戦力が無に等しいのを知っているからでしょうが・・・魔王様何故それを知っているのですか?」
立ち直ったサヤも続ける。
「夢で御告げみたいなのがあったんだ。このままだとまずい、戦えば二人が殺されるって・・・」
シドーは若干の違和感を感じながら答えた。それを聞いて二人、特にサヤは
「安心してください魔王様!私が時間を稼ぐのでその隙にルシアの転移魔法で「やっちまえルシア」「・・・りょーかい」え?ルシア何を・・オゴォッ!」
何を張り切っていたのかは知らないが勝手にふざけたことを抜かすサヤにルシアの転移魔法で巨大な岩を上から落としてやる。
「・・・・サヤが一人で行ったって1分も持たない」
「そう、ルシアのいう通り」
「・・・・私も残る。私がいれば魔法でサポートしたり、罠をはれむみぅぅぅぅぅ!?」
「だーかーらぁあああ!そういうことじゃないんだよぉぉぉぉ!!」
ルシアのほっぺを引っ張りながら絶叫する。
「いいかお前ら!俺が二人をどれだけ大事に思ってると思う!?知らねーだろ!「魔王様、落ち着いてください!」うるせぇ!正座!「ヒィ!」たった一人で知らない異世界に召喚されて、俺滅茶苦茶寂しかったんだぞ!不安でちびりそうだったのを受け入れてくれたのがお前らだ!魔王様、まおーさまってさぁ!嬉しかったんだよ!昨日一日だけの付き合いだけでお前らのことが凄く大事になっちまったんだよ!敵しかいない、みんな俺の命を、魔王の命を狙いに来るって聞かされてたから余計に安心しちまったんだよ!飯を作ってくれて、俺の魔法を見てすごいって喜んでくれて!そんな人・・今まで居なかったんだよ!お前らだけなんだよ!だから・・・・俺なんかを守るために死なせたくないんだよ!!」
何も知らない子どものようにわあわあと泣き叫ぶ。サヤは正座で、ルシアはシドーに頬を摘ままれた状態で黙って聞いていた。
「・・・・しょへれ、まおーひゃまはりょーすりゅつおい?」
「ぐすっ、ああごめんなルシア、そうだな。俺の答えは3人で逃げるだ!」
「ですが魔王様、敵はマノクニに入る唯一の道から進軍してきています。このまま逃げるとしても正面衝突は避けられません。」
サヤ曰く、マノクニは三方を断崖絶壁に囲まれ、海は特殊な海流と毒素の混じった文字通りの死の海、空はその特殊な海流が生み出す乱気流で飛行もままならないとのこと。必然的に出るも入るもマノクニを出て東にある山岳を越えなければいけない。敵軍はセレナ樹海を抜け、その山岳地帯にいる。このままだと後一日ほどでマノクニに進軍され、木々を焼き払われ、丸裸の魔王城に攻め込まれてしまう。
「それならこっちからうって出る!敵が山岳地帯にいる間にけりをつける!
そのための作戦を今から二人に教えよう!耳貸して。」
聞かれてまずい話でもないのにわざわざ二人の耳元で囁く。
途端にサヤが顔色を変え
「無茶ですそんなの!魔王様が危険すぎます!」
「・・・・同感」
ルシアも珍しく責めるような視線を向ける。
「まぁまぁ二人とも、これなら何かあっても3人が生き残る確率はかなり高い。
地の利はこっちにある俺を信じてくれ!」
シドーは自信満々に答える。魔王として二人の期待にそえるよう、二人を守ろうと誓ったから。だからシドーはもう迷わなかった。
後半ちょっと雑になった感は否めない