格好悪い俺と、格好いい俺
馬車の中は真っ暗で何も見えない。俺は身を屈めてピヨールの光で中を照らした。中には数名の人影がある。服装からすると女の様だ。
「生きてるか?」
俺は中の連中に声をかける。しかし、中から返事はなかった。俺はピヨールをつかんで中をくまなく照らす。
「貴族か?」
中には2人の女がいた。どちらも意識が無いか既に死んでいる様だが、着ている服が身分の高さを表していた。見ただけで分かる良さげな生地の服だ。何という素材なのかは知らないが少し光沢のある滑らかな生地だ。
金がありそうだな。持ち金全部、決定事項だからな。
俺は馬車の中に降りてからそれぞれの首元と手首を触り脈を取る。どちらも弱いが脈はあった。
2人いるから2人分の持ち金という事になるな。
俺がピヨールを女の胸の上に置くと、ピヨールが強く光る。もう一人の女の上にもピヨールを乗せて治療する。治療後に2人の脈を計ると消えそうだった脈が強くなっていた。俺は横倒しの馬車の天井部分を新しく手に入れた光の剣で斬り裂いて出口を作ると、2人を馬車の外へと運んだ。土手の上まで運ぶのは面倒なので転がる老木にもたれる様に座らせる。
目を覚ますまで待つか。新たな野盗や魔物を一応警戒しながら俺は女達の前に腰掛け少し眠る。が、少しのつもりががっつり寝てしまっていた。昨晩寝ている途中で起こされたのが原因かもしれない。高く上がった太陽が倒れた老木のお陰で日当たりのよくなったこの場所に直接降り注ぐ。俺がその日光の眩しさで目覚めると2人の女の姿は無かった。
2人分の全額……貰いそびれたな。
これは格好悪い。旅慣れていると思っていた俺が、周りの気配を感じられなくなる程、野宿で眠ってしまうとはな。女2は俺の事を間抜けな盗賊とでも思ったのかも知れない。
俺はやれやれと立ち上がり俺の胸の上で寝ていたピヨールを肩に乗せて街道へ戻る。一応、馬車の中を確かめたが金目や食糧になりそうな物は一つも無かった。女達が持って行ったのか初めから無かったのか。まあイーストクロスで買う事になりそうだった剣は、このピヨールのおかげで買わなくてすんだのだ。そう考えれば損はしていない。この剣はすごそうだからな。
俺は昨日寝ていた小川の橋まで戻り、橋を渡って街道を進んだ。急いでいるつもりは無いがピヨール効果でどんどん歩く速さが上がっていくのを感じる。快調に歩いていると前方で人だかり出来ていた。5人ぐらいの男達と昨晩助けた女と同じような服装の2人の女だ。
まだこんな所に居たのか。
女2人で夜の街道を歩いたら朝までかかってもこんなもんなのかも知れない。何処かで明るくなるのを待ってから移動を始めた可能性もあるか、そんな事を考えながら近づいていく。男たちの顔がはっきりとわかるまで近づくと男の中の何人かが俺に気づいて振り返り身構えた。手には小型のクロスボウを持っている。
また野盗か?
よく襲われる2人だな。今回も助けるとは思うなよ。俺はそのまま近づきクロスボウをもった男達から目を逸らさずに横を通り過ぎた。
「お待ちください!」
まあ、そうなるか。
女が俺を呼び止める。
「うるせえ! 勝手にしゃべんな! てめえも、さっさと行きやがれ!!」
女達を取り囲んだ男が女と俺を威圧するように交互に睨む。どうやら、こいつらは人さらいの様だ。何人かが縄を手に持ち、女たちの様子を伺っている。商品を傷付けたく無い様で、それでモタモタしているのであろう。逆に声をかけて来た女の方が野盗を殺る気まんまんだ。手にナイフを持って男達を威嚇している。だが、それも時間の問題だ、野盗達が傷をつけてでも捕らえると覚悟を決めたら女に勝ち目はない。だがその女は自分の体を盾にして後ろの女を護ろうとしている様だった。
「ワン!」
ピヨールが吠えた。仕方ない助けるか。
「2人を見逃せ。そうすれば命は助けてやる」
俺はここまできてやっと格好良い俺を取り戻した。
土日を挟んで、来週の月曜から続きを投稿します。