メウロバルトの冒険号
メウロバルトの船に乗れるという話を聞いて、邪魔臭そうにしていたロンダの目が輝いた。
「よし、直ぐに海に出るぞ!」
「直ぐには無理だろう」
俺がロンダにそう言うと、ハパ・クロードはそれを否定した。
「直ぐに出港出来ますよ。今、船員を集めていますので」
明日、船を売ると言っていたのは本当だった様で、今日の内に全ての準備が整っていたらしい。
「今から出港しますと、丁度朝方に海の魔王の棲家に着くでしょう。朝は一番機嫌が悪い時間帯ですが、まあ、頑張ってください」
ハパ・クロードとメウロバルトに案内されて俺たちは港の外れにある巨大な施設に向かった。海面から緩やかな坂道が生えており、レールの様な物が敷かれている。
「船体を整備したり、新たに建造する為の場所です。あの一番前にある船がメウロバルト船長の冒険号です」
冒険号……少し恥ずかしい名前だ。
「冒険号だと? いいじゃないか!」
ロンダにはいい名前らしい。命名の感性が独特なロンダのせいで俺の名がピヨールになった事を思い出して苦い顔で俺はロンダを見た。
「流石は姐御。この名前の良さが分かるとは!」
元気が無かったメウロバルトが急に元気になった。自分の船を見たからなのか、何かに吹っ切れたのか、よく分からないが船長が死にそうな顔をしているよりはいい。
「船長!!」
「船長!」
「船長!!!」
大きな声がしたので振り返るとたくさんの男達が俺たちに向かって駆け寄って来た。30人はいそうだ。
「おお! お前ら!!」
「他の船で働いていた貴方の元船員です。今、港にいる者全員を集めましたが、足りませんか? 足りない様でしたら、お貸ししますよ?」
ハパ・クロードがメウロバルトにそう質問すると、メウロバルトは再び全身でそれを否定した。
「そうですか。では直ぐに出港の準備を始めて下さい」
「出港? 船長、そんなに慌てて何処に行くんで?」
「海の……魔王の棲家だ……」
「え!?」
「だから、海の魔王の棲家だ」
「それって……あの岩島の?」
「……そうだ」
「それって……あの大ダコの?」
「そうだ」
「あ、俺、今日風邪引いてたんだった」
「俺は腹が痛いんだった」
「俺は熱があるんで帰ります」
「俺は足の爪が伸びたんで」
船員達がクルリと背を向けて去ろうとする。
「待て待て待て待て! 待てお前ら!!」
「船長、今迄お世話になりました。船長のことは一生の思い出にします」
「勝手に思い出にするな!」
「いや、しかし……死にますよ?」
「だ、大丈夫だ! た、多分……」
船員を引き留めていたメウロバルトが俺達を見る。
「大丈夫だ。俺とピヨールがいるからな」
ロンダが自信満々で言い切る。
「船長、こいつらは?」
船員達から疑心の視線が注がれる。
「こちらは本日の闘技場の優勝と準優勝された方々です。ご安心下さい」
ハパ・クロードが助け舟を出した。
「え? か、会頭、本当ですか?」
「私が一度でも嘘を言った事が有りますか?」
「い、いえいえいえいえ、滅相もない!」
船員達が声を揃えて否定する。メウロバルトも船員達も相当このハパ・クロードを恐れている様だ。
「あなた達はもう前の船長の所を首になっています。メウロバルト船長の冒険号以外に行く場所は有りませんよ」
「え? 嘘……さっき急に連れて来られただけで?」
「私が一度でも嘘を言った事が有りますか?」
「……」
船員達は皆押し黙った。
「まあ、直ぐに信じる事は出来ないだろうが、この旦那は本物の勇者様だ。お前らが多少怪我しても勇者様とお付きの犬が直してくださるよ」
「た、多少の怪我ですか……」
「ワン!」
メウロバルトと船員達を元気付けようとピヨールが吠えた。
「犬か……」
「犬がねえ……」
「犬……」
「ワン!」
ピヨールはいつもの様に元気に吠えた。




