魔物の肉は苦くて美味しい
広場の肉を全て加工するのに翌日の朝までかかった。だが食えそうな肉は無駄にしないと言うロンダの信念を幼い頃から刷り込まれた俺に逆らう術は無い。当然、アンも逆らわない。俺たち3人はサンジドーロで生き残った者達を完全に無視して作業を続けていた。
全ての作業を終えた俺たちの前に積み上がっているのは焼いた小猿鬼の肉と燻製にした小猿鬼と大猪の肉だ。
焼いた小猿鬼の肉は臭いがきつめで苦味があった。ロンダは加工途中で何度もつまみ食いをしていたが、俺はあまり好きではない。アンも一口食べて涙目になった後、ロンダに見えない様に吐き出していた。
魔物の肉には2種類ある。
ロンダが昔、俺に教えてくれた事だ。魔物として生まれた者と生まれた後に魔物となった者がいて、前者は臭いがきつく肉も変な味がする事が多い。筋張っている事が多いのも特徴だ。今食べた小猿鬼もその内のひとつだ。臭みがあり苦く筋張って噛み切りにくい。
良いところがない肉だが何故か身体を作るのには向いている。あまり人が食わない肉を食い続けているロンダを見れば分かるが、食い続けていれば身体がでかくなる様だ。
「それは魔物になってるんじゃないか?」
俺がロンダにそう言うと、ロンダは笑って俺の口に魔物の肉を突っ込んでこう言った。
「俺が魔物だと? こんなに美しい魔物が何処にいる? まあ、どうせなるなら魔王にでもなるか」
俺はロンダが魔王になるのを想像して身震いした。今ならピヨールの力で魔王ロンダに勝てるかも知れないが、当時の俺にはロンダは絶対的な強者であった。
もう一つの魔物の肉は、前者とは異なりとても美味い。動物が魔物になると基本的に身体の大きさが2倍になる。種類によってはもっと大きくなる場合もあるが、その理由は筋肉のひとつひとつが肥大するのだ。肥大した筋肉は柔らかく運動性が上がる。柔らかくなった筋肉は当然食っても美味しい上に量も増える。
広場で加工した肉の中で大猪がそれにあたる。燻製にしたこの肉は朝から一抱え程の肉を食べ切ってしまう程美味かった。アンも驚きを隠せない顔で頬張っている。
「ピヨール、お前の分だ」
俺が肩でヨダレを垂らしているピヨールに大猪の燻製を与えると肩から飛び降り、返事よりも先に肉に飛び掛った。俺とアンとピヨールが大猪の肉に食らいついていた頃、ロンダは1人満足そうに小猿鬼の焼いた肉と燻製を交互に食べていた。
「この苦味の良さが分からん様では、まだまだだな」
朝から昼までかけて肉ばかりをたらふく食った俺たちは、余った肉を生き残った町民と分けようという事になり、柵のところでこちらの様子を伺っていた院長とアンジェリカに声をかけた。
「ま、魔物を食すなど……汚らわしい」
院長がそう言うとアンジェリカが割って入る。
「姉さん! いえ、院長様!」
「アン、何ですか?」
「院長様、魔物の肉は美味しいです」
論点が違うぞ。
「あなたも食べたのですか?」
「はい! 美味しかったです」
そう言えば移動中、魔物の肉を食べる度に美味しい美味しいとアンジェリカは言っていた。
「穢れたのですね」
「いえ、美味しかっただけです!」
「そんなにですか?」
「はい!」
「で、では私も頂きましょう」
頂くのか。




