勇者の奇跡
俺の足元には魔王の頭と、6本の腕、首から下の体が転がっている。
復活したりしないよな。
剣の先で魔王の頭を小突いて確かめたが、目を開いて喋り出したり煙になって姿を変える事はなかった。そんな不思議な力を持ち合わせた魔王ではなかった様だ。魔王になったあの猿は特別な魔物だったとして、大トカゲは何処から連れて来たのか? この辺りにまだ居るとしたら直ぐにでも立ち去らなければ。
村での補給を諦めて俺は身支度を整えた。ピヨールもちゃんと肩に乗っている。次の村まで数日で着ければ食料もギリギリ間に合うだろう。魔王の死体を焼くなどして処理しておきたいが、あまり長居はしたくない。魔物の死体を食べた魔物が魔王になったりするなんて話は聞いた事が無いので大丈夫だろう。
俺はいろいろな事をそのままにして村の入口に歩き出した。
「ワン!」
ピヨールが吠える。肩から飛び降りると村の奥へと駆け出した。
ひょっとしてまだ魔物がいるのか?
俺は慌ててピヨールの後を追いかける。村の入口から続く道の先は畑のある丘で曲がっていて先が見えなくなっている。ピヨールの尻尾が丘の奥に消えるのを見届けながら俺は再び剣を握りなおす。
丘を回り込んだ所で俺は足を止めた。
「これは、ひどいな」
村の中心部らしい家々が、遠くから一目見ただけで分かる程に破壊されいた。屋根も壁もまともな家はほとんど無い。大トカゲの突進をまともに食らったのだろう。ひどい話だ。その中心部に向かって駆けて行くピヨールが見えた。
もうあんな所まで行ったのか。
家々が新たに破壊されている様子は無く辺りは静まり返っていた。村人が何人居たのかは分からないが全滅したのかもしれない。
大トカゲが居ないなら慌てる必要は無いか。
俺は走るのを止めた。安心は出来ないので警戒しながら進むと崩れた屋根の前でピヨールが吠えている。俺に気がつくと俺の方を向いて吠えて来た。
何かいるのか?
屋根を見ると下敷きになって居るであろう人の手があった。子供の手だ。俺は屋根の瓦礫を取り除き子供の体をを引きずり出す。辛うじて息はある様だが怪我が酷い。
これは助からないな。
仰向けに横たわる子供を見ていてある事を思いついた。ピヨールで治せないかと。俺は黙ってこちらを見ているピヨールを捕まえて横たわる子供の上に置いてみた。
「ワン!」
ピヨールの体が神的な光に包まれる。眩しくて子供の様子は不明だが傷がふさがって行くのが見えた。
やっぱり出来たのか……こいつ万能だな。
ピヨールを子供の上から退けると子供が目を覚ました。
「まだ起き上がるな。家族は家の中か?」
子供は仰向けに寝たまま何度も頷いた。村の家は石壁と簡単な構造の木の屋根なので粉々になった瓦礫を取り除くのは俺1人でも何とかなった。家の中には父親、母親、そして娘が2人居た。全員怪我で動けないだけで奇跡的に息はあった。俺は子供から順にピヨールを乗せていく。
この家の一家は全員助ける事が出来た。
「無理しないで休んでいろ。だが、起き上がれそうなら他の家で怪我をしている連中を何処か広い場所に集めてくれ」
俺は父親と母親にそう告げて、隣の家に向かう。そうやって家々を回った。
途中から回復した大人達が怪我人を村の広場に集めてくれていたので俺とピヨールは家々を回るのを止めて広場に運ばれてくる怪我人を片っ端から回復していった。ピヨールから発せられる神的な光は今の所弱まる気配はない。ピヨールも元気そうに尻尾を振っている。
怪我人が運ばれ続ける中、大怪我をして意識を失っている村人が運ばれて来た。大トカゲ達に果敢に挑んだ村の若者だという。その姿を見て恋人らしい女の子が駆け寄って泣き崩れた。
さすがにこれは無理なんじゃないか?
だが期待の眼差しを周りから受けてやらない訳には行かなくなった。俺は仕方なくその若者の上にピヨールを置いた。
おいおい、どんな傷でも治せるのか?
ピヨールの体から出る神的な光が若者を完全に包み込む。そして若者は目を覚ました。
「神よ」
「奇跡だ」
「勇者さま」
「勇者だ」
村人が口々につぶやく。広場には恐らく全ての村人が集まっている。200人ぐらいが俺を取り囲み、その場に跪いた。いや、これ、俺の力じゃなく、この犬の力なんだけど。言える雰囲気じゃないな。ま、今だけ俺の力という事で。後で説明すればいいか。
休みだったので、もう一話追加しました。