ピヨールが気に入ったようだ
犬を連れて社を離れてすぐに元の山道に戻っていた。代わりに先程まであった社や谷は跡形もなく消えている。
そんな事ってあるもんなんだな。犬が勇者になれる位だからそれぐらいはあるのだろう。生まれて初めてそういう神的な力に触れた。これから不思議な事があっても、そんな事ってあるもんなんだなと思う事にしよう。
犬に名前を付けてみる。
「ポンチャック?」
「……」
返事が無い。
「ピエール」
「クゥーン」
反応が薄い、だが遠からずと言う事か。
「ピヨール?」
「ワン!」
食い気味に反応したな。それ元の俺の名前だぞ。まあ、もう使わないからいいのだが。
「ピピン」
「クゥン」
「ピータス」
「グウウゥー」
「ピヨール」
「ワン!」
ピヨールがいい様だ。ちゃんと聞き分けているとは生意気な。
俺の名はアレク、アレクサンダーだ。こいつの名はピヨール。犬だが勇者だ。そして俺はピヨールの飼い主だ。これは決定事項だ。
ピヨールは元気だが子犬なので段差や溝を渡れない。その度に俺が持ち上げて運ぶ。重さは2kgぐらいだが、その都度持って降ろしてをするのが邪魔臭くなった。
肩に乗るかな?
肩に乗った。鎧の丸く盛り上がった肩の部分に上手いこと乗っかっている。しかもちょっと嬉しそうだ。犬のくせに歩くのが嫌だったようだ。つまり散歩はしなくて良さそうだな。
山頂から麓まで降りて来るのに3日かかった。登りの半分で下山出来た事に驚いたが、疲れにくい兜の効果がピヨールのせいで上がっているのかもしれない。
そんな事ってあるもんなんだな。
だが俺と同じぐらい飯を食うピヨール。おかげで持ってきていた食料が無くなりかけている。麓の村で分けてもらおう。金はあるが旅は長いので何か魔物にでも襲われていれば恩を売れるのだが……勇者になれなかったのだ、それぐらいは考えても良いだろう。
そう言えば、俺の旅はまだ続くのか?
勇者になれなかったのだからもう旅をしなくても良い。何処か大き目の街で近くの魔物でも狩って賞金稼ぎとして生きるのもありだ。
勇者になっていたら神的な声でどこどこの魔王を倒せとか言われたのだろうか? ひょっとするとピヨールにそんな声が聞こえているのかもな……犬には通じないだろうが。
いや、犬を勇者にするぐらいだから犬に分かる様になっているのかもしれない。俺は肩の上のピヨールを捕まえて地面に降ろす。
「どこか行きたい所はあるのか?」
ピヨールが俺を見上げて尻尾を振っているので聞いてみた。
「ワン!」
そう言ってピヨールは走り出す。
まじか? 神的な声がやっぱりあったのか? いるのか魔王。倒すのかお前が。いや、無理だ。子犬だからな。
子犬のまま不老不死という事はピヨールはずっと子犬なんだろう。そういうのが嫌だからという訳では無いが、俺はそこそこ大人になってから旅に出て正解だったな……勇者になれていればの話だが。
今はもうおっさんだ。
麓の道を村の方に向かって走り続けるピヨール。村で何かあったのか? 全力で走っている。この歳で子犬を追いかけて全力疾走する事になるとは。簡素ではあるが村にはぐるっと塀があり、門もある。まあ魔物が出る事もあるから当然だが。その門の前でピヨールが吠えていた。
「ワンワンワン!」
俺を呼んでいる様だ。門は閉まっている様に見えたが、近づくと壊れている事に気付いた。内側の留め金がねじ切られている。やばいな。俺はピヨールを肩に乗せてから身構える。
明日、11/3はお休みですが投稿する予定です。