犬勇者
俺は社の前にたどり着いた。社は中に入るというような大きさではなく俺の身長とほぼ同じ180cm程の屋根の下に祭壇のような石があり、その奥に格子状の鉄のはめ込み扉が見えた。周りの木々の陰になっているせいで格子の奥の御神体は全然見えないが、祭壇の部分に浮彫されているのは間違いなく勇者の紋章だ。
想像してたのと違う。
なんだかしょぼいのだ。周りの雰囲気もあまり神々しく無い。本物か? 実はもっと奥に大きな神殿があるとか? と思い、社の周りを一周して見たが何もなかった。
まじか。これであれか。こんなんで勇者になれるのか。目茶苦茶心配になって来た。
そんな俺の心配を他所に前触れなくそれは始まった。降臨だ。明らかに神的な光が必要以上の明るさで社に降り注ぐ。白なのか、黄色なのか、赤なのか。明るすぎて判断つかない。直接見続けると目がおかしくなりそうだったが目を逸らすと負けた様な気がするからギリギリ薄目を開けて光を見続けた。
しばらく見続けても光に変化は全くない。最初の勢いのまま降り注ぎ続けている。
あれ? これってひょっとして俺待ちなのか? 俺が何かするんだったかな?
勇者の伝説では洗礼を受けて名を名乗ったとかいう話だった。という事は俺の名を名乗ればいいのか。とうとう来たな。俺の名は……のくだりが。10年かかったが、このあと不老不死になるんだから安いものだろう。でも本当にあったんだな。目の前の光を見てもまだ少し信じられない。とにかく名乗ろう。ひょっとすると光っている時間にも制限があるかも知れないしな。
俺は一瞬だけ目をつむり、深く息を吸い鋭く吐き出してから名前を叫んだ。
「俺の『ワンッ!』」
え? わん!? 足元を見ると、さっき薬草を塗ってやった子犬がしがみついて尻尾を振っていた。
「ワンワンワンッ!!」
凄く楽しそうだ。
「あんた、きょうからゆうしゃ」
頭上からそんな声が聞こえた。
「ワン!」
子犬が返事をする。
「え? ちょ……何が!?」
俺は意味が分からず声がした頭上に問い掛ける。するとそこには先程の子供が下を向いて浮いていた。そして降り注いでいる光と共に上空へと消えて行く。
「あんた、おしかった」
物凄い速度で上昇し消えて行く子供が最期につぶやいた。惜しかったって何? どういう事? ひょっとして俺、勇者になれなかった? 洗礼って失敗とかあるのか? それとも既に俺は勇者なのか? 何の変化も無いが。
「ワン!」
さっきからワンワンうるさいよ。なんで懐いてくるのか。邪魔な子犬だ。俺は追い払おうとして子犬を足で追い払った。
ん? なんだこの 感触は?
子犬に触れた足から熱の様なものを感じる。旅用の薄めの皮靴だが、それでも足に直に熱の様なものを感じるなんて事は無い。
なんだかなぁ。
子犬が光っている。先程の社と同じ白というか、黄色というか、赤というか、とにかく光っている。眩しさは無いがとにかくキラキラと光っている……むかつくな。
「お前、お前が勇者になったのか?」
「ワン!」
犬が勇者だと。そんなのありか? 勇者は人間でないとおかしいだろ? いろいろ困るだろ? どうやって魔王と戦うんだよ!?
斬るか。
斬って次の勇者になればいい。って、それは無理っぽいな。俺、死んでるだろ。その頃には。
こいつ……不老不死なのか?
俺は使い慣れた長剣を子犬に突き刺した。子犬は避けようともしない。長剣から確かな手応えが伝わる。刺さっている。
やっぱり……死なないか。
子犬は長剣が刺さったまま尻尾を振っている。元気そうだ。つまり痛みは無い様だ。長剣を抜いて、頭を撫でて見る。尻尾の勢いが増す。痛みは無いが、撫でたら分かるのか。傷も無いな。これは不死だな。不老かどうかは今は分からないが多分不老なんだろ。やられた。俺の不老不死が。
終わったな。
俺の人生はなんだったのか。俺の旅はなんだったのか。勇者になれず不老不死も無い。何も無いな……いや、子犬はいるが。さっきからこの子犬……なつき過ぎだ。ずっと足にしがみついている。しつこい奴だ。子犬、連れて行くか。死ななくて珍しいから何処かの貴族や王様にでも売り付ければいい。
俺の名はアレク、アレクサンダー。犬の勇者の飼い主になった。
追加で投稿です。次話から犬勇者との旅が始まります。




