あんた、ゆうしゃになるんか
子供の後ろ姿を見つめながら俺は後をついて行く。よく見ると子供は服を着ていない。毛皮を羽織っているのかと思ったら、そうではなくてただ毛が生えているだけだった。
これは魔物だな、魔物。お尻から黒くて細い尻尾が生えてるしな。
斬るか。
斬るかなぁ……斬るしかないか……なんだかなぁ……別に魔物だから斬るのはいいのだが、子供はちょっと嫌だな。そう言う意味ではこいつの化け姿は俺には有効なのかも知れない。そう思うとちょっと負けた気がしたので俺は考えるのやめた。
斬ろう! 斬ってしまおう。
ずっと右手に持ったままの長剣を握り直して、片手のままそっと胸の前で構える。
その間も子供は前を歩いて行く。山頂から少し下った細い山道は俺が登って来た道と反対側にクネクネと斜面に沿って続いている。だから少し前を歩く子供の姿は、時々茂みに隠れて見えなくなったりする。
斬るなら早く斬らないと面倒なことになるかもな。逃げられて仲間でも呼ばれたら堪らない。などと考えていたら先に手を打たれてしまった。子供が消えたのだ。今通り過ぎた大き目の茂みにでも隠れたのかも知れない。
とすると待ち伏せか?
俺は構えたまま辺りの様子を伺った。
「あんた、とおりすぎたんか?」
子供の声がした。見ると子供を見失ったと思っていた茂みとは道を挟んで反対側の茂みから子供が顔を出していた。
「あんた、こっちくるんか?」
子供が寂しそうに聞いてきた。いや、怯えているのかも知れない。俺は斬るのをやめて構えを解いた。
「行こう」
子供の問いに返事する。すると子供は再び満面の笑みを浮かべた。
子供は茂みの中に戻り草木を掻き分けて進んで行った。俺は今度は見失わない様に子供のすぐ後ろをついて行った。山道から100mほど真っ直ぐに進んだ場所に木の枝や葉っぱを敷き詰めた鳥の巣の様な物があった。子供はその前で止まり俺の顔を見上げた。
「あんた、なおせるんか?」
そこには黒い子犬がうずくまっている。怪我をしているのか、病気なのか原因は不明だが、息が荒く目が虚ろだ。腹が減っているだけという感じでもない。
「あんた、なおせるんか?」
子供が俺の鎧の端を掴んできた。
どうしようかな。薬草使ったら治るかも知れないが子犬に使って良いのかどうか……確か馬とか牛にも使えるという話は聞いたことはあるのだが。薬草は食べるだけじゃなく塗っても効くから確か馬とかには塗って使うとかいう話だったはずだ。
しかしだ……薬草はそこそこ高い。大体、宿屋一泊分くらいの値段だ。前の村では宿屋は銅貨7枚だが、薬草は銅貨9枚だった。犬か……別に嫌いではないが俺の犬ではないからな。助ける義理は無いのだが。
「あんた、ゆうしゃになるんか?」
や、やられた! それを言われたら薬草を使うしかない。こいつ、やはり只者では無いのかも知れない。ま、俺は勇者になるのだ、不老不死にもなる。そう考えるなら薬草も今後は使わ無いだろう。よし、使ってやるか。
薬草は胸の板金の内側に仕舞っている。正直少し蒸れるが、それが乾燥防止になるのだ。元々匂いはキツイので汗の臭いなどが付くことは無い。逆に鎧の臭い消しや虫除けになるくらいだ。
弱っている子犬の胸と腹に薬草を揉んでからぬてやる。すると子犬の荒い息が収まった。
「このまま寝かしておけば元気になろだろう」
そう言って後ろを振り返ると子供の姿は消えていた。俺は再び警戒しながら辺りをうかがう。何の気配もしない。子供は消えたが、子犬も子犬の巣も消えてはいない。
なんだかなぁ。
化かされたのか? 俺は? しかし子犬はいる。この子犬は完全にただの子犬だ。
なんだかなぁ。
ため息を付いて腕を組んだ俺はやばいことに気が付いた。元の山道がわからないのだ。100mほど真っ直ぐ来ただけのはずなのに戻る方角が分からない。犬と俺の位置から元の道に戻ろうとそっちを見ると先ほどまでなかった岩壁が見えた。かなり上までそびえている。そう思って反対側を見るとこちらにも岩壁がある。壁と壁に挟まれてまるで谷底にいる様だ。
谷? ここ……谷?
谷だった。がっつり谷だった。しかも少し先になんだか社っぽいものまである。ああ、俺、着いたっぽい。勇者になれたっぽい。
俺の名はアレク、アレクサンダー。勇者だ。
と言える様になってしまうなこれは……とにかく社に行こう。
予定外の追加ですが、こんな事もたまにありそうです。