第遊話 デートゆあ
「だってリクが好きなんだもん。出会った瞬間から、もう運命! みたいな?」
高校生活始めての夏休みに突入した新垣リク。
そんな彼を愛する少女、暁月結亜。
二人が仲良くデートをしている頃、公園で『遊』ぶことにした星羅と叶夢はーーー?
☆☆☆
暁月結亜に愛されている。それはもう、自分でもどうして彼女と恋仲を結んでいないのかが不思議に思えてくるぐらいに愛されている。高校に入学した最初の七月頭に、俺は唐突に彼女告白され、それ以来彼女は今に至るまで、嘘偽りのない気持ちと屈託のない笑顔を持ち合わせながら、俺に対して全力で愛情を注いでくるのだ。
惚気話をするわけではないが、誰かに好かれるというのは案外悪いものではない。
というより本音を言えば実際嬉しいわけで。
誰かに愛されるというのは、くすぐったくもありこそばゆくもあり、また恥ずかしくもあることだが、それと同時に、それ以上に、嬉しいという気持ちが込み上げてくる。
別に誰かに愛情を注がれることが不慣れというわけではない。俺に愛情を注いでくるといえばもう一人、嫌が応でも頭をよぎるのは俺の愛すべき変態妹こと新垣舞姫がいるが、舞姫と結亜では向けてくる愛情の種類がそもそも違うだろう。
前者が注ぐのは家族としての愛情であり、後者が注ぐのは恋人としての愛情なのだ。
…………。
と自分で言っておきながら、恐らく前者は家族の愛情の度を越していると思う。としか思えない。
だから愛情の大きさで勝負したところで、多分舞姫が圧勝だろうと兄ながら思う。
だが、舞姫は今は関係ない。
今は結亜の話だ。
告白をしてきた当初は、そのあまりの唐突さにしどろもどろと男らしくない、実に女々しい反応をしてしまったのだが―――それもそのはず、彼女とは高校で初めて出会った間柄故、俺が彼女のことを何も、知らなかったからである―――出会って二ヶ月少々、その期間も確かに彼女からやたらと絡まれたりはしていたが、それでも高校入学時に知り合った女子生徒から愛の告白をされるような、そんなキャパシティは当然俺なんかが持ち合わせているはずもない。
しかしその告白以降、休日も二人で会う機会が多くなり、今ではそんな純粋な好意を向けてくる彼女のことを、俺は心のどこかで意識しつつある。
早い話が好きになっちゃったわけだ。
相思相愛、周りから見れば好奇と嫉妬の視線を受けてしまう危険性のあるお似合いカップルだろう。
しかし、残念ながら俺達はカップルではない。
告白された時、俺は彼女を拒んだのだ。
拒絶した。
もっと噛み砕いて―――フッたのだ。
彼女の思いに、俺は答えてあげられなかったのだ。
それでも彼女は、事実上失恋したはずの結亜は、俺への愛情を途絶えさせることなく振りまき続けてくる―――もちろんそこまでは拒んだりはしない。
愛情を拒むなどということは、断じてしない。
俺が拒むのは―――恋仲という関係、カップルという関係性だ。
俺は絶対に男女交際をしない。
例えどんな美人の女が寄ってきても。
例えどんなお金持ちのお嬢様が言い寄ってきても。
例えどんなスーパーロリ美少女が詰め寄ってきても。
俺は決して男女交際をしない。
彼女は作らない。
そう、何故なら―――男女交際は誰も幸せになれないからだ。
001
宇宙人と出会い、魔法の存在を知り、不意に命を落とし、義妹を作り、地球を滅ぼしかけるという、一生のうちでも全部は体験しきれないようなアドベンチャーをわずか二日で体験しきってしまった俺、新垣リクは、その翌日の八月一日の朝、普段よりも少し早めの時間帯に起床した。否、実際には昨日の時点で既に月は跨いでいたため、寝たのも起きたのも今日ということになる。
「う、うーん……」
うん、と力いっぱい伸びをする。俺は寝起きは人と比べて割といい方なのだ。
というか普段からあまり熟睡なんてものはしない。
というより熟睡なんてしたくてもできない。
理由は前にもちらりと話題に出たかもしれないが至極簡単で、うちには寝ている人に自分の妄想を夢として見せることのできるとんでもない変態能力を持った妖怪が住み着いているからだ。
誰あろう、我が最愛の妹、新垣舞姫である。
あいつと同じ屋根の下、否、半径五十メートルでは決して熟睡などできない。少なくともあいつより遅く寝てあいつより早く起きなければ、俺はほぼ確実に地獄絵図を目の当たりにすることになるのだ。
幸いにも、舞姫は寝る時間はともかく休日は起床時間が遅いので、その辺はしっかり回避している。ただそれでも何かの拍子に舞姫の方が先に起きることも多々あり、その度に俺は性と欲の入り混じる妹の妄想を見させられる羽目になっているのだ。
エロゲーでよくある、『お兄ちゃん! 朝だよ! もう起きないとダメだよ!』と文句を言いながら兄の布団にもぞもぞと入ってきて『うふ、温かい……』という夢のようなシチュエーションも、うちではありえないのである。
いや、布団の中には入ってくる。
ただ、それからわざわざいらぬ妄想を見せてくるのである。例えそれが傍目から見れば萌えシチュエーションであろうとも、当人からしてみれば添い寝の心地よさが消滅するぐらいの悪夢でしかないのだ。
後、舞姫は絶対に俺を起こさない。
曰く、寝顔を見たいかららしいが。
……あいつの携帯の写真履歴を見るのがとても怖い。
閑話休題。
しかし不思議な点はある。それは、昨日、一昨日と二日間でろくに睡眠時間を確保できなかった割には、今日の目覚めが随分いいということだ。実際、昨日寝たのだって日付―――というより月か―――を跨いでからだったし、大して長時間寝ていたというわけでもない。それなのに、いくら寝起きがいいからといって、疲れが全くないというのは些か不思議なことだろう。
この二日であれだけ動いたのだ―――対して役に立ってはいないが、それでも無様に東奔西走していた感はどうしても残っている。
有り体に言えば疲れていたのだ。
だがその疲労感は今の俺の体には一切残っていない。
「…………」
不思議と言えば不思議。
しかし―――当然と言えば当然だろう。
何故なら、今の俺の体には魔法がかかっているからである。
強くなる魔法。
不死身になる魔法。
二日間で効力を失うはずのその魔法は―――しかしどうしてか、後遺症という形で俺の体に残り続ける羽目になってしまった。
後遺症と言っても大それたものではない。事実昨日叶夢に燃やされたときはそこそこ熱かったし、若干命の危険性も心配したので、あの時星羅にかけられた魔法がそのまま残っているわけではないだろう。試してはいないが恐らく攻撃力だってブランコを破壊できるレベルからはさすがに落ちているだろうし、それに不死性もまさか残してはいまい。
せいぜい怪我の治りが多少早くなった程度だと思う。
ただ、それでも疲労感を一瞬ならぬ一睡で丸ごと吹き飛ばしてしまうくらいの効力は残っているということか。
怪我の治りが早く、疲れがとれやすく、死から少しばかり遠くなった体。
たったそれだけのことでも、しかし今の俺の体は、ただの一般人ではもうない。
そんなの普通の人間ではない。
さながら―――化物のようである。
「化物、か……」
「誰が化物?」
「のわっ!?」
突然聞こえた声に必要以上に驚く俺。振り返ればそこにいたのは誰あろう、先日よりうちに居候を決め込んでいる魔法少女、星羅=スターシア=ギャラシークだった。どうやら色々と考え事をしているうちに俺の部屋に勝手に入ってきていたらしい。
「せ、星羅か……」
「星羅だよ。リク、おはよう♪」
「お、おはよう」
とりあえず朝の挨拶を交わす俺達。
相手が宇宙人とはいえ、挨拶は生活の基本中の基本である。
「それで、誰が化物なの?」
「え?」
「まーたまた、とぼけちゃって~。今ボソッと呟いてたじゃない」
「あ、ああ……」
聞かれていたのか。
まさか聞き耳を建てられていたとは。
「ちなみにお前、いつから俺の部屋にいた?」
「『宇宙人と出会い、魔法の存在を知り、不意に命を落とし、義妹を作り、地球を滅ぼしかけるという、一生のうちでも全部は体験しきれないようなアドベンチャーをわずか二日で体験しきってしまった俺、新垣リクは、その翌日の八月一日の朝、普段よりも少し早めの時間帯に起床した』ってところから」
「冒頭じゃねえか!! ていうか地の文を読むなや!!」
しかも一語一句間違えていない部分に無駄のないクオリティを感じる。
てか腹立つわー。
「で、誰が化物なの? もしかして私?」
「いや、お前は化物よりタチ悪いからな……」
「何さそれー」
ぷうっと頬を膨らませてみる星羅。
可愛いじゃねえか。
「いや何、お前のかけた魔法の後遺症が残ったろ? それで怪我の治りが早くなったり、今朝だって昨日までの疲れが嘘みたいになくなってたりして、確かにすごい便利なんだけど、なんだか普通の人間じゃない今の自分が化物みたいでさ。まるで能力所持者になった気分だよ」
能力所持者。
この世界では当たり前のように存在する、超能力を持った一億と数千人程の人達の総称。
幼なじみの叶夢や妹の舞姫を始め、俺の周りには多数の凄腕能力者達が存在する―――そんな中で、俺は何の能力も持っていない、所謂一般人として生まれたわけだ。
一般的で、平凡的。
能力者に比べれば無能力者。
無能で非能で、非脳。
もちろん世界的には能力所持者の割合のほうが少ないわけだし、言ってしまえば『偶然』俺の周りに能力所持者が密集していただけなのかもしれないが、その偶然が逆に自分の劣等感を際立たせるのだった。
何の能力も持たない。
何の才能も持たない。
何の―――力も持たない。
自分をそこまで自虐的に追い込むには、打って付けの環境だったわけだ。
…………。
まあ、流石にそこまで自虐的にはなっていないが。
寧ろ平凡を楽しもうと今の俺は割り切って、笑いきってしまえるぐらいである。
だからそう―――確かに能力所持者に憧れたりもしたし、それに今だって叶夢や舞姫のことを少し羨んでいたりもするにはするが、いざ自分が能力所持者にも似た能力(と言っても非常に小規模なものだが)を手に入れてしまうと、なんだろう、描いていたものとは違う感情が芽生えてくるというか、少しだけ人間離れしてしまったような気がするのだ。
だから化物。
まして肉体強化だなんてファンタジー性の薄い能力なら尚更だ。
こんな化物地味た力―――手にしても、案外嬉しくないもんなんだな。
「普通の人間って何?」
「……え?」
そんなことを沈思黙考していたところで、星羅が唐突にそんな質問をしてきた。
普通って何。
そんな、難関な質問を。
「普通の人間とか普通の生活とか、その普通って一体誰が決めてるの? リクは誰かに押し付けられた普通の定義に従ってるの? それともリク自信が狭い視野で決めた普通に自縄自縛しているの? そもそもこの世界じゃ超能力とか、そういう能力を持った人達なんて、それこそ普通にいるんでしょ? でもそれって、能力所持者さん達が全員普通じゃないってこと?」
「…………」
かなり鋭く痛いところを突っ込まれた。
いや、確かに今の俺の口ぶりじゃ星羅がそう捉えるのも自然なことだろう。別に俺は能力所持者の存在を否定したかったわけではないのだから。
そうではなくて。
「化物とか言って、自分のことを否定したいだけなんじゃないの?」
「……そんなことは」
そんなことは?
そんなことは、なんだって言うのだ。
この期に及んでそんなことはないとでも言うつもりなのか、俺って奴は。
こんな力を手に入れてしまった自分を。
急にこんな力を手に入れてしまった自分を。
急にこんな便利な力を手に入れてしまった自分を。
心のどこかで―――それがずるいことだと決めつけて、卑下したいだけなんじゃないのか。
「……俺って、能力所持者じゃないだろ? それがああだこうだ事態が右往左往している内に、なあなあな感じでこんな力を手に入れてしまって。もちろんビックリもしたし、最初は迷惑だとも思ったりしたけど、こうやっていざその力を実感してみると、便利だなーって思って。でも、能力所持者ってのは生まれついた時からその能力を持っているわけであって、つまりは選ばれた人間だけが持っているわけであって、なんかこう、その権利みたいなものを横取りしてしまった感があるって言うか、いや、別に能力所持者になったわけじゃないんだけど……」
言いたいことが上手くまとめられず、ただ駄々をこねている感じになってしまう。
語彙の少なさが裏目に出た。いや、この場合を文章能力だろうか。
「悪い、なんか上手く言葉にできないや……」
「大丈夫、言いたいことは伝わったと思うよ」
「そうか? 俺は自分でも何が言いたいかいまいちわからなかったけど……」
自分でも何を言っているかよくわからないのにそれを他者に理解されているとは、なんとも滑稽な図だろうか。
それも、こんな幼気な少女に、である。
「考えすぎなんだよ、リクは」
「考えすぎ……なのか?」
「私が勝手に魔法をかけたんだから、リクが気に病むことなんて何一つないと思うよ? それに言うなら、その……魔法かけた時に、リクのことを殺しちゃってるわけだし……だから、タダで手に入れたわけじゃないでしょ?」
「そりゃそうかもしれないけど……でも、やっぱり言い訳じみてるって言うかさ」
こうして見ると何かしら難癖をつけたがるクレーマーみたいだな、俺。
まあ自分のことだからいくらでも悪く言えるんだけど。
「もう、リクってば! そうやって自分をどうしても悪者にしたがるんだから」
「べ、別にどうしてもってわけじゃねえよ」
無意識のうちに、である。誤解はしないでいただきたい。
「ちょっと目瞑って」
「え?」
「いいから、目瞑って。早く早く!」
「…………」
これ以上怒らせると下手な魔法で攻撃されかねないと判断した俺は素直に星羅の言うことに従い目を閉じた。
目を。
ゆっくりと―――閉じる。
「ぶちゅー」
「!!?」
瞬間、星羅が俺の体に腕を回して抱きつき思いっきりキスをしてきた。
「ん!? んーっ!!? んむっ、ちゅっ……ふぁっ」
俺を抱きしめる腕に渾身の力が入り、いくら逃げようとしても星羅がそれを許さない。頑なに閉じていた唇も星羅の巧みな舌技でこじ開けられ、僅かな隙間から星羅の温かい舌がにゅるりと俺の口内に侵入してくる。
絶妙に口の中をまさぐられている。
クソ、なんて奴だ。
俺のファーストキスをこんな簡単に奪いやがって……!
「いや、リクのファーストキスじゃないでしょ。私のファーストキスだよ」
ぷはぁっ、と二分ほどキスを堪能した星羅が開口一番そんなことを言い出した。
ファーストキスだったのか。
なんでこんなところで使うんだよ。
「てか途中で嘘ついたでしょ。逃げようとなんてしてないじゃない。唇も頑なに閉ざしてなんかいないじゃない。寧ろリクの方から抱きついてもっともっとって求めてきたじゃない! こんな長時間する予定はなかったのに!」
「はっはっはっ、何を言っているんだ。先にしてきたのはそっちだろう」
「だから、こんな濃厚なのするつもりなかったんだって! あの状況じゃ読者には『ん!? んーっ!!?』って唸ってたのリクみたいに聞こえてるだろうけど、あれ唸ってたの私だからね!?」
「記憶改竄はそれぐらいにしとけよ。先にそっちからしてきたんだから、あれは俺が唸っていたんだろう」
「すぐに口を離すつもりが思いっきりリクから抱きついてきたんじゃん!」
「おいおい、状況が小説じゃ活字でしか表現できないからって嘘つかないでくれよ。これじゃまるで俺が星羅にディープなキスを無理矢理したみたいじゃないか」
「だからそうなんだってば。嘘ばっかりついてさ。いいもん、どうせこのシーンもアニメ化したらどっちの発言が正しいかは明確だしね」
「いや、このシーンは丸ごとカットだな」
「にゃにおう!?」
驚きすぎて噛む星羅も中々可愛かった。
やっぱりカットしたくなくなるなあ。
「……でもよかった」
「俺とキスできて?」
「それはよくなかった」
急に星羅が辛辣になった。
うん、やっぱりカットだろうな。
「そうじゃなくって、リクがちょっと元気になってよかったって言いたかったの!!」
「俺が元気になって……?」
「うん。だってリク、すっごい辛そうっていうか、つまんなさそうな顔してたから。だからちゅーしてあげたら元気になるかなーって」
「…………」
そんな単純な男ではないと突っ込みを入れようかとも考えたが、流石に今の星羅にそれをするのは躊躇われた。
俺を元気づけるために。
こんな俺を気にかけてくれた星羅に、そんな酷な発言はできまい。
「でも、その……ファーストキスだったんだろ? 何もそこまでしなくとも……」
「別にいいよ、それぐらい」
「でも、そういうのは好きな人ができた時のためにとっておくべきものじゃないか」
「だから今、取っておいた分を使ったんだよ♪」
「……え?」
「……なーんてね」
ぷいとそっぽを向く星羅。
…………。
なんだ今の反応!?
いや、昨日の今日で俺に好意を抱くはずもないだろうから冗談なのはわかるのだが、なんだろう、今の余りにもさらりとした口ぶりからはとてもそれ以上の何かを感じるんだけど……。
まさか弄ばれているのか?
コイツ、魔性の女か何かなのか!?
「さてさてリク、今日はこの街を案内してもらうよ! これからお世話になる街だし、よーく知っておかないとね!」
ベッドから立ち上がり、何かを誤魔化すように星羅は唐突にそう言った。
街案内か。
まあ地球に初めて来る宇宙人とのコミュニケーション方法としては最もベターな物であり、また展開的には話が一旦落ち着いた時に宇宙人との信頼を深めるに打って付けの展開とも言えよう。
いわゆるデート回というやつなのかもしれない。
だがしかし。
「悪い星羅、今日はちょっと用事があるんだ」
「えー、昨日の今日でー?」
「前から約束してたんだよ、今日は出かけるって。だから悪いが街案内はできそうにない」
「……ぶーぶーぶー」
腕を振り回して駄々をこねる星羅。
ぶーぶーとか言うなよ。豚じゃねえか。
「また今度案内してやるから、な?」
「今日がいい。今日がいい今日がいい今日がいい。今度なんて絶対来ないもん、私知ってる」
「絶対来ない? どこにそんな根拠があるんだ」
「朧火に千円貸してるんだけど、『いつ返してくれるの?』って聞いても『今手持ちがない。また今度な』って言われ続けて早三年」
「それはもう、返す気ないだろ朧火ちゃん……」
大人しく諦めるべきだと思う。
まあ他人に金を貸すときはあげるつもりで貸せとはよく言うしな。
「とにかく、今日は叶夢にでも付き合ってもらってくれ。どうせあいつは暇だろうし」
「じゃあ、リクのその用事に私が付いていくというのはどうだろう」
「どうだろうって……どうもこうもないだろ。二人で出かけるって約束してるんだから、お前を連れて行くことはできないよ」
「むー……あっ」
そこで何かを思いついたかのようにぽんっ、と掌を叩いて見せる星羅。
「もしかして、彼女さんとデートとか?」
「残念ながら違えよ。ただの女友達と遊びに行くの」
「二人きりで?」
「二人きりで」
「それをデートって言うんじゃないのかな……」
訝しげな表情を浮かべる星羅。
確かに、傍目から見ればデートに限りなく近い状況というか、最早デートそのものであろう。
「地球語って難しいね。やっぱり一晩勉強しただけじゃ完璧には理解できないや」
「異世界の言語を一晩で憶えたの!? すげぇ!」
やはり基本スペックは非常に高い少女だった。
「あ、でも考えてみればリクに彼女なんかできるわけないか!」
「地球語以前に他人を敬う気持ちを学べ!」
ただし常識は相変わらず備わっていなかった。
「確かに彼女ではない。でも前に俺の彼女が云々の件りで言わなかったっけか、似たようなのがいるって」
「あー。言ってた気はするね、そんな幻想」
「幻想じゃねえよ。いるんだよ、その似たようなのが」
「その、『似たような』って言うのはどういう意味なの?」
「…………」
ここで別にためらう必要など全くない、サラッとありのままの事実を話して仕舞えば良いだけなのだが、しかし俺の口はそこで一旦紡がれた。理由はとても簡単で、絶対馬鹿にされるだろうと思ったからだ。
ただまあ、言わなければ話が先に進まないので俺は素直に言うことにした。
「……相手が俺のことを好いてくれてるんだよ。全力全開で愛情を注いでくれてるんだよ。その子は俺の事が好きでしょうがないらしいんだよ」
「え……」
てっきり罵倒の嵐がぶつけられるかと思って覚悟を決めたつもりだったのだが、しかし星羅の反応は俺の予想とは真逆の物だった。
深刻そうに、何かに取り憑かれたかのように、心配そうな瞳で俺を見据えているのだ。
「せ……星羅さん?」
「かわいそう……」
ボソッと星羅が口を開く。
かわいそう。
まさかコイツ、相手の女の子に対して同情しているのか? そしてその子の思いに答えてあげない俺に侮蔑の視線を送っているのか?
ただ、同じような反応は叶夢や他の人にもされたことがある。『せっかく好きと言ってくれているのに、どうして付き合ってあげないのか』とか『すっごく可愛い娘なのに、もったいない』など、客観的な指摘は今まで散々受けてきているし、それについては申し訳なく思うところも当然ある。
俺もそこまで非情な人間ではない。
ただ。
誰に何を言われようと、俺は誰かと付き合うことはできないのだ。
それはもう、それこそ取り憑かれたかのように。
「かわいそう……」
と、星羅が同じことを口にする。
「かわいそうに、リク。いくら女の子に恵まれないからって、そこまで行き過ぎた架空世界を作り出して、あまつさえその世界に彼女という心の拠り所を作って現実から目を逸らしているだなんて、よっぽど苦しいことがあったんだね……」
「俺の心配してたのかよ!!」
余計なお世話にも程がある。
流石にそんな妄想癖は俺には備わってねえよ。
「安心してリク。今日から私がリクの彼女になってあげるから。さあ、思いっきり私に甘えてごらん?」
「ごらんじゃねえよ。ご臨終するわ。お前に甘えるくらいなら弥勒菩薩に甘えた方がまだマシそうだ」
「ひどい、せっかく彼女になってあげるって言ってるのに……」
「あん?」
なんでもないよ、とはぐらかす星羅。
「でも妄想でも幻覚でもないなら、本当にいるんだね、そういう相手が。可愛い?」
「まあ、かなり可愛い方かな」
「性格は?」
「明るくてサバサバ、前向きな性格だな。一緒にいて楽しくなる」
「好き?」
「そうだな。ぶっちゃけ好きだ」
「じゃあなんで付き合わないの?」
両思いなら普通はカップルに発展するでしょその場合、と星羅は当然の反応を返してきた。
至極その通りだ。
相手が好いてくることに対して、俺はその気持ちを拒むようなことは決してしていない。寧ろこうしてデートの誘いにも応じているように、俺も俺で彼女との馴れ合いを楽しんでいる節がある。
一緒にいて楽しい。
安心感がある。
そしていつの間にかーーー俺も彼女の事を、意識しだしている。
普通ならばそんな相思相愛カップルは、さっさとくっ付いてリア充して然るべきであろうことは何よりも明白なのだ。
そう。
普通ならば。
世間一般に言う、『普通』ならば。
ーーーただし。
俺の『普通』は、周りとは少しばかり違うようだ。
「付き合わないんじゃない。付き合えないんだ。俺は、異性と男女交際をしてはいけない」
「どうして? 誰かに命令されてるの?」
それとも許嫁でもいるの? と星羅。
いるはずがない。
そんな好都合な相手はいるはずもないしーーー何より、そんな相手がいれば俺もこんな性格にはなっていなかっただろう。
愛する人をーーー失わずに済んだだろう。
「……違う。これは俺が勝手に決めていることだ」
「じゃあどうして」
「男女交際は」
俺は立ち上がり、部屋を出ようとする。そして去り際に、少し格好つけながらこう言うのだった。
ただし、台詞の内容は非常に格好悪い。
「男女交際はーーー誰も幸せにならない。それは一番俺が知っている」
002
駄々をこねる星羅を余所目にいそいそと準備をし、予定よりも少し早めに家を出た俺は、結亜との待ち合わせ場所である月宮公園に到着していた。
「ちょっと早く来すぎたか……」
星羅との会話から若干逃げるような感じで自宅を出発してしまったため、待ち合わせの予定時刻よりかなり早めの時間に目的地に到着してしまった次第である。
まあ、だからと言って問題があるわけでは全くもってないのだが。
もとより指定時間にかなりの余裕を持って行動する習性があるので、誰かを待つという行為は慣れっこである。それに今までで結亜が時間に十分も二十分も遅れてくるようなことは一度もなかったので、心配するようなことは特にない。ただ時がくるのを待てばいいだけの話である。
「……無意識のうちに俺が楽しみにしていた、なんてことはないよな?」
謎の自問自答をしてみたが、正直ありそうで怖い。
確かに夏休み初のデートではあるがーーーデートとは言っても恋人同士が行うそれではなく、単純に二人で遊びに行くことを結亜がそうと呼んでいるだけであるーーー、あくまで夏休みで初という話であって、デート自体は今月頭から週末の度に行っている。特に目新しいことがあるわけでもない。だからそう、無意識のうちに俺の内なる感情が今日という日を心待ちにしていた、なんていうことは絶対にないのである。
ありそうだが。
「さて」
さて。
それではそろそろ、恐らくキャラ像が漠然としすぎていて掴めていない皆さんのために、先ほどから名前だけの登場で勿体ぶっていた彼女の紹介を、この辺りでさせていただこうと思う。
基本情報だけの簡単なものではあるが。
俺の友人ーーー暁月結亜。
東雲高校一年二組所属で、俺のクラスメイトである。
身長は叶夢より少し低め、きめ細かい赤髪をポニーテールで結っており、チラリと見える八重歯が特徴的な美少女だ。性格はサバサバしていて明るく、クラスの誰とでも分け隔てなく仲良く接している。最近こそ俺たちのグループにいることが多くなったが、入学当初はそれこそクラス中の生徒と和気藹々と話していた記憶がある。
所謂クラスの人気者って奴だ。
早い話、俺とは一生縁もゆかりも無さそうな立場にいる人物である。
クラスの隅の方で密かにひっそりと息を潜めている俺とは違い、休み時間ともなれば常に誰かとグループになって談話をしているような人間で、俺との立場の相違には明らかなテンションの差というものがある。
陰と陽。
影と光。
照らされる者とーーー照らす者。
どちらかというとクラスの傍観者的な存在である俺からしてみれば、彼女を遠目から見ていたころの印象はそんなものだった。
だからこそ、七月頭に、唐突に彼女から愛の告白を受けた際には、そんな一辺倒なイメージは音を立てて吹き飛んでいったのである。
『ずっと前からーーー高校入学前から、あなたのことが好きでした』
普段の陽気な彼女からは想像もできない真剣な眼差しと頬を赤らめた表情で、学校の屋上というまさにベタでありきたりな空間で俺に向かって放たれた言葉。
『私とーーー付き合ってください』
私を彼女にしてください。
ちょっと上ずんだ声色。期待と不安、安心と達成の入り混じった今まで見たことのない彼女の新しい表情。
もちろん捻くれ者の俺である、最初はクラスメート同士での勝負に負けた罰ゲームか、将又クラス一丸となって俺を騙し欺くドッキリ大作戦のどちらかではないかと疑いもしたが、さすがにそこで『冗談はやめてくれよ。俺なんか騙したって金になんないぜ』などと情もへったくれもない無慈悲な台詞を吐くほど冷め切った人間になったつもりはない。
何より、彼女の真剣そのものと言える表情は、そんな良からぬ可能性をすべて吹き飛ばし俺を信じさせるには十分な材料だった。
だから俺は、彼女を受け入れた。
そして、受け入れた上でーーーフった。
告白を、断った。
『ごめん。気持ちは嬉しいし、できることなら付き合いたいんだけど……俺は、誰とも付き合えないんだ』
暁月さんのことが嫌いってわけじゃないんだ。
でもーーー付き合うことは、できない。
そんな曖昧な、ヘタレ極まる戯言で俺は彼女の告白を断った。
先に言ったとおり、彼女のことが嫌いだったわけではない。寧ろ入学した当初から出席番号が男女それぞれ一番同士の俺達は席も隣同士だったわけで、彼女を遠目から見ていたとは言いつつも実は最初からよく喋る仲だったのである。
彼女、こう見えても意外にゲームやアニメなどについての興味を深く持ち合わせており、その方面を専門分野にしている俺に色々と質問したり俺の話を興味津々に聞いてくれたりと、なんというか、話していてすごく楽しい奴だったのだ。
おまけに美少女である。
おかげで同性のオタク仲間たちとは自ずと距離を置かれたが(尤も、その件についてはそもそも入学当初から叶夢やその他にばかり絡まれているせいで元々いなかったのだが)、オタクではないがオタク文化に興味のある美少女をオタクに引きずり込むというB級ギャルゲーをやっている気分で、まあそれなりに充実した日々を過ごしていたわけである。
過ごしていれば、まあ彼女を『意識』もしてしまうわけで。
告白された瞬間は前述した通り疑いもしたが、もちろん内心ではそれと同時に喜びの感情も沸き起こった次第である。(うおおぉぉぉぉまじか!! でも確かに思い返してみれば席が隣になった瞬間から『やっほーリク! やっとゆっくりお話しできそうだよ』とか言われてたしやたらめったら話しかけてきてたしそのあとに席替えして席が離れた時もしょっちゅう話しに俺の元まで来てたし確かにアプローチはそれなりにあったと思うけどまさかここでフラグ回収とかいや生きてて良かったって今生まれて初めて思ったわ!)とか考えていたはずである。本来なら即OK、その瞬間から晴れてカップル成立となるだろう。
しかし、それでも俺は、彼女をフった。
『男女交際は、誰も幸せになれないから』
自分勝手な座右の銘を盾に彼女の勇気の告白を踏み躙ったのである。
こうして、翌日から俺と結亜の間には微妙な空気の壁が立ちふさがり、自然と会話することもなくなっていったのだった。
…………。
と、本来ならこのまま告白自体なかったことになり、美少女である彼女は新しい恋人を作り、俺の知らないところで富貴福禄幸せになるはずだったのだが、そこは運命、やはり俺の周りには一風変わった人間しか集まってこないらしい。
決死の覚悟で告げた思いを難なく無碍にされた彼女は、しかしその程度では諦めなかったのである。
『なるほど、確かに叶夢から聞いてた通りの反応だね……』
『へっ……?』
もしかしたらあまりの俺の素っ気ない態度に泣き出すか、或いは呆れて物も言えなくなるかとも思っていたが、意外や意外、彼女はちょっとわかっていた風な態度を示し始めたのである。
『あ、暁月さん……?』
『でも私のこと、嫌いってわけじゃないんだよね? ていうかできることなら付き合いたいって言ったよね?』
『いや、言ったけど……』
『ん? 今何でもするって言ったよね?』
『いやごめんそこまでは言ってない』
『それってつまり、私のことは好きってとらえていいんだよね?』
『……お、おう』
ほうほう、と結亜はそこで初めて嬉しそうな表情を見せた。
嬉しそうな表情?
たった今、フラれたというのに?
『だけど、リクには何らかの事情があって、私とは付き合えないってことなんだよね?』
『暁月さんとって言うか、誰とも付き合えないと言うか……』
『よし、分かった』
くるりと向こうに向き直る結亜。
そしてそのまま、俺の考えもしなかった提案を口に出したのだ。
『付き合わなくていいよ。私はリクに好いてもらってるってだけで十分嬉しい。正直嬉しさで死んじゃいそう。今死んだら幸せなまま死ねるかも』
『飛び降り態勢!?』
まあまだ死ねないんだけど、と結亜は言う。
『でも欲張りな私は、リクともっと仲良くなりたい。その先へ進みたい。可能であるならば、本当はリクの恋人になりたい』
『……悪い』
こんな情けない男を前に、それでもめげずに自分の思いを曲げることなく伝えてくれる彼女に申し訳なくなった俺は、小さく謝ることしかできなかった。
『だから、私はリクの彼女になるよ!』
『……え?』
頭の中の疑問をそのまま口に出す俺。
一瞬、彼女が何を言わんとしているのかわからなくなったーーー厳密には、今でもわからない。
『いや、だから俺は付き合うことはーーー』
『リクは付き合わなくていいよ。私が勝手に彼女になるから』
『…………?』
ここまで聞いてもいまいち状況がつかめない俺に、結亜はちょっと楽しそうに説明する。
『リクは誰かと恋仲を結ぶことが、カップルという関係になるのが嫌なんだよね? 嫌って言うか、そううしたくてもできないんだよね? だったら簡単じゃない。別に無理にカップルにならなくていいんだよ。お互い相思相愛なら、カップルなんて関係にわざわざ縛られなくても、仲良くやっていける。そう思わない?』
『思わないと言うか……』
『だから、私はリクの彼女でいるつもりだけど、リクは別に彼女って思わなくていい。物凄く仲が良くて、でもそれ以上先には進めない禁断の女の子! みたいな感じに思ってくれたらいいと思うの! どう?』
『……でもそれ、俺に都合が良すぎるって言うか、暁月さんの思いを思いっきり踏みにじっているような……』
『はい! まずそれ!』
『へっ?』
ビシッ! と俺に指を突き立てる結亜。
『前々から思ってたけど。あれだけ仲良くしてて、いまだに名字で呼ぶのはどうかと思うよ?』
『あ……』
確かに彼女の言う通り、至極その通りである。ましてや相手が呼び捨てにしているのにコチラがいつまでも他人行儀に名字+さん付けで呼称するのは、逆に失礼に値するだろう。
『えっと、じゃあ……結亜さん』
『さんはいらない』
『結亜ちゃん』
『ちゃんもいらない』
『結亜御前』
『おぉっと随分敬われてるね!?』
軽く突っ込んだ後、結亜は、
『結亜、って呼んで?』
と続けた。
ただ、叶夢や舞姫と違い高校時からの付き合いである彼女をいきなり呼び捨てにするのは、かなり気恥ずかしいうえに中々ハードルが高かった。
『……結亜』
『うん?』
呼ばれたことを確認するや否や、『うぇへっへっ……』と蕩けたような表情を見せる結亜。
こっちが恥ずかしくなってくる。
『いいね、好きな人に名前で呼び捨てにされるのって。ね、もっかい呼んで?』
『いや、これでも大分恥ずかしいから……』
『えーいいじゃん! ね、もう一回?』
そんなわけで。
屋上でらしくもないリア充ごっこを繰り広げつつも、俺達の『相思相愛ではあるがカップルではない曖昧な関係』が、なあなあに始まったのである。
その関係が現在進行形で今も続き、今日もこうして、事実上のデートを結亜と約束しているというわけなのだ。
「……これってやっぱ、傍から見たら立派な熱愛カップルなのかね」
目的地に辿り着くまでにすれ違ったカップルをよそ目にそんなことを考えている内に、待ち合わせ場所に辿り着く。
月宮公園。
俺が幼少期の頃から叶夢や舞姫とおっぺけ劇場を数多く繰り広げてきた思い出の公園であり、俺個人としても色々と思い入れのある公園だ。以前結亜に紹介したら彼女もこの公園を気に入り(雰囲気がどうのこうの言っていた)、デートの待ち合わせ場所として採用されたのである。
ただ、依然としてこの公園の正しい読み方は不明なのだが。
また、他の公園と比べて遊具の種類が非常に豊富なのもここの特徴だ。周囲の公園が身勝手な大人や管理人の影響で昔に比べて軒並み遊具が撤去されていく中、この公園だけはどこの権力が働いているのか全く遊具が撤去されずにいる。
唯一、先日俺の手によって木っ端微塵になったブランコを除けば。
「…………」
星羅に軽く聞いたところによると、昨日の騒動で亜空間に飲み込まれた公園の敷地は魔法で元通りにしたらしいが、俺の破壊したブランコだけは『いや、あれはリクが壊したんだから私の管轄じゃないよ。寧ろ壊した後の残骸を飲み込んであげたんだから感謝されるべきだね!』などとほざいて修理してくれなかった。
いや絶対お前の魔法力が足りないだけだろ、と突っ込んだが泣きそうになっていたのでそれ以上は追及してはいない。
「やっぱり管理人さんに謝った方がいいか……?」、
誰もいない公園のシーソーに腰かけながらそんなことを考えるが、しかしそもそもなんと言って謝ればいいかがよくわからない。
イライラしていたので殴ったら壊れちゃったので残骸もろとも処分しておきました! ってか?
「……初手通報されて終わりだな」
しかし管理人に会えば長年パンドラの箱に放り込んだまま目を背けていた謎の一つであるこの公園の正式名称も分かるのだろうか、などと考えているところで、不意にシーソー反対側に重さを感じた。
「おぉっと」
そこまで体重をかけず軽い気持ちで腰を掛けていただけなので、誰かが反対側に座ったと気づいた時には俺はひょいっと木の板ごと宙に浮かび留まっていた。
「何ボーっとしてるの、リク?」
視線の先、反対側に跨るようにして座っていたのは誰あろう、暁月結亜である。
にへらっといたずらっぽい笑みを浮かべた彼女は、ひょいっと両足を浮かせてシーソーの主導権を俺に譲った。
「来たなら一声かけてくれよ」
「いやぁ、なんか真剣な表情してたから眺めてたくってさ」
臆せずそんな恥ずかしいことも平気で口にする彼女は、いつもながら、いつも以上に元気そうである。
「元気そうだな。何かいいことでもあったのかい?」
「何、そのどこかの街にいると噂の怪異譚収集が趣味なおじさんっぽい台詞」
ガコッ、とシーソーは結亜側に沈み、結亜はそのまま地面へと降りた。
「リクと一緒にいられるんだから、私が元気な理由なんてそれぐらいしかなくない? 他にあると思う?」
あるとすれば夏休み最初のデートだからかな、と結亜は付け加えた。
そう力強く言われてしまうと、有無を言わさぬ根拠のようである。
「にしても、シーソーなんて数年ぶりにやったかも。中々高校生になると公園で遊ぶこともなくなるよね」
「まあ確かにな」
この公園も実際待ち合わせぐらいにしか使っていないので、俺自身も遊具で遊ぶこと自体は近年は滅多になくなっていた。使うとすればブランコに揺られるぐらいの物である。
そのブランコも、今はなくなってしまったのだが。
「私的には、シーソーじゃなくてリクに跨りたいんだけどなー」
「やめるんだ。俺は全年齢向けの健全な本を目指しているんだから!」
「ぶーぶー」
口を尖らせ文句を言った結亜は、不意に周囲をぐるりと見渡し、
「あれ、そう言えばブランコって撤去されたの?」
「あ……いや、多分そうなんだと思う。俺が来た時には既になかったしな」
「ふーん……でも先週は普通にあったよね?」
不思議そうな、と言うより若干疑いの表情を浮かべたまま結亜は言う。
「何の音沙汰もなく一週間足らずで、しかも一番安全で一番人気と言っても過言ではないブランコを撤去したりするのかな……」
コイツ、中々鋭い所に目を付けてくるな……!
学校の成績もいたって悪くはないだけに、洞察力が優れているというか、妙に勘の当たりが良いのである。
仕方ない。
別に事実をありのままに話しても良かったのだが、ここでいきなり『宇宙人』とか『魔法』というパワーワードを使うのは躊躇われたので、うまく誤魔化すことにした。
「そんなことより、早く行こうぜ結亜。ブランコの一つや二つ、この際どうでもいい。この一週間、お前と早く出かけたくてうずうずしていたんだ」
「リク……」
言い終えた後、さすがにこんな在り来たりな台詞では信憑性に欠けるか、逆に誤魔化し方が不自然だと狐疑させてしまうかと思ったのだが、
「そこまで私のことを思ってくれてたなんて、私嬉しくて死んじゃいそうだよ! うんうん、確かにリクの言う通り、今日のデートの重要性からしてみればブランコどころか町一つ葬り去る事態もどうでもいいって感じだよね!」
スーパーハイテンションではしゃぐ結亜。
コロッと俺の思い付きの嘘に騙されてくれたらしい。
「……わかったわかった。じゃあさっさと行こうぜ」
街が消えたらさすがにデートどころじゃねえな、と結亜に付け加えて俺達は公園を後にする。
こうして、後に紅蓮の業火と青電の稲妻がぶつかり合う公園を尻目に、新垣リクと暁月結亜による休日デートごっこが開始するのだった。
003
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数年ぶりに3章が完成したので掲載いたします。
随時更新予定です。