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終了済み  作者: ゆきみかん
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第初話 マジカルせいら

「私がリクに肉体強化の魔法をかけさせてもらうねってこと!」


 高校一年生の夏休み初日―――。

 なんの変哲もない高校生、新垣リクの前に突如として現れた少女、星羅。

 彼女がリクに下す、新垣リクの『初』体験とは―――?




 


     ☆☆☆



 星羅(せいら)=スターシア=ギャラシークは宇宙人で魔法少女だ。

 高校一年生の夏、高校に入学して初めて迎えた記念すべき夏休みに、俺は彼女に出会った。

 出会ってしまった。

 それが運の尽き、とまでは思わないしなるべく思いたくないものだが、しかしあの日を境に俺の日常が平凡から少しばかり遠ざかったのは紛れもない事実だ。

 隠しようのない現実だ。

 今まで何事も直隠しにしてきた俺への―――或いは、その報いなのかもしれなかった。

 別に平凡に生きたいとか、そういう最近のライトノベルの主人公にありがちな主観は俺は持ち合わせていない。確かに平和に平和に越したことはないし、それにこうして平和に過ごせていることがどれだけ幸せなことなのかも重々承知しているつもりだが、それでもやはり人生に刺激は欲しいとも思う。

 スパイスを欲する。

 火を吹いたり電撃を生み出すような、そんな能力を持った人間の存在が当たり前のこの世界で、それでも俺は刺激を欲する。

 さすがにトラブルはお呼びではないが。

 ただ、宇宙人と出会うほどの刺激の強いスパイスを求めていたかと問われると、俺は何とも言えない。というより、正直なところそこまでは求めていなかった。

 例えるなら一味唐辛子程度で十分だった。

 ハバネロなんて望んじゃいない。

 もっとライトなもので良かったのに―――と、今になればそう思うのだが、しかしそれもまた贅沢な悩みなのだろう。

 神は俺の望む通りに人生に刺激をくれた。

 望んだのは俺なのだ。

 さてさて。

 勿体ぶってしまって申し訳ないが、始めにことわっておく。

 今から俺視点で語っていく物語は、あくまで単なる日常における些細な出来事にすぎないということを理解しておいてもらいたい。

 理。

 どちらかと言えば確認だな。

 意思の確認。

 理を解して上で、この物語を読んでほしい。

 それでは―――っと。

 まずは語り部である俺の自己紹介を簡単に。

 俺の名前は新垣リク(あらがきりく)。高校一年生。一人称は見ての通り俺。

 結構オタクで、少しロリコンで、でも妙に女友達が多くて、そして。

 何の能力も持たない、ただの一般人だ。

 


     001



 語り部が状況を掴めないだなんて弁解のしようもない限りだが、どうやら追われているらしい。

 腕時計は午後一〇時を過ぎている。

 秒針はこんなにも規則正しく生活しているのに、俺はなんて不健全な生活をしているのだろう。

 本日七月二十九日。夏休みが始まってまだ二日目だというのに、俺はさながら怪盗の如く夜道を掛けていた。 

 理由は先にも述べた通り。

 追われていた。

 しかも女に。

 しかも女子高生に。

 しかも―――幼なじみに。

「ハァ・・・ハァ・・・ヒィ」

 追われ始めてまだ三〇分程しか経っていないのに、既に体力の限界がきているような感じがした。

 ここにきて運動不足が裏目に出たか。

 俺は三〇分近くも表に出ているのに。

「待てぇー!! 逃げるなぁー!!」

 そんな荒らげた声が聞こえた直後、俺の横をバスケットボール大の大きさの火球が強速で通り過ぎて行ったのだ。

 ゴォッ!! と聞くだけで熱そうな音を立てて俺を追い越した火球は、そのまま俺に当たることなく突っ走って数一〇メートル先でパッと消えた。

 しかし、俺はあれの威力を知っている。

 バスケットボールサイズなら、確か軽自動車が吹っ飛んだはずだ。

 そんな物をなんの力もない俺が食らったら、間違いなく焼死体じゃ済まないだろう。

 いや、そんなことは流石のアイツでも分かっているだろう。だから多分、わざと外しているのだ。恐らくは警告のつもりで。

『止まらんと打つぞ!』的なアレである。

「止まらないと燃やすわよ!」

 そのまんまのことを叫んできた。

 もう燃やそうとしてんじゃん。

 だが、そんな警告に易々と応じる俺ではない。

 ……まぁ、ただでさえ記念すべき第一話を最高に格好悪い形で初めてしまったので、これ以上情けない姿を見せられないという後ろめたさがあるだけだが。

 いつもは火球が飛んできた辺りで俺が降参するという流れで終わっている。

 情けない。

 ダサい。

 いい加減流れを変えなければ。

 時代はいつでも変遷を求めているんだ。

 そう考えた俺は、近くにあった裏路地へと曲がっていった。入り組んだ道ならうまく逃げられると思ったからだ―――が、残念なことにその予想は行動には至らなかった。

 俺の入った裏路地は、直線一本道に行き止まりまで付属した、『追いかける側』のための道だったからである。

「ゲッ……!」

 ゲッとか言っちゃった。

「ここだな!?」

 件の追いかける側の人は、もう裏路地へと入ってきていた。

 後戻りはできない。

 どうする……?

「……どうしたもこうしたもないな」

 後ろにはいけない。

 なら。

 壁を超えるしか道はないだろう。

「うおおおぉぉぉぉ!!」

 助走をつければ登れないこともないように見えた。

 遠目から見た感じだと、三メートル強ぐらいの高さと言ったところか。

 向こうに何があるかは分からないが、少なくとも巨人がいるとかっていう展開ではないはずだ。

 いや、むしろその壁の向こうには未知なる世界があるとかっていうオチなのかもしれない。なるほど、この物語はそういうストーリーなんだな。

 なら話は早い。

「いざ行かん! 未知なる世界へごぶぅ!?」 

 転んだ。

 どうやら何かに躓いたらしい。壁を越えようと結構なスピードを出していたために、急停止させられた時の反動はかなり大きいものだった。

 ズザザザアアアァァァッ!! と鈍い音を立てながら、顎やら腹やらを容赦なく引きずっていく。

 ついでに膝も。

「痛ってぇ……なんだなんだ?」

 三秒ほど引きずられた俺は、患部を摩りながら後ろを振り返った。

 そこには奇妙なものが落ちていた。

「……ステッキ?」

 全体的にピンク色で、先っちょに一対の羽と丸い水晶のような玉が付いた、おじゃまじょドレミにでも出てきそうな魔法少女風の杖が、そこに落ちていたのだ。

 洋杖(ステッキ)

 何故そんな物がここに落ちているのか、甚だ疑問ではある。

 とりあえず拾い上げてみた

「さぁ、追いつめたわよ……」

「あ」

 すっかり忘れていた。

 俺、追われているんだった。

「もう逃がさないんだから……覚悟、出来てるよね?」

「ちょちょ、ちょっとタンマ……!」

 してくれるはずがない。

 あの短気な幼なじみが、今まで一度でも待ってくれたことなんて……。

「いいよ。待ったげる」

「へっ?」

 我ながら間の抜けた声と顔が出てしまったと思う。いや、でも許してほしい。だってこんなの初めてなんだから。

 ってか、えぇ? なんで待つの? 待ってくれるの?

 もしかして、俺がいつもと違う行動をとったから、じゃあアタシも違うことしてみよう的な?

「ただし五秒ね―――はい、時間切れ!」

「そーゆー事かよ!」

 発想が小学生だった。

「その通り!!」

 言ってアイツは、ゴルフボール大の火の玉を無数に、自分の周りに作り出した。

 例えるならその様子は、ファンネルみたいな感じである。

 成る程。

 あれなら、食らっても死にはしない。

 数にもよるが。

「って百個近くあるように見えるが!?」

「モッチロン!! いっけええぇぇ!!」

 その言葉と共に、無数の火の玉は一気に俺目がけて飛んできた。

 前言撤回。

 あれは食らったら死ぬわ。

「うわあああぁぁぁ!!」

 俺は反射的に両腕で顔を隠した。どうせ死ぬのなら綺麗な顔で死にたかったからである。まあ、最近では医療技術の進歩のおかげでどんな悲惨な顔で死んでも美しくお色直しされるだろうし、というか顔だけ綺麗で他が真っ黒焦げの死体とか想像してみたらちょっと気持ち悪くも思えたが、しかし俺の心配は全くもって無用なものだった。

 杞憂だった。

 ダンダンダンッ!! と火の玉が連続で何かに当たる音が聞こえたのだ。

「……へっ?」

 何が起きた?

 一体、何が起こった?

「ちょっ、何で生きてるのよ!?」

 白髪ロングヘアで巨乳の幼なじみ―――如月叶夢(きさらぎかな)もまた、俺と同じくらいに驚いているらしかった。

 いや、攻撃した側としては、俺以上に不思議に思ったことだろう。

 ってか殺す気だったのか。

「…………」

 俺は、ゆっくりと顔を上げる。

 目の前には、驚愕の顔を浮かべた幼なじみがいるだけで。

 手元には、玉の部分が青く光った魔法の洋杖があるだけで。

 そして後ろには、今にも崩れそうなコンクリートの壁があるだけだった。

「……どういう状況?」

 素朴な疑問を叶夢に投げかける。

「いや、なんか火の玉がアンタを勝手によけて後ろの壁に……あ、」

「ん?」

 いきなり叶夢の顔が青冷めた。

「リク危ない! こっちに来て!!」

「はぁ?」

 何言ってんだコイツ。

 全世界のどんな危険指定生物だってお前には敵わねえよ、と、そう言おうとした瞬間、それは大変な間違いであることに気付かされた。

 先程高火力の攻撃を俺の代わりに食らった壁が、耐えきれずに崩れだしてきたのだ。

 まあ、それを俺が知ったのはもちろん瓦礫に呑み込まれた後なんだけど。

「うぎゃあああああぁぁぁぁっっっ!!」

 ズガガガガァァァッ!! という音と共に断末魔炸裂。

 本当、なんていうか不幸だ。

 見事なまでに主人公体質丸出しである。

 さて、記念すべき第一話から申し訳ないのが、ここらで一つ、気絶させてもらうことにしよう。



     002



 翌日。

 気が付けば俺は、自分の部屋のベッドの上にいた。体中に擦り傷やら打撲やらがあり、あちこちの関節が悲鳴を上げているので、昨日の出来事は夢ではなかったらしい。

 後、未だに右手にしっかり握られている魔法のステッキも、決定的な証拠となっている。

 一晩中握ってたのか。

「…………」

 若干荒らされた痕跡のある家の中と開いたままの玄関の鍵、テーブルの上にあった『ごめんね by叶夢』という置手紙を見るに、どうやら叶夢が気絶した俺を家まで運んできてくれたらしい。

 怪我の治療はしてないが。

 俺は朝食もそこそこに、向かいに住む幼なじみこと如月叶夢の家を訪問した。

 昨日のあの後の状況を詳しく把握するためである。

「え? いやいや、アンタの予想通り私が運んだんだよ」

「違う違う、そうじゃない。俺が聞きたいのは手段の方だ。お前一人で一体どうやって俺をここまで運んだんだ?」

「どうって、別に普通だよ」

 わずかに目をそらす叶夢。

「お姫様抱っこだよ」

「どこが普通だよ! 何てことをしてくれた!!」

 街中で女にお姫様抱っこされた男子高校生の姿がそこにあった。

 夜中だったとはいえ、さぞ悪目立ちしたことだろう。

「夢中だったんだよ?」

「『中』と言う字がたまたま連続して並んだからこのまま並べてみようとするのはいいけれど、結果として今の話の内容に合う形の言葉が思いつかないからとりあえず適当な言葉を当てはめてみた、みたいなのはやめろよ。全く意味がわかんねえよ」

 何で俺をお姫様抱っこするのに夢中だったんだよ。

 素直に気持ち悪いよ。

「てか、人が駅前から長い距離わざわざ運んであげたっていうのに、感謝されこそすれ、なんで怒鳴られなきゃいけないわけ!?」

「俺が怒鳴ったのは運び方についてだ! 何故お姫様抱っこをチョイスした!?」

「じゃあリクはそういう運び方ならよかったわけ!? 転がすとか!? 引きずるとか!? ドリブルとか!?」

「三つ目のはむしろ見てみたいけど、いくらなんでも扱いが雑すぎやしないか!?」

 人間とはそんなに弾力性があるものなのだろうか。

「普通におんぶとかあるじゃん……」

「…………」

「見たこともない表情と沈黙を浮かべるなよ!!」

「いや、その発想はなかったなーって」

「…………」

 人間とはこんなに馬鹿になれるのなのだろうか。

 確かに叶夢は馬鹿だ。

 塩と砂糖を当たり前のように間違えるし、高校生にもなってレタスとキャベツの見分けすら付かない。それどころか、ちょっと前に『リク! 耳掻きしてあげる!!』などと唐突すぎることをいきなり言いだし、俺を膝枕させたかと思えばつまようじで耳掻きしようとしたぐらいだ。

『ザクッ』という刺さる感触が未だに残っていて気持ち悪い。

 そしてその時俺が『アホか! 綿棒を使え!』と言えば台所から綿棒ならぬ麺棒を持ってくるぐらいに、こいつは馬鹿なのである。

 構造上入るわけねえだろ。

 象じゃねえんだぞ。

 勉強面に関してははっきり言って俺より成績は良い。中学時代からテストでの合計点で俺が勝ったことは、実は一度もないぐらいである。

 しかし、それは合計点に限ったお話。自身のプライドを守るために注釈をつけさせてもらうとするならば、英語と数学と国語(現代文に限る)は俺が勝っている。後者二つは俺の得意教科なので、まあ勝ってて当然というか、むしろ自慢できる得意科目がこれぐらいしかないわけなのだが。

 しかも、その得意教科ですらたまに負ける。

 アイツがたまに満点をとってくるのである。

 俺はその度に泣いてます、ハイ。

 じゃあ英語はと言うと、はっきり言って俺は英語は得意ではない。それどころか逆に嫌いですらある。テストの点だって中の下くらいだ。

 そんな状態で何で叶夢に勝てるのかと言われれば、理由はただ一つ―――アイツが馬鹿だからなのだ。

 俺は英語の点数で叶夢に負けたことは一度もない。

 数学や国語で負けても、英語では必ず勝っている。

 それもそのはず、如月叶夢という人間は、恐らく歴史上最も英語ができない人間なのだ。

 宇宙が誕生してから今に至るまでを顧みてみたとしても、ここまで英語ができない人間はいないだろうと、幼なじみとして俺は断言できる。ひょっとすると、このまま宇宙が寿命を迎えるまでの歴史の中でも、叶夢ほど英語ができない人間は現れないかもしれない。

 どれくらい叶夢が英語ができないかと言うと、まずはテストの点が常に一ケタ、『student』を『すつでんと!』と未だに読み、カタカナ表記のものは全て外来語と認識し(ガンダムとかレミオロメンとかも海外発祥だと言って聞かない)、挙句の果てにU.S.A(United States of America)をU.S.A(Universal Studios America)と覚えているほどである。

 いつからアメリカは国全体がテーマパークになったのだろう。

 楽しそうではあるが。

 結論を述べると、如月叶夢は馬鹿なのである。

 長々と語って得られた結論がこの程度なのだから、本当にじれったいったらありゃしない。

「お前が馬鹿なだけだよ」

「いや、リクが頭いいだけでしょ?」

「おんぶを思いついたくらいで褒められてもなあ……」

 むしろ馬鹿にされている気しかしない。

 馬鹿はコイツなのに。

 と、叶夢がいきなり話題を変えて俺に問うてきた。

舞姫(まき)ちゃんは今日もお泊り?」

「あ、いや。午後には帰ってくるって言ってたけど……」

 舞姫とは俺の妹の事だ。まあ後で話す機会があると思うので今は深くは語らないでおくとしよう。

 俺としては一生語りたくない限りなのだが。

「へえ、じゃあ今は一人なんだ……」

「んまあ、そういうことだな」

 俺の両親は家にはいない。母親が漫画家、父親が声優をやっているので、二人とも東京に出ているのだ。

 なので、今の新垣家には俺と妹の二人暮らしということになる。

 住まいは千葉県。

 だから東京はすぐ隣なのでわざわざ東京に住む必要はないんじゃないかと俺は両親に提案したし、両親もあまり乗り気じゃなかったのだが、舞姫が『是非行くべき! そして私とお兄ちゃんを二人きりに!!』と言って聞かなかったので、親は半ば無理やり妹に追い出される形で東京に行ってしまったというわけなのである。

 そんな素敵に不気味な妹の紹介はまた後で。

 したくないけど。

「じゃあリクが一人ぼっちであまりの寂しさに缶切りで自殺しないように、私が午後まで一緒にいてあげるよ!!」

「なんで一人ぼっちになるだけでそこまでインサニティ全開なんだよ。それにおんぶも思いつかないのに缶切りで自殺なんて思いついてんじゃねえよ」

 発想がヤバすぎるわ。

「いいじゃん! 行ってあげるって言ってんだから♪」

「いや、だから別にいいって……」

「…………」

 叶夢が泣きそうな顔になった。

 高校生にもなって簡単に泣くなよ。

 てかいついかなる時でもこの状況では泣くなよ。

「……そうだな。うん、確かに寂しくて缶切りで自殺しちゃうかもしれないな。うんうん。よし。ここは一つ、頼りになる幼なじみに来ていただくことにするとしましょうか」 

「頼りだなんて……それほどでもないよ〜」

 知ってるわ。

 俺がコイツの提案に乗ってやったのは、こいつの両親も夜まで仕事なので、つまりコイツも夜まで一人ぼっちだからである。

 だから寂しいのはこいつの方なのだろう。

 世話の焼ける幼なじみだ。

 物理的に焼けている気もするが。

「じゃあ立ち話もなんだし、さっさと来いよ。朝飯もまだなんだろ?」

「しょーがないなー。そこまで言うなら行ってあげるよ☆」

 何なんだこの上から目線は。

 ラピュタから見下ろしてるように感じるんだが。

「ラピュタからじゃ見えなくない?」

「噂じゃ人がゴミに見えるらしいぞ」

 そんな事を話しながら俺達は新垣家の門をくぐって玄関で靴を脱ぎ、廊下を通ってリビングへ入る。 

「ん?」

「どったのリク?」

「いや、浴室からシャワーの音が聞こえた気がしてな……」

「気のせいじゃない?」

「ん、莫大な水道料金の請求が来たらそれこそ缶切りで自殺するかもしれないから一応確認してくるわ」

「木の精じゃない?」

「迷惑な妖精だな」

 なるほど、最近うちの水道代が若干高いのはそいつのせいなんだな。

 俺が水転写デカールを一枚張るごとにお湯を変えているのが原因じゃなかったんだな。

 ならば注意してやらなくては。

「てか俺もシャワー浴びてくっかなー。汗臭いし」

 そう想いながらリビングを出た俺は脱衣所に入った。

 すると勘違いではなかったようで、浴室からザアアァァァっとシャワーの音が聞こえているようだった。

「やっぱりか……」

 いつから出しっぱなしだったんだろう、なんてことを考えて軽く青褪めながら浴室の扉を開ける。 

 もちろん、シャワーを止めるために。

 扉を。

 開ける。

 と。

 

「あ、シャワー借りてまーす♪」


 人がいた。

 綺麗なピンク色の髪をした、見た目中学二年生ぐらいの美少女が、俺の家で勝手にシャワーを浴びていたのだ。

 当然全裸である。

 まず視界に飛び込んできたのは少女の胸。

 小柄な体格に逆らうように程よく大きく育ったその胸は、思わず見蕩れてしまうほどの美しさと豊満さを兼ね備えていて、比喩表現も誇張表現も抜きにして本当に釘で打ち付けたのではないかと思うほどに目が釘付けとなってしまっていた。

 魅了されて、魅惑されて、魅力に取りつかれて、魅せられる。

 形、肌の色、大きさ、重力への逆らい具合、どれをとってもパーフェクトの他ない。

 その胸の先端に存するぷっくりと可愛らしく存在を主張している可愛らしい乳首もまた、決して目立ちすぎることのないベビーピンク色をしていてた。

 そんな妙なる胸、所謂おっぱいは、黙視しただけで柔らかさが手に取るように伝わってくる。

 まさにおっぱいの名に相応しい。

 余談だが、俺はおっぱいが『おっぱい』という名前で本当に良かったと心の底から思っている。

 『おっぱい』には『おっぱい』以外の名前はないのである。

 想像してほしい。もしもおっぱいが『ギガイア』とか『ベルドガメイル』とかって名前だとしたら、全国の紳士達はこれを気持ちよく揉めるだろうか? また全国の淑女達は、自分の胸に付いている物がそんなゴツゴツした名前だったらどうだろうか?

 それこそ世界は平和から遠ざかってしまう。

 おっぱいと名付けた奴は天才だ。

 その行動は栄誉に値する。

 話を戻そう。

 そんな天然記念物に指定されてもおかしくないどころか指定されないこと自体が寧ろ可笑しくもある美しきおっぱいから下腹部にかけてのウエストもまた、目を見張るものがあった。

 これまで俺は、世界で一番美しいお腹はミロのヴィーナスの物だと思っていた。それは子供のころから信じて疑わない、当たり前の事象だと思っていたからだ。

 しかし、たった今俺はその事象を大きく裏切られてしまったのだ―――もちろん、良い意味で。

 この娘のお腹は―――ミロのヴィーナスをも凌駕する。

 出るところが出てくびれるところがくびれた身体なんて、二次元にしか存在しないものとばかり思っていたわけで。

 実際にこうしてみると、息を飲む物がある。

 はっきり言って、言葉にならない。

 水滴によってくっきり浮かび上がったお腹、もとい腰のラインは胸の大きさとお尻の張り具合と身長にジャストフィットするくびれ方と細さで、まるで計算されて生まれたかのようなスタイルとなっている。  

 生命の神秘。 

 ダーウィンよ、よく聞け。

 生物は―――ここまで進化したぞ。

「……あのぉ〜」

 美しいおっぱい美少女が、ここで口を開いた。

「もしもーし、どうしたのー?」

「……ハッ」

 俺はここでようやく我に返った。

「大丈夫?」

「おう、もちろんだぞ」

「本当に? およそ三ページに亘って私の体の感想を述べられた気がするんだけど」

「なんだそりゃ。飛んだ変態がいるもんだな」

 全く困った奴だ。

「あ、石鹸がもう小さいから新しいの出してくれる?」

「う、うん」

 言われるがままに洗面台の下から新しい石鹸を取り出し、おっぱい美少女に手渡す。

「ほい」

「ありがと☆」

 おっぱい美少女は俺に見られているにもかかわらず裸を隠そうとはしない。

 羞恥心がないのだろうか。

 それとも俺が女だとでも思っているのだろうか。

 どちらにしろ、こんなにも美しいものをロハで見られるだなんて、今日は付いてるな。

 ついでだから触らせてくれないかな。

「ちょっとリクー? 何やってんのー」

「うわああぁぁ!?」

 忘れていた……!

 今この家にいるのは俺一人だけではない。

 叶夢もいるのだ。

「ちょ、悲鳴!? 大丈夫リク!?」

「大丈夫だ、何も起きていないし何も起こってはいない! ちょっとベルフェゴールの封印が解き放たれただけだから気にせずテレビでも見ていてそのまま眠ってしまっていてくれ!!」

「大事故が起こったようにしか聞こえないよ! ってか何で邪魔っけにするわけ!?」

「べ、別に邪魔っけになんてしてねえよ!!」

「じゃあ私がそっちに行っても問題ないよね!?」

「ま、待て!!」

 まずい。

 この状況を見られたら、確実に五回は誤解を招かれるだろう。その上五回じゃ済まない制裁が下されるはずだ。

「ちょっとゴメン!!」

 俺はとりあえずその場凌ぎの手段として、風呂場の扉を音速で閉める(早すぎてドップラー効果が生まれた)。

 と、それとほとんど同時に脱衣所の扉が開き、叶夢が入ってきた。

「よ、よう……」

「一体どうしたのよ、悲鳴なんか上げて……」

「洗濯機の蓋に指を挟んじまってよ、ハハ」

「それにしては断末魔みたいな叫び声だったけど。それになんかまだ焦ってるようにも見えるし……」

「気の、木の精だよ」

「怪我までさせられたの、その妖精に」

 むう。

 だとしたら心底迷惑な奴だな。

「とにかく本当にその程度の事だからさ。何の心配もいらないんだぜ?」

「ったく、心配したじゃん。いちいち大げさなの、アンタは!」

「ごめんごめん、今度から気をつけるから」

「じゃあ何ともないみたいだし、私戻るね」

「おう……」

 ふぅ……。

 危うく焼死体になるところだった。

 だがなんとか危機は脱出したぜ。

 と、俺が安堵の息をもらしたとき、俺の後ろからガチャッと扉の開く音がした。

 ……ガチャッ?

 いや、ちょっと待ってくれよ。

 悪い冗談はよし子ちゃんだぜ?

 だって、叶夢はまだ目の前に―――。

「ねえ〜、そろそろ出たいんだけど〜?」

 …………。

 誰か。

 ポジションを変わっていただけないだろうか。

 まだ死にたくない。

「え、え……えぇ、誰!?」

 いきなり風呂場から出てきた全裸の美少女を前に、叶夢が驚愕と困惑の表情を浮かべている。

 全くもって正常な反応だろう。

 修羅場とでもいうのか、この場合。

 何とか回避しなければ。

「うわぁ! うちの風呂場に見たこともない美少女がぁ!? 一体君は誰なんだ!?」

 我ながら見事な演技ッぷりだぜ。

 軽く俳優のレベルなんじゃないか、と俺は半ば事が終わったと思い安心した。

「君、何言ってるの? 私の体におよそ三ページに亘って感想を述べたくせに、まるでたった今初めて私の裸を見たみたいな反応しちゃってさ」

 期待空振り。思考裏切り。

 分かりやすくて分かりやすすぎるほどに、バッドエンド直行だった。

「…………」

 ぴくっ、と先程まで驚いたリアクションを見せていた叶夢が、急におとなしくなった。

 目が逆三角形のジト目になっている。

「……へぇ〜。リク、そんなことしてたんだ〜……」

 そりゃ私に来てほしくないわけだ、と叶夢。

 まずい。

 こいつは勘違いをしている。

「誤解ですって叶夢さん! あ、待って。その右手に持ちだしたバスクリンをどうする気ですか! 世の中には話し合いと言う長平和的問題解決方法があるのをご存じですかですよねですからそれを行使しませんか少なくともそれを投げつけるだなんて暴力的且つ非人道的な方法じゃだれも救われないかと!!」

「ん〜……」

 叶夢が少し悩む素振りを見せた。

 直後。

「お断り☆」

 ニッコリ笑顔でそう言った叶夢がバスクリン片手に振りかぶった姿が、気絶前最後に見たものだった。

 つーか左手には火まで出してるんだが。

 ……まさか、毎章ごとに俺は気絶するのだろうか。



     003



 能力所持者(アビリスト)

 幼少期に政府機関から身体的な実験・開発を受け、特別な能力を宿した人達の総称で、世界中に一億と数千人ほどいると言われている。

 要するに超能力者の事だ。

 能力の種類や強さは人それぞれであり、種類に関しては、例えば火や熱を操れるものは火熱系、電気を自由に扱える者は電気系といった風な全三〇種類の能力系統に区分されている。それに対し能力の強さの分類はかなり大雑把で、自身の能力を自在に制御できない者は下級能力者、思うように自分の能力を操ることができ且つ能力レベルが高い者は上級能力者、そして各系統で最も優れた能力レベルを持つ者はG級能力者、と言った感じのグループ分けがなされている。つまり能力所持者のほとんどが下級能力者か上級能力者のどちらかであり、G級能力者は世界中に三〇人しかいないということだ。噂によるとそれ以外の能力系統や強さがあるらしいのだが、よく知らないのでここでは割愛させてもらう。

 そして現在、俺の右隣に正座している世界馬鹿代表の幼なじみこと如月叶夢は、火熱系のG級能力者、つまり火を操るエキスパートと言うことになるのだ。

 バカのくせに余計な能力を持ったものだ。

 不思議なのは、三〇人しかいないはずのG級能力者のうちの一五人近くが俺の身の回りに存在しているということである。しかも半数以上が俺の友達。更にほとんど女子。

 ToLOVEるかよ。

 地域的に偏りすぎじゃあないだろうか。

 ちなみに俺は能力所持者ではなく、ただの一般人だ。

「ほえ~」

 と、こんな感じの内容のお話を一通り、目の前にいるおっぱい美少女―――星羅(せいら)=スターシア=ギャラシークと自ら名乗った少女に簡単に話しておいた。

 現在の歴史において能力所持者という存在はひどく当たり前なものであり、地球に住んでいる以上能力所持者の存在を知らないというのはまずあり得ないはずだ。それなのに星羅は先程の叶夢の能力を見て『何その魔法? 地球人も魔法が使えたんだね!』とか言い出したのである。

 では何故彼女が能力所持者の存在を知らないで、わざわざ俺が説明しているのか。

 それは、彼女曰く彼女が宇宙人だからだ。

『私? 私は宇宙人だよ! ノット地球人!』

 そんなことを唐突に言われた。

 当然、その言葉を信用するのに結構な時間を要したのは言うまでもない。いきなり人の家にあがりこんで風呂場を無断で使用した挙句、『私は宇宙人だよ』なんて言われたのだ。簡単に鵜呑みにする方がどうかしている。

 しかし、いつまでも疑い続けてはどうにも埒が明かないのも事実なので、俺と叶夢はとりあえず一旦は信じてみることにしたというわけだ。

 つまり、実際のところはまだ半信半疑である。

 なので、彼女の曰くは今でも曰く付きだ。

「ふ〜ん、超能力者かぁ……」

 興味心身に俺の話を聞いていた星羅はここで、

「それって魔法みたいな物かな?」

 と切り返してきた。

「うーん、まあ近い筋はあるって言うか……似たような物か?」

「なら私も超能力者の一人だね!!」

「は?」

「魔法が使える私も、能力所持者みたいなものだね!」

 何言ってるんだこの娘。

 シャワーの浴びすぎで頭のネジ錆びちゃったのか?

「はは、宇宙人宣言の次は魔法使い宣言ですか。いやー凄いなー。次から次へと嘘がぽんぽん出てくるなんて若いですなー。ヒューヒュー」

「嘘だと思うならそれ貸してよ! 見せたげるから!!」

「それって……どれだよ」

「だからぁ、そのステッキ!」

 言って星羅は、俺の右手を指差す。

 釣られて見てみれば、俺の右手には俺が昨日躓いたステッキがしっかりと握られてあった。どうやら俺は、今朝(と言うか昨晩だろうか)からずっと握りしめていたらしい。

 何故ずっと持っていたのだろうか。

 妙なフィット感があるのかもしれない。

 とりあえず、俺はそれを星羅に渡す。

 前に。

「ホントに魔法なんて使えるのか?」

「そう言ってるじゃない」

「じゃあもし出来なかったらおしおきだな。そうだなあ……、そのステッキをマイクだと信じて疑わない哀れな少女を演じてもらって、一人歌手ごっこをしている様をYouTubeに公開する!!」

「結構地味なうえに酷だね、それ」

「罰ゲームだからな」

「じゃあ私が魔法を使えたらリクは死ぬってことで」

「すこぶるハイリスクノーリターン!!」

 俺にとってな。

 まあ出来るわけないだろうし、何でもいいか。

「へ、いいぜそれで。んじゃあはい、さっさとやってみせろよ」

 ここでようやく、俺はステッキを星羅に渡す。

「よーし、そこまで言うなら見せてあげる。見せつけてあげる! 試しに、どんな魔法が見たいか言って見せてよ」

「どんな魔法って言われても……」

 まあ魔法なんてこの世に存在しないし存在したとしてこんなやつに使えるわけはないのだけれど、しかしいざとなるとちょっと見てみたいかもな。

 でもどんなのって言われてもなあ。

「ないの? 見たくないの?」

「いや、あるよ。見たくあるよ。ただいきなり魔法って言われても、いまいちピンとこないんだよな。後お前を魔法使いだと思っていないのもある」

「そうなの?」

「そうなの」

 お前が宇宙人だってことも含めてな、と俺は付け加える。

「ソーナノ?」

「ソーナンス!!」

 変なとこで意気投合してしまった。

「叶夢、お前は見てみたい魔法とかないのか?」

「はいはーい! めっちゃある! てか星羅ちゃん魔法使いなんだね! すごすぎ!!」

 やはり簡単に信じていたか。

 こいつなら『俺実は女なんだ』とか言っても信じそうだな。

 さすがにそれを信じたらこいつは幼なじみでも何でもないが。

「やっぱり魔法と言えば、ローリング先生の書く魔法使いの話が有名だよね!」

「ほうほう」

 まあそうだな。

 俺も全巻読破済みだ。

「それの、アズカバンの困人に出てきた……」

「囚人だ。何に困ってるんだ」

「なんだっけ、あの死神に対して使ってたやつ……あ、思い出した。『テキストドキュメント・バターロール』だ!!」

「原形ぐらい残せよ。読者がマジで悩んだらどうすんだよ」

 なんだよ、バターロール.txtって。

 ちなみに今のは『エクスペクト・パトローナ』だと思う。

「悪い星羅、こいつは無視しちゃっていいから」

「なんで? テキストドキュメント・バターロールでしょ?」

「いやいや、だからそれはスルーして……」

「よーし! はりきっていこー!!」

 むしろ俺がスル―された。

「じゃあいくよ! エクセリア・アルネリウス・プロミネンス・ガレギオン……」

 ステッキを構えた星羅は、恐らく呪文と思われる言葉を発していく。

 ちょっと呪文が格好良くてゾクッときた。

 典型的な厨二病患者である。 

「……テキストドキュメント・バターロール!!」

 次の瞬間、ステッキの先の丸い球から激しく炸裂する目映い光が放たれた。

 部屋中を眩しい閃光が光速で駆け巡る。

「「うわっ!」」

 俺も叶夢も反射的に目を覆い隠した。星羅は平気そうだが、俺達にはあまりに刺激が強すぎるのだ。

 今ならムスカの気持ちがわかる気がする。

 そして一〇秒程たっただろうか。

 果たして俺と叶夢が顔を上げると、さっきまで何もなかった場所にUSBメモリ(容量2GB)が転がっていた。

「はい、完了☆」

 フゥ〜と一仕事終えたみたいに満足げな星羅。

「え、何? 何か起こった?」

 USBメモリの存在にすら気付かない叶夢は、キョロキョロと辺りを見回している。

「…………」

 おいおい。

 まさか。

 俺はそのUSBを拾い上げ二階、即ち自分の部屋へと階段を駆け上がっていき、そしてパソコンを起動する。最近のパソコンは性能が良くて、俺のパソコンも三〇秒程で立ちあがった。

 軌道を確認した俺は、先程のUSBメモリを差し込んで中身を確認する。

 そこにはテキストドキュメントが一枚あった。

「……まさか、な」

 他人には説明しずらい感情が交錯する中、俺は恐る恐るファイルを開く。

 内容はこうだった。

『簡単! おいしい! 本格バターロールの作り方♪』

「……ってこれタイトル以外クックパットのコピベじゃねえか!!」

 突っ込むところを敢えて逸らしたが、そのまさかだった。

 星羅の魔法によってどこからともなく現れたUSBメモリには、バターロールの作り方がまとめられたテキストが入っていたのだ(しかもパクリ)。

 テキストドキュメント・バターロール。

 もう、そのまんまだった。

「……しょぼ」

「しょぼくないもん!!」

 いつの間にか来ていたらしい星羅が、後ろから叫ぶ。

 いや、だから勝手に入るなって。

「だってこれ、魔法っていうか手品じゃないか。インパクトに欠けるしコンセプトもわかんないし……子供騙し?」

「違う、魔法! 今はまだ修行中の身だけど、これからもっとすごい魔法使いになるんだから!!」

「じゃあ今はすごくない魔法使いなんだな?」

「……うん」

 あっさり認めやがった。

「でもとりあえず魔法は使えたんだから、約束通りリクは死んでね」

「そんな押し付けがましい約束をした覚えはない!」

「いやいや、ちゃんとしたよ。ちゃんと交わしたよ」

「書面上でもない約束など守る義理はない!」

「だーめ。ちゃんと死んでもらうからね」

「そこまで殺そうとしないでくれ……」

 やれやれ……。

 しかし、魔法使いか。

 実際に見ても現実離れしているというか、でも実際に見たんだし信じてみるか?

 俺の座右の銘の一つに『目で見たもの以外は信じない』というのがある。つまり、裏を返せば見で見たものは信じるということになるのだ。

 ……信じてみるか。

 こいつは魔法使いだ。

 宇宙人かどうかはともかくとして、多分間違いなく魔法使いではあるのだろう。

 しかし、そんなことよりも俺が知りたいことは山ほどあるのである。

「で、その修業中の魔法使いさんが地球に何の用があるんだよ。ツアーなしの観光か? 無意味な修行か? 無様に迷ったか?」

「ぶっ飛ばしたくなる言い方だね」

 むぅ。

 少し言いすぎたか?

 でもこっちはさっきから自体の大元が分からないで歯痒い状態なんだよ。わかってくれ。

「悪かったよ。でも本当に何の用なんだ?」

「うん、それはね―――」

 と、星羅が答えようとした時。

「たっだいまー!!」

 玄関から若さの塊とも言える元気な挨拶が飛んできた。

「……ゲッ」

 とうとう帰ってきてしまったか。

 登場しなくてよかったのに。

 でも帰ってきたんじゃ仕方ない。

 それでは紹介させてもらおう。

 最高に残念な俺の妹、新垣舞姫(あらがきまき)を。


   004


 物語において初登場キャラクターを紹介する場合、俺は大体アドリブで済ましてしまうのだが、コイツだけは前々から紹介する内容を考えておいた。それは、下手な紹介で誤解が生じることを未然に防ぐためである。

 改めて、俺の妹、新垣舞姫。中学一年生。

 ライトブラウンのロングヘアーにカチューシャを付けていて、胸の大きさは控えめ、代わりにアホ下が一本飛び出ている(もちろん髪の毛からだ)。兄の俺から見ても大変可愛い妹であり、また成績も優秀、掃除洗濯家事炊事もできるという、他の妹持ちの兄に言えば蹴り飛ばされてしまうほどにすごい妹だ。

 実際、妹じゃなければ付き合っていたかもしれない。

 そんな妹はひとりの女としてもよくできた人間で、当然クラスの皆からも人気があり、友達も多数いる。最近の女子はいわゆるグループ分けを好むそうで、うちの妹も五人ほどのグループを構成しているのである。 

 そんなうちの妹にはなんと彼氏がいない。告白してくる人は何人もいるみたいなのだが、全員即行フッているらしい。

 まあ、とにかく可愛い妹なのだ。性格が悪いわけでも可愛さを作っているわけでもなく、純粋に愛らしい。こんな妹を持った俺は、きっと世界一幸せな兄なのだろうと心から思っている。

 ……と、こんな具合に妹の事を褒めちぎったところで、それではいよいよ、うちの妹の欠点を話させてもらおう。

 綺麗な薔薇には棘があり。

 八方美人には無理がある。

 別に妹者のエロゲーが好きなわけでも、空手の道を極めすぎたわけでも、ヒステリックなわけでも、中学一年生とは思えないほど大人びた性格をしているわけでもない。

 うちの妹には独自の性癖がある。

 もはやどうしようもない病と言えよう。

 症例を紹介する。

 先にも言ったと思うが俺は舞姫と現在二人暮らしなので(アイツは同棲などと言っている)、片方が家を開ければ自然ともう片方は一人になる。今は舞姫が一人で残っても友達の家に行ったり友達を呼んだりしているのでだいぶ問題は解消されたが、二年くらい前までは俺がどこへ行くのにも必ず付いてきていた。俺と舞姫は三歳差なので小学校へは三年間、叶夢もまじえて登下校をしていたし、休み時間の度に俺のクラスへと足を運んでいたほど、舞姫は俺に付き従っていたのである。まあ俺自身元々体育館で活発にボール遊びをするような人間ではなかったので、別にそれは全然構わなかった。

 なので、『俺が修学旅行に行っている間は俺には会えない』と言う事実を知った時のアイツの反応は、それはそれはすごいものだった。移り変わるその表情はまるで目の前で妹が地獄に突き落とされていくような光景を見ているようであり、流石に気が引けたというか、申し訳ないと思ったものだ。その状況をどう乗り越えたのかと言えば、まあわかるとは思うのだが、先生に無理行って妹の同行をお願いしたのである。つまりアイツは小学校時に修学旅行に二回行ったことになるわけだ。

 そこまで付きまとわれて鬱陶しくないのかと思われるかもしれない。いや、時折鬱陶しさやその他色々は感じるのだが、如何せん俺は妹を邪険にしないと決めてしまったので、迂闊に冷たくも出来ないのである。

 何故そんなことを決めたのかと言えば、理由は簡単且つ単純であり、その昔俺に『お前なんか死んじゃえ!』といわれて本当に家の二階の窓から飛び降りたのが原因だ。詳しい事はまたの機会に話すとして、当時の俺はまさか自分の妹が兄に死ねと言われて本当に死のうとするなんて思わないわけで、俺はその時にものすごい罪悪感を感じ、以後妹をなるべく邪険にしなくなったというわけなのである。

 ちなみにだが命に別状はなかったらしい。だが両足の骨をばっきりと折りアキレス腱も切ってしまったために、全治二カ月の入院となってしまった。俺はその二ヶ月間、正確には退院までの六五日間、せめてもの罪滅ぼしと言うことで毎日お見舞いに行ったものである。

 閑話休題。

以上の一連の話を一言にまとめると、つまりはこういうことになる。

 俺の妹は―――重度のブラコンなのだ。

 それ以上でもそれ以下でもなく。

 それ以内でもそれ以外でもない。

 ブラザーコンプレックス。

 お兄ちゃんのことが大好きなのである。

 この場合のお兄ちゃんとは、まあ、つまり、俺の事なのだが。

 別に俺は舞姫のブラコンを嫌がったりキモがったりはしていない。むしろ困っているのだ。それはもちろん、あいつの将来である。 

 ちなみに俺はシスコンではない。舞姫はただの可愛い妹であり、そこに恋愛感情だとかは断じてあるはずもない。舞姫について詳しいのはただ一緒にいるからというだけなのだ。

 いわばマキペディアである。

「いや、あんたはシスコンだよ」

「五月蝿いぞ、煩いぞ叶夢」

「なんで二回言ったの」

「失礼なことを言うからだ」

 いや、違う。

 きっと事実を言われたからムッと来たのだろう。何故なら叶夢の言うとおり、確かに俺は少し、ほんの少しだけ、シスコンかもしれないからだ。ただ、それに関しては忸怩たる思いでしか残っていないので(結婚の約束とかね)、できれば認めたくない限りなのである。

「お兄ちゃーん!! たっだいまー!」

 件の妹が部屋に飛び込んできた。

 というか俺に飛びついてきた。

「ハイハイおかえりおかえり」

「火憐ちゃん?」

「それはきたえり」

 声帯の妖精のあだ名である。

 適当に反応し、ポンポンと頭を撫でた。

「あはぁ☆ 幸せ〜……」

「毎日こうしてるじゃねえか」

 活字体だけではこれで中学一年生とは信じていただけないかもしれないが、本当に中学生なのである。きっとアニメ化して学生服をちゃんと着ているところを見てもらえればご理解いただけるのではないだろうか。

「リクって彼女いるの?」

 いきなり星羅に呼び捨てにされた。

 というか振り返ればさっきからされていた。

 その上、普通初対面の男女間ではセクハラと思われてもおかしくないような馴れ馴れしすぎる質問までされた。

 ナメられてるのか?

「いるわけないだろ。俺の座右の銘は『男女交際は誰も幸せにならない』だからな」

「そう……可愛そう」

「何故そこで憐憫な視線を投げかけるんだ! ええいやめろ、できないんじゃなくて作る気がないだけだ! 別に妹を彼女がわりに可愛がっているわけじゃねえ!!」

 ナメられていた。

 完全にナメられていた。

 哀れまれるのがとてつもなく心に刺さる。

 俺は誤魔化すために「ムォッホン!」とオーキド博士みたいな咳払いをして、話題を重要な部分へと切り返した。

「そんなことより、俺はもっと知らなきゃならないことがあるんだが」

「何々? オーキド博士とナナカマド博士の上下関係とか?」

「地の文を読んでんじゃねえ! そしてそんなこと考えたこともねえ!!」

 しかし、言われてみればどちらが偉いのだろう。見た目的にはナナカマド博士の方が明らかに老けているが、やはり未だにアニメで頑張っているオーキド博士の方が存外偉いのかもしれない。

 川柳とか読んでるしな。

 …………。

 いや。

 そんなの今は泣けてくるほどうでもいい。

「俺が知りたいのはそんな一部のマニアが終日考えてるような謎じゃない」

「じゃあなんなの? リクの知りたいこと」

「お前のことだよ」

「…………!」

 いきなり星羅の顔が赤くなった。

 急な発熱だろうか。

 そのまま蒸発してしまえ。

「ち、地球人のプロポーズっていうのはこんなに大胆な物なんだね……!!」

「いやいや、そうじゃねえ! 遠まわしの告白とかじゃなくて、お前が地球に来た理由が知りたいっつってんだよ!! お前が本当に魔法少女で宇宙人なら、何のための地球に来たんだよ?」

「……あー、そういう事。ビックリしたぁ……」

「こっちがだよ」

 とんだ勘違いもいいところである。

 想像力が富んでいるのかもしれない。

「そうだよね。これからお世話になるんだし、それぐらい話すのが礼儀だよね」

「は? お世話?」

 誰にだよ。

 なんのこっちゃ。

「実はね、社会勉強だってお父さんに言われて、地球での一人暮らしを強要されたんだ」

「…………?」

 ん?

 急に話のスケールが大規模になった気がするんだが。

「一人暮らしって……その年でか?」

「うん。半ば無理やり送り出されちゃって。というか閉め出された感じ」

 急に寂しそうな、どこか影のある表情を浮かべる星羅。

 え、ちょっと待って。

 いきなり話の内容が暗くなったというか、重くなった気がするんだけど。 

「…………」

 て言うか、まだこんな幼さの残る見た目中学生ぐらい(あくまで地球人の俺から見て)の女の子に、しかも自分の娘にいきなり一人暮らしを命じるなどというのは、いささか軽率な行為だと思うのだが、どうなのだろう。

 しかも別の星でときたものである。

 確かに可愛い子には旅をさせよとはよく言うが、どうだろう、いくらなんでも長旅すぎじゃあないだろうか。地球において、自分の子を『教育だから』とか言って他の国やまして別の星に旅立たせる親はまずいないはずだ。

 …………。

 でもまあ、言ってしまえばそれは地球でしか通用しない、宇宙から見ればひどく狭い範囲でしか流用されない常識なのだろう。宇宙からしてみれば地球の常識など、我々で言うところの友人同士の口約束とか町内会のルールとかと同じレベルなのかもしれない。だから、俺たちから見れば常軌を逸しているようなことでも、宇宙では当たり前のようなことなのだろう。事実、あれだけ多くの科学者達が『宇宙人など存在するわけがない』とか言っていたにも関わらず、俺の目の前にはその宇宙人がいるではないか。生命の宿る星が地球以外に一体いくつあるのかなんて俺には知る由もないが、おそらく常識なんて不確かなものはその星々によって全く異なるものなんじゃないだろうかと俺は思う。

 地球での非常識は、別の星では常識かも知れないという話だ。

 まあなんにせよ、地球人なんて皆井の中の蛙に過ぎないのである。

 ましてや俺は。

 その井の中さえ、ろくに知り得ないのだから。

 そう考えると、少し同情するな……。

「ま、そういう話で現地の人の情を誘って願わくば居候させてもらおうって魂胆で、本当は単なる自立って言うか一人旅みたいなものなんだけどねー」

「心配しちゃったじゃねえか! 俺の同情を返せ!!」

「はい、どーじょー」

「誰がうまいこと言えっつった! つーか上手くない!!」

 さっきまで一人で黙々とモクモクと繰り広げていた宇宙規模の自論が妙にちっぽけに思えてきた。

 と言うより恥ずかしくなってきた。

「って待てよ? それじゃあさっきの意味深な言葉って……」

 確か『お世話になるんだから』だったか。

 そんなことを星羅は言ったはずだ。

 まさか。

「察してくれた?」

「察しちゃったわ!」

 まさかだった。

 こいつ、新垣家に居候する気でいやがる。

 させてたまるか。

「それじゃ、今日からよろしくお願いします」

「迷惑だ。即帰れ」

 きっぱりと、半ば拒絶するかのごとくカウンター攻撃を放った。

 クリティカルヒットしてくれただろうか。

「まあまあ、私そんなに大食いキャラじゃないよ」

「食費が問題なんじゃねえよ! 居候自体に文句言ってんだ!」

「大食いキャラといえば、アニメ版ToLOVEる一期でルンが意味不明な大食いキャラに様変わりしてたよね」

「何故大食いキャラときて真っ先にルンが出てくるんだよ。もっと有名な白い奴がいるだろうが」

「あぁ、インデックスか」

「オバQだよ!!」

 なんでそんなに深夜枠に偏ってんだよ。

 というかさっきから普通に話しているが、よくよく考えたら地球のアニメの話が他の星の奴に伝わるって、実は超すごいことなんじゃね?

 地球のというより日本のだが。

 日本のサブカルチャーの影響力というのは思っていたより大きいのかもしれない。

 それこそ宇宙規模である。

「とにかく居候なんてさせません。おうちに帰りなさい」

「じゃあじゃあ、私をこれからしばらく居候させるのと、今から言う私のお願いを聞くのと、どっちがいい?」

「……は?」

 何言ってんのこの人。

 何でさらっと条件出してんの。

 出せる立場かよ。

「どっちどっち? どっちか決めないと地球が滅ぶよ!」

「脅すならもっとマシな方法取れよ」

 決めないと地球が滅ぶらしい。

 二者択一状態である。

 ……決めなきゃあかんのか。

「どちらかといえば、そりゃ後者だろ。すぐ終わりそうだし」

「すぐ……うん、頑張ればすぐ終わるかな」

「頑張んなきゃいけないのかよ」

 ぶっちゃけだるい。

 いや、居候されるよりははるかに楽だとは思うのだが、しかし如何せん、先程からこいつには驚かされてばかりでちょっと頭がついていけないのである。現に馬鹿な叶夢は既に飽きているようで、人の部屋の漫画を勝手に読んでいる始末だ。

 もうちょい説明パートに付き合えよ。

 お前昔からゲームのプロローグ飛ばして後から人に『なんでこいつこんな冒険してんの?』とか聞いてきてたもんな。

 高校生にもなって全く成長しない。

 馬鹿には学習能力が備わっていない証拠である。

「なんだよ、その頑張んなきゃならないお願いって」

「私の代わりに会って欲しい人がいるの」

「ほうほう」

 お前が行けばいいだろ、とは俺は言わない。そもそもそれでいいなら、わざわざこんな回りくどいお願いなど初めからしないだろう。

「ただ、その人がちょっと凶暴っていうか、狂犬病にずっと罹ってるみたいな感じの人で、私、怖くて行けないんだよね。だから私の代わりにその人の所に行って、私の代わりにその人からあるものを受け取ってきてほしいの!」

「そいつも宇宙人か?」

「そうそう、私と同じギャラシーク星の人、ていうか私の友達」

「なるほどなるほど」

 狂犬病とはよく犬がバイオハザードよろしくなゾンビ犬の如く凶暴になる病気だというイメージがあるが、人間からしてみれば狂犬病はただのウイルス性の人獣共通感染症なので、そいつ、どうやら年中無休で風に似た症状の他、不安感、恐水症状、恐風症、興奮性、麻痺、精神錯乱、腱反射・瞳孔反射の亢進に悩まされ、常に昏睡期に至り呼吸障害によって死亡するリスクと隣り合わせで生きている奴らしい。

 可哀想に。

 というか、そんな凶暴なやつに俺を会わせるのか。

 死ねってか。

「子供なのか、そいつ?」

「うん、私ぐらいの女の子」

「っしゃあ!」

 ロリ魂が騒ぎ始めた。

 しょうがない。

 もう面倒くさくて面倒くさくて、さっさとこいつを家から追い出してのんびりと残りの夏休みを過ごしたいんだけど、幼女に会えると言うのなら仕方ない。

「そのお願いとやら、聞いてやろうじゃねえか!」

「急に乗り気だねえ」

「よし、どこに行けば会えるんだ?」

「あ、うん。それはね」

「ちょっと待ってお兄ちゃん」

 いきなり舞姫が大事な話を遮ってきた。

 邪魔なんだけど。

 幼女が俺を待っているんだぞ!

「ちゃんとこっち向いてお兄ちゃん、ノーなんて言わせないわ」

「歌うな」

「さっきから気になってたんだけど」

 まっすぐ俺の目を見つめる舞姫が、言う。

 今更過ぎることを、今更のように問う。

「この人誰?」



     005



 その日の夜、午後一〇時過ぎ。

 俺は星羅と二人で、自宅近くにある公園へと足を運んでいた。子供の頃よく遊んだ公園であり、今でも気分転換やノスタルジックな気分に浸りたい時によく訪れたりする。

「地球から見る月は絶品だねー。ギャラシーク星からなんて望遠鏡使わなきゃ見えないのに」

 横では星羅がそんな呑気なことを言いながら俺に付いて歩いている。

 もちろん、こんな時間にわざわざこいつと二人きりでそんな思いでの公園に行くのには訳があった。 

 今晩のことである。

 夕飯を食べ終えた時の話だ。

「で、話戻るけどよ。その幼女とはいつ合えばいいんだ?」

「別に幼女じゃないんだけど……。えっと、一応明日の早朝がいいかな」

「早朝じゃなきゃダメなのか」

「人目を憚りたいんだよね。できれば人目につかない時間の方がいいかな」

「ふーん」

 人に物を頼むのに注文が多いな。

 注文の多い料理店かよ。

「後、本当に凶暴だからリクにはパワーアップしてもらいたいんだけどいいかな?」

「パワーアップ?」

「多分、絶対バトル展開になると思うんだよね。だから私がリクに肉体強化の魔法をかけさせてもらうねってこと!」

「そんなに凶暴なのかよ……」

「大丈夫♪ 超電磁砲(レールガン)でズバッと……」

「各方面に喧嘩売ってんだなそうなんだろ!?」

「じゃあチャーグル・イミスドンとか」

「どうしてガッシュとかウマゴンとかの主要キャラじゃなくて、わざわざ脇役であるところのビクトリームの技を引き合いに出してくるんだよ!? 現代っ子がガッシュを全巻読破しているとは思えないぞ!!」

 俺はしてるけど。

 美味しんぼもあられちゃんも。

「ガッシュと言えばカードゲームが連想されるけど、カードゲームで一世を風靡したといえばやっぱりムシキングだよね。私も全盛期は四万ぐらい使ったもんだよ。パラワンオオヒラタクワガタが中々出なくてさー。で、やっと金銀全部コンプリートしたと思ったら、廃れた頃にマルスゾウカブトとかって七枚目の銀が出ちゃって。流石にやる気失せたよねー。五千円ぐらい費やしたけど」

「最低の幼少時代を過ごしてようだな! 後運悪すぎだろ! パラワン欲しさに四万も使ってんじゃねえ!!」

 根本的にどうでもいい。

「でもそのあとに出た……恐竜キングだっけ? あれは換骨奪胎が上手く出来てなかったよねー。二番煎じっていうかさー。一万ちょいぐらいしか使ってないなー」

「だからどうして男の子向けの筺体でばかり遊ぶんだ!? ムシキングがあるなら大体横にラブ&ベリーがあるはずだぞ!」

「アイカツなら快活にやってるよ」

「誰が上手いことを言えと!?」

 絶対的にどうでもいい。

 ……いや、流石にお前がゲームコーナーで快活にアイカツやってたらやばいけど。

「枝葉末節な話はやめようぜ。バトルっていうならここに適任者がいるぞ」

 言って俺は叶夢を親指でくいくいとやる。

「へ、私?」

「お前なら大体の相手、燃やして終了だろ」

「まあそうなんだけどね」

「いや、リクじゃないとダメなの」

「はぁ?」

 なんだそりゃ。

 なんでわざわざ俺なんだよ。

「男じゃなきゃだダメってことか?」

「えっと……そういうことにしておいて」

「しておいてって……」

 曖昧だな。

 なんかさっきから含みというか裏がある言い方ばかりしやがってるな。

 おっぱい揉むぞ。

「そ、それより! 魔法をかけるにあたって、どこか人目につかない場所で魔法を実行したいんだけどいいかな?」

「……別にいいけど」

 怪しいなあ。

 もしかして俺、殺されちゃったりする?

 第一話で?

 約束通り?

 次回から誰が主人公だよ。

 次回がある保証はないけど。

「じゃあ今から連れてってくれない?」

「今からか? 急な話だな」

「早いほうがいいの! 早く早く!」

「…………」

 まあ、そんなわけで現在に至る俺達である。

 ちなみに舞姫と叶夢はいない。星羅がどうしても『二人きりじゃないと上手く魔法ができない』とか言うので、舞姫には『帰ってきたら一緒に風呂に入ってやる』という条件付きで待っていてもらった次第である。叶夢は適当に撒いた。

「それで、その魔法とやらを俺にかけると、俺は一体どのくらい強くなれるんだ?」

「かなり便利な力が手に入るよ!」

「力って……どんな力だ? それこそ超能力とかか?」

「えっと確か―――攻撃力上昇、機動力上昇、肉体再生力上昇、痛覚鈍感化、視力上昇、聴力上昇、嗅覚上昇、疲労回復、下熱効果、咳止め、腹痛沈和、肩こりの解消……あ、感覚神経の敏感化もあったかな」

「力っていうか危ない薬だな……」

 後半はお年寄りとかサラリーマンとかに重宝しそうだけれど。

「後、媚薬効果、幻覚症状、幻聴症状、イライラ・ストレスの蓄積、生活の歪み、家庭内暴力、使用量増加……」

「危険すぎるわ! そんな魔法かけられてみろ、それこそ俺の人生おしまいだよ!!」

「冗談だよ☆」

「…………」

 考えてみればさっきからこいつ、冗談じみた言動ばかり吐いている気がする。

 一酸化炭素吐かれた方がまだマシなんだけど。

 俺死ぬけど。

「ねーねー、そんなことよりまだ着かないの?」

「もうすぐそこだよ。ほら、そこが入口」

 言って俺は、その思い出深い公園の入口を指さした。

「ここ、なんて名前の公園なの?」

「え……そこに書いてあるだろ」

「それが読めないから聞いてるの」

「むぅ……」

 なぜ素直に教えてあげないのかといえば、そんなのは至極簡単な話で、単に俺がその公園の名前を知らないからである。

 ふざけるな、何が思い出の公園だ、と思う人が多数いるかもしれない。

 しかし、分からないものは分からないのである。分からないというか、辛うじてその公園の入口には看板があり、その看板には『月宮公園』と書かれているのだが、果たしてそれが『げっきゅうこうえん』と読むのか『つきみやこうえん』と読むのかがわからないのだ。

 もちろん、そんなことはその公園の所有者に聞けば一発でわかるのだろうけれど、別にそこまでして知りたい謎でもないので、俺や叶夢達はその読み方を一生の謎ということにしたのである。

「スマン、俺も分かんないや」

 そう謝罪することにして星羅の方を向いた俺だったが、なんと驚き、そこに星羅の姿はなかった。 

「…………?」

 はて。

 誘拐されたか?

 そんなことを考えながら若干動揺していると、公園の中から星羅の声、否、絶叫にも似た声が聞こえてきた。

「なにこれ!! ちょー楽しーーーーーーーー!!!!」

 声の先に映る光景はすごいことになっていた。

 そこにあったのは、右側の椅子がグルグルと大車輪のごとく一周二周三周と回転しているブランコだったのだ。

「すごいね!! 地球にも富士急ハイランドみたいなとこがあるんだねきゃほーー!」

「富士急ハイランドは地球生まれの純国産だよ!」

 いや。

 今はどうでもいいか。

「それ遊び方違うし!!」

「たーーのーーしーーいーー!!!」

 そんなことはおかまいなしに新たな遊び方でブランコを乗り回す(文字通り乗り回している)星羅。よほどのスピードなのか、それとも宇宙人の秘めたるエネルギーの影響なのかは知らないが、周囲の空気がピリピリと音を立てていた。

 というか時空が歪んでいた。

「止まれ星羅! それ以上やると壊れてしまう! そうするとここを縄張りとする近隣の子供達が悲しんでしまう!!」

 ただでさえ周囲の公園は大人の勝手な都合で遊具が撤去されているというのに、この公園からさえも遊具を奪ってしまっては子供達は何で遊べばいいというのだ。

「えぇー、もう降りるのーー?」

 渋々といった感じでそう言った星羅は、ブランコからパッと手を離して空中で大回転し、ズザアァァと土煙を立てながら砂場に着地した。

 十点十点十点十点十点。

 フォームが美しすぎる。

「あー楽しかった☆」

「…………」

 勢いの消えないブランコが一人でにガコンガコンッ! と揺れていた。

 ……てかそもそも、そもそもブランコって回転できる構造だったっけか?

「よし! なんか気分もすっきりしたし、パパっとやっちゃおっか!」

「……おう」

 自由奔放。 

 天真爛漫。

 星羅からはそんなイメージばかりを感じた。

 それは悪く言えばマイペースと言うことになるかも知れない。

 流石に剽軽とまではいかないと思うけど。

「ここに立って」

「立つだけでいいのか?」

「うん、特に何もしなくていいよ」

 言われるがままに、俺はその公園の中央辺りに立たされた。

「えーっと、確かこうやって……」

 星羅は魔法のステッキの先を俺へと向けた。

 大方、キラキラしたオーラみたいなのが俺を取り囲んでパワーアップするのだろう―――と、その時の俺はそう思っていた。

 確実に油断していたのだ。

 その油断がこの後、文字通り命取りになるなんて、自分で言った通り殺されちゃうなんてもちろん思ってもいないし、思うはずもなかった。

 しかし、冷静に考えれば分かったはずだ。そうでなくとも予想ぐらい出来たはずだ。

 例え見た目が地球人みたいでも。

 たとえ地球の言葉が通用したとしても。

 たとえ知識が地球人と共通だったとしても。

 コイツは宇宙人だ。

 地球人とは―――常識が違う。

「ギャラシーク・ガレギオン・デストロイ!!」

 星羅がそう叫んだ瞬間、光化学粒子法というかレーザービームのようなものが、星羅の握っていたステッキの先から放出された。

 ゲームとかであるレーザー砲である。

 実際ああいうのは相当な威力があるらしい。

 俺はそれをよけられなかった。

 何しろ、直径が五メートルは超えているであろう巨大な極太レーザーだったから。

「―――っ!!」

 傍目から見れば、まるでそのレーザーを俺が快く受け入れているようにも見えたかもしれない。しかし実際は、ただ咄嗟の反応ができなかっただけであり、ただの間抜けに過ぎなかった。

 馬鹿だ。

 滑稽だ。

 全くもって虚仮だ。

 箍が緩み過ぎていると言ってもいい。

 そのレーザー砲は迷うことなく俺を飲み込み、まず俺の外皮を焦がし、続いて肉を、骨を、溶かしていった。

 そしてその後も。

 俺の心臓が、俺の肺が、俺の腎臓が、俺の膵臓が、俺の胃が、俺の小腸が、俺の大腸が、俺の肝臓が、俺の直腸が、俺の膀胱が、俺の脾臓が、俺の十二指腸が、俺の胆嚢が、俺の横隔膜が、俺の気管支が、俺の尿管が、俺の顔面が、俺の目が、俺の耳が、俺の口が、俺の脳が―――ぶち抜かれていく。

 味わったことのない、気持ちの悪い感覚。

 一瞬にして浄化された。

 血肉が塵となり、骨が灰となり、存在がかき消されていく。

 最早痛みもない。

 と言うか何もない。

 何も分からない。

 ただ一つだけ。

 俺は―――死んだらしい。

 七月三〇日、いや、多分もう零時を回っているだろうから、ひょっとすると三一日かもしれないが、とにかく七月も終わりかける頃。

 俺は、死んだ。

 走馬灯が駆け巡る暇さえなかった。

 星羅との約束通り―――死んだのである。

 砂嵐舞う公園で。

 新垣リクも、砂塵となり、舞い散った。


 


どうもみなさん、初めましての方しかいないので初めまして。作者のゆきみかんです。この度は『魔法少女と能力世界 第初話 マジカルせいら』を読んでいただき、誠にありがとうございます。読んでいない方でもありがとうございます。コレから読んでくださるんですよね……?


幼い頃からアニメが好きな私は、いつしか自分のキャラクタ-を作っていました。

『この娘たちを動かしたい……しかし漫画がかけるほどの画力がない……!』→『じゃあ文字で動かそう』

そんな魂胆で小説を書き始めました。

実は結構長いストーリーで考えています。なのでこれからも少しずつアップいたしますので、どうか気長にお待ち頂き、今なら時間を無駄にしてもいいなと思った時に読んで下されば幸いです。そしてまたいつもの現実に戻ってください。

それでは、またいずれお会いしましょう。

ありがとうございました。


というか続きを書かなかったら、リクが死んだまんまなんですけど。

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