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7.王子達のランカ山賊団体験 その2

 朝食を取り終えた後、アジトの雰囲気が落ち着いて来ると、ランカの部屋で寛いでいた二人の王子達の許にランカがやって来た。その時、ナセはぬいぐるみで遊んでいて、フレイは本を読んでいたのだが、彼女はそんな二人に「少し遊びに行くかい」とそう誘った。

 「ピクニック…… みたいなもんだよ」

 と続ける。

 なんだろう?と二人は思った。

 それから彼らは山道を登った。ランカに連れられて進むその道は、子供にとっては険しかったが、ランカが助けてくれたので大きな問題はなかった。むしろ大自然の山登りなど体験した事のない二人にとって、その未知の冒険は楽しかった。そして、やがて綺麗な泉の湧く場所に出る。ただ、泉といっても、一見は池のように思える。大きくて、しかも湧き出す水の量が少量だったからだ。そして、そのこんこんと湧き出るわずかな水の圧力に押され、漏れ出た水により小さな滝ができ、切り立った崖に白く美しい筋を作っていた。

 「凄い! 綺麗!」

 ナセはそこに着くなり、そう言って大はしゃぎした。泉に向かって駆けて行く。

 「良いだろう? とっておきの場所なんだよ」

 と、ランカは言う。彼女は予想通りのナセの反応に満足しているようだった。フレイも大はしゃぎこそしてはいないが、その美しい光景に魅せられているようだ。目を大きく開いて、泉に近付くていく。

 ナセは泉に着くなり、中を覗き込み、魚がいないかと探す。澄んだ水の底の方に、何匹か泳いでいるのを見つけて目を輝かせた。

 「魚がいる! 魚がいるよ! フレイ!」

 そう言う。するとフレイもそこに駆け寄って、泉の中を覗き込んだ。魚がいる事に少し彼は驚いているようだった。

 「水が冷たいからね、落ちないように気を付けるんだよ」

 ランカがその二人の様子を見てそう言った。フレイは泉をじっくりと観察すると、ランカにこう問いかける。

 「どうして、こんな山の上の泉の中に魚がいるのでしょう?」

 「さぁ? わたし達がここに来た時には、既に泳いでいたね。もしかしたら、ずっと昔に誰かが放したのかもしれない」

 その後でナセが大声を上げた。

 「お母さん! ここの水、飲めるかな?」

 「ああ、飲めるよ。飲んでごらん、美味しいから」

 そう言われてナセは水を手で掬って飲んでみた。「美味しい」とそう言う。フレイもそれを見て同じ様に水を飲む。そして「本当だ。美味しい」と呟く。それにランカは、嬉しそうに微笑みを浮かべた。自分も水を飲む。子供が喜ぶ姿は、彼女の生きるよすがなのだ。

 「あっと、もう来てるや」

 そこでそんな声が上がった。三人が顔を向けると、そこには石投げが得意のヌーカと弓使いのハットの姿があった。ナセとフレイは少しだけその二人を不思議に思ったが、二人がやって来るのは予定通りだったらしく、ランカはヌーカ達に向けてこう言った。

 「おや? ライドはどうしたんだい? あの子も来るかと思ってたんだけどね」

 それにハットがこう答える。

 「あいつは、グライダーに乗っているよ、母さん。見張りだってっさ」

 ランカはそれを聞くと、頭を抱えた。

 「あの子は、またあんな危ない乗り物に乗っているのかい? いくら言っても、止めやしないんだから」

 ため息まじりにそう言う。それを聞くと、ヌーカは、「まぁ、ライドくらいグライダーに上手く乗れたら、気持ち良いってのは分からないでもないけどね」と、そう庇っているのかどうなのかよく分からない事を言った。そこでランカは、少しだけ不安そうにそのやり取りを見つめるナセとフレイに気が付いた。

 「おっと、話していなかったね。この二人は、今日のお前達の遊び相手だよ。自由に遊ばせてやりたいが、ここらは少し危険な場所もあるから、お前達だけじゃちょっと不安だ」

 そうランカは言ったが、理由はそれだけではなかった。彼女は二人に色々な経験をさせてやりたいと思っているのだ。子供同士の遊びもその一つ。ヌーカとハットは、二人の兄代わりになるだろう。

 「皆が仕事をやっている最中に、遊ばせてもらって悪い気もするけどね」

 と、そうヌーカが言う。それを受けてハットは「ま、今回はお金が貰えるから、これも仕事の範疇でしょ」などと言った。

 「ハット、そういう事は言うもんじゃないよ」

 と、それを聞いてランカが叱る。

 その説明を聞き終えると、背筋を伸ばしてからフレイは「よろしくお願いします!」と、そう言って頭を下げた。彼は、組織とはそういうものだと思っているのだ。それは山賊団でも変わらないだろうと。それからボーっと立っているナセに気が付くと、彼はその頭を無理矢理に下げさせる。

 それを見ると、ヌーカとハットは顔を見合わせてから「ハッハッハ」と笑った。

 「いやいや、王子だっていうから、どんな生意気なガキかと思っていたら、随分としおらしいじゃんか!」

 とヌーカが言うと、ハットがこう応える。

 「だな! これなら、よっぽどヌーカの方が生意気なガキだよ」

 「なんだと?」と、それにヌーカ。「ほら、それ、そういう態度が、本当に生意気なんだよ」とハット。

 ランカが言った。

 「お前達、ケンカするんじゃない。二人が戸惑っているじゃないか」

 それにハットは直ぐに反応する。ナセとフレイを見ると、「怖がらせちゃったかな? 大丈夫だよ、単なる遊びだから」とそう言う。しかしヌーカは納得しない。

 「遊びだとぅ?」

 と、まだケンカをし続けようとする。それを見てランカは彼にアイアンクローをきめた。

 「ヌーカ! いい加減にしな!」

 ヌーカはそれに「痛痛痛……」と、身体をバタバタとさせた。

 「分かった。分かったから、母さん。止めて、止めて」

 ハットはそれを見て軽くため息を漏らした。ヌーカに対して「バーカ」とでも言おうかと思ったが、またややこしくなりそうだったので止めておいた。

 アイアンクローを解くと、ランカは「お前の方が年上なんだから、二人に確りとしたところを見せてあげないで、どうするんだい?」と、そうヌーカに説教をする。「はぁい。母さん」と返すヌーカ。

 それを見て、思わずナセは笑ってしまった。続けてハットも笑う。ランカも。そして遂にはフレイまでも。

 その光景を受けて、「なんで、皆、笑っているんだよ!」と、ヌーカは叫んだ。が、それで更に皆は笑うのだった。そして結局は、どうしてなのかヌーカも笑った。

 

 木陰にある岩。そこに腰かけて、ランカは彼女の愛しい子供達が、泉の周りで遊ぶ光景を眺めていた。ナセは少し臆病なところがあるが、もう随分と慣れて来ているらしく無邪気に笑っているし、王子らしく確りしようと気張り過ぎ気味のフレイは、今はそれも忘れて楽しんでいるようだった。遊び相手として呼んだヌーカとハットとも彼らは上手くやっていた。彼女はあの二人なら、相性が良いだろうと思っていたのだが、どうやらその通りだったようだ。

 そこに大きな身体のダノがやって来た。大きめのバスケットを抱えている。それを見るとランカが言った。

 「おっと、もう昼時かい。ご苦労だね、ダノ。昼飯を届けてくれて、ありがとう。お前も昼飯を食べて行くんだろう?」

 それを聞くと軽く頷いてから、彼はしゃがみ込んだ。ランカと同じ様に子供達を眺めている。

 「意外だね、母さん。俺は、ずっと母さんがあの子達の相手をするつもりなのかと思っていたよ。あの二人に任せるなんて」

 そう言った後で、“今回は、特に母さん好みの子供達みたいだし”、とそうダノは心の中で呟く。

 「ずっと親がベッタリって言うのも考えものだろう? それに、あの子達は、同じ年頃の子供達と遊んだ事がなさそうだからね。経験させてやりたかったんだ」

 そう言いながら、ランカはフレイがすっかり子供らしくなって楽しそうに遊んでいるのを見て、「本当に、可愛いねぇ」と仕合せそうに呟いた。

 「ふーん。母さんらしいね」

 それを聞いてダノはそう言うと、ござを広げてから大声で「おおーい、飯だぞぉ!」とそう彼らを呼んだ。大きなバスケットをござの中央に置くと、それを開ける。

 この地方の習慣は、昼にたくさん食べて夜はそれほど食べないのが一般的なのだが、このランカ山賊団では、それが逆転している。昼に山を行き来する旅人は多いが、夜に山を歩く者は滅多にいない。だから、比較的落ち着ける時間の夕食を多めにして、忙しい日中は少なめに食事を取っているのだ。だから彼らは、ここで軽く昼食を済ませる気でいたのである。

 食事はサンドイッチで、基本はチキンや野菜だったが、ナセとフレイ用にフルーツサンドも混ざっている。それを見て、ヌーカは内心でとても喜んでいた。こいつらのお蔭で、また甘い物が食べられる、と。

 やがて皆は食事を平らげる。それから少し横になって休むと、再びナセとフレイは泉で遊び始めた。ダノは仕事があるので帰って行ったが、ヌーカとハットはまだ二人の遊びに付き合っている。

 その内に、ヌーカとハットがまた張り合い始めた。ただし、今度はケンカにまではなっていない。お互いの特技を二人に披露し、それで決着を付けようとしているようだ。ヌーカは石投げが得意で、ハットは弓を使う。手頃な木に印を付けると、それを的に彼らは勝負をし始めた。ところが、二人とも腕は確かで、なかなか決着が付かない。フレイは二人の腕に感心していたが、しばらくすると幼いナセはそれに飽きてきてしまった。それで少し辺りを散歩しようとその場を離れる。そうだ、泉の反対側に行ってみよう。

 ちょっとくらいなら大丈夫だろうと、彼は歩いて行く。見守っていたランカはもちろんそれに気が付く。注意しようかとも思ったが、良い経験になるかもしれないと思って少し様子を見ることにした。やがてフレイがナセがいない事に気が付いた。そして、フレイはナセがいないのは、兄である自分の管理不足で自分の責任だとそう考えてしまったのだった。それでヌーカとハットには相談せず、一人でナセを探しに行ってしまった。

 少し探すと、フレイはナセが泉の反対側にいるのを見つけた。それに彼は安心する。ナセを呼びに行こうと歩き始める。少し叱ってやらないといけないと思いながら。

 

 泉の反対側。

 ナセは濃い植物群に魅せられていた。自分達が登って来た道よりも、更にそこは草木が繁茂していたのだ。恐らくは、わざとランカは楽な方から登って来たのだろうと、ナセはそう考える。

 心なしか、木々の幹の黒も強いような気がする。ツタ植物が、生命力の強さを誇示するように、大きな木の表面を埋め尽くさんばかりに茂っていた。ツタ植物をどけると、その下には苔や地衣類などが生えている。アリや、カタツムリ、クモなどの小さな生き物を見つける。それら全ての小さな生き物を受け止めて、平気で大きな枝を張って伸びている大木は、何かとてつもなく偉大な存在であるような気がナセにはした。

 ランカお母さんに少し似ているかもしれない、とそう思う。

 そのうちにナセはネズミかリスがいないかと辺りの石を転がしたり、木の上を眺めたりし始めた。しかし、見つからない。ただ珍しい鳥は何羽か見つけた。イモリや小さなカエル、木の洞にある大きな水たまりの中には、頬の辺りにエラを生やしたサラマンダーの幼生も。

 ネズミやリスの事は忘れ、すっかり彼はその小さな地面の水の中の小宇宙に夢中になった。よく見ると、今まで見た事もなかった小さな虫がいる。珍しい植物も。透明な色をした小さなイモムシが、水たまりの傍らで忙しなく草を食べている。

 冷たい石でできた堅牢な城では、絶対に味わう事のできない世界。ナセは城の中が嫌で嫌で仕方なかった。ただ、それが当時の彼の世界の全てで、だから他の場所に逃げ出そうなどと思った事もなかった。でも、まさか、こんな素晴らしい場所が、この世の中にあるだなんて!

 更に、更に彼は自然の様子を観察する。水たまりの中の世界。綺麗だ。とても綺麗だ。ワクワクする。

 しかし、ナセは自然の素晴らしさにばかり目を奪われ、自然の残酷さはまだ見つけられていなかった。イモリやカエル、サラマンダーは自分達より小さな生き物を食べて生きているし、その彼らも鳥やイタチなどに食べられてしまう。水たまりの傍らでさっきまで草を食べていたイモムシは、肉食性の昆虫にいつの間にか食べられていた。それに。今日も昨日も今までずっと、自分が食べて来た食べ物は、全て何か他の生き物だ。生き物は、何か別の生き物を犠牲にして生きている。それを、ナセはよく分かっていなかった。

 やがて、水たまりに夢中になっているナセの背後の方に黒い何かが現れた。それは獣のように思える。とても大きい。その獣はナセの存在に気が付いたようだった。獲物だ。とても食べ易そうな物がそこにいる。獣はそう思う。ノッシノッシと重量感のある歩き方で、ナセに近づいて行った。

 気付かれないように。気付かれないように。

 気が付かれたら厄介だ。

 ナセはまだその獣の存在に気が付かない。

 

 ナセを追うフレイ。彼も自然の森の光景に魅せられていた。ただ、ナセを捕まえて戻らなくてはならないという意識があるから、それほど心を奪われていない。

 泉の反対側にいたナセは、森の中に入ってしまい、それでフレイは再びナセの姿を見失ってしまったのだ。

 やがて、木の根元にいるナセの姿を彼は見つける。ナセはうずくまって、何かを見るのに夢中になっている。

 “何をやっているんだか”

 そう思うと、安心したフレイは歩を緩めてナセに向かって歩き始めた。ところが、その途中でフレイは異変に気が付いた。黒い大きな獣がこちらに向かって来ていたのだ。

 “クマだ”

 フレイはそう思う。

 どうしよう?

 その時、恐怖に震えたフレイからは、正常な判断力が失われていた。本来はランカ達に助けを求めるべきなのだろうが、ランカ達に迷惑はかけらないとそれを否定、それで全速で駆けてナセの所まで行って、それから一緒に逃げればいい、などという無謀な計画を思い付いてしまった。しかもそれを直ぐに実行に移してしまう。

 しかし、そうして走り始めたフレイを直ぐにクマは見つけてしまう。まだこちらに気付かず、うずくまっているナセよりも、クマはフレイを先に襲うべきだと判断したらしく、進行方向をフレイに向けた。走って来る。しかも、その速度はフレイが考えていたよりも、ずっと速かった。

 フレイの目の前にクマが迫って来る。大きな黒い影が眼前に迫る。恐怖でパニックに陥りかけた彼は、そこに至って初めてランカに助けを求めた。

 「助けてぇぇぇ、お母さん!!!」

 そう叫ぶ。ただ、叫んでも無駄だとは思っていた。ランカはずっと遠くの木陰で寛いでいるはずだったからだ。

 ところが。

 「うちの子供にぃ」

 次の瞬間、ランカのそんな声が直ぐ近くで聞こえたのだった。しかも、高速でこちらに駆けて来る。

 「なにを、するんだぁい!」

 その叫び声と共に、高速で突っ込んで来たランカは金棒でクマを吹き飛ばした。ただ、クマは吹き飛ばされはしたが、ゆっくりと起き上がる。まだ充分に動けるようだ。ランカが叫ぶ。

 「フレイ! 言いたい事はたんとあるが、それは後だ! 今はあのクマを何とかするよ。ナセを助けなくちゃ」

 そう言われてフレイはナセを見る。ナセはようやくクマに気付いたらしく、腰を抜かしてこちらを見ていた。動けないようだ。

 クマはランカの相手をするよりも、ナセをさらって逃げた方が良いとどうやら判断したらしい。ランカを警戒しながら、ナセを気にしている。ただし、直ぐには動かない。その隙にランカはフレイに説明する。

 「あのクマはね、旅人を襲う事に味をしめちまった化けグマだよ。普通のクマは、本当はパニックになっているだけで滅多に人を襲う事はないが、あいつは別だ。

 ただ、抜け目ない奴で、わたしらが狩ろうとしても、警戒して近付いて来やしない。今はナセに油断したんだろうね」

 クマはジリジリとナセに迫っていた。フレイは“どうして、お母さんはナセを助けに行かないのだろう?”と疑問に思ってから気が付く。

 “あっ そうか。ぼくを守っているんだ”

 そう。ナセを助けに行けば、今度はフレイがクマに狙われる。それでランカは動けないのだ。

 “ぼくの所為で……”

 そう思ってフレイはショックを受ける。自分が負担になっている。迷惑をかけてしまっている。ところが、そう彼が悲しく思っていると、クマを睨みつけていてこちらは見えていないはずなのに、ランカは彼にこんな事を言うのだった。

 「そんな顔をするんじゃないよ、フレイ。子供が大人に迷惑をかけるのなんざ、当たり前の話なんだから。それで文句を言うようなら、それは文句を言った大人が悪いんだよ!」

 やがてクマはナセに向かって走った。さらうつもりだ。

 “どうするの、お母さん?”

 そうフレイは思う。すると、ランカはそのタイミングでこう叫ぶ。

 「今だよ! ヌーカ! ハット!」

 その途端、たくさんの石つぶてと弓がクマに向かって飛んで行った。どうやら隠れていただけで、ヌーカとハットも近くまで来ていたようだ。彼らの放った石と弓矢は、ほぼ全てがクマに命中した。ところが、それでもタフなクマは致命的なダメージを受けるまでには至らなかった。足止めにはなったが、まだ元気に動けるようだ。しかも苦し紛れにか、ナセを襲おうとすらしている。

 「ヒッ!」

 迫って来ているクマに、ナセは固まったままそう小さく悲鳴を上げた。そこにランカが突っ込んで行く。再び金棒を振り上げ、

 「うちの子供にぃ、何するんだい!!」

 と、そう叫びながら、クマの頭をそれで思いっ切りぶっ叩いた。クマは弾け飛ぶ。気を失ったのか、それとも絶命したのか、クマはそのまま動かなくなった。

 

 ナセが泣いていた。ランカに抱きついて、抱きかかえられて。甘えている。ただ、その甘えは同時に謝罪でもあった。

 ランカはナセの背中を軽く叩きながら、「怖かったかい? もう、大丈夫だよ」とそう言っていた。

 そこにフレイも近付いて行く。彼も涙ぐんでいた。ランカの足に抱きつくように触れる。その彼の頭をランカは優しく撫でた。

 「大丈夫だよ。お前もたくさん甘えな」

 そう彼女は言う。するとフレイは本格的に泣き始め、そんな彼をランカは抱きしめた。それで彼女は、両手でナセとフレイを抱きしめることになった。だが、それを少しも苦にしない。子供達に甘えられて、彼女はとても仕合せそうだった。

 ナセが森に入ってしまいフレイがそれを追いかけているの見たランカは、そこでまだ勝負に夢中になっているヌーカとハットを呼んで、フレイ達を追いかけたらしい。二人が視界の外に出てしまうのは不安だったから。だから、助けを求めるフレイの叫び声を聞いた時は、彼女は既に直ぐ近くにまで来ていたのだ。

 何とか無事に済んだが、一歩間違えれば危なかったかもしれない。ランカは反省した。

 

 やがてしばらくが過ぎると、ランカ山賊団のメンバーがそこに集まって来た。大きなクマを運ぶのは難しいので、クマを解体し小さくして皆で手分けして運ぶ為だ。それを見ながらナセが言う。

 「あの悪いクマを、食べちゃうの? お母さん」

 それを聞くと、ランカはナセの頭を撫でながら言った。

 「クマに正しい悪いもないよ、ナセ。ただ生きているだけさ。わたし達と同じ様にね。でも、わたし達を襲うからやっつけた。それだけの話なんだよ」

 しかし、そう言い終えてから、「でも、ま、とにかく、今晩はクマ料理だね」とそう嬉しそうに彼女は言う。

 “……わたし達を襲うからやっつけたってだけでもないのじゃないかな?”

 と、それを聞いてフレイはそう思った。

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