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6.王子達のランカ山賊団体験 その1

 夕食後、ランカ・ライカは二人の王子達、いや、子供達を自室に連れ帰ると、ソファの上に座らせた。二人とも緊張した面持ちで、ランカの事を見ている。

 山賊団のアジトに着いてから、ナセもフレイも、ずっと緊張をし続けていた。強張っている。当たり前かもしれない。いつも綺麗なお城で暮らしていた子供達が、まったく環境の違う野性味溢れる山賊のアジトにいるのだから。その所為か、先ほど夕食を食べるのも二人ともとても遅かった。一応全て食べ終えたが、消化は悪そうだ。慣れない食べ物に戸惑ったという事もあるのだろう。もちろん、ランカはそれを心配していたが、特別慌てはしない。彼女は子供の扱いには慣れているのだ。王子だろうが、ホームレスの子供だろうが、彼女にとっては大差なかった。

 「さて。お前達」

 ソファに座っている二人に向けて、ランカはそう言った。腰に手を当てている。軽く微笑んでいる。少しだけ悪戯っぽく。

 「お前達が王子だろうがなんだろうが、ここではまったく関係ない。二人とも、わたしの可愛い子供達だ。だから、ちゃんとここのやり方には従ってもらうよ」

 その言葉に、幼いナセは唾を飲み込み、不安そうにする。厳しかったら嫌だと思っている。一方、フレイは確りしているらしく、覚悟を決めたようだった。大きく頷くと、こう言った。

 「分かりました。では、どんな規則があるのかを教えてください」

 それににんまりと笑うと、ランカはこう応えた。

 「うん。取り敢えずは、遠慮なく子供らしく甘えること。あ、断っておくけど、甘えるのと我侭を言うのは、少しばかり違っているからね。あまり我侭が過ぎたら、ちゃんとわたしは叱るから、そのつもりでいるんだよ」

 そのアンナの説明にフレイは目を大きくする。そしてナセと顔を見合わせた。

 「ちょっと待ってください。それだけですか? 規則とかは?」

 「規則? ああ、そうだねぇ。ここらの山は険しいから、遊んで良いと言われた場所以外には行かない事くらいかね。怪我をするといけないから。川とか滝とか泉とかもあるけど、そういう場所で遊びたかったら自分達だけでは行かないで、絶対に誰かに言って連れて行ってもらうんだ。だから、勝手にこのアジトから遠く離れるのももちろん駄目だよ」

 そう言いながら、アンナは座っている二人の間に腰を下ろした。そして、その彼女の行動に不安そうにしているナセの頭や顔を撫でてやる。それにナセは、少し戸惑い、驚いた顔をしてはいたが、大人しく撫でられていた。まだ硬いが、少なくともランカに対して警戒心を解き始めてはいるようだった。ナセは思っている。もしかしたら、この人はとても優しいのかもしれない。

 ランカの説明を聞くと、フレイは納得いかない表情でこう返す。

 「いえ、でも、余所者のぼくらがお世話になるのですから、上下関係とか、挨拶をしなくちゃならないとか、生活態度とか」

 それにアンナは大笑いした。

 「アッハッハ!

 子供がそんな事を気にするもんじゃないよ。ただ、そうだね、ルールって程のもんじゃないが、生活態度はきっちりしておいた方がいいね。ここは、早寝早起きが基本だよ。守っていない連中も多いけど、真似しちゃ駄目だ。悪い手本だから」

 そのランカの言葉を聞いても、フレイはまだ納得できていないようだった。拍子抜けとも違う。自分の価値観を壊されたような気がしたのかもしれない。そのフレイの心中を見抜いたのか、ランカはそれからこう言った。

 「フレイ。良いかい? よく聞くんだ。お前はお城では王子様で、それでその役割を強いられて来たのだろう。だからその為に気を張って生きて来た。だが、王子である前に、お前は単なる小さな子供なんだ。少なくとも、お前はこの場では王子じゃない。子供だ。子供が規則を守るとか、大人の事情とかを気にするんじゃない。子供は子供らしく、ちゃんと皆に甘えるんだ」

 そしてそう言ってから、少しだけ乱暴にフレイを頭から抱きしめる。ナセにも同じことをする。それでランカは、両手でナセとフレイの二人を抱きしめる形になった。

 有無を言わさずに抱きしめられて、フレイは驚いていた。柔らかい。少しだけ臭かったが、それもあまり気にならない。何処かで忘れていた感覚が、蘇るような。

 「あの、ランカさん……」

 戸惑いながら、フレイはそう声を上げる。すると、ランカはこうたしなめた。

 「駄目だよ、フレイ。ここでは、わたしのことを“お母さん”と呼ぶんだ。皆、そうしているだろう?」

 「分かりました。では、お母さん。子供らしく甘えろと言われても、どうすれば良いのかぼくには分からないんです……」

 それを聞くと、ランカは二人から手を放し、怪訝な顔をしてこう訊いた。

 「お前達。母親はいないのかい?」

 ナセはそれにそっと目を伏せ、フレイはこう答えた。

 「いるはずですが、ずっと小さな頃に会ったっきりです。乳母がぼくらの世話をしてくれていて……」

 ランカはそれを聞いて想像する。その乳母とやらは、恐らくは確りと二人の世話をしていたのだろう。だが、それは自分の職務を全うするという以上のものではなかったのでないだろうか? 仮にそうでなくても、その乳母が二人が王子であるという点を気にしなかったはずがない。それは純粋な子供に対する愛情とは違っていたのではないか? ならば、この子達は、本当の親の愛情を知らないで育ったことになる。

 その自分の想像で、ランカは少し涙ぐみ始めていた。

 ……なんて、不憫な子達。

 彼女はそう思う。断っておくが、ランカ・ライカは大体何でも子供を、良い方向に解釈する。被害者、か弱い存在、純真無垢。守ってやらなくちゃならない。

 「なんで、ランカさんは泣いているの?」

 ランカの涙を見て、ナセがそう言った。ランカはそれを聞くと、再び二人を抱きしめた。さっきよりも少し強く。

 「ナセ。“ランカさん”じゃないよ、“お母さん”だ。お前達のお母さんは、わたしだからね。よっく覚えておくんだ。好きなだけ甘えるんだよ」

 それから急に彼女は手を放す。

 「と、忘れていたよ。今日は、まだ風呂に入っていないんだった。これじゃ、ちょっと汗臭いね」

 それから立ち上がると、二人に向き合って彼女はこう言った。

 「よっし! 三人でこれからお風呂に入るよ! 確り綺麗にして、確り温まるんだ! それから布団で寝るとしよう! 二人とも、初日だから疲れているだろうしね。今日は早く眠った方が良い」

 それからランカ達は、その彼女の提案通り風呂場へと向かった。風呂は幾つかあり、しかもどれも大体は大きくて、三人が入ってもまだ充分な広さがあった。これは子供達と一緒に入る為に、大きく造ってある訳ではなく、山賊団の他のメンバーも利用しているからだ。ただし、今日はまだ誰もそのランカ達が入った風呂には入っていない。それは偶然ではなく、ランカのお気に入りの風呂を、皆が気を遣って空けておいたからだった。子供を泊めた日は彼女がそこを利用したがる事を、ここの皆は知っているのだ。

 風呂でランカは二人の身体を洗ってやった。ナセはそれに大人しく従い、フレイは多少の抵抗を見せはしたが(そもそも彼は、風呂に一緒に入るのも嫌がっていたのだが)、結局はランカに身体を洗ってもらった。それから湯船にゆっくりと浸かり、充分に温まると、三人ともランカの部屋へ戻って寝に就いた。ランカの部屋のベッドはとても大きくて、三人が寝てもまだ余裕があった。これは、子供を泊めた時に一緒に寝る為だ。

 その頃には、すっかりナセはランカに懐いており、フレイも一緒に彼女とベッドで横になってもリラックスできる程には心を許していた。

 ランカの隣にはナセが寝ていて、彼はランカに身を寄せていた。その彼の向こうには、フレイが横になっている。ずっと緊張していた所為で疲れていたのか、ナセは直ぐに眠ってしまった。フレイにはまだ眠気はやって来ない。しばらくが経つと、目が夜に慣れて来た。薄らと部屋の様子が分かる。

 ランカの部屋は木造で(ランカ山賊団のアジトは、大体は木造なのだが)、手作りの家具だろう物と街で買った物が混在していた。雑にも繊細にも見える不思議な空間。ぬいぐるみがいくつか置いてあるのが見える。ここに泊める子供達の為のもの、とフレイは最初は思っていたのだが、案外、ランカの趣味なのかもしれない。

 それからフレイは、ゴロリと転がる。どうにも上手く眠れない。疲れてもいるし、緊張も解けているはずなのに。確かにいつもはもう少し遅くまで起きているが、それでも彼には不思議だった。そのうちにナセが「お母さん……」と寝言を言った。それにフレイは、微かに反応してしまった。少しばかり、ランカに身を寄せているナセが羨ましくなってしまったのだ。

 その時、声が聞こえた。

 「フレイ。わたしに抱きつきたいのなら、まだ反対側が空いているよ」

 ランカの声だ。どうやら彼女もまだ起きていたようだ。

 「いえ、ぼくは……」

 そうフレイは言いかける。ところが、そこでランカはこう言うのだった。

 「フレイ。わたしが言った事をもう忘れたのかい? ここでは、子供らしく大人に甘えるんだ。子供が大人の事情なんて、考えるもんじゃない。お前は王子じゃなくて、ただの子供なんだよ」

 それでフレイは何も返せなくなってしまった。そして、それからナセの反対側に移動するとフレイはランカに身を寄せた。柔らかくて良い匂いがした。安心する。

 もしかしたら、夜の闇が、彼の素直な心を剥き出しにさせたのかもしれない。

 「よし。いい子だ」

 ランカはそう言うと、フレイの頭を抱きかかえた。すると急速にフレイに眠気がやって来た。とても眠い。瞼を閉じる。そのまま夢の世界に落ちていった。

 寝息を立て始めたフレイを見て、ランカは「ふふ、可愛いね」とそう言った。うん。いい子だ。とてもいい子だ。

 

 朝になってフレイは目を覚ました。隣に寝ていたはずのランカの姿がない。それで彼は少し不安になった。ナセはまだ眠っている。

 「ナセ。起きな。ランカさんがいない」

 そう言ってフレイは彼を揺さぶった。少し経つとナセは「んん。母さんが?」と、そう言って目を擦りながら身を起こす。

 「ああ、そうだ。母さんがいない。何処に行ってしまったのだろう?」

 やがて彼らは、部屋の外から少しばかり慌ただしい気配が漂って来ている事に気が付いた。ランカがいるのかもと思って外に出る。廊下の向こうでは、数人がバタバタと動き回っている。更に彼らが進むと、大きな台所があった。動き回っているうちの一人が彼らに気が付く。

 「あら? もう起きたの? 案外早いのね。うちの連中よりもよっぽど早起きかも」

 それは女性で、長身で地味な顔立ちをしており、いかにもおっとりしてそうだが、その割にはテキパキと手を動かしていた。ジャガイモの皮を剥いているようだ。それから彼女はこう声を上げる。

 「母さん。王子様達、もう起きちゃったみたいよ」

 “母さん”というのは、もちろんランカの事だ。どうやらバタバタと動き回っている中にはランカもいたらしい。ランカはそれにこう返す。

 「ナゼル。“王子様達”なんて呼ぶんじゃないよ。その子達は、うちの子供だ」

 それを無視して、ナゼルと呼ばれたその女性はフレイ達に向かってこう言った。

 「わたしはナゼル・リメル。今朝は朝食当番なの。まだ準備中だから、もう少し待っててね」

 それを聞くと、ナセが声を上げた。

 「お母さんは?」

 「あら? もう、“お母さん”って呼んでいるのね。母さんも朝食の準備中よ。母さんは料理が好きだから、大体は台所に立つの」

 ランカが料理をするのは、料理好きという事もあるが“子供達の世話をするのは自分”という意識があるからでもあった。つまりは、山賊団のメンバーを、彼女は未だに自分の子供だと思っているのだ。流石に、幼い子供という認識はないが。

 「あの……、朝食の準備をしているのなら、ぼくらも手伝います」

 そう言ったのはフレイだった。それにナゼルは困った顔を見せる。しゃがみ込んで、彼の顔を覗き込みながら「でも、君達はお客様……」とそう言いかけたが、そこでダノが大きな荷物を抱えながら現れて、こう言った。

 「今日はいいよ。まだ全然、慣れていないだろうし。もう少し経って、うちの勝手が分かってからお願いする。その時は、たくさん働いてもらうから」

 それを聞くと、フレイとナセは顔を見合わせた。それからナゼルが「うん。今日は、母さんの部屋で待っててね」とそう言う。二人はそれに大人しく従って部屋に戻って行った。それを見届けると、ナゼルはダノに「ありがとう。助かったわ」と、そう小声で言った。ダノは“構わない”とそれに手で合図する。

 二人がランカの部屋で待っている間で、オリバー・セルフリッジとアンナ・アンリが訪ねて来た。彼らはどうやらもう帰ってしまうらしい。簡単な挨拶を終えると、直ぐに部屋を出て行った。ランカ山賊団を、セルフリッジはとても信頼しているようで、その時二人を心配しもせずに「楽しんでください」とそう言った。

 やがてしばらくが経つと、朝食が出来上がったらしく二人はエントランスに呼ばれた。そこには山賊団が大勢集まっており、その壮観とすら言える光景に、二人は圧倒された。しかもかなり騒がしい。賑やか。二人の席はランカのすぐ隣だった。

 ナイアマンが立ち上がると、それを合図に皆は静かになった。彼は叫ぶ。

 「今日も、誰も欠けていないな! 周りを確認しろ!」

 皆はそれに「オッケェ」、「問題なし」、「腹ペコ」などなどと、そう口々に応える。夜の見張り当番などもいる為、安全確認の意味も込めて、彼らは朝食の時に点呼を取るのだ。ただし、かなり雑なやり方だが。終わるとナイアマンが号令をかけた。

 「よし。では、今日の食事当番の皆に感謝をしつつ、いただきます!」

 皆はそれに続ける。

 「いただきます!」

 そうして、一斉に食事を取り始めた。今朝は甘い料理が多めだったのだが、それはナセとフレイの二人がいるからだった。それに多少の不満を抱く者もいるにはいたが、大体は好評だった。二人の席の近くにいた、パテタとタテトという双子などは、「朝に摂取する糖分が、僕らの頭に沁みわたるぅ!」と綺麗にハモり、大喜びだった。彼らは甘い物が好物なのだ。

 騒がしい山賊のアジトの朝の光景。もちろん、ナセとフレイの二人にとって、そこは間違いなく異空間だった。自分達は余所者だという感覚を強く味わう。しかし、それでもそのいかにも庶民的なランカ達の元気の良さ、屈託のなさは、彼らには新鮮で心地良かった。高級品ばかりだが、冷たく味気ない権謀術数が蠢く城の中とは大違いだ。

 こういうのを“健康的”というのかもしれない。

 その雰囲気に浸りながら、フレイはそんな事を思っていた。

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