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5.信用があるような、ないような

 オリバー・セルフリッジとアンナ・アンリが、ランカ山賊団のアジトに着いたのはもう太陽が下がり始めた頃の事だったものだから、仕事依頼の交渉が終わった時には、既に夕刻を回っていた。これでは今日はもう帰らない方が良いだろう。夜の山道を無理して下山するのは危険だからだ。今日はランカ山賊団のアジトに泊まった方が無難だ。もっともセルフリッジは当初からその予定だったらしく、極自然な様子で、ランカ山賊団に一晩泊めてもらえるよう頼んでいたが。

 よくこのアジトに来る彼は、旅行者用の宿泊施設がここにある事を知っていたのだ。彼自身も何度か利用した事がある。

 アンナと話してみたいと思っていたナイアマンは、彼女がアジトにいるそのチャンスを逃さなかった。二人が夕食を食べ終え、部屋に入ろうとするところでアンナだけをつかまえた。

 「少し、話ができませんか?」

 と。

 アンナはそれを不審に思いつつも「構いませんが」と、そう答える。ナイアマンは安心した表情を浮かべると、既にセルフリッジが先に部屋に入っている事を確認してから、こう口を開いた。

 「実は少し気になる事があるんです。セルフリッジさんの策について」

 本来なら、完全にセルフリッジから離れて、二人だけで会話をしたかったのだが、そうするとこの娘が必要以上に警戒するだろうと思ったのでそれは諦めた。部屋の前の廊下では、セルフリッジに会話を聞かれてしまう危険はあったが、それも覚悟の内だった。

 「セルフリッジさんの策?」

 ナイアマンの思った通り、アンナはセルフリッジの話に食いついて来た。彼はこう続ける。

 「はい。あなたには何と言っているのかは分からないが、あの人が普段、ダミーの首輪をあなたに付けさせているのは、あなたがフルに魔力を使える事を、周囲に隠しておきたいからでしょう。その方が、色々と有利になりますから」

 何でもない事のようにアンナはそれに返す。

 「ええ。理由の一つは、間違いなくそうでしょうね」

 今日だって、それで誰にも怪しまれずに王子達を連れ出す事ができたのだ。セルフリッジがそういう人間である事を、彼女は既に知っている。ただし、ダミーの首輪を利用している理由はそれだけではなく、魔力を抑える首輪などで自分を縛り付けたくはないからだとも彼女は思っていたが。

 “おっと、流石にこの程度じゃ、動じないか”

 それを受けて、ナイアマンはそう思うとこう言った。

 「では、どうして彼は、あなたが首輪に縛られておらず、魔力がフルに使える状態である事を僕達には伝えたのでしょう?

 正直に言うのなら僕は、セルフリッジさんは、あなたの魔法を利用して、僕らに無理に仕事を受けさせるつもりでいるのかと思っていたんですよ。その為に、首輪を付けていないのかと。ところが、王子達が子供であるのなら、その必要性は皆無です。うちの母さん…… ランカ・ライカは、子供達を見ただけで間違いなくこの仕事を引き受けますから」

 ナイアマンをやや目で威嚇しながら、アンナはそれにこう答えた。

 「それは、確かにわたしも不思議には思っていました。交渉がそれでスムーズに進むというのならまだしも、却ってややこしい事になってしまいましたしね。

 ただ、彼にだってミスはあるのじゃないですか? あなた達が、必要以上に警戒して、まぁ、わたしも、必要以上に、それに対応してしまったというだけの話で…… わたしは、いつもはあんな事はありませんし。

 ダミーの首輪を付けないのは、あなた達を信頼している証だと、彼はわたしには言っていましたよ」

 どうもアンナは、どうして今日、自分が交渉の途中で魔法まで使ってしまったのかを理解できていないようだった。

 その彼女の反応を観て、ナイアマンは“この人は、自分がどれくらいセルフリッジさんに惚れているか、よく自覚していないのだな”とそう思った。

 「そうですか。ですが、僕にはあの慎重な人がそんな安易なミスを犯すとは考えられないのですよ。だから何かの布石のようにしか思えなくて」

 それを聞くと、アンナは軽くため息を漏らした。呆れたような様子。ただし、それはナイアマンに対してではなく、どうやらセルフリッジに対しての反応のようだった。

 “あの人は……、色々な人を戸惑わせているのね”

 と、彼女はそう思っていたのだ。それから彼女は「わたしの経験論ですが」と口を開いた。

 「あの人は、確かによく人を騙しますが、嘘を言う事はそんなにありません。多分、嘘自体は下手だと思います。ですから、恐らくは“首輪を付けないのは、あなた達を信頼している証”というのは本心なのだと思いますよ」

 ただ、そう言いながら彼女は、――問題は、その本心の先に何があるかなのだけど、とそう思っていた。

 「そうですか?」

 「ええ。もっとも、同時に布石である可能性もかなり高いでしょう。それが何かは分かりませんが、少なくともあなた達を罠に嵌めようとするなんて事はないはずです。ただし、あの人だってミスくらいはしますから、そのミスに備えておく事はお勧めします」

 しかし、そう言いながらもアンナは、“でも、これじゃミスに備えようもないか”と、そう思っていて、ナイアマンも“どうミスに備えれば良いのだろう?”と困っていたのだが。

 「これで話は以上ですかね? なら、わたしはそろそろ部屋に行きます」

 その後で彼女はそう言うと、セルフリッジがいる部屋に自分も入って行った。それを見ながらナイアマンは、「そう言えば、当たり前の事のように、同じ部屋を取ったな、あの二人」とそう独り言を漏らす。どうにも、あの二人はかなり厚い信頼関係を築いているようだとそれで彼は思う。

 「ナイアマンに脈はないと思うよ。と言うか、セルフリッジの旦那以外は目に入っていないのじゃないかな、あの娘」

 そこでいきなりそんな声が。見るとダノが無表情でそこにいた。彼は大きな身体を持っているからか皆に頼られる事が多く、その所為かどうかは分からないが、彼自身も進んで世話役をやる事が多い。恐らくは、だから少しナイアマンを心配して、そんな忠告をしたのだろう。二人の会話を聞いてしまったのは、偶然だろうが。

 「ダノか。分かっているよ。そんなつもりで彼女に話しかけたんじゃないし」

 と、それにナイアマンは返す。しかし、そう返した後で、そうとばかりも言い切れないか、と思って少しだけ失恋したような変な気分を彼は味わった。それから彼は、ダノに向かってこう尋ねる。

 「ところで、母さんはどうしている?」

 すると少し笑ってダノはこう返した。

 「そりゃ、当たり前に、あのさっきの王子達と一緒にいるよ。早速、自分の部屋に連れ帰って、可愛がっているのじゃない?」

 ナイアマンはそれを聞くと、ちょっとだけため息を漏らした。あの人も、相変わらずだな、などと思って。

 

 アンナ・アンリが部屋の中に入るなり、オリバー・セルフリッジはいきなり彼女にこう話しかけた。

 「ナイアマンさんとは、何を話していたのですか?」

 笑顔。ただし、いつもの笑顔とは少し違う。無理に作ったような変な笑顔だ。それでアンナは“おや?”と思う。

 「セルフリッジさんについて、少し話していました」

 「僕について?」

 「はい。直ぐに人を騙すずるい人だって話題で盛り上がっていたんです」

 そうアンナが返しても、そのセルフリッジの変な笑顔はそのままだった。それで少し考えてから彼女は気が付く。

 「もしかして、嫉妬していますか? 新鮮なんですけど」

 その下手な作り笑顔の訳を、彼女はそう解釈したのだ。笑顔で嫉妬を無理に隠そうとしていると。そして、“やっぱり、この人は、嘘自体は下手くそだ”と彼女はそう思った。特にこういう類の、自分の気持ちに対する嘘は。セルフリッジはそれを聞くと、

 「いえ、違いますよ。純粋に、どんな話をしていたか気になったんです」

 と、そう答えた。ただ、それからアンナがじっと彼を見つめると、「すいません。半分くらいは、嫉妬もありました」とそう呆気なく白状した。そしてそう白状した彼の顔からは既に無理をした感じは消えていたのだった。それを見て、アンナはこう思う。

 “あら? 嫉妬が消えちゃった。つまらない。珍しい光景だったのに”

 彼のを可愛い嫉妬を素直に喜び過ぎたと、そう反省しながら、彼女は次にこう言った。

 「ところで、セルフリッジさん。あなたに説教があります」

 その言葉に、セルフリッジは不思議そうな顔を見せた。

 「何でしょう?」

 「あなたは、このランカ山賊団のアジトに、不用心にもこれまでいつも一人で行っていたじゃないですか。わたし、こんな危険な場所だなんて、まったく聞いていないのですが。子供好きの良い人達だと聞いていました」

 その彼女の説教の内容に、彼は困った表情を見せた。

 「あの、それは今日が特別だっただけで、普段はそんな事はないんですよ? 言葉遣いが乱暴な人もいますが、滅多に人を傷つけませんし」

 もちろんそれは、『子供を傷つけない』という条件付きの話なのだが。

 それを聞いてアンナはランカ・ライカの事を思い出していた。確かに彼女は一見、乱暴そうに見えたが、とても優しかった。それで彼女は、ここがそれほど危険な場所じゃないという事を信じてもいい気になる。セルフリッジは続ける。

 「それに、今日はこうしてここに泊めてもらってもいる訳ですし。その立場で、悪口を言うのは止めましょうよ」

 その言葉にアンナは少し呆れた。

 「何を言っているんですか。確り、お金は取られたじゃないですか。しかも、それなりに高い料金でしたよ?」

 「それは、彼らも生活がある訳ですから…… こんな山の中ですし」

 「それでも、少しばかり高過ぎです」

 そう言いながら、アンナは自分からほとんど怒りが消えている事にふと気が付いた。そして再び、ランカ・ライカを思い出す。今日の交渉の最中、彼女は自分を子供のように認識していたように思う。或いは、自覚がないだけで、自分には多少子供のような依存的なところがあるのかもしれない。

 だとするのなら……

 それからアンナはセルフリッジの事をじっと見つめた。セルフリッジは不思議そうな顔になる。彼女は思った。

 “もしかしたら、この人は、わたしのそんな依存的なところに目を付けて、与し易いと思ったのかもしれない。それでわたしに近付いたのかもしれない…… なら”

 さっきナイアマンから言われた“セルフリッジの策”についての話。彼女は不安になる。……もし、そうなら。

 ところが、それから軽くため息を漏らすと、彼女はこう思ったのだった。

 “もしそうでも、あまり変わらないからずるいんだ、この人は”

 それから、自分の中のモヤモヤした嫌な気持ちを吐き出すように、アンナは何故か、それからこんな嫌味を彼に言った。

 「セルフリッジさん。そんなに甘いと、つけ上がる人はつけ上がりますからね」

 その言葉に、再びセルフリッジは不思議そうな顔になる。これまでの話の筋からすれば、ランカ山賊団を弁護していた事を言っているのだとそう思いそうなものだが、何故か彼はこう応えた。

 「でも、アンナさんは、そんな人じゃないでしょう?」

 どうしてそこで彼がそう言ったのかは分からない。或いは、アンナのおかしな様子をなんとなく察したのかもしれれない。ただ、どうであるにせよ、恐らく、それは本心だった。しかも、どうしてなのか、少し嬉しそうに彼はしている。それを見て、アンナはこう思う。

 “――やっぱり、この人はずるい”

 そして。さっきまで自分が感じていた不安を、すっかり彼女は忘れてしまったのだった。

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