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4.ある仕事の依頼

 まるで裁判所の様だった。

 山腹にあるランカ山賊団のアジト。エントランス。オリバー・セルフリッジとアンナ・アンリはそこでランカ山賊団を見上げていた。裁判所に例えるのなら、セルフリッジとアンナは被告人席に当たる位置にいて、ランカ山賊団のメンバーは、傍聴席に当たる位置でズラッと彼らを囲んでいる。そして、ボスのランカ・ライカは裁判長の位置にいた。彼女はそこに拳で頬杖をついて座っている。機嫌はそれほど良くはなさそう。

 ランカ山賊団のメンバーは武装しており、構えてこそいなかったが、いつでも弓を引ける準備をしている。これは、ナンバー2のナイアマンの指示だ。

 “思いっきり、警戒されちゃっているじゃないですか、セルフリッジさん”

 その光景を見ながら、アンナはそう心配していた。これが計算外の事態なのかどうなのかが気になったが、彼女はその説明を受けてはいない。

 「お前が、わたし達に仕事の依頼だって?」

 不機嫌な顔のままランカが言った。

 「また、わたし達を騙すつもりかい? ええ? オリバー・セルフリッジ!」

 そう。セルフリッジは今回、ランカ山賊団に仕事を依頼する為に訪れていたのだ。

 ただし、仕事を受ける決定権を握るランカ・ライカは明らかにセルフリッジ達に対し不信感をアピールしている。仕事を受ける気はないぞ、と言っているのだ。それは、できるだけ良い条件を引きずり出そうとしているような態度でもなかった。そもそも交渉する気がない。まだ、話を聞く前からこれである。この態度だけから判断するなら、依頼を受けてもらえる可能性はほぼゼロに等しいだろう。

 しかし、それにも拘らず、セルフリッジの態度には余裕があった。何か策があるとしか思えない。それが、ランカの近くで様子を見守るナイアマンには不安だった。今回、彼が首輪のない魔女と一緒にいるから特に。

 “どうして、魔女を連れているのですか。セルフリッジさん”

 ナイアマンは恩のあるセルフリッジを一応、信頼してはいる。しかし、それでも彼にとって魔女の存在は脅威だった。しかも今、その魔女は首輪を付けてはいない。つまり、魔力がフルに使える状態なのだ。だから彼は、皆に武装させているのだが。同じ理由でナイアマンは、セルフリッジではなく、魔女に特に注意していた。可愛い子だとは思う。しかし、明らかに彼女は皆に警戒の目を向けている。油断ならない。果たして彼女には何ができ、何をするつもりでいるのか。

 一方、アンナはそんなランカ山賊団の態度に不安を抱いていた。ランカ山賊団が警戒しているのは、本当はセルフリッジではなくアンナなのだが、彼女はそれを見抜けてはいない。自分が警戒しているからこそ、相手が更に警戒を強めている事も。

 実を言うのなら、ランカ山賊団の中で緊張しているのは四分の一程で、後は単にナイアマンが指示を出したから、それに従って武装しているに過ぎなかった。戦闘をする気はまるでない。彼らはセルフリッジに対して心を許していたし、魔女の怖さも知らなかったからだ。歳が若いヌーカなどは、“あれがセルフリッジの旦那の彼女か、良いなぁ、可愛いじゃん”などと呑気に思っていた。しかしアンナは山賊団の大部分がリラックスしている事にも気が付いてはいなかった。

 普段の彼女なら直ぐに気付いていただろう。しかし、“なんとしても、セルフリッジを護らなくてはいけない”という意識が強すぎて、彼女は冷静さを失っていたのだ。

 「そう警戒しないでくださいよ、ランカさん。僕があなた達に危害を加えた事が一度だってありますか?」

 膠着状態の中、セルフリッジがそう言った。しかしそれに反応したのは、ランカではなくナイアマンだった。

 「何故、魔女の首輪を外しているのですか? セルフリッジさん」

 そう問いかける。すると、セルフリッジは“ようやく説明させてくれる”といった感じでこう答えた。

 「僕はアンナさんに首輪を付けた事は、一度もありませんから」

 それにナイアマンは「嘘です。そんな事をしたら、政府内がパニックになる」と、そう返した。

 「それは、いつもはダミーの首輪を付けているからですよ」

 セルフリッジはそう説明する。「証拠は?」とナイアマン。すると、見かねたのかアンナが声を上げた。

 「いい加減にしてください。もしも、わたしが無理矢理に首輪でセルフリッジさんに従わされているのなら、こんな国境間際の山の中で、首輪を外された状態で大人しくしているはずがないでしょう? 今頃、魔法を使って逃げ出していますよ。ここにこうしてわたしがいる事が、セルフリッジさんの言葉の何よりの証拠です」

 それにナイアマンは何も応えない。アンナの様子を凝視している。「それに」と、彼女は言う。周囲を睨みつけながら、アンナは続けた。

 「どうして、あなた達は武装しているのですか? 断っておきますが、少しでもおかしな真似をしたら、わたしは容赦しませんよ?」

 そう言いながら、アンナは持っていた杖で床を軽く突く。すると、その途端、この部屋の中にある影という影から、何か目のようなものが見え始める。それはザワザワと蠢き、好奇心にまかせて今にも影の中から這い出して来そうだった。

 その光景に、ランカ山賊団のメンバー達は明らかに恐怖の表情を浮かび上がらせた。動揺している。

 これは……

 ナイアマンは強く緊張する。

 幻術か或いは他の何かかは分からないが、とにかく、止めさせなければ。しかし、そう彼が思った途端、セルフリッジがアンナを宥め始めた。

 「アンナさん。大丈夫ですよ。彼らは何もしませんから。今まで、彼らが僕に危害を加えた事はないんです。これでは、却って彼らを怖がらせてしまう。どうか、その魔法を引っ込めてください」

 それを聞くと、アンナは渋々ながらその影の中の何かを消した。それを見届けてから、ナイアマンが言う。

 「セルフリッジさん。その魔女の彼女に首輪を付けてください。これでは不安で、話しもまともにできない」

 ところが、それにはランカが反応し、彼をたしなめるのだった。

 「ナイアマン。止めな。これ以上、そこにいる子を怯えさせるんじゃない」

 その言葉に、ナイアマンは“おや?”と思う。

 “子? 母さんが、あの魔女を子供認定した。否、半子供認定といったところか。しかし、いずれにしろ……”

 ナイアマンはそれから手で合図をし、皆の警戒を解かせた。ランカの子供を見抜く眼力を、ナイアマンは信頼しているのだ。弓使いのハットは、それに安心をする。彼は自分の腕なら、間違いなくあの魔女を射抜けると思っていたが、そんな真似はしたくなかったのだ。あの子は可愛い。

 それからランカが口を開いた。

 「断っておくが、わたしの機嫌が悪いのは、その子の所為じゃないからね、セルフリッジ!

 わたしはあんたを嫌がっているんだ」

 それを聞いて、山賊団の群の中から一つだけ突き出た男の顔が呆れた表情に変わった。ダノだ。彼は山賊団の中で最も大きな身体を持っている。

 “いつも、セルフリッジの旦那が自分の大好きな子供を迎えに来て、連れて行っちゃうからね”と、彼そう思っていた。もちろん、声には出さなかったが。ランカは続ける。

 「だから、こっちは、あんたからの仕事を受ける気なんてこれっぽっちもないんだよ。さっさと帰らないと、ぶっ殺すよ!」

 しかし、そう彼女が言い終えた瞬間だった。ランカの周囲にあるわずかな影から、黒い何かがブワーッと溢れ出し、彼女を覆ってしまったのだ。アンナの魔法だ。

 「アンナさん! 大丈夫ですから!」

 それに珍しくセルフリッジが慌てた。ランカ山賊団のメンバーが弓を構えようとする。そのタイミングだった。

 「止めな! お前達!」

 そう、ランカの声が響いた。黒い何かに身体半分を包まれながら、平然とした様子で彼女は言う。

 「今のはわたしが悪い。怯えさせるなと言ったそばから、わたし自身がこの子の事を怯えさせちまった。

 悪かったね、お嬢さん。だが、誤解しないでくれ。セルフリッジとは古い馴染みでね、これくらいの罵倒は挨拶代わりなんだよ」

 それでランカ山賊団のメンバーは再び弓矢を収める。アンナはまだ興奮していたが、それでもランカにかけていた魔法を解いた。それからアンナは自身を落ち着かせるように、静かに語りだした。

 「さっき、あなたはセルフリッジさんに騙されたような事を言っていましたが、それで何かあなた達が損をした事はありますか?」

 ランカはそれに何も応えない。アンナは続ける。

 「わたしも何度か騙されていますが、今まで一度も被害を受けた事はありません。むしろ良い事の方が多いくらい」

 それを聞くと、セルフリッジは言った。

 「あれ? 僕がアンナさんを騙した事がありましたっけ?」

 それにアンナは多少は呆れた様子で、「あります。話の腰を折らないでください」と返してからランカを見て続けた。

 「今までにどんな事があったかは知りませんが。ランカさんという方。何も話も聞かないで、いきなり仕事を断るのは、いくらなんで失礼だとは思いませんか?」

 それにランカは頭を掻いた。

 「やれ、厄介だね。セルフリッジは、何を考えているのか分からないところがあるから、組むのは嫌なんだよ」

 「それには同意しますけどね」と、それにアンナ。「え? 同意しちゃうんですか?」と、困った顔でセルフリッジ。「そりゃ、同意しますよ」と、アンナ。そのやり取りの後でランカが言った。

 「分かった。怯えさせちまったお詫びだ。話くらいは聞こうじゃないか。

 おい、セルフリッジ! その子に感謝するんだね。さっさと話しな」

 「いつも、アンナさんには感謝していますけどね」と、そう応えると、それからセルフリッジは依頼する仕事の内容の説明を始めた。

 「実は政府内には、今、陰謀が渦巻いていまして……」

 

 「王様を匿って護れだぁ!?」

 セルフリッジの説明が終わると、ランカ・ライカはそう大声を上げた。その横で、ナイアマンが「有り得ない」とそう呟く。

 「正確には次期王様ですけどね」

 それに全く動じた様子を見せず、ニコニコと笑いながらセルフリッジは言う。彼の話の概要はこうだった。

 今のマカレトシア王国の国王は実は病の床に伏している。命はそう長くは持たない。当然、今の国王が死ねば、王子が次の政権を担う事になるのだが、その王子はまだ歳若く、求心力もない。その弱点を突いて、グローという財務大臣が次の王の座を狙っている。しかもその大臣は権力を欲するタイプの人間で、良い政治は期待できない。

 「グローは、どうやら王の座を確固たるものにする為、王子達を殺そうとしているらしくて、ですね。だから何としても護らなくてはならないのですよ。そこで僕は、あなた達を頼る事を思い付いたのです。

 グロー達も、まさか山賊の所に王子達がいるとは考えないでしょう。表向きは、勉強の為、城の自室に籠っている事にして、ここに匿ってもらいたいのです」

 セルフリッジの言葉を信じるのなら、王子達を暗殺する計画があるらしいのだ。彼はそれを防ごうとしているのである。

 「どうせ、その王子達とやらの方が、お前にとって利用し易いからだろう?」

 それを聞くと、ランカはセルフリッジに向けて皮肉たっぷりにそう言った。彼は素直にそれを認める。

 「確かにそうですが、この僕が悪政を敷くような連中の味方に付くと思いますか? 安心できる人達だから、力を貸しているのです」

 次にナイアマンが質問する。

 「そのグローの王子暗殺計画の証拠は掴めないんですか?」

 「それが、グローのガードはかなり堅いんですよ。メイロナって変な名前の優秀な側近がいましてね。スパイも容易には忍び込ませられないし、情報も多くは握れない。とても困っています。魔法対策も万全で、アンナさんの魔法を頼っても難しいんですよ。どうにもマカレトシア王国内では、その証拠は掴めそうにない。証拠さえあれば、反逆罪で簡単にグローを潰せるんですがね」

 それを聞き終えると、ランカは言った。

 「で、その王子の安全が確保できるまで、わたし達の所で、その王子を護れってか。冗談じゃないよ。リスクが大き過ぎる。そのグローって大臣に王子がここにいる事がばれたら、王子ごとわたし達も潰されちまうじゃないか。討伐隊が組まれるよ。

 それに、そもそもわたしは、権力を握っている人間は大っ嫌いなんだ! 王子になんか会いたくもない」

 ランカは子供さえ絡まなければ、実は冷静な判断力を持っている。ここに王子達を匿えば、山賊討伐を理由にして王子暗殺を行うチャンスをグローに与える事になるのをちゃんと分かっているのだ。流石に、軍隊相手には戦えない。それにセルフリッジはこう答えた。

 「なるほど。もっともです。分かりました。では、こうしましょう。もしばれた時は、こちら側のミスですから、その時は、グロー側に王子達を引き渡してもらって構いません。あなた達の命を捧げろとまでは言えませんからね。この条件でどうです?」

 しかし、それにナイアマンが反論する。

 「いや、それでも無事に済む保証はないでしょう? 下手すれば、ここから撤退する事になりかねない。いくら報酬が高いとは言っても、やはりリスクがあり過ぎる」

 そのランカ達の反応を観る限り、この依頼を引き受けてもらえるようにはとても思えなかった。ところがそれでもセルフリッジは余裕のある態度を崩さないのだった。それをナイアマンは不思議に思う。一体、どうしてだ? そして、忘れていた何かを思い出そうとしていた。そう言えば、確か、この国の王子は……

 その時、セルフリッジが言った。

 「やはり無理ですか? 困りましたね。実は既にその王子達を連れて来ているのですが」

 それから彼はアンナに合図を送る。すると、彼女は着ている服を翻すような仕草をする。服の影から何かがこぼれる。そしてその一瞬後には、そこに二人の子供の姿が現れていた。

 一人はとても幼く、もう一人はそれよりもやや大きくなってはいたが、まだまだ子供だ。幼い方は怯えた様子で不安そうに辺りを見回し、少し大きな方は気丈に表情を作っていたが、それでも怯えている事を隠せてはいなかった。二人とも男の子だ。セルフリッジはその子供達に片膝をついて礼をすると言う。

 「フレイ王子。ナセ王子。

 仕方ない事とはいえ、長い間閉じ込めてしまってすいませんでした。辛くはなかったですか?」

 それにフレイ王子と呼ばれた子供は、こう答える。やや大きな方だ。

 「はい。大丈夫です。むしろ快適でした」

 それから慎重に辺りを見回すと、そのフレイ王子はこう言った。

 「セルフリッジ。ずっと話を聞いていました。この方達に迷惑はかけられません。無理強いは止めましょう。ここは大人しく帰るのです。また別の策を考えれば良い」

 その光景を受けて、ナイアマンは額に手を当てていた。

 “これだよ。セルフリッジさんが、余裕だった訳は”

 と、そしてそう思っていた。

 利発そうで、大人しく、しかも健気。それはランカ・ライカがいかにも好みそうなタイプの子供達だったのだ。

 案の定、ランカ・ライカはその突然に現れた自分好みの子供達を、半ば放心した様子で眺めていた。そしてそれから、セルフリッジに向けてこう言う。

 「分かった。事情は全て分かったよ、セルフリッジ」

 「おお、分かってくれましたか」

 「ああ。この子達は、わたしが責任持って、大人になるまで育てよう!」

 「1ミリも分かっていませんよね? 安全が確保できるまでで良いんです」

 当然のように話は食い違っていたが、何にせよ、その言葉は、実質、ランカ山賊団がこの仕事を引き受ける事を意味していた。

 「母さん。権力を握っている人間達は嫌いじゃなかったの?」

 そう言ったのは、山賊団の中で、かなり若いヌーカだった。ランカは応える。

 「何を言っているんだい? こんなに可愛い子供達が、いやらしい権力争いの犠牲になろうとしているってのを黙って見過ごせるはずがないだろう!? 絶対に助けるよ!」

 それを聞いてナイアマンは、『もしグロー大臣にばれたら、王子達を引き渡して良い』という約束は、せめて覚えておいてくれ、と祈るように思っていた。

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