第四章「愛憎」
雫との交わりの後はいつも空虚な気持ちになる。
体は満たされてるはずなのに、心は空っぽ。
そんな感じだ。
どうしてだろうか?
僕には僕の気持ちが分からない。
それを友人に話すと、自分の気持ちが分からないのはおかしなことだ、と友人は言った。
けれど、僕は思う。
本当にそうだろうか?
皆自分の気持ちなんて、しっかり分かっていないのに、分かったふりをしているだけじゃないだろうか?
僕にはそう思えてならない。
隣を見れば、無垢な赤子のような顔で眠る雫の姿。
上半身を起こして、その寝顔を見下ろす。
僕も雫も今は全裸だった。
部屋は少し冷えていて、肌寒く感じた。
雫の長い髪をよけて、その細い首に触れる。
トクントクンと脈打つ鼓動。
きっとこのまま僕が力を込めれば、雫は死ぬだろう。
なのに、僕は何故それをしないのだろうか?
僕は雫を憎んでいる。
僕は雫を愛している。
矛盾するその二つの感情は、僕の中で普通に両立していた。
僕は雫を愛しているのと、同時にどうしようもないほどに憎んでいる。
一体この感情をどうすれば、人に伝えられるのだろうか?
上手い言葉が僕は見つけられずにいた。
ゆっくりと、白い首から手を離す。
雫は目を覚まさなかった。
その寝顔にそっとキスをして、僕はベットから抜け出した。
* * * * *
シャワーを浴びて、服を着る。
時計は8時を少し過ぎたところを示していた。
準備をしている間も雫は起きる気配が全くなく、僕が家を出なければならない時間になっても起きなかった。
いつものことなので、気にせず家を出る。
いつものホームに昨日の雫とケンカの原因になった例の彼女がいた。
「おはよ! 九条君」
笑顔で挨拶する彼女。
「……はよ。篠原さん」
僕の無愛想な挨拶にも彼女は笑顔だった。
雫とは違う笑顔。
雫とは違う女性。
苦手なタイプの女。
なのに、なんで僕は避けないのだろう。
僕にはやっぱり、僕の気持ちが分からない。