第三章「嫉妬と本心」
玄関を開けて、家の中に入ると雫がすぐ目の前に立っていた。
「真夏。大学って楽しい?」
突然何を思ったのか、雫がそう聞いてくる。
時刻は午後6時過ぎ。
「別に。どうして?」
靴を脱ぎ、目の前に立つ雫を押し退け、部屋の中に入る。
「大学なんて、行く意味あるの?」
雫は僕の後ろを、金魚の糞のようについてくる。
「行く意味はあるよ。色々学んでいるだろう。何でそんなこと聞くんだよ」
鞄を片付けながら雫に問う。
けれど、雫は僕の質問には答えず。
「あの女、邪魔……」
そう言ってきた。
あの女?
……篠原さんのことか。
一緒誰のことだろうと思ったが、今日話した人間を頭の中に思い浮かべ、すぐに篠原さんだと思い付く。
「彼女はクラスメイトだよ。学部が同じて、選択してる講義も同じなんだ。一緒になるのは仕方ないだろう」
そう、説明をしても雫は不満そうだった。
面倒だな。
僕は振り返り、雫と向き合う。
「雫、僕は君以外を愛したりしないよ」
それだけは断言できるよ。
真っ直ぐに雫の瞳を見つめる。
「本当に?」
雫は疑わしげな視線を僕に向ける。
「本当」
僕は君以外を愛せない病気にかかってるからね。
「あの女は真夏こと好きよ」
雫はそう言ってきた。
ああ。
そうだろうね。
知ってるよ。
でも、そんなの関係ないし興味もない。
彼女が僕のことを愛していようが、僕が雫を愛していることには変わりはない。
雫、君だってそうだろう。
誰が僕を愛していようと、雫が僕を愛していることに変わりはない。
なのに、何で今さらそんなこと聞いてくるんだよ。
「どうかした? 何かあったの?」
彼女の頬に触れる。
僅かに上向きにし、額に口づけをする。
これで、機嫌が直ればいいけれど。
雫は不満そうな顔をしている。
「何もないわ……。何もないけど、真夏は私のものよ。他の女が真夏と話しているなんて不愉快だわ」
嫉妬しているのか。
面倒だ。
「仕方ないよ。諦めて。誰とも話さないで生きていけるわけないだろ。雫だって男の人と話すんだから」
そう言っても雫はまだ、不快そうだ。
「真夏が私に殺されてくれるなら、諦められるわ」
今度はそう言ってきた。
随分と物騒だが、これは今に限った話じゃない。
「いいよ」
僕は頷く。
君になら殺されてもいい。
果たして、それは僕の本心だろうか?
雫は僕をジッと見つめる。
僕はその瞳を見つめ返す。
そのまま対峙していると、雫のほうが先に視線を反らした。
「いいわ。もう。今日は許してあげる」
そう言って、彼女は僕に背を向ける。
僕はその背中を抱き締めた。
「ありがとう。雫」
力を込めれば折れてしまいそうな、その体を抱き締めながら、僕は全く感謝していない自分に気付いていた。
彼女は僕自信さえ気付いていない僕の本心を見抜いたのではないだろうか?
僕の本心ってーー?
面倒だ。
僕は思考に蓋をする。
「とりあえず、ご飯にしようか」
雫は僕は愛している。
大事なのはそれだけ。
それさえ分かっていればいい。