970 リオカッティー
「……なんなのだ、これは……?」
黒い球体だな、と明るく返してやりたいが、さすがにそんな余裕はありません。マジなんなのよ!?
──ペキ。
と、なにか小枝を折るような音が耳に届いた。
「……なんだ……?」
ペキの音は徐々に増えており、少しずつ間隔が小さくなっている。
「マスター。音は黒い球体から聞こえて来ます」
超万能生命体の耳はよろしいようで、そう断言した。
黒い球体をよくよく見るが、ペキの音源がどこから出ているかわからない。中からか?
やがてペキからペキペキに。そして、ガサガサと球体が崩れた。
滝のように流れ落ちる黒い欠片に唖然としてると、ミミッチーがオレの後ろに来た。
なんだよと振り返ると、なにか怯えたように震えていた。
「ミミッチー?」
「あれ、ヤバいよ。先代からあれはそのままにしておけって言われてる」
ヤバい? 凶悪なのが封印されてたのか?
考えるな、感じろも危険を示しているが、これと言った危機感はない。よくよく考えたら、この感じ、どこかで経験してるな?
はて、どこでだ? と考えていたら欠片の落下が止まっていた。
「……なんだありゃ……?」
なにか黒くテカる塊が現れた。
なんだろう。生き物のような感じがするし、人が丸まっているようにも見える。エイリアンっぽいなにかか?
「でも、なんか鱗っぽいな」
まるで竜の鱗のようなつき方をしているが、毛のようなものが垂れていて、どうにも判断し難い。
「……ベー。逃げたほうがいい……」
ミミッチーがオレの頭を噛んでくる。止めろや。頭割れるわ!
黒い塊は、ピクリとも動かない。死んでる……わけじゃないな。考えるな、感じろはピリピリさせている。なら、あれは生きているってことだ。
「あれは、なんなんだ?」
「ニートだよ」
………………。
…………。
……。
ワリー。なんだって?
「ニート。極悪ニートだよ」
ごめん。ニートの意味がわかりません。説明よろ。
「働きもせず、巣に閉じこもって、日がな一日を無駄に過ごし、盟約者やバイブラストの者にたかって生きる最悪の生き物さ」
ど、どうやら、オレの知っているニートと同じようなものらしい……。
なんだろう。すっごく帰りたくなって来た。
「公爵どの。ちょっと急用を思い出したんで帰るわ。たぶん、十年くらい来れないと思うからバイブラストでなんとかしてくれ」
じゃ! と帰ろとしたらミミッチーに頭を噛られた。
「離しやがれ! オレは帰んだよ!」
「逃がさない。あれは、養ってくれる者を嗅ぎわける能力がある。たぶんそれ、ベー。責任取って!」
「そんな責任オレにはねーわ! 寄生はメルヘンで精一杯です!」
ふざけんな! オレにニートを養う趣味はねー! つーか、これはバイブラストの問題であってオレの問題じゃねーわ!
止ーめーろー! はーなーせー!
頑として離そうとしないミミッチーと戦っていると、パキン! となにか折れるような音が響き渡った。
「……め、目覚めた……」
チャンス! とばかりに逃げ出すが、俊敏な梟に踏み潰されてしまった。助~す~け~て~!
ペキンペキンと音が激しくなり、なんか凄まじい魔力が湧き起こった。
あ、これヤベーやつだーーと、咄嗟にカブリオレを包むように結界を張った。プリッつあん、そっちは任せた!
次の瞬間、耳をつんざく咆哮が上がった。
……な、なんだ、このアホみてーな魔力の迸りは? 結界を突き抜けて来るぞ……!
耳を押さえながら耐えることしばし。耳鳴りに堪えながら起き上がると、なんかデカいものが立っていた。
「ん? どこじゃ、ここは?」
デカいものから女の声が発せられた。
「あれ? 確か我は……なにをしておったんじゃっけ?」
ダメだ。上手く頭が働かない。なんかもう、いろいろと拒否してやがるぜ……。
「……ま、まさか、リオカッティーだと……」
なにか突然、愛船の名前を口にする公爵どの。なにそんなに驚いてんだ?
と言うか、誰か目の前のデカいのがなんなのか説明してくれません? 早く終わらせてお家帰りたいんですけど。
「リオカッティー。またの名を黒姫。バイブラストの守護神にして偉大なる祖師の友。ハークライトの娘だ」
ハイ、説明ありがとうございます。では、これにて終~了~。帰らせてください。
「だ、だが、黒竜と言うよりは竜人ではないか……」
「リオカッティーは、人の血が混ざっている」
ファンタジーに不可能はなし、ってやつですね。知ってる知ってる。だから帰してー!
「んお? バイブラストの血の匂いがする」
と、デッカイおねえさんがプリッシュ号を見た。今がチャンスです。ミミッチーはーなーせー!
「おお! 新たな守り手が立ったか! めでたいめでたい! よし、また食っちゃ寝ができるぞ!」
あらヤダ。クズいこと言ってますわよ、このデッカイおねえさん。
「ん? 母上様と同じ力を感じるのじゃ!」
お願い! こっち見ないで!
自分の手で顔を隠す。いや、意味ないことはわかってるけど、やらずにはいられねーんだよ!
カブリオレが揺れ、なにか持ち上がる感覚がする。
「お主、母上様と同じヒャバリエの種族か?」
いえ、ただの人です。ヒャバリエと言うものではありません。どうかお見逃しを!
なんて奇跡が起こるわけもなし。嫌な問題はパッパと片付けましょうだ。
ため息一つ吐き、超現実に向き合った。
「オレはベー。人だ。お前はなんなんだ?」
「我はリオカッティー。竜と人の子だ! そして、養ってください!」
と、綺麗な土下座をされた。




