466 朧(おぼろ)
「ほんじゃいってみっか」
猫耳ねーちゃんに合図して馬車を発進させる。
襲撃へと目を向ければフェリエが無双していた。
五つの火の球を容赦なく、かつ的確に、黒狼を焼き尽くしていた。
サプルやトータには遠く及ばないが、フェリエは天才の分類に入り、魔術センス、戦闘センスはピカ一だ。黒狼ぐらいではフェリエ無双は止められまい。
「──じゃねーよ、アホフェリエ!」
カイナーズホームで買った脇の下につけるホルスターから拳銃……あ、なんつったっけ、この拳銃の名前? ま、まあ、オレが使うんだし、オレが覚えやすい名前でイイよな。
「つーことで、今日からお前は朧だ」
朧を掲げ、引き金を二度引いた。
その音にフェリエだけではなく、そこにいた全てのものがオレに目を向けた。
「フェリエ! なに燃やしてんだ! 黒狼の毛皮は最高級品なんだぞ! 燃やしたらゴミにしかなんねーだろうが!」
オレの叫びに我を取り戻した。
「タケルと代われ! タケル! 足を狙うように撃て!」
来たもののフェリエの無双に立ち尽くすタケルに激と指示を出した。
こう近いと殺戮阿吽は仲間まで殺戮してしまうので、朧で黒狼を撃って行く。
射撃は素人だが、使わなければ素人のまま。オレは習うより慣れろ。実戦で覚える派なんだよ。
と、そこで重大なことに気がついた。つーか、知らされた。
「弾、持ってねーや」
ハイ、気が付かないバカなオレですがなにか?
「しゃーねー。捕縛!」
なんかもう身も蓋ねーが、これがオレ。ドンマイ、だ。
で、フェリエ無双で炭と化したのは十二匹。オレの結界球と朧で二匹。意外や意外、タケルが五匹も倒していた。
「……ご、ごめん、ベー。熱くなりすぎたわ」
「やっちまったもんはしょうがねー。この失敗を反省して次に活かせ。あと、この二匹はオレがもらうかな」
オレは冒険者じゃねーが、倒した獲物は倒した者に取得できる権利がある。まあ、これも暗黙の了解だが、否は言わせねーよ。
「わかったわよ」
「おし。タケル。お前の分はオレが預かっておくな」
「は、はい」
了承を得て黒狼の死体を小さくして収納鞄に仕舞った。
グフフ。黒狼の毛皮はイイコートにもなれば、イイ毛布ともなる。座布団にするのもイイ。今年のオレの部屋はオシャレになるぜい!
「ベー」
おっと。楽しみはあとにして、目の前の問題を解決しねーとな。
豪華な馬車の前には、十人の騎士と八人の兵士、そして、見た目三十前後のおむ……じゃなくて、綺麗なご婦人がいた。
この中でタケルが一番年上だが、見た目からして異様なので全員の目がフェリエに行くが、フェリエは自分は護衛だとばかりに口を閉ざし、オレの背後へと立つ。
それでこの中で仕切っているのはオレだと理解したらしく、再度、全員の目がオレに向けられた。
そんな視線を一手に引き受け、ニッコリと笑う。
「初めまして。領主夫人。訳あって正式名を名乗ることはできないが、わたしは、ベーと申します。お見知りおきを」
腹に右手を当てて軽く膝を折る。
これはこの国の貴族の挨拶であり、相手の格を見るためのものでもある。
「……はい。こちらこそお見知りおきを」
襲撃により顔色はワリーが、領主の妻としての誇りと義務が強いようで挨拶を返してきた。うん。イイご婦人だ。
「まずは怪我人の手当てをしましょう。フェリエは領主夫人を頼む。タケルは周囲の警戒。油断するな」
そう指示を出し、騎士たちに怪我人を集めてもらう。
この時代の騎士は全身鎧(ただし、デザインはファンタジーね)を纏うが、移動護衛の場合は革鎧を纏い、槍を持っている。
これは戦うより護衛対象を速やかに逃すためであり、襲撃者を近づけさせないために槍を所持するのだ。
なんで、重傷者はなし。兵士二人が脚を噛まれたくらいだった。
噛まれたところを水で洗浄して軟膏を塗って包帯を巻けば完了。今晩当り熱を出すだろうが、死ぬことはない。酷いときは解熱剤を飲めば十日で完治するだろうよ。
「かたじけない」
この護衛隊の隊長だろうおっちゃんが頭を下げてきた。
「礼には及びません。が、そのお心はありがたくいただいておきます」
背中のどこかが痒くなるが、必死に我慢して応えた。
「ベー殿は、あ、いえ、申し訳ない」
そう言いたくなるのは当然なので笑って済ませた。
「気になさらず。どこの馬の骨とも知らぬ子どもがこんなことをしていれば誰でも不思議に思いますからね。ただ、こちらにも事情があり、名を明かせぬのです。ですが、これだけはお約束しましょう」
ポケットから糸で編んだ紋章を隊長さんにそっと見せた。
これは大老どのの家紋であり、それに連なる者であると示すものである。領主夫人の護衛をするくらいの騎士ならこの紋章は知っているだろう。
「──それは!?」
驚く隊長さんにしっと黙らせる。
「わたしたちは使い。用が済めば立ち去ります。どうかそれまではお見逃しを」
「か、畏まった。ただ、主人にご報告するのはお許しくだされ」
「はい。それが騎士様のお仕事。口止めなど頼めません」
「ご配慮、申し訳ない」
まあ、宮仕えの辛さ。無理は言わねーよ。
「ベー。夫人がお話したいそうよ」
呼びにきたフェリエに頷き、ご婦人のもとへと向かった。




