433 飛んで火に入る夏の虫
ファンタジーな世界に生まれて早十一年。驚かされることは多々あるが、それでもなんとか受け入れて来た。
だがしかし、その認識はまだまだ甘かったようだ。
軽トラほどの二本角を持つ凶悪そうな黒ブタに、筋骨粒々のブタが鎧を纏いて跨がっている。その手には極太の槍が握られている。
「……ファンタジーは奥が深いぜ……」
まあ、だからって極めたいとは思わねーがよ。つーか、一生わからない自信があるわ。
こうなると前世の記憶があるのも善し悪しだな。目の前のことを受け止めるだけで精一杯だぜ。
「ほぉう。おもしろい術じゃのぉ。おっ、これはまた醜悪なブタじゃ」
「こ、これは、オークの変種か? しかも、この出で立ちからして将軍級だな」
「そうじゃな。なかなかの魔力を感じるわ。将軍級なのは間違いないのぉ」
オレの感覚でも魔力がスゲーとはわかる。まあ、人外に比べたら屁みてーなもんだがな。
「冒険者的に見て、あれのランクってどれほどのものよ?」
冒険者ギルドでは魔物や魔獣をランク分けしている。ちなみに、角猪はDの六。Dの中では最強って意味だ。まあ、その判断はギルドの判断だからオレがどうこう言うつもりはねーけどよ。
「Aの三はあるだろう。たぶん、飛竜に匹敵する」
「ふ~ん。そうなのか?」
見た目的には凶悪だし、魔力も高い。そう言われたらそうなんだろうとは思うが、オレの感覚ではまだ飛竜の方が厄介に感じるがな。
「まるで驚異とは感じてない顔だな。あれ、A級冒険者が二十人は必要とする討伐だぞ」
うちには超天才がいて、この頃人外しか見てねーから人の強さの基準がバカになってるよーだ。
「まあ、オレたちがいれば充分だろう」
オレに戦闘経験も戦闘センスもねーが、こと野球センスなら天才と自負する。そして、我には五トンのものを持っても平気な体に自由自在に操れる結界術がある。これらを併用すれば我には怖いものは……いっぱいありますです、ハイ。
と、ともかく、だ。戦闘狂の賢者殿と百戦錬磨のザンバリーのおっちゃんがいる。なんの驚異もねーよ。
「ん?」
結界望遠鏡に、ブタが槍でなにかを差した。
……なにを差した……?
わかる訳じゃねーが、思わずその方向に視線を動かしてしまった。
その先にはいくつもの煙が上がっていた。
「──サヤラ村か!?」
チッ。忘れてた。狩り場の近くにはサヤラ村があったじゃねーかよ!
あのブタの習性は知らねーが、エリナが言ったようにエロブタだ。生き物として見たら当然の習性だが、人の倫理から見たら忌避すべきもの。とてもじゃねーが受け入れられるもんじゃねー。
この世は弱肉強食。正義の味方なんて存在しねー。だから、自分の身は自分で守るもの。わざわざ危険に突っ込むのはバカがすることだ。
まあ、それも一理ある。否定はしねーさ。だが、それは浅はかな考えであり、獣の理論。自分を獣だと主張しているようなものだ。
獣でいたいと言うなら止めはしねーさ。思う存分獣をやってろ。だが、オレは人だ。愚かで弱い人だ。人としての矜持を持って生きている。
「クソが! やっと炉を造って鉄瓶とか生産できるようになったんだぞ! 壊されてたまるかよ!」
打算と言う名の矜持。これなくして人は人としてならず(ハイ、オレの勝手な理論です)。オレはこれで動いています。
「やらせるかってんだ!」
殺戮阿をポケットにしまい、使いなれた魔剣と交換。納鞄から鉄球を出して全力で打った。
一直線に鉄球が飛び、ブタの頬を掠めて背後の大地を爆発させた。
「チッ。さすがに遠いわ」
別に当てれなかったことに舌打ちしたわけじゃねー。最初から当てる気はねーし、飛竜と同じくらいなら鉄球で倒せるとも思わねー。これはあのブタの気をこちらに向けさせるためのものであり、ブタを挑発して怒らすためにやったものだ。
怒りに任せてこちらに来てくれたらラッキーなものだが、そこまで期待はしてねー。おちょくれたらよかったのだが、それは鉄球一つ分の外して、こちらはいつでもテメーに当てられるんだよと教えたかったのだ。だが、掠めたら失敗だ。当てられないと勘違いされてしまった。
言っとくが、当てるだけならこの距離でも当てられる自信はある。が、これだけの距離があったら避けられる。まず、あの槍で打ち落とされるだろう。
「だが、それは鉄球だからだ! いくぜ、ブタ!」
炸裂型鉄球を打つ。
一直線に、ブタに向かって行く炸裂型鉄球だが、やはりこの距離はあり過ぎる。当たる前に二本角の黒ブタが走り出しやがった。
「ベー、お前、わざと外してるだろう」
ザンバリーのおっちゃんの突っ込みに、テヘ☆ と舌を出した。
「わかっちゃった?」
「わかるわ。元A級冒険者をナメるなよ!」
ナメちゃいねーが、やっぱわかるやつにはわかるのか。失敗失敗。
「なぜ外したのじゃ?」
「獲物を捕らえてこその狩りであり、食えねーものを殺すなんてオレの矜持が許さねーんだよ」
もちろん、どうしてものときは矜持を引っ込めるし、生き残ることを優先させるさ。だが、今回はいつもの狩りとなんら違いはねー。
いや、今回は特別中の特別だ。ブタが引き連れているオークや角猪、あと見たこともねー黒ブタがいる。これを見逃すなんて飢饉と戦う村人の矜持が許さねーよ。
……まあ、久しぶりに角煮が食いてーからなんだけどね……。
「ほんと、お前は容赦がないよな……」
「旨いものを目の前にしたとき、人は欲望のままに動くものさ」
それもまた人の性。否定してはならぬ。
「で、なぜサヤラ村に追い込んだんだ?」
「そりゃ、広い方が捕獲しやすいからに決まってんじゃねーかよ」
苦労して炉を造ったんだ、魔物や山賊に壊されてたまるかと、結界を敷いてある。ちゃんとなんかあったらそこに逃げろとも言ってある。
「さあ、狩りといきますか」
飛んで火に入る夏の虫。愚かなブタに進化した己を呪うがよい。ケッケッケッ。




