1071 行商人のじいさん
陸に上がり、家に向けて歩いていると、太陽が地平線から完全に顔を出した。
「ブルーヴィはどこの空を飛んでんだ?」
やけに夜が短かったような気がするが、迷走でもしてんのかな?
「と言うか、この空飛ぶクジラ、どこを目指してるの?」
「南に向かってはいるはずだ」
一応、艦橋には羅針盤を設置し、黒羽妖精には南に向かえと指示は出している。が、メルヘンは天真爛漫なところがある。
そのときの気分、そのときの状況で目的を変えるどころか忘れてしまうところがあるのだ。
まあ、別に急ぎではないので勝手気ままにさせているが、異次元とか異世界にはいかんでくれ。オレは結構この世界中が気に入ってんだからさ。
ブルー島が明るく照らされて来ると、道に設置された外灯の明かりが消えていく。センサーが働いてんのかな?
「……便利を求めるのは人の性なのか、それとも業なのか、なんなんだろうな……」
科学だろうが魔法だろうが人は便利を求める生き物。願わくは堕落に繋がらない未来であって欲しいもんだ。
なんて哲学みたいなことを考えてたら家に到着した。
「そう言やここ、離れと呼ぶことに決めたっけな」
前に決めたことをふと思い出した。
「煙?」
家……でなく離れの煙突から煙が出ていた。
ブルー島の気温は一定で、二十五度に設定してあるから暖房はいらない。が、うちの暖炉は料理や湯沸かしにも使うので、火を焚いたところで不思議はない。
だが、暖炉はオレの管轄であり、オレしか使わない。料理担当のミタさんは厨房でしか料理はしない。すべての工程が厨房で事足りるからな。
「人がいるね」
「いるな」
メルヘンアイのような特殊な眼は持ち合わせてないが、気配を感じられるセンサーはある。名を村人……センサー? まあ、気配察知でイイや。
玄関先に来ると、行商人のじいさんと片腕のじいさま剣士がいた。
「おぉ、ベー! やっと帰って来てくれたか! 安心したぞ」
なにか心底ほっとするじいさん。なんだい、いったい?
「誰?」
「あんちゃんとは別に村に来てくれる行商人のじいさんだよ。そっちの片腕のじいさまは冒険者だ」
行商人のじいさんは、オレが生まれる前どころかオカンか生まれる前からボブラ村に来てくれているらしい。
片腕のじいさまは、数年前からじいさんの護衛としてつき、今はコンビみたいな感じになっている。
ちなみに片腕のじいさまは、ボブラ村の恩人でもあり、オークの群れを撃退してくれた人でもある(六巻参照)。
「どうしたい、今の時期に来るなんて?」
雪が積もらなくても氷点下になる冬に、行商人が来ることは滅多にない。来る場合は要請。食料不足に陥ったときだ。
まあ、あんちゃんには結界を施した道具やコートを渡して無理矢理来てもらってたがな。あ、その辺、あんちゃんの弟と話し合ってなかった。ってか、春からどうなってるか知らねーや。
「引退した」
「そうか。今までご苦労さんな」
今、じいさんが何歳かは知らんが、この歳まで行商をやっているじいさんが異常である。
大抵は五十前に引退して後続に道を譲るのが一般的だろう。それをさせなかったのオレだ。アーベリアン王国では端に位置する村まで来てくれる行商人はいなかったんでな。
「じいさまもかい?」
こちらも髪は真っ白。顔にはしわが増え、見た目から冒険者とは思えないほどだ。だが、剣の腕は人外に片足を突っ込んでいるくらい凄まじい。
まず、親父殿で勝てないだろう。気合いだけでオークを殺すじいさまだからな。
「わしはまだ続けるよ。剣を振るうしかできんでな」
「それはなにより。死ぬそのときまで剣を振ってろ」
剣に生きて剣に死す。まさに剣士冥利じゃねーか。
「おう。そうするさ」
しわくちゃな顔で、なんとも楽しそうに笑うじいさま。オレもイイ人生にするために見習わんとな。
「まあ、積もる話は中でしようや。旨い酒を出すよ。ってか、二人だけかい?」
行商辞めます、で辞めたらお得意様は激オコだ。信頼あっての行商。三十くらいから後継を用意して、次はこいつだと知らしめなければ村との関係は悪くなる。
じいさんも若いのを二人連れて行商をし、後継だと知らしめていた。まあ、じいさんは村相手にしてたから若いのとは交流はなかったがよ。
「中でお茶をいただいてるよ」
なにか呆れた笑みを見せるじいさん。
「しかし、たった数ヵ月で凄い変わりようだな。あの屋敷に入るのに覚悟がいったぞ」
「すまんな。本当はもっと質素にするはずが、人が増えたらなぜか派手になってしまったんだよ」
まあ、家にいず、すべてを丸投げしたオレが言うことじゃねーがな。
「なんで、オレはこっちに離れたわけさ」
「……その斜め上どころか人の考えの及ばんところにいくのがお前さんらしいよ……」
反論どころか確かにと思ってしまったので苦笑で返した。
「なにはともあれ、歓迎するよ」
二人を離れへと迎え入れた。




