先生に起こされた
────────……ろ
───────…ろって
──────────────……
「起きないか華森ぃぃいいっ」
「はいっすいませんでしたっ」
耳元で大音量で発せられる野太い声に、たまらず目覚めるちな。条件反射でちなも叫び帰してしまう。
勢いよく上半身を起こして叫ぶと、ちなの頭上に強烈な痛みが襲った。
「………っ、………っ…!!」
「お前はこんな所でなーにをしとんじゃ!ばっかもん!!」
「谷先生あんたか!!私の頭に鉄拳を打ち付けたのはあんたなのか?!うーわ、暴力だよこれ暴力!」
「どこがだ!あと二分で授業が始まるってのに呑気に廊下でグースカピースカ寝てる奴を見りゃあ、殴りたくもなるわ!!それと、先生に対してあんたとかやめろっていつも言ってんだろ!!」
谷祐介先生──ちなのクラスの担任だ。彼は生活指導のも受け持っていて、生徒からは『怒らせたら一番怖い先生』として名を馳せている…。
そんな教師に絡まれているちな。ちなはいきなり目頭を押さえて泣き真似をする担任を白い目で見ると、掛け声とともに身を起こした。
「ょっこらしょっと」
「………先生は悲しい。お前みたいな若い奴が掛け声でょっこらしょとか…」
「先生、そんなこと言ってると授業のチャイム鳴りま──」
キーンコーンカーンコーン♪
「………………鳴っちゃいますよ!」
「もうなってるな!と言うか、おい華森!お前何でこんな所で寝てたんだ?」
「なんでって……滑ったからですよ。ほら、下に水が……」
谷が質問したことに対し、床を指差しながら答えようとするちなだが、その言葉は途中で途切れた。
無言が二人の間に降りる。
「水が……ない!」
「はぁ?」
「先生、私水に滑ったからですよ、ここで寝てたの!なのにないだって…?!」
どういうことなんだ!とちなが叫ぶと、「授業妨害だ」と軽くひっぱたかれる始末。ムッとしていると谷はため息をつき、手をひらひらと振った。
「お前の制服に水が吸われたんだろきっと。後ろ向いて見ろ」
「え、嫌だそんなの!きったな……先生、水の跡ある?!」
お言葉に甘えてと、ちなは谷に背中を見てもらう。すると顔をしかめる谷。なんだろうかと首を傾げると彼女は睨み付けられた。
「…学校ではアクセサリーを付けてくることは校則で禁じられている。放課後職員室!」
「は?……げっ」
たまたま気分でネックレスを付けていたちな。席は後ろの方なのできっとばれないと思っていたが、予想外の出来事により即刻ばれてしまった。
谷が嫌そうな顔をするちなを無視して片手を出す。そうしながら制服をざっと見ていく。
渋々ネックレスを外し、渋々それを渡す。
「これは放課後、みっちり説教の後で返却する。あと、制服だが、確かに水の跡があるな……」
「放課後までってながいよ!って、まじで?水の跡あんの?!ええー、嫌だ。ねぇ谷先生、保健室生かせてよ!洗濯さしてくれ!!」
パンと手を打ち頼み込むちな。学校の保健室にある洗濯機で制服を洗うというのはちょでと、いやかなり可笑しいが、彼女にとっては汚れは許せないらしい。渋る谷を歩きながら説得するちな。
「お願いしますっ!」
「ダメだ。お前のせいで授業遅れてるんだぞ。責任をとってもらうからな。ちゃんと授業に出ろよ」
「いやいやいや、一限目って社会でしょ?ほら、私社会は成績良いじゃん!ね?頼みますって谷先生!」
これは嘘ではない。ちなは社会の成績はダントツで一位だ。自分の成績の中で、だが。
しつこく頼み込むちなに、谷は大袈裟にため息をつき、一つの条件を出した。
「そんなに言うんなら、次のテストで最低二十番以内に入れ。もしそれが約束できるんなら、洗ってきてもいいだろう」
「二十番以内………無りっしょ」
「なら諦めて授業を───」
「約束します。二十番以内!!」
こうしてちなは、やっと保健室に行けることとなった。ざわざわと喋り声のするクラスに近づく。ちなのクラスだ。
谷はそれを聞いて顔をしかめながら、保健室へ行くための許可紙を書いてくれた。
「約束だからな。もし入れなかったら、俺の教科でもある数学のプリントの束プレゼントだ」
「……死ぬ気で頑張れば人はできるってことを証明できるように頑張るよ…」
「…ところで」
谷が書き終えた許可紙をちなに手渡しながら問いかける。
「お前、誰も起こしてくれなかったのか?起こしてくれなくとも、生徒の声とか足音とかで起きなかったのか?」
「え、」
ちなの笑い顔が、一瞬固まる。けれどそれは谷には分からないくらい短いもので。ちなはすぐにいつもどうり笑っておどける。おどけながらも、谷から離れ保健室へと進む。
「きっと私、寝言で起こすなって言ったんじゃないのかな?笑い声とかで起きないほど熟睡してたんだよきっと!そんじゃね、ありがとね谷先生~」
きゅっきゅっと上履きが廊下をこす擦る音が誰もいない廊下に響く。あと少しで保健室、そんなときに、ちなは立ち止まった。
「…………暑い」
冷や汗ではない。そう自己暗示するちな。
これは夏の暑さからなんだと、自分に言い聞かせる。
つうっと、額に浮かぶ汗の粒がちなの柔らかな肌の上を滑り、重力に従って下に落ちていく。
足は止まらない。そのまま、保健室へと近付く。
「……暑いなぁ、ほんと」
これは、冷や汗なんかじや、無いんだってば───
カラカラ…と、ちなはゆっくりと保健室のドアを開いて、中に入っていった。
「失礼しまーす!」
「はーい…」
チナにはちょっとエピソードがあるんです。即興で書いてるんで矛盾あり?エピソードは近い内に書きます(`・ω・´)