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誕生と遭遇のカタチ(1)

痛い。すごく痛い。

胸が痛い。あばら骨のあたりが痛い。

まるで親知らずを麻酔なしで抜かれたような強烈な痛みで夜中に目が覚めた。

痛さのあまり、気づかないうちに海老反りになっていたが何も緩和されない。

真夏でもないのにべったりとした脂汗でTシャツが背中に張り付いていた。

「うっ、きもちわる・・・。」

あまりの気分の悪さにベッドでひとりつぶやく。

心臓のあたりを押さえると、ぬるっとした感覚が手につく。

「こんなに汗をかいてたのか、・・・着替えるか。」

鉛のように重たい体をのろのろとベッドの端につかまりながら起き上がり、薄暗い室内をふらふらと感覚で照明のスイッチのあるところまで歩く。

力のない指でスイッチを押すと、カチッという音とともに部屋に蛍光灯の白い明かりが広がる。

気怠さを覚えながら室内を見渡していてベッドの上に目を向けて停止した。

一瞬で痛みで目が覚めたことすら忘れる。

背中に今までかいていた汗と違う種類の汗が噴き出した気がした。

「なっ、なんで、裸の女がいるんだよ。

 ありえん。ありえない。ありえるわけがない。」


落ちつけ俺。

どっかのハーレム少年漫画じゃあるまいし、連れ込んだり、ましてや夜這いかけられたりするような関係の女性はいない。断じているわけがない。

こんな風に俺のベッドの上で腰まで届きそうな艶やかな長い黒髪を扇状に広げ、たぶん真っ裸で寝ている(ちょうど髪の毛でうまく大切な部分が隠れているので断定できないため)女性は知り合いにいない。

見つめているだけでまったく落ち着かない。そもそも裸の女性を見て冷静な高校一年生の男なんていないと思うが。

だいたい今ここに寝てるってことは俺はその隣に寝てたってことにならないか。

想像するだけで身悶えそうなシチュエーションだ。

とりあえず恐る恐る半歩だけ近づいて、身体をちらっと見てみる。透き通るような白い肌で10代半ばのような幼さを残しながらも大人ようなグラマーな体つきで、自分と同じくらいの年に見える。

さらに半歩近づいて顔を盗み見るように見つめると、そこには長い睫毛に筋の通った鼻に艶やかな淡い紅色の小さな唇、典型的な理想の女性像を描いたような彫刻めいた顔がそこにはあった。

「ふぅ、・・・きれいなひとだな。」

「・・・うにゅ、・・・ふへっ?」

謎の裸体女は声に気付いたのか、目を擦りながら寝ぼけているのか不思議な声を上げた。

「うわぁ、起きた?起きたのか!」

驚いて壁まで飛び退く。

「あっ、危ないです。」

「えっ。」

床に置きっぱなしにしていた英語の教科書に足を滑らせ、仰向けに転がっていきそうになる俺に向かって彼女は飛ぶようにベッドから抜け出し、フィギュアスケートのペア選手のように俺をいともたやすく抱きとめた。もっとも男女の位置が逆だが。

「良かった、間に合ったみたいですね。

初めまして、私のアダム。」

彼女は長い髪をなびかせながら、俺に天使のように微笑みかけた。




「で、とりあえず服は着たな。」

「はい、ばっちりですアダム。」

正面の壁に向けて平常心と心の中で叫びながら、いい返事が返ってきたを向く。

青いTシャツと黒いショートパンツ姿に着替えた謎の元裸体女がテーブル越しに相対するように正座していた。

改めてその姿を直視すると、出るとこは出ていて綺麗だと実感する。

「まず、その、悪いんだけど俺アダムじゃないから、やめてくれないか。

俺はアダムじゃなくて、野崎終夜(のざきしゅうや)だから。」

「いいえ、私のアダムです。ただ、呼び方に不満があれば変更致しますが?」

きっぱりとした断言口調でにっこりとほほ笑む姿に俺は一瞬自分が間違っているような気さえしてしまう。だが、そうではないはずだ。

深呼吸を一度する。頭が少し落ち着く。

「その、アダムってどういうこと。あのアダム?アダムとイヴの?」

「はい、そのアダムとイヴです。

 だから、私にとってあなたはアダムなのです。

 そして、あなたにとって私がイヴでありたいと思うのです。」

「えっと、どうなるとそうなるのかがさっぱり要領つかめないので、

 詳しく俺にも分かり易く説明してもらえないかな。」

「わかりました、アダム。

 私の出来る限りで説明させていただきます。

 アダムは先ほど目覚めたときに胸が痛みませんでしたか?」

「あっ、いつの間にか治まったから忘れてたけど、確かに強烈な胸の痛みで目が覚めた。」

「では、イヴが誕生した方法についてはご存知ですか?」

「確か、アダムの肋骨(あばらぼね)から出来たのがイヴだったと思うけど。」

「はい、その通りです。

 そして私もあなたの肋骨から生まれたので、私にとってあなたはアダムなのです。」

「・・・えっと俺は金とかないから詐欺してもまったく意味ないけど。

 騙しても特になるようなことは何にもないよ。」

「私はあなたに偽る理由がありません。そもそも、私には偽るための罪が足りないのです。」

「罪が足りない?」

「えぇ。人間を人間足らしめているものはいったいなんだと思いますか?」

彼女の瞳が曇りなく、俺を捉え、雄弁に語る。俺は気圧され、押し黙る。

そんな俺に元から答えをもとめていなかったように彼女は言葉を続ける。

「それは神の意にすら逆い、自ら考え、行動する意思です。意思なき人形ではない。故に神はエデンからアダムとイヴを追放した。

 それは原罪(アダム・カドモン)という罪であり、それを持っているからこそエデンを追放されても人間は生きていける。

ただ、私はオリジナル、本物とは違う。

あなたの肋骨を核にして、土くれから出来た意思なき人形、ニセモノなのです。

 そのため、本当の人間ではないので1年で元のただの骨と土くれに戻ってしまいます。」

「骨と土くれに戻る?君が?」

完全に妄想としか思えないことを淡々と話し、なおかつ平然と人間ではないと言い、1年後には消えるという。

そんな彼女に純粋に興味が湧いてきた。

「はい。ただ、回避する方法はあります。それは、7つの大罪を集めることです。

 7つの大罪、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲を集めることで原罪へと昇華し、それを手に入れることで本物になれます。本物のイヴに。」

とても眩しいものを見るように遠い目で語る。

「ただ、それを集めるか集めないかはアダムの自由です。私はあなたに任せます。

 私はあなたのために生まれたので、どうしようとあなたの自由です。

 その結果、骨と土くれに戻ろうともそれは問題ではありません。」

俺は面食らう。自分のすべてを俺に任せると彼女は淀みなく言う。その結果、消えることになるかもしれない。まだ会って数時間しか経っていない相手に存在そのものを委ねる。

 正気の沙汰ではない。

「えっ、じゃあ俺が集めないっていったら、消えるのか?

 そんなのおかしいだろう。」

「いいえ、何もおかしくなんてありません。私はあなたの意思を尊重するモノですから。」

彼女は笑顔で、その綺麗な顔で、肯定する。

「あ、もしかして化けて出るとか想像されていますか。その点、私はニセモノなので魂もありませんからご安心ください。それにそもそもあなたを怨んだりする必要がないので化けて出る必要もないですが。」

 消えることに、骨と土くれに戻ることに何の後悔もない顔で肯定する。

なんなんだ、これは。まるで神に自ら生贄になることを望んできたモノみたいだ。

性質の悪い冗談にしか聞こえない。頭が考えることを放棄したいとばかりに働かない。

「はぁつ、・・・ちょっと待ってくれないか。あまりにも突拍子もないことを言われてどうしたらいいか、俺にはいますぐ決断できない。時間が欲しいんだ。」

「はい、了解しました。」

彼女はそんな返事にも笑顔を答えるだけだった。


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