6月-3-
「…で、何がわからないんだ?」
「うーん。全部…?」
「…とりあえず、この問題はここの公式使えばいい。」
教科書を安藤に見せ、公式を示す。そうか、この公式かぁ、とのんきに言った。
安藤は馬鹿だった。本当に。
6月ということで最近は雨ばっかでじめっとしていたが、人がいなくなったクラスはいつもより涼しく感じる。
それでも安藤にとっては暑いらしく、あちーあちーと言いながら手を動かしていた。
必死になって動かしている安藤のもう片方の手をぼーっとみる。
安藤の手はちょっと荒れていて、赤くなっているところがある。水仕事をしてる手だなと思った。
課題のプリントに書かれている字は男子高校生にしては綺麗な字だった。
「東ぁ、これあってる?」
「あ、あぁ…。…違う。ここは…」
「東って、なんだかんだいって教えてくれるよな。」
「は…?」
「だって、国山に言われた時嫌そうな顔してたから。1人でやれ、とか言われるかと思ってた。」
「あぁ…。」
「あぁ、って。なんだ、本当に嫌だったのか。」
「…無駄口言ってないで、早く、課題。あとのほとんどの問題はその公式使えばいいから。」
俺がトントンとプリントを指でたたくと、安藤はへらっと笑って課題を再開した。
俺が嫌そうにしていたこともあまり気にしていないようで、鼻歌まじりで手を動かす。
そういえば、久々にクラスメイトとしゃべったなと俺はふと思った。
その後も安藤は度々話しかけてきて俺はその都度適当に答えた。
好きな番組や好きな食べ物とか、中学はどこだったとか、眼鏡似合ってる(似合ってると言われてもどう返していいか分からなく「あ、そう…」と変に答えてしまった)とか…たわいもない会話。
けれどただそれだけなのに安藤は楽しそうに話しかけてきた。
『――施錠時刻です。教室に残ってる生徒は…』
スピーカーから放送が流れた。
「とりあえず今日はここまでにするか。」
「うー、疲れたー。もうこんな時間かぁ。」
「お疲れ様。」
うーん、と安藤はのびをすると帰り支度を始める。
窓の外は暗くなりかけていた。
「もう暗くなってきてる…。」
俺はポツリと呟いた。
少し汚れた眼鏡をはずしふいているとすっと手が伸びてきた。
「っ!」
俺はついびくっとしてしまった。急に嫌な汗がでる。なんで?相手は安藤なのに。
「あ…ごめん。その、泣きぼくろあると思って…。」
少し焦って安藤が謝ってくる。
「いや…、ごめん…。」
妙な沈黙が2人を包む。安藤が口を開き何か言おうとしたとき教室のドアが勢いよく開いた。