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2 やさい

 京都駅。新幹線は滑らかに止まる。誰も傷つけないように。そっと撫でるように。


「なんでそんなにやさしくするの?」「誰にでもそうするんでしょう?」


 心がつぶやく。何言ってるんだろう、新幹線に向かって。

 いいや、新幹線に向かって言ったんじゃないよ。あの人に向かって言ったの。これから会うあの人。


 足下に置いていた鞄を持ち上げる。おばあさんがそれに気付いて針と布地を懐に寄せて足をすぼめる。


「すみません」


 久々に口を開いた。今日起きてから、初めてかも。声帯が寝ぼけていて、音がかすれた。私は立ち上がって、おばあさんの前を通る。窓の外の景色が通り過ぎていったのと同じように、おばあさんも私の視界から消えていった。


 座席と座席の間を抜けて、ドアを出た。雑踏が私を出迎えて、新幹線はまた、そっとやさしく出発する。


 鞄から携帯電話を取り出して、メールを打つ。


「いまついたよ」


 送信しました、の画面が出る前に歩き出す。改札を出て、駅の建物も出る。

 ずらーっと並んだロッカー。自動販売機。バス乗り場。人だかり。

 やってくるタクシー、去っていくタクシー。

 出会い、別れ、出会い、別れ。カップル、友達、家族、同僚、笑顔、悲しそうな顔、喧嘩中?、、、。

 人と人のつながりが、めまぐるしく駆け抜けて、少し頭がクラクラする。


「ささえて、ほしい」


 また、心がつぶやく。私が立っている足の面積しか、私の居場所がない。そこには、留まれない。杖をなくした老人のように、フラフラしながら進む。はやく、何かに包まれたい。ひとりでは、立っていられない。


 よろめく私の身体に、振動が響いた。携帯。着信。長い、電話だ。

 画面を見る。か、ず、や、の3文字。


「もしもし」


 本日、2回目の発声は、やっぱり喉がひっついてうまくでない。


「もしもし着いた?もうすぐ駅やから、タクシー乗り場のところで待ってて。ナンバーは831やから。ほなね。」


 エンジンのノイズと、オーディオから流れる何かの曲、それをかき分けて聞こえてくる声。か、ず、や、かずやの声。


「はぁい」


 私の返事と一緒に電話が切れる。向かうべき目的地を与えられた私は、杖をもらった老人、くらいの足取りになって、ひたひた、タクシー乗り場まで歩く。


 8、3、1、や、さ、い、かなー。やさい、やさい。やさいはどこかな。かずやはどこかな。


 頭の中で歌いながら、流れていく車の中に目をやる。タクシー、タクシー、普通の車、タクシー、普通の車。831、831、、、。


 831!あ、かずや。


 番号と彼の顔がほぼ同時に視界に飛び込んで、車はあっという間にすぐ目の前にきて、ドア越しに彼がこっちを見てる。うれしいのか、こわいのか、すこし心臓がキュッとなって痛い。自分の顔の筋肉がかたまってるのも分かる。どんな顔してんだ、私。


 ただ反射的にドアを開ける。


「おつかれさん」


 彼の声とともに、さっき電話越しに聞こえた世界が、わっと私の周りに広がる。ノイズ、曲、それと、さっきは分からなかったにおい。車の?彼の?何がどう混ざったのか分からない、初めて嗅ぐにおい。


「ありがとう」


 足下に鞄を置きながら、目線も足下に落としながら私は言った。さっきキュッとなった心臓が、ほんの一瞬フッと緩む。その隙を突いて、熱い血液がどっとこぼれだして身体を走る。焦ってまた心臓がキュッとなる。


「いえいえ~、わざわざ東京から大変やったな。」


「新幹線乗ってただけだもん、大変なことないよ。それよりかずやこそ、わざわざお迎えありがとう」


「どういたしましてっ。ほな、どうしようか。ご飯食べた?」


「まだだよ」


 自分の脳と声帯が自動操縦に切り替わったみたいに、どぎまぎする心を置いてきぼりにしてしゃべりだす。その冷静な声とは裏腹に、全身をぐるぐる駆ける血液に熱せられて、頬がお餅みたいにプーっと火照る。照れてるの?焦ってるの?私。彼が私のほうを見てるのはなんとなく分かる。でも顔は上げられなかった。


「何か食べたいものある?」


「なんでもいいよ」


 なんでもいいよ、なんて、早速面倒くさいヤツと、思われたかな。でも正直、今お腹がすいているのかもよく分からない。血液は一通り身体中をめぐって、皮膚がフワフワして、全身にホッカイロ貼ったみたい。


「ん~ほなとりあえず家に向かって走るから、途中でなんかいいお店あったら寄ろうや」


「うん」


 カチッと音がしてウインカーの点滅音が始まった。車が動き出す。合流するために運転席の後方を見るかずやのうなじを、やっと顔を上げて私は見た。


 タクシーの群れにまぎれて、831の看板をつけたかずやの車が走っていく。新幹線から見た過ぎ行く灯りの一部に、今やっと自分も溶け込めた気がした。

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