全て正常です。
その日はいつも通りのフライト業務だった。
乗客を安全に目的地まで届けるだけの、大切な仕事。
「自動操縦をオフにしてください」
フライトの真っ最中。
北アメリカ大陸の広大な土地の真上で、通信越しに、そう言われた。
「急降下してください」
幻聴かと思った。
幻聴だと思いたかった。
だって、管制塔が、そんな事言うわけない。
「了解しました」
隣から、声が聞こえた。
私の隣には、一人しか居ない。
機長。
機長は、管制塔の指示に従い、機器の操作を開始した。
何もおかしな話ではない。管制塔の気が狂ってさえいなければ。
疑問を抱かず機体を重力に従わせる機長。警報のひとつも鳴らない、静寂に包まれた操縦室。
私は現実を疑い始めた。これは夢だ、夢なのではないか、と。
しかし、頬をつねれば痛いし、何より、重力が下向きから段々と前を向き始めた。
私は咄嗟の判断で機長を殴り飛ばし、操縦桿を握った。そしてオートパイロットを復帰させようとした。
ようやく警報システムが鳴り響く。
『全て正常です(All correct)』
何度も。
『全て正常です』
何度も何度も。
『全て正常です』
オートパイロットが復帰しない。
『全て正常です』
操縦桿が上がらない。
『全て正常です』
機器から聞こえてくる。
「全て正常です」
隣から聞こえてくる。
「全て正常です」
通信越しに聞こえてくる。
「「「「「全て正常です」」」」」
後ろから一斉に聞こえてくる。
「「「「「「「『全て正常です』」」」」」」」
声が。
「「「「「「「『全て正常です』」」」」」」」
無機質な声が。
「「「「「「「『全て正常です』」」」」」」」
感情の欠落した声が。
「「「「「「「『全て正常です』」」」」」」」
地面が
その後のことを、よく覚えていない。
目が覚めると、病院に居た。
フライト中に突然、気絶してしまったらしい。
退院後、その時の管制官と機長に連絡をした。その時に、あの奇妙な出来事のことを聞いてみた。
何も覚えていないようだ。
“全てうまくいっていたよ(All was correct)”




