焼肉デート
鏡の前に立つ、わたし。
お気に入りの、パステルグリーンのパーカー。
インナーには、白とネイビーのトレーナー。
白のバギーパンツで、印象をまとめて。
コンバースのオールスターで、足元を締めるの。
ゆるふわ感に、活動的なイメージを重ねて。
先輩に、可愛いわたしを見て貰いたい。
そうそう、髪はやっぱりポニーテールよね。
男の人って、こういうのが大好きだよね?
先輩、似合うよって、言ってくれるかなぁ……
鏡の前のわたしが、だらしなくニヤけていた。
~ ・ ~
待ち合わせ時間の20分前には到着。
でも、ついさっき来たよって装うのは大事。
チラチラと、周囲の視線を感じちゃうのは、しょうがないよね。
こんな可愛い女の子が、こうして早めに来て待ってるんだゾ。
先輩、感謝して欲しいもんだよね。
あ、来た。
せんぱーい!
ついつい、顔がニヤけちゃう。
「よお。待たせたか?」
「ううん、今来たところだよ」
「そうか。じゃあ、行こうか」
大きな胸板。角刈り。たくましい腕。
むっちゃ好み。なんて素敵。
その腕にぶら下がりたいのを堪えて、歩幅の大きな先輩の後を、結構頑張って追いかける。
「どこに連れてって貰えるんですか?」
「お前、腹減ってるか?」
「はい!」
うん、結構、お腹空いてる。
何着ていこうか、色々と考えてたら時間になっちゃって。
実はお昼ご飯、食べてないんだ。
「じゃ、ガッツリ食うか」
「はい!」
ああ、先輩の大きな顔が、ニヤニヤしてる。
その笑顔も、とっても素敵。
わたし、この人の事、本当に好きなんだなぁ……
~ ・ ~
連れていかれたのは、ちょっと高級感のある、チェーン焼き肉屋さん。
デートに使えない事もないよ、というお店。
服に匂いが付いちゃうかも、と思ったけど。
空調完備。煙は焼いたその場からダクトに吸い込まれて行くので大丈夫。
焼肉で、二人きり。
関係性が深くないと、誘ったり誘われたりは、無い。
そういうデート。焼肉デート。
先輩も、わたしの事を、そんな風に思ってくれてるのかも、しんない。
わたし?
うん、顔が、顔がニヤけちゃうのを、止めるのが大変なの。
「カルビ、ハラミ、タン、ロースをそれぞれ5人前。お前は、飲める方だったか? ああ、まだ未成年だったな? じゃあ、コーラと、ビールをジョッキで。キムチとスープとナムルも二人前で。ああ、サンチュは1人前でいいか?」
手慣れた様子で、店員さんに注文する先輩。カッコイイです。
最近の定番のタッチパネルじゃないのか。年配の男の店員さんが、手慣れた様子で注文を再確認している。
そのまま、ガスコンロに火を入れ、一礼して立ち去る。
「お前、キレイになったな」
「そ、そうですか?」
うわぁ、先輩から、キレイだとか言われちゃった。
これって、焼肉効果?
男の人を、肉食獣にしてしまう魔法って事かしら?
うん、なんか、火照らされちゃう。
先輩の甘い言葉と、ガスの炎と、差し向かいで揺らめいている暖色系の灯りのせいかな。
顔が少し赤くなっても、この自然な照明なら、分からないよね?
「お待たせしました」
ずらっと並ぶ、お肉たち。そして、サイドメニューと、ビール。
「とりあえず、乾杯!」
「はい、乾杯!」
うん、コーラが冷たくて美味しい。
あ、お肉はわたしが焼きますよ?
え、焼いて貰えるんですか? ありがとうございます。
網の上に、ぎっしりと並ぶ、カルビたち。
わたしみたいに、赤く火照って、なんかキレイ。
とっても、美味しそう。
でも、ガツガツ食べたら、先輩に嫌われちゃうかな?
女の子らしく、おしとやかに慎ましく食べていた方がいいのかな?
ん-どうしよう。考えちゃうよね……
あ、お肉が焼けてきた。
けど、もう少し、しっかりと焼きたいなぁ。
焼き上がりを待っているわたしの前で、先輩がお肉を残らずトングで攫って行きました。
ま、まだ、生焼けのもあったと、思うんだけど……
そのまま先輩は、大きな口を開けて、まるで飲み込むようにお肉を平らげていきます。
「うん、旨いな。やっぱカルビは最高だな! おお、遠慮しないで食えよ」
え、遠慮なんて、してないんですけど。
なにも、残らず攫って行かなくったって……
「おお、次のを焼かないとな」
口をクチャクチャしながら、先輩がハラミを残らず焼き始めます。
肉を並べ終えると、ビールを飲んで、口の中に残ったお肉を流し込んでしまいます。
「店員さーん、ビールお代わり!」
「はい、ただいま!」
先輩は上機嫌です。
笑顔が素敵、です。素敵、なんです。
でも。
だから、まだ生焼けなんです。肉がまだ赤いんです。
なのに、なのに、トングで残らず、またも攫っていくんです。
「どうした、遠慮しなくていいんだぞ?」
遠慮なんか、してないんです。
わたしは、しっかり焼いて食べたい、ただそれだけなんです。
うわぁ、凄い食べっぷり。
そして、凄い飲みっぷり。
ビールのお代わり、3杯目ですか。ピッチ、速すぎませんか?
先輩は、タンも焼き始めます。
わたしは、こっそりと箸で、自分の分だけでも引き寄せたかったんですが。
それはマナー違反なのです。
食べるための箸で、生焼けの焼肉に触れてはいけないのです。
トングは、先輩が握っています。予備のトングは無いのでしょうか?
あ、ありました。ありますよね。
先輩がわたしに肉をくれないのなら、自分の分は自分で確保するしかありません。
恋と食は別の問題なのです。
わたしだって、お肉を食べたいのです。
ああ、なのに、どうして全部、全部持って行っちゃうんですか!
わたしが鈍臭いからですか?
だって、しっかり焼かないと、お腹を壊してしまうじゃありませんか!
「どうした、腹でも痛いのか? ちゃんと食べないとダメだぞ?」
先輩、わざと言ってますよね?
わたし、まだ一口も、お肉を食べていないんですけど。
ああ、美味しそうな牛タン、残らず先輩の口の中へ。
赤い、本当にまだ赤いままなんですけど。
何て大きな口。
何て無頓着な食べ方。
何て傲慢で我儘な振舞い。
わたしの手にしているトングが、キレイなままで萎れています。
力なく、カチカチと鳴らしてみますが、何の意味もありません。
先輩は、最後のロースを、一気に焼き始めます。
せめて、せめて一口だけでも。
わたしは自分のトングで、肉の端っこを押さえ込みます。
これはわたしのお肉。
これだけは、譲れないのです。
でも、ああ、やっぱり。
まだ焼けてない、焼けてないのに!
先輩は他のロース肉を残らず攫い。
6杯目のビールと共に、喉の奥へと流し込んでいきます。
わたしはなんだか悲しくなり、つい、そう、つい、トングを握る手を緩めてしまいました。
「食べないのか?」
その瞬間、わたしが必死で守ってきたロース肉は、先輩のトングの中に納まり。
あっという間に口の中に消えていきました。
「あー食った食った。旨かったなぁ」
とても満足そうな、先輩の笑顔。
ええ、大好きでした。とても大好きな笑顔でした。
このトングで、その大きな鼻をつまんでガスコンロに押し付けてやりたい位、好きでした。
「お会計、消費税込みで15,400円になります」
「割り勘で、いいよな?」
そう、先輩は言って、きっちり7,700円を釣銭受け皿に乗せました。
わたしは、何もお肉を食べていないのに。
でも、何も言えずに、同額を支払いました。
「また誘うわ。じゃあな」
そういって、先輩は鼻歌を歌いながら去っていきます。
残されたわたしは、トボトボと家路につきました。
涙が、涙がにじんでいるのが、自分でもよく分かります。
~ ・ ~
二日後。
先輩が、大学を休講していると聞きました。
なんでも、腹痛だそうです。
そんな事を聞かされても、わたしには何の関係もありません。
関係ないんです。
……そうでもないです。割り勘の7,700円は、激痛でした。
ただ。
お肉は、しっかりと裏と表を焼いてから、頂くように致しましょう。
恋愛は、しっかりと相手を見極めてから、お付き合い致しましょう。
(おしまい)




