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焼肉デート

掲載日:2026/07/01

 鏡の前に立つ、わたし。

 お気に入りの、パステルグリーンのパーカー。

 インナーには、白とネイビーのトレーナー。

 白のバギーパンツで、印象をまとめて。

 コンバースのオールスターで、足元を締めるの。

 ゆるふわ感に、活動的なイメージを重ねて。

 先輩に、可愛いわたしを見て貰いたい。

 そうそう、髪はやっぱりポニーテールよね。

 男の人って、こういうのが大好きだよね?

 先輩、似合うよって、言ってくれるかなぁ……


 鏡の前のわたしが、だらしなくニヤけていた。


     ~ ・ ~


 待ち合わせ時間の20分前には到着。

 でも、ついさっき来たよって装うのは大事。

 チラチラと、周囲の視線を感じちゃうのは、しょうがないよね。

 こんな可愛い女の子が、こうして早めに来て待ってるんだゾ。

 先輩、感謝して欲しいもんだよね。

 あ、来た。

 せんぱーい!

 ついつい、顔がニヤけちゃう。

「よお。待たせたか?」

「ううん、今来たところだよ」

「そうか。じゃあ、行こうか」

 大きな胸板。角刈り。たくましい腕。

 むっちゃ好み。なんて素敵。

 その腕にぶら下がりたいのを堪えて、歩幅の大きな先輩の後を、結構頑張って追いかける。

「どこに連れてって貰えるんですか?」

「お前、腹減ってるか?」

「はい!」

 うん、結構、お腹空いてる。

 何着ていこうか、色々と考えてたら時間になっちゃって。

 実はお昼ご飯、食べてないんだ。

「じゃ、ガッツリ食うか」

「はい!」

 ああ、先輩の大きな顔が、ニヤニヤしてる。

 その笑顔も、とっても素敵。

 わたし、この人の事、本当に好きなんだなぁ……


     ~ ・ ~


 連れていかれたのは、ちょっと高級感のある、チェーン焼き肉屋さん。

 デートに使えない事もないよ、というお店。

 服に匂いが付いちゃうかも、と思ったけど。

 空調完備。煙は焼いたその場からダクトに吸い込まれて行くので大丈夫。

 焼肉で、二人きり。

 関係性が深くないと、誘ったり誘われたりは、無い。

 そういうデート。焼肉デート。

 先輩も、わたしの事を、そんな風に思ってくれてるのかも、しんない。

 わたし?

 うん、顔が、顔がニヤけちゃうのを、止めるのが大変なの。


「カルビ、ハラミ、タン、ロースをそれぞれ5人前。お前は、飲める方だったか? ああ、まだ未成年だったな? じゃあ、コーラと、ビールをジョッキで。キムチとスープとナムルも二人前で。ああ、サンチュは1人前でいいか?」

 手慣れた様子で、店員さんに注文する先輩。カッコイイです。

 最近の定番のタッチパネルじゃないのか。年配の男の店員さんが、手慣れた様子で注文を再確認している。

 そのまま、ガスコンロに火を入れ、一礼して立ち去る。

「お前、キレイになったな」

「そ、そうですか?」

 うわぁ、先輩から、キレイだとか言われちゃった。

 これって、焼肉効果?

 男の人を、肉食獣にしてしまう魔法って事かしら?

 うん、なんか、火照らされちゃう。

 先輩の甘い言葉と、ガスの炎と、差し向かいで揺らめいている暖色系の灯りのせいかな。

 顔が少し赤くなっても、この自然な照明なら、分からないよね?

「お待たせしました」

 ずらっと並ぶ、お肉たち。そして、サイドメニューと、ビール。

「とりあえず、乾杯!」

「はい、乾杯!」

 うん、コーラが冷たくて美味しい。

 あ、お肉はわたしが焼きますよ?

 え、焼いて貰えるんですか? ありがとうございます。

挿絵(By みてみん)

 網の上に、ぎっしりと並ぶ、カルビたち。

 わたしみたいに、赤く火照って、なんかキレイ。

 とっても、美味しそう。

 でも、ガツガツ食べたら、先輩に嫌われちゃうかな?

 女の子らしく、おしとやかに慎ましく食べていた方がいいのかな?

 ん-どうしよう。考えちゃうよね……

 あ、お肉が焼けてきた。

 けど、もう少し、しっかりと焼きたいなぁ。

 焼き上がりを待っているわたしの前で、先輩がお肉を残らずトングで攫って行きました。

 ま、まだ、生焼けのもあったと、思うんだけど……

 そのまま先輩は、大きな口を開けて、まるで飲み込むようにお肉を平らげていきます。

「うん、旨いな。やっぱカルビは最高だな! おお、遠慮しないで食えよ」

 え、遠慮なんて、してないんですけど。

 なにも、残らず攫って行かなくったって……

「おお、次のを焼かないとな」

 口をクチャクチャしながら、先輩がハラミを残らず焼き始めます。

 肉を並べ終えると、ビールを飲んで、口の中に残ったお肉を流し込んでしまいます。

「店員さーん、ビールお代わり!」

「はい、ただいま!」

 先輩は上機嫌です。

 笑顔が素敵、です。素敵、なんです。

 でも。

 だから、まだ生焼けなんです。肉がまだ赤いんです。

 なのに、なのに、トングで残らず、またも攫っていくんです。

「どうした、遠慮しなくていいんだぞ?」

 遠慮なんか、してないんです。

 わたしは、しっかり焼いて食べたい、ただそれだけなんです。

 うわぁ、凄い食べっぷり。

 そして、凄い飲みっぷり。

 ビールのお代わり、3杯目ですか。ピッチ、速すぎませんか?

 先輩は、タンも焼き始めます。

 わたしは、こっそりと箸で、自分の分だけでも引き寄せたかったんですが。

 それはマナー違反なのです。

 食べるための箸で、生焼けの焼肉に触れてはいけないのです。

 トングは、先輩が握っています。予備のトングは無いのでしょうか?

 あ、ありました。ありますよね。

 先輩がわたしに肉をくれないのなら、自分の分は自分で確保するしかありません。

 恋と食は別の問題なのです。

 わたしだって、お肉を食べたいのです。

 ああ、なのに、どうして全部、全部持って行っちゃうんですか!

 わたしが鈍臭いからですか?

 だって、しっかり焼かないと、お腹を壊してしまうじゃありませんか!

「どうした、腹でも痛いのか? ちゃんと食べないとダメだぞ?」

 先輩、わざと言ってますよね?

 わたし、まだ一口も、お肉を食べていないんですけど。

 ああ、美味しそうな牛タン、残らず先輩の口の中へ。

 赤い、本当にまだ赤いままなんですけど。

 何て大きな口。

 何て無頓着な食べ方。

 何て傲慢で我儘な振舞い。

 わたしの手にしているトングが、キレイなままで萎れています。

 力なく、カチカチと鳴らしてみますが、何の意味もありません。

 先輩は、最後のロースを、一気に焼き始めます。

 せめて、せめて一口だけでも。

 わたしは自分のトングで、肉の端っこを押さえ込みます。

 これはわたしのお肉。

 これだけは、譲れないのです。

 でも、ああ、やっぱり。

 まだ焼けてない、焼けてないのに!

 先輩は他のロース肉を残らず攫い。

 6杯目のビールと共に、喉の奥へと流し込んでいきます。

 わたしはなんだか悲しくなり、つい、そう、つい、トングを握る手を緩めてしまいました。

「食べないのか?」

 その瞬間、わたしが必死で守ってきたロース肉は、先輩のトングの中に納まり。

 あっという間に口の中に消えていきました。

「あー食った食った。旨かったなぁ」

 とても満足そうな、先輩の笑顔。

 ええ、大好きでした。とても大好きな笑顔でした。

 このトングで、その大きな鼻をつまんでガスコンロに押し付けてやりたい位、好きでした。


「お会計、消費税込みで15,400円になります」

「割り勘で、いいよな?」

 そう、先輩は言って、きっちり7,700円を釣銭受け皿に乗せました。

 わたしは、何もお肉を食べていないのに。

 でも、何も言えずに、同額を支払いました。


「また誘うわ。じゃあな」

 そういって、先輩は鼻歌を歌いながら去っていきます。

 残されたわたしは、トボトボと家路につきました。

 涙が、涙がにじんでいるのが、自分でもよく分かります。

 

     ~ ・ ~


 二日後。

 先輩が、大学を休講していると聞きました。

 なんでも、腹痛だそうです。

 そんな事を聞かされても、わたしには何の関係もありません。

 関係ないんです。

 ……そうでもないです。割り勘の7,700円は、激痛(いたで)でした。


 ただ。

 お肉は、しっかりと裏と表を焼いてから、頂くように致しましょう。

 恋愛は、しっかりと相手を見極めてから、お付き合い致しましょう。



                         (おしまい)

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― 新着の感想 ―
実は昨日の話なのですが、久しぶりにランキングをチラっと見たのです。 恋愛短編の週間でしたが6位(白川さん)と7位に注目して。 それで私は思ったんです(偶然です) 『幼馴染に彼氏が出来て焼肉デートでキ…
生焼けはあかんけど、それ以上にこの男の行動全てがもっとあかん…… 勉強代は高いけれど、まだこんな男と付き合うことにならなかっただけ マシだったと思います。
まぁ、そこそこな値段の勉強代ですね。はっきり言って、こんな男とは絶対にご飯に行きたくないですよね。 絶対に、もう次はないですよ。
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