9 ビルの身の上話とアイリーンとの約束
見つけてくださってありがとうございます。
王都に着いて右も左も分からない俺は、住所の書かれた紙を手に通りがかった紳士に道を尋ねた。
紳士はその紙を一瞥すると「その店ならこの通りにあるよ。まっすぐ行けば左側に赤茶色の建物があるからすぐに分かる」と言うので、豪華な店構えの連なる大通りを半信半疑で進んだ。
赤茶色の建物の前に着くと確かに伯父の言った店名が掲げられていたが、同時にドアの横に《王家御用達》と飾り文字が彫られた金色のプレートも掲げられていた。
店名は同じだけど間違った店に来てしまったのかと、焦って何度も住所を見直して間違っていないと分かった時、頭の中の伯父が『してやったり』と笑う顔が浮かんで力が抜けた。
おかげで緊張が解けた俺は、正面ドアから入ってはいけないと危うく気づけて裏口に回り、伯父とは実は親友だという師匠に暖かく迎えられて、王都での厳しい修業は始まった。
師匠にしごかれながら数年経ち王都の暮らしにも慣れてきた頃、クロフト領から伯父が両親と同じ疫病にかかったという知らせが来た。この国にあの病が入ってきたのは知っていたけど、王都ではまだ誰も感染してなくて油断していた俺は、まさか両親だけでなく伯父まで奪われるのではと恐怖で居ても立っても居られなかった。
すぐに師匠に事情を話してクロフト領へ帰りたいと言うと
「隣国で発明されたっていう特効薬があるだろう。確か、この国に疫病が発生したって分かってすぐ友好条約で送って貰えてるはずだ」って言うんだ。
師匠が急いで伝手のある王都一大きい商会に問い合わせてくれて、運良くその日入ったばかりの荷に特効薬が積まれている事が分かった。俺はすぐに商会へ行って特効薬を手に入れて、その足で領地に飛んで帰る事が出来た。
領地に着いた時、伯父は高熱で危ない状態で、うわ言で母さんと俺の名前を呼んでいた。
俺は持って来た薬を何とか伯父に飲ませると、あとは『頼むからまた俺を一人にしないでくれ』と神に祈り続けた。途中からは母さんと父さんにも祈って朝を迎え、気がつくと有難い事に伯父の熱はほとんど下がって峠を越えていた。
目を覚まして側にいた俺を見た伯父は「また妹に怒られたよ。まだ早いってさ」と笑った。
こうして俺は、今度こそ疫病に家族を連れて行かれないで済んだんだ。
ここまで話したビルは急に居住まいを正し、周囲の人に聞こえない位の静かな声で続けた。
「それから伯父の回復を見届けて王都へ戻り、今日まで修行を続けてきました。
去年本店とは別にもっと皆が買いやすい品を売る店を出すと決まった時、店を任せてもらえたんです。
今日そこで偶然あなたに会えて、ずっと言いたかったお礼を直接言える奇跡に感謝しています。
隣国が特効薬をこの国にすぐ送ってくれたのは、あなたが友好条約を結んでくれたおかげす。荷が速やかに到着して間に合ったのも、あなたが輸送網を整えてくれたおかげと知っています。そしてあの日、あなたのおかげで夢を持った私が王都に出て来たから、特効薬を手に入れて伯父を助けることが出来ました。沢山の幸運な巡り合わせを作ってくださって、本当にありがとうございます」
私は喉元に熱いものがこみ上げて、何も言えなかった。自分のしてきた事が確かに誰かの役に立っていたことが、ただ嬉しかった。
ふっと雰囲気を緩めると、ビルは私に水の入ったグラスを差し出した。
「リーンはもうそろそろ帰った方がいいね。皆心配する」
「そうね。帰ってまた頑張ってみるわ」
素直にグラスを受け取り飲み干し、ビルが会計を済ませるのを待って一緒に外へ出た。
すっかり夜は更けて、昼間は暖かかった春の風も冷たさを増し、酔った頬に気持ち良く吹いてきた。
「ビル、今日はあなたと会えて良かった。居酒屋も楽しかったし美味しかったわ。ご馳走してくれて、他の事も…ありがとう」
「私が少しでもお役に立てたなら、こんなに嬉しいことはありません。…本当ならお送りしたいところなのですが、殿下をずっと心配している方が出て来られたようですよ」と私の後ろを見やった。
「え」振り返ると、カウンター席にいた例の男が店から慌てたように出てくる。
正面からちゃんと顔を見ると、髪の色を変えているが間違いなく私の側近、エドワード・ホール侯爵令息だった。私に見つけられたことに気づき、狼狽えている。
「あなた、なんでここにいるの」思わず大きな声が出た。
「それは、王太、いや、君が独りで抜け出したりするからだろう」
「そうじゃなくて。私がここに来る事あなたが知るはずないのに、いるなんておかしいでしょう」
「いや、確かにここに来るのは知らなかったけど、君を尾行してきたから分かったというか…。だって君が疲れたくらいで夕飯を食べないなんて変だと思ったんだ。アンに人払いもさせて、もしかしたらと思って広場で待ち伏せてた」
やけになったように白状するエドワードに、ここにも心配性がいたと腹立たしくなりながらも、心は不思議と温かいものに満たされていく。
「私だって疲れて食事を取らないこともあるわよ」
「いや、君はいつだってちゃんと食べてるし、昼間に夕食は大好物のラムだわって浮かれていた」
「そうだったかもしれないけど…。そういえばあなた、私たちの話をずっと盗み聞ぎしていたわよね」自分に不利な流れに、エドワードの不作法を思い出してとがめると「それは君が大声で話すからたまたま聞こえただけだ」すかさず返される。
言い合っているうちに、さっきより冷たくなった風が強く吹いて、肌寒さに思わず身震いした。
エドワードが気づいて、素早く自分のマントを脱いで私の肩にかけてくれる。
「ありがとう」「いや、どういたしまして」
「このマント、ちょっとエール臭いけど」
「それは…申し訳ない。それよりも、何もかも捨てて逃げ出したいって聞こえたけど、あれは」
「あ、あれはもう大丈夫。ビルと話して、反対に何もかも徹底的にやって立ち向かう事にしたから。あなたにも手伝ってもらうわよ」
それまで少し離れて二人のやり取りを笑顔で見ていたビルが、
「さあ、もうお腹もいっぱいになった事だし、風邪を引かない内にお帰りください」と私たちを促した。
「ビル」思いがけないエドワードの出現であやうく忘れそうだったが、私は王太女としてビルに告げなくてはいけない言葉があった。
「いつか必ず王室御用達の宝飾職人になって、私に会いに来て。その時まであのブローチは預かっておいてちょうだい。約束よ」
ビルは目を見開いた後、大きく息を吸い「必ず。あなたの宝飾職人になるとお約束します」と答えてくれた。
そうして私とエドワードは彼に別れを告げ、噴水広場へ向かって歩き出した。
二人の姿が見えなくなるまで見送ったビルは、明日から更に精進しようと胸に誓い家路についた。
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